「百代が失礼を働いてごめんネ。私の名前はルー・イー。この川神院の師範代をしているヨ。まぁ何も言われてもよくわからないだろうかラ、今はルーという名前だけを覚えてネ。」
祖父に連れられて初めて川神院を訪れ、いきなり痛手を負った日。優しく声をかけてくれた内の一人。それがルー師範代。今日七月三十日はそんな彼の誕生日である。
プレゼントは買ってあるので、後は渡すだけなのだがこういうことはあの日からとても久しぶりなので渡すタイミングがなかなか掴めずにいる。
そういう訳もあって今は百代と拳を合わせている。ルーはいつもの稽古を受けに来ただけだと思っている。
「いやぁ総代、龍は頑張ってますネ。」
「ホッホッホ。お互い良い刺激になっとるのう。」
縁側で将棋を指しながら稽古を眺める二人。和やかな夕方ではあるが、将棋は相変わらず川神院師範代の方が強かった。王手を打たれて川神院総代が待ったをかけるのは今日で何回目だろうか。そして加藤龍が川神院跡取り娘によって負かされるのも何度目だろうか。それぞれの様相を表しながら時刻は夜へと変わる。
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「今日は龍も一緒に夕食を食べるのかイ?」
「すみません……………そうです。」
未だに渡すタイミングを掴めずに夕食の時間となった。計画ではすぐに渡してさっさと帰るつもりだったのだが。龍は客人ということでルー達と一緒に座っている。
「こうして二人でいると龍が二回目に来た時のことを思い出すヨ。」
「……………忘れてください。」
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今から十三年前。後日、川神院の門を叩く者がいた。訪問者を応対したのはルーである。前を見るが誰もいない。まさかと思って下を見ると昨日見た少年が立っていた。
「きょうからおせわになります。あらためましてよろしくおねがいします。」
鉄心に相談せずとも自らお断りを入れようかと思ったが、少年の目を見て考えを改める。昨日あんな目にあったから腹いせにやって来たわけではなさそうだ。少年の目には炎が宿っていた。決意の目である。その目を見て少年を中に招き入れる。
「おっ、きょうもきたのか!いっしょにあそぶか?」
「いえ、ぶどうをならいにきました、よろしくおねがいします!」
少年がてっきりただ遊びに来ただけかと思いきや、武道を習いに来たと言われ百代は面食らう。その後鉄心の許可も得て、正式に川神院で修行することになった。
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「龍、ここはもう少し力を入れるんだヨ。」
「はい、ルーイーサーン!」
「りゅう、そのよびかたちがうぞ。」
新品の胴着を着て基礎練習をする龍。年齢的にしょうがないのだが、どうしても変な呼び方が染み付いてしまった。百代には注意されるが、ルーは特に修正もせずにそう呼ばれる為に微笑ましく返事をするのが日課になっていた。
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「あの呼び方は面白かったネ。今、呼んでみてヨ。」
「呼びません……………忘れてください。」
「忘れないヨ。これも大切な思い出だからネ。」
含みを持たせてルーは笑う。彼を諭すかのように思い出の部分を強調しながら。いろいろ話していると一子達によって料理が運ばれてくる。
「皆、お待たせ~!」
「お、きたネ。じゃあ食べようカ。」
一子達によって大量の唐揚げが運ばれてくる。一つの皿に山盛りにされた唐揚げを見て思わず唾を飲む。そんなに揚げたのか、いくら修行僧含めて大勢いるからといって、そんなに食べるのかなどいろいろ考えてしまう。
「ほら、遠慮しないで食べテ。」
「そうよ、いっぱい食べて強くならなきゃ。」
「お前、今日は頑張ったからちゃんと食えよ~モグモグ。」
「モモ、お前はもう少し遠慮しろ。さっきつまみ食いしとったろ。」
「……………いただきます。」
食卓の雰囲気が和気あいあいとなる。表情にはださないが、少し懐かしい感覚に陥る。昔のことを思い出してしまってこの場を離れたかったが、まだ渡していない物があるので黙って箸を進めた。
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「いやぁ~食べたネ~。もう入らないヨ~。」
「……………苦しい。」
この場にいるほとんどが大量の唐揚げと白米などを食べて苦しんでいる。いわゆる食べすぎである。
「皆―!今日はまだ終わってないわよー!」
「一子、一体なんだイ?」
居間の電気が消される。ルーが戸惑っていると数本のロウソクに灯った光と、聞こえてくる誕生日の歌。そんな演出に今日の主役は何事かと察した。そして一気にロウソクを吹き消し拍手喝采を浴びる。
「皆、ありがとウ。とても嬉しいヨ。」
一子達が誕生日ケーキを切っている間に、修行僧達がそれぞれ考えて買ったプレゼントを渡していく。ようやくタイミングを見切った龍がルーの前に座る。
「……………これ、どうぞ。」
「お、新しいジャージだネ。しかも使っている素材が普通とは違うんだネ。いや、ありがとう龍!」
嬉しさのあまり、龍に抱き付くルー。抱き付かれて昔のことを思い出す。
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「とどめだ!川神流正拳突き!」
「ぐわああああ!!!!」
修行僧が年下の少年によって倒される。新しかった胴着も今や着古されていて、少し汚れている。そんな彼が初めて相手を倒した。そんな少年のもとにルーが駆け寄ってくる。
「やったネ!初勝利だヨ!おめでとウ!」
「ありがとうございます!」
「ほらネ、一子。努力の賜物だヨ。龍が証明してくれタ。」
「すごいわ、龍!よーし、私も頑張るわよ!」
ルーは自分の息子のように龍をかわいがった。抱き付いて一緒に初勝利を喜んだ。今の状態の龍にとってもルー師範代は一番直接的にお世話になり、尊敬できる人物なのである。
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「さ、一杯やってくれ。」
「すみません、総代。」
夜も更け、夜風を浴びながら縁側で酒を酌み交わす大人二人。今日のことや思い出話に花が咲く。
「今日はよかったのう、ルーよ。」
「はイ。他の皆には悪いですガ、特に龍が祝ってくれたのがうれしいですネ。」
今の龍が自分を祝う、いや、人を祝うということをしてくれたのでルーの心はとても晴れやかであった。一子と同じぐらい目をかけ一子と同じくらい成長してくれた。それだけでも嬉しいのに、恩返しをちゃんとしてくれる。とにかく嬉しいことだらけであった。鉄心にかなり酒を勧められ、少し酔ったところでまだ起きていた人物がやってくる。
「おや、龍。まだ起きてたのかい。」
「……師範代…酔拳を…見せてください…。」
「酔拳ヲ?どうしてだイ?」
「…もっと強くなりたいからです………技を盗みたいです…。」
「ン~?ま、今日は楽しかったし、特別だヨ?いいかい、いくヨ!」
気分がよいルーは貰ったジャージを早速着て、龍とちょっとした試合をする。誕生日になんてことさせるんだとは言わず大切な弟子の一人にきちんと応対する。最後の最後に拳を交えながら、ルー・イーの幸せな誕生日は幕を閉じた。