真剣にみんなに恋しなさい!   作:Y2D

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番外編:縁の下の力持ち

「…で、休憩時間だったってのに何でおめぇらは息が切れてやがんだ?」

 

 

「ぜぇ…ぜぇ…思いっきり走ってきた!」

 

 

「ハァ…ハァ…………昔を思い出して、つい。」

 

「バッキャロー!仕事前に疲れてんじゃねぇ!」

 

 

 

午後の仕事開始前に昔を思い出してつい二人で風になったので怒られる。息が整うまで店の奥に引っ込めと言われる始末。奥の畳の上で二人大の字になって息を整える。異様な光景である。その異様な光景を優しく見守る店長。奇妙な信頼関係である。

 

 

 

 

 

「そういや、あれから一年か、龍。」

 

「……………そうですね。」

 

「去年は大変だったなー。」

 

「……………ごめん。」

 

 

 

二〇〇八年 十二月下旬 冬休み中

某時刻 某所

 

丁度一年前の話。何もかも全て失い、そして一人でやっていくと決めてから数か月経った十二月、相も変わらずに意味もなく川神を徘徊する日々が続いていた。

 

と言っても無意識にインビジブルを発動しているので、川神の住民に変な目で見られることはない。何かに触れる、ぶつかるか、自分で意識を持つかをすると皆の前に現れる。

 

彼の無意識な徘徊が始まったのは、風間ファミリーから見放されたからである。毎日のように彼の家にまるでお見舞いのように遊びに来ていたファミリーを跳ね返している内にようやくと見捨てられたようである。

 

自分の家にようやく誰も来なくなり、有難いと思う。暗く汚い家に男四人、女三人。計七名が小さく硬いベッドに集合して、毎日のように龍を励ます会を開いてくれた。

 

だが龍はそれを毎日のように突き放しに突き放した。それがようやく功を奏し今に至る。元々小さい家だったはずなのに、こんなに家が広かったかとふと思う。一人でボーっとしながらベッドに座っていると自然に一粒の涙が頬を伝う。そして胸がチクチク痛む。

 

自らの意志で突き放したというのに何故こんなにも心が苦しいのか。現実逃避をしたくてベッドで寝ようとするが、目を閉じると頭の中に突き放したはずの面々の笑顔が浮かんでくる。人間的に酷い事をしたというのに頭の中には笑顔しか浮かんでこない。この家にいると頭がどうにかなりそうになる。

 

こうして徘徊は始まった。家にいるのが嫌になって無意識にインビジブルを発動した龍は誰の目にも留まらなかった。多馬川近くの住民、多馬大橋の変態、イタリア商店街の若者、金柳街の主婦、仲見世通りの店員、川神駅の利用者…一般人には気配すら感じさせない。

 

徘徊が始まって一週間。朝から晩までひたすら川神中を徘徊していた。もう一週間、約百六十八時間も寝ていない。目の下にクマが出来、食事もしていないし、川神院での修行も何日やっていないのでかなり痩せ細っている。

 

もはや徘徊というよりゾンビの一種である。ゾンビシューティングゲームの第一ステージで殺られていく雑魚ゾンビのようにふらふらと。視界もぼやけ、頭もしっかり回っていない。そんな状態だが長年住んでいる土地の道はわかる。今日も同じルートでの徘徊。

 

昼過ぎには金柳街に着いた。イタリア商店街とは真逆の街。良い意味で庶民臭い街。カラオケ店、牛丼屋、ファミリーレストラン、漫画喫茶、服屋、本屋。本屋を通り過ぎようと思うとふと何かに気付く。視界に飛び込んできた黒い本。あれは…いやまさか。そんなはずはない。あれは焼失したはずだ。いやしかし、あのタイトルと表紙の写真。…間違いない。初版本だ。

 

 

 

「……………何故ここに?」

 

「うおっ!?どっから現れやがったんだ、バッキャロー!」

 

 

 

インビジブルが解けた龍は、突然現れたように見えるので、大抵驚かれる。

 

 

 

「……………何故この本が。」

 

「あ、ああ。配られたんだ。随分昔にな。」

 

「……………売るんですか?」

 

「いいや。展示しているだけだ。」

 

「……………そうですか。」

 

「なんだ、欲しいのか?」

 

「!…いや…その…まぁ…でも…。」

 

「まぁあげるには条件があるがな。」

 

「……………条件?」

 

「ちゃんと飯食えバッキャロー!後、なんだそのクマは。きちんと寝やがれバッキャロー!」

 

「……………す、すみません。」

 

「それともう一つだ。バンダナ達ともう少し仲良くしてやれ。別にべったりしろって言ってるわけじゃねぇ。少しは会話ぐらい交わしてやれってんだ。そうしないとこれは渡さねぇぞ。」

 

「…………………………はい。」

 

 

 

三つの条件を飲むことを条件に、黒く分厚い少しよれた本を受け取る。こうして高校二年時の加藤龍が出来上がったという。

 

 

 

 

 

「……………あの時は本当にありがとうございました。」

 

「あー、あれか…。今だから言えることなんだが…。」

 

 

 

 

 

二〇〇八年 十二月下旬 冬休み中

午前十一時 金柳街

 

龍の徘徊一週間目。黒く長い髪をなびかせて川神書店へやってくる人物。

 

 

 

「こんにちは、店長さん。」

 

「おっ、なんだ、ようやく本を買う気になったのか?」

 

「ここの本は私には難しすぎるので…今日はお願いがあって来ました。」

 

「なんだ、バッキャロー。金は貸さないぞ?」

 

「…例の本まだ持っていますか?」

 

「例の本?」

 

「昔川神中に配られたあの本です。」

 

「ん?あの本か?ああ、きちんと保管してあるが、それが?」

 

「それを龍の為に譲ってくれませんか?」

 

「ん、まぁ、別にいいけどよ、何回も読んじまってもう中身はよれよれだぞ?」

 

「どんなに汚れていても、初版本っていうだけで龍は喜びますよ。」

 

「本当か? ならちょっと待っていろ。今持ってくるから。おい、店見ていてくれ。」

 

「大丈夫ですよ、お客なんて来ませんよ。」

 

「へっ!言いやがるぜ。」

 

 

 

湿っぽい空気になったのを、百代が茶化して明るくする。きちんと意図を理解した店長は笑顔で返してくれた。

 

 

 

「ほら、これだろ。持っていけ。」

 

「いや、今は奴と喧嘩中みたいな感じなんで、重ね重ねすみませんが店長から渡してもらえますか?」

 

「別にいいけどよ…何で喧嘩してやがんだ?」

 

 

 

百代は事の顛末を話す。それを店長は渋い顔で腕組をしながら黙って聞いている。

 

 

 

「なるほどなぁ。まぁ無理もねぇけどよ、お前らちょっと構いすぎたな。」

 

「今では皆反省しています。だから今は押してダメなら引いてみろっていう感じで見守っています。」

 

「で、結局俺に白羽の矢が立ったのか?」

 

「ウチの参謀が一応考えて、ウチの弓道娘が白羽の矢を立てたんですよ。」

 

「嬉しいもんだねぇ、本は買ってもらってないけどな。」

 

「だから店長のチョイスが渋すぎるんですよ。」

 

「ヘッ、まぁ、それはいいとしてタダで渡すわけじゃないんだろ?」

 

「言い方が悪いんですけど、龍はちょろいですからね。条件付けたら仕方なく承諾してくれるんですよ。」

 

「お前らと仲良くしろって言えばいいのか?」

 

「それと、腹いっぱい食えっていうのと、ちゃんと寝ろって言ってやってください。」

 

「お安い御用だ、バッキャロー!」

 

 

 

 

 

裏事情を知った龍は複雑な表情を浮かべる。そして翔一を睨む。

 

 

 

 

 

「……………知っていたのか。」

 

「怒るなよ!龍を助けたかったんだよ!」

 

「……………むぅ。」

 

「怒るんなら、本返してもらうぞ。」

 

「……………はい。」

 

 

 

 

 

閉店後。店内、店前の掃除を終えて仕事終了となる。帰ろうとした龍は店長に向き直り感謝の気持ちを述べる。

 

 

 

「……………店長、いろいろとありがとうございました。」

 

「気にすんな、バッキャロー。って、また買うのか、バッキャロー!」

 

 

 

ドスンという音をさせて大量のミステリー小説をレジカウンターに置く龍。感謝の気持ちを込めていつもの二倍、と言っても常人が数冊買うとしたらその十倍龍は買っている。

 

 

 

「……………これからも宜しくお願いします。」

 

「おう、宜しくな、バッキャロー!」

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