第一話:日常という名の異常
目覚ましが無くとも窓から差し込む光によって同じ時間に目が覚めてしまう。男は硬いパイプベッドから体を起こす。そのベッドの備品はとてもみすぼらしく、ベッドマットは布が破けてスポンジがはみ出していて、白い枕も灰で汚れている。
本来の役割をなしていない半壊した扉から家の外に出る。家の中から持ってきた黒いボストンバッグから青い蓋のペットボトルを取り出す。蓋にはキリで開けた数十個の穴があり、そこからシャワーのように水を出し洗顔をする。続いて白いタオルを取り出し、目の周りを重点的に力強く顔を拭く。今度は普通のペットボトルで水を出しながら歯を磨く。うがいで吐く水は地面に染み込ませて処理する。
外での身支度が終わると洗面所もシャワーもお風呂も無い家に戻る。そして寝間着として使われている黒のジャージ上下を脱ぎ、支給されている学生服を着る。落ちていた廃材で作ったテーブルに置いてある黒の二つ折りの携帯、学生鞄などを装備する。そして最後に鏡を見ながら身だしなみを整える。鏡が映す顔は今日も無表情。
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一人で通学路を歩く。多馬川の土手を通ってさらに多馬大橋を通るいつものきまった道筋。あくびが出て、ふと横を見ると田舎のようにのどかな土手とは似つかない血生臭い事が行われていた。不良がテ○リスのように地面に積み上がっていて、その残骸の前に一人の凛々しい少女が立っている。その少女が誰かを確認して龍は我関せずと再び歩み出す。無意識に空を見上げると先ほどの残骸が何人も飛んでいる。一つため息をつくと今度は少女が飛んできて龍の肩を抱いた。回った手を振りほどこうとしたが、今日も力の差で負けてしまう。龍が捕まったのを見て後からぞろぞろと人が押し寄せる。それを見てまた一つため息をつくと頭を脇に抱えられて締め上げられる。
「ため息をつくと幸せが逃げるぞ~龍。」
「その状況がもう幸せじゃないッスか!」
「いやいや、もしガクト相手だったらそのまま首をへし折られるからね!」
「またモモ先輩が龍を懐柔しようしている…。」
「カイジュウ?ああ!」
「いや、ワン子が思っているのはゴジ○的な怪獣だろ。違うからな。」
「怪獣かぁ…会ってみてぇなぁ。」
風間ファミリー。昔、近所の原っぱが遊び場だった面々で構成されたいわゆる仲良し集団。その集団は小学校も中学校も高校も、そして今現在住んでいる寮もほとんどが同じ顔ぶれ、否が応でも集団の結束力は固く、皆楽しく歩いている。しかし龍と呼ばれた少年は違った。相変わらず無表情で特に痛がる様子も無く首を絞められている。
「……………離せ。」
「龍がッ 泣くまで 絞めるのをやめないッ!」
「この……………。」
自由に動かす事が出来る利き手で百代の弁慶の泣き所を何度も殴って逃げようとする。百代は一瞬不快な顔をするがすぐに口許がゆるんで笑顔になる。人間の絶対の弱点を狙ったのは良かったのだが世界に武神の名を刻んでいる百代にはあまり効いていないので余計に頭を絞められる。
「逃げられると思ったか?残念、効果はありませんでした!」
「鏡に映った人間と入れ替わり、本物を鏡の中に閉じ込める”うつしみ”というお化けがいるそうだ……………。」
「うーん!そろそろ腕が疲れたなぁ!お前は自由だあああああああああああ!!」
自分の攻撃が効かなかった事に不満を抱き、龍は川神院の跡取り娘の唯一とも言える弱点をついた。前々から薄々感づいていた事を試して成功を収めた。代償として川神流奥義・『致死蛍』という名の気弾を喰らってしまい勢いで後方に下がってしまう。後方に下がってきた龍を待ち構えていた京はすぐさま背中に抱きついた。
「……………歩きにくい。」
「ホテルを用意しろ!この男と、地獄の果てまでランデブーだ!」
「元ネタがわかりにくいパロディだなぁ…。」
「しっかし、このモモ先輩と京の流れもかれこれ長いよなぁ。」
「あれだろ、こういうのってテンプレってやつだろ?」
「天ぷら?」
「今日は特に腹減ってんだな、ワン子…。」
一人で歩く龍を百代が捕まえ、その隙に残りのファミリーが龍の許へと近づく。百代に技をかけられた場合は怖い話で撃退し、京による密着は歩きにくいので引っぺがし、そしてなし崩し的に八人で登校する。これが最近の風間ファミリーのお決まりの流れ。
「龍、今日は金曜日なんだけど集会来てくれるわよね?」
「良い事言ったワン子には餌付けをしよう。」
「……………人の家でやらなければ行く。」
「ハハハ!ほら、モロ、ツッコんでやれ!」
「こればかりはツッコみづらいよ!」
「まぁ今回も姉さんが無理矢理引っ張って来るんだけどね。」
「その通りだ、弟よ!」
「いつからか俺様の筋肉じゃ引っ張ってこれなくなったからな…トホホ。」
今では死語の可能性が高い「花金」という言葉。その言葉に近い習慣がこの集団にはある。元々の発端は京が家の都合で他県に転校してしまい、その彼女が週に一度必ず金曜日の夜に引っ越し先から遊びに来るので金曜の夜は必ず秘密基地に集まった。そこで皆と遊ぶのが「金曜集会」と呼ばれている。今日がその金曜日。今日までおよそ四年続いている習慣。そういう集まりをもうこの時には嫌がっていた龍を最初の二年は岳人が、後の二年、つまり最近は主に百代が無理矢理連れてくるという流れもファミリーのお約束の一つと数えられている。
「あ、またお姉様の挑戦者がいる。」
「シャース!俺は殺人空手の使い手ッス!出身地は群馬!武神・川神一族をこの手で倒し、その話をハリウッドで映画化してもらうのが夢ッス。」
「川神百代だ。その映画1分で終わることになる…が、私に挑むにはこいつを倒さなければいけないぞ。いわゆる中ボスだっ!」
と言いながら百代は龍を空手家の前に差し出す。
「……………は?」
「本当にそいつを倒さないと相手しないぞ~。(さっき怖い話した仕返しだ!)」
「む、それでは仕方ない、これも試練か。いくぞ、ほあっちゃーーー!!!!」
いきなり代わりの対戦相手に指名されて戸惑っていると、問答無用で拳が飛んでくるが、龍はすぐに頭を切り替えて空手家の拳を避け迎撃する。すると、空手家は星になり何処か遠くへ飛んで行った。
「おー、あいつ自分の故郷へ飛んでったぞ。流石じゃないか。あ、邪魔して悪かったな京。」
「ダーリンのカッコいい姿見れたから相殺。」
「……………ダーリンじゃない。」
そう言ってどこからともなく京は満足げな表情で「10 GOOD」というボードをを掲げる。そして、百代への挑戦者がいつもとは違う形で空の彼方へ吹っ飛んだ所で一行は登校を再開した。振り返った直江大和は軍服を着た外国人とぶつかってしまった。
「すみませんでした。」
「私の方こそよそ見をしていた。今のは果たし合いという奴だな、面白かった。若者の謝り方もきっちりしているし、ここからうっすら見えるのはフジ山。やはりこの国に来て良かったな。フフフ……。」
後半は独り言を呟きながら、軍服を着た外国人は去って行った。
「美少女ゲームだとさ、朝ぶつかった相手が転入生だったりするよ。」
「今回はちっとも大和が羨ましくないぜ。」
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そして学校に着き、下駄箱で上履きに履き替え、一人三年生の百代はまるで朝御飯のように早弁をしながら三年のA棟へ、二年生の残り七名は二年のB棟へ歩を進めるのであった。
これがいつもと変わらぬ日常。彼はそう信じて疑っていない。しかしその日常は、今までには無かった不規則な出来事によって変わりつつあるのであった。