「有難うよ、バッキャロー!」
「……………どうも。」
この町に観光客が来たとして、今の光景を見たら不思議に思うだろう。
大きな紙袋を持っている少年に、中年のおじさんが感謝を述べながら罵倒している図。
地元民なら分かる。バッキャローが彼の口癖である事を。
そして大きな紙袋には大量の本が入っている。彼が大好きなミステリー小説の新刊達である。どれも有名な作家が書いた小説たち。
例えば、村西啓太郎、木村誠二、辻綾、一原莉緒、緑崎黒兵衛、武若藍子、麻生木春彦、烏田荘一などなど。これはあくまでも一例である。まだ袋の中にはそれ以上ある。
完全な無表情ではあるが、これでも読みたい本が手に入ってホクホク顔である。
ファミリーにしかわからない微妙な違いである。特に某女性二人が簡単に見分ける。
これから彼は誰にも邪魔されず、某女性二人にも邪魔されずに、寝る間を惜しんで今買ったばかりの新刊を読む予定である。
睡眠と読書がどちらも好きな彼。だが新刊が手に入ると大好きな睡眠を犠牲にして大好きな読書をする。目を閉じるのは瞬きの時だけ。それだけ時間を費やす。
だからといって翌日寝不足状態にはならず、肌はつやつやになり、心は晴れ晴れ、顔は微妙に緩む。これもファミリーのごく一部の女性二人がわかる程度だが。
金柳街をそろそろ抜ける頃に、知り合いに出会う。彼も何やら大きな袋を持っている。
福本育郎。クラスメイトの一人。特別絡んだことはない。軽く話す程度。
と言っても龍の方が屋上に引っ込んでいるだけで、特別な事は何も無い。
だから相手の方がこちらを見つける事が出来れば話しかけてくる。
「よぉ、龍じゃねぇか。何してんだ?」
「……………買い物。」
「お前も買い物か。何買ったんだ?」
「……………本。」
「本ってエロ本か!?」
見せてくれ、と言われて紙袋を渡すが、育郎一人でその紙袋を持つと重みで地面に落としてしまう。倒れた紙袋から数冊が顔を出す。当然全てミステリー小説である。
「重っ!って、悪い。落としちまった…。」
「……………別に。」
「ところでこれ何冊入ってんだ…?」
「……………三十。」
「三十!?」
ミステリー小説が三十冊。落ちた紙袋を育郎とは対照的に軽々と持ち上げる龍に唖然とする育郎。中身がエロ本じゃなかった事はこの際どうでもよくなった彼である。
「……………そっちは何を。」
「これだよ。」
そう言って育郎はスーパーの袋を広げる。こんにゃく、食パン、イチゴジャム、イカ、豆腐などがある。両親から出かけたついでに頼まれた夕食と朝食のお使いだろう。
食パンとイチゴジャムは明日の朝食。豆腐とこんにゃくとイカ…全く思いつかない。料理が得意な黛由紀江とかなら簡単にレシピを書くのだろうか。
「豆腐と……イカと……こんにゃくで何を…。」
「ん?何ってナニだろ?」
「……………は?」
「だからオ○ニーだろ?」
昼間の商店街でそんな言葉を聞いて口は一文字に結んだまま、彼は思い出す。
去年の夏休みにだいぶ氷も溶け、秘密基地に男四人で集まった時だった。
◇ ◇ ◇
「とにかく女性陣が来るまでに片付けようぜ。」
「エッチグッズ多くなりすぎでしょうが!」
「どんだけエロにつぎこんでるんだよお前…。」
「……………。」
あまりにもエログッズが多くなったので、金曜集会前に男だけで在庫処分をすることになった。そういった類の本たちを選別して、クッキー2に切り刻んでもらって燃えるゴミに捨てる。そういう算段である。
「世界のブルマ…軍服さん調教…義姉モノ…どれも捨てがたい。」
「でも整理しないと、溢れかえってばれるよ。」
「龍、この中だとどれ捨てるか決めてくれ。」
「…………なんで俺が…。」
学生服徹底調教本、ア○ルフェスタ08、痴漢二十連発、元芸能人美女正統派写真集。どれにも興味はわかないが、学生服徹底調教本と痴漢二十連発を選んだ。さらに選択肢にない軍服さん調教を選ぶ。
「軍服さん調教もかよ!」
「龍はやっぱりそういうの苦手なんだね。」
「……………無理だ。」
作り物でも許せない事が彼にはある。
「俺様今日は元芸能人美女正統派写真集を持ち帰るぞ。」
「今持つのはやめろよ、女子達来るぞ。」
「知るかバカ!そんなことより今夜はこれでオナニーだ!」
「声が大きいよ!落ち着きなよ!」
掃除している最中に漫画などを見つけて、そのまま読み耽ってしまう現象がよくあるが、岳人が今その状況である。しかし読んでいる本がエロ本なので一人で勝手に興奮してしまっている。この場に男しかいないから余計に五月蠅い。
「龍も何か持ってけよ!お前も抜くんだろ?」
「……………抜く?」
「オ○ニーだよ!やったことあんだろ?」
「……………したことない。」
十五の夏、軽い気持ちで出した言葉が、男たちを驚愕させた。その後は根掘り葉掘り聞かれた。実に面倒臭い。ただ十五年間何もしていないというだけである。
男なのにだとか、性欲は沸かないのかだとか、夢精したことないのか、とか。危険そうな言葉は飛び交うわ、知識が無いので意味はわからないわで混乱してしまう。
何だかんだあったが、クッキー2に切り捨ててもらい、ごみ袋にしまい、残ったエロ本を所定の位置に戻して女子を迎え入れた。
「わー! 皆元気そうね!」
「あれ? エロ本捨てたの?」
「何で入って一秒で気付くんだよ!」
「そして龍が一人でしたことが無い事も把握済み…。」
「……………そこで聞いてたろ。」
◇ ◇ ◇
「……………聞いてるのか。」
「ちゃんと聞いてるぜ。おっ!いい風きたぞ!」
過去話を聞かせていたが、聞き手の方は首から下げているカメラで何やら撮影していた。
彼の身長に合わせてしゃがんでカメラの先を見てみると、女性のスカートに向けられていた。休みの日に川神学園の学生服を着ている。部活帰りだろうか。
「……………何してんだ。」
「許せ、龍。これも全て宴の為なんだよ。」
「……………宴?」
「悪いが、椎名とモモ先輩に毎朝挟まれているお前には喋れないんだ。」
「……………?」
直江大和、源忠勝、加藤龍、風間翔一などは駄目で、福本育郎、島津岳人、師岡卓也、熊飼満、大串スグルには参加資格がある魍魎の宴と呼ばれる集まり。共通点がわからない。
龍は流れで荷物持ちになって、育郎は機会を見つけてはきわどい所の写真ばっかり撮っている。正直解せない部分はあったが、宇佐美巨人先生の名前を出されて説得されたので、今は甘んじて荷物持ちとして働いている。お世話になっている人には弱い彼である。
それから何十枚ものきわどい写真を撮る育郎。撮っている間も雑談はこなす。学生のカメラにしては高級に見えると思ったら、写真屋の息子だということが判明した。
それならと、彼はこの状況を打開するつもりで提案してみた。
「……………普通の写真は撮れないのか。」
「例えば?」
「……………風景とか。」
「まぁ、撮れるっちゃ撮れるけどよぉ…。」
彼は普通の写真も撮っている。風間ファミリーの武士娘五人などは普通に撮られている。理由は言わずもがなであるが。ただ立っているだけの写真なら撮れたそうだ。
「風景を撮るのはいいけどよぉ、龍も映り込んでくれよ。」
「……………なんで。」
「その方が映りいいんだよ。頼むぜ。」
それからは龍の要望通り、いろんな風景を撮影した。川神駅前、金柳街、イタリア商店街、多馬大橋、多馬川の土手、仲見世通り、川神院などを背景に撮影していった。
途中途中、小笠原千花やら、川神院の跡取り娘やら、会う度会う度に好きと言ってくる弓道娘など龍を見つけては映り込んでくる面々がいたりもしたが。
育郎はその人数分現像を頼まれたりもした。龍のおかげで急に時の人である。
「だいたい撮り終えたな。で、どうだった?」
「……………こっちの世界でもいいだろうに。」
「すまねぇ。俺は宴がある限り、経済の代わりにスカートの中を見通さなきゃいけねぇんだ。それに俺は二十四時間セックスの事を考えてるんでな!」
「わかったから……………声が大きい。」
いくら多馬川の土手だからといって、誰が聞いているかわからない。何しろ声が大きい。
「まぁでも、風景を撮るのも面白ぇな。気晴らしでたまに撮ってみるかな。」
「撮ってくれたら……………買うぞ。」
「風景写真をか?別に金いらねぇけどよ。必要なのか?」
「……………趣味に。」
「何の趣味だ?」
「……………。」
趣味の話題になり、途端に口を閉ざす龍。
育郎はそういう事か、と察したつもりで龍の方に手を置いて言葉を発する。
「風景写真をエロい事にか…?」
「違う。」
「冗談だって!即答するなよ!…まぁ、とにかく現像できたら学校に持っていくぜ。」
「……………すまない。」
突如、携帯が鳴って育郎がそれに出ると、親からの帰宅命令を食らったようだ。現像の手伝いでも頼まれたのだろうか。そして育郎は思い出したように紙を取り出す。
「あ、そうだ。これやるよ。」
「……………何だこれ。」
「お前の現在の好感度は、こんな感じだぜ。」
X軸に友情、Y軸に愛情。川神百代、川神一子、椎名京、黛由紀江、クリスティアーネ・フリードリヒ、小笠原千花、甘粕真与、小島梅子などがグラフ上にいる。
小島梅子は受け持った生徒という意味で愛情寄りの少し上。甘粕真与は友情寄りの少し右。小笠原千花はグラフの真ん中から斜め右あたり。
クリスと由紀江はグラフの友情と愛情の丁度真ん中あたり。一子は右下の友情軸にいる。百代と京にいたっては右上。愛情と友情をこれでもかと抱かれているようである。
「……………なんなんだこれ。」
「俺の情報力を舐めるなよ?これはモノホンの情報だぜ。ま、今後の参考にしてくれよ。」
「……………はぁ。」
訳がわからないまま好感度調査の紙を受け取り、龍は一人佇む。そして帰り際に育郎はこう宣言した。
「何かを極めるならとことんだ。たとえエロ写真やたとえ風景写真でもな。今日は新しい自分を発見できた気がするぜ、サンキューな、龍!」
……………余談ではあるが、好感度調査の紙は非常に情報が正確で、これといって行動は起こしてはいないが、日常生活を生きる為に役立っている。
たとえ身体は小さくても、一つ立派な才能が優れていて、いかんせん侮れない彼であった。