真剣にみんなに恋しなさい!   作:Y2D

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番外編:電波男と煎餅女

昼休みになり、加藤龍はいつも通り屋上の真ん中、つまり高所恐怖症が影響しない場所で昼寝をしている。自身の睡眠を邪魔する者は誰としても許さないと決めている。それは武神川神百代でも例外ではない。彼の睡眠を邪魔した者は、睡眠の重要性について長々と語り出すのを延々と聞いていなければならない。そんな彼の元に訪れる者は誰もいなかった…昼休み途中までは。

「加藤はいるか?」

 

 

 

聞き慣れた厳めしいハイヒールの音と聞き慣れた厳めしい声が耳に入ると文字通り飛び起きて思わず正座の態勢になる龍。やって来たのは我らが担任小島梅子その人である。…流石に目上の人間に語りだすほどの肝っ玉は無い。

 

 

 

 

「おお、大丈夫か、加藤?」

 

「大丈夫です……………何かご用でしょうか?」

 

「いや、そろそろ進路調査票の提出期限だということを伝えに来たついでだ。」

 

「……………ついで?」

 

 

 

そう言うと梅子は隠していた袋を取り出して、中に入っていた煎餅を食べ始める。その光景を見てデジャヴだと思う。職員室で食べるとその咀嚼音が五月蠅いと周りから言われるそうで、そうなると決まって屋上に来るので、時々遭遇してしまう。

 

 

 

「お前も食べるか?」

 

「……………大丈夫です。」

 

「ちゃんとお昼御飯は食べたのか?」

 

「……………はい。」

 

「…この鞭に誓って本当だろうな?加藤。」

 

 

 

煎餅の袋を置き、今度は得意な鞭を取り出して龍に見せつける。一般生徒ならその鞭を見るだけで怯えるだろうし、さらに一部生徒はハァハァと興奮するだろうが、龍は無表情を貫く。

一応武道家の加藤龍はそれぐらいでは怯えない。むしろ今お手合わせ願えるのではないかとワクワクしている。以前試合した時はボロボロにやられたのでそのリベンジである。

 

 

 

「流石加藤だ。この鞭捌きを見ても表情を変えないとはな。」

 

 

 

鞭をしまう梅子に不満の表情を浮かべる龍。一度燃え上がった炎はなかなか消えないものである。それどころかその炎は隣の人間に燃え移ろうとしているようだ。

 

 

 

「……そういえば…小島先生の年齢って……」

 

 

 

禁句を口にした途端、首に長い鞭が巻かれるのがわかった。戦闘態勢をとるよりも速く確実に。そして死なない程度に軽くギチギチと締め上げられる。

 

 

 

「川神百代からいろいろ聞いているからな。そんな挑発には乗らんさ。」

 

「…………その割には首が締まっているんですけど…。」

 

 

 

そう言われて梅子はようやく鞭を解いて龍を開放する。息を整え終わると未だに燃え盛っている炎は何とかして燃え移ろうと次の手を捻りだす。

 

 

 

「…指弾参式。」

 

 

 

ポケットからスーパーボールを出して指先で弾いて飛ばす。尚、参式は弐の次という意味なのでスーパーボールに焦げるほどの力は籠められていないが、それでも中々の一撃である。

 

 

 

「山彦!」

 

 

 

細い鞭を自在に操り、飛んできたボールを的確に弾き返す梅子に、力が足りないと思った龍はすぐに次の手を打つ。

 

 

 

「…致死蜘蛛。」

 

 

 

今度はそのボールを気弾の力でさらに勢いよく飛ばす。イメージはバレーボールのサーブ。因みに蛍が成虫になってからの天敵は蜘蛛らしいのだ。

 

 

 

「山び…」

 

 

 

小島流鞭術は、先程の技より威力が増したボールも容易に絡めとる。だが、その隙に龍は次の技の態勢に入っていた。右足を上げて飛び込みながら力を籠めた右ストレートを相手に叩き込む。その名も名づけて…

 

 

 

「…流れ星。」

「遅い! 鎌鼬!」

 

 

 

その拳よりも早く小島流鞭術はまた形を変える。その威力ゆえに近くにいる味方さえも巻き込んでしまう鎌鼬。攻撃範囲三百六十度、その辺の人間二十人は倒せる技を飛び上がって防御の態勢がとれないでいる龍はモロに喰らう。

 

 

 

「…ぐっ。」

「本来の決闘ならこれで決着なのだが、粛清の意味も込めて…犬神!」

 

 

 

龍が最後に見た事と言えば、梅子の鞭がクルクルと回転した後なんと犬の形になり自分に向かって突進してきた光景である。そこで龍の意識は飛んでしまった。

 

 

 

 

 

見知らぬ天井。いや、見知っているのか。気がつくと白いベッドの上にいた。流石に病人を乗せる場所ということで、どれをとってもふっかふかで心地いい。いつもの黒く硬いベッドとは大違いである。目が覚めて状況を確認しようと起き上がる。

体を起こして目の前を見ると時計は放課後を指しており、そして見知った顔が二人、保健室の先生がいるはずの場所で鎮座していた。目が合うと嬉しそうに距離を縮めてくる。

 

 

 

「フフッ、えらいハリキリボーイがやってきたね。」

 

「派手にやったな、龍。どうだ?ジジイに知らせてやろうか?」

 

「……………何してる?」

 

 

 

隠れたネタに反応もできず、保健室の先生がいないという違和感を覚える龍。

 

 

 

「あなたの恋人候補ナンバー1 川神百代、拳系ですっ!」

 

「こっちがあなたの恋人候補ナンバー1 椎名京、弓系です。」

 

「……………保険の先生は?」

 

 

 

どんなボールを投げてもバントの態勢もとらないバッターに痺れを切らした二人は、龍が求めている状況を説明し始めるが、ネタを挟むのは辞めない二人である。

 

 

 

「保険の先生は今日一日出張中だ。で、代わりがこの艶女医というわけだ。ちゃんとジジイに保健室に入る許可は貰っているぞ?流石にナース服を用意する時間は無かったがな。」

 

「無謀にも梅先生に歯向かった少年Rは何とか一命を取り留め、その生涯を同じクラスメイトの弓道娘と共に幸せに暮らすのでした、おしまい。」

 

「……………はぁ。」

 

 

 

 

 

「おっ、寝てなくて大丈夫なのか?」

 

「……………ずっと寝ている方が危険だから。」

 

「?」

 

 

 

愛が大きすぎる二人の看護婦、起き上がった時に何故か上半身裸、しかもいろんな所がぬめぬめしている。一人になってから一応下半身を確認したが、ぬめりは無かった。

 

そんな状況で誰がおとなしく寝ていられるものか。何とか保健室を抜け出して、トイレにこもって一人で体を拭き今に至る。

 

 

 

「あ、梅先生から伝言。”今回は私にも原因があるから特に咎めはしないが、次学園内でする時はワッペンを持ってこい。時間があれば川神院にも赴く。”」

 

「……………ムゥ。」

 

「まだあるよ。”自分の道は自分で切り開け、誰にでも素質はあるのだぞ。進路調査票は武道家以外で書けよ”と。」

 

「……………ウム。」

 

 

 

武道家以外と言われると弱い。これまで長い事打倒川神百代一本でやってきたというのに、それを絶たれていざ考えようとすると全く思い浮かばない。自分は何がしたいのか。

 

 

 

「……………さっきから何をしている?」

 

「ん?ああ、求人広告を見ているんだ。鮫についてディープなトーク…ヤドカリならなぁ。文学部、面白い小説募集中…文才が無いからなぁ、キノコ部…名前からして怖い。化石掘り出し…これはキャップ向きだな。ゲームのデバッガー…精神が持たなそうだな。ジーパン部…素晴らしいが、ヨンパチがイベントゲスト…見なかった事にしよう。うーん、いいのがないなぁ。」

 

「……………宇佐美代行センターに来ればいいのに。」

 

「今抱えている案件は?」

 

「……………人の愚痴を聞く仕事、人の愛の告白の代行、一日その人の友達になる代行。」

 

「…ごめん、力になれなさそうだ。」

 

 

 

そして大和はなぞなぞを解き明かせば食券が百枚貰えるという広告を見つけて飛んでいった。すれ違いに梅子がやって来た。

 

 

 

「加藤、もう体は大丈夫なのか?」

 

「……………はい、すみませんでした。」

 

「フッ、まさかお前も姉貴分と一緒で戦闘狂だったとはな。新しい発見だ。」

 

「……………そんなんじゃないです。」

 

 

 

立ち話もアレだということで会議室に通される。広い部屋を二人で贅沢に使う。先生直々に緑茶も入れてくれた。ついでに大量の煎餅も。…多い。

 

 

 

「で、直江から伝言は受け取ったか?」

 

「……………はい。ですが、武道家以外道が見つかりません。」

 

「よく探したのか?では別視点から考えてみろ。例えば幼少の頃何になりたかったとかは無かったのか?」

 

「昔…………………………あ。」

 

 

 

封印していた記憶を思い出す。子供の頃何になりたいか。そういえば何も知らないで無責任な事を言ったなぁと。右も左も分からない子供が何も知らないで。

 

 

 

「見つかったようだな。」

 

「……………小島先生のおかげです。」

 

「私は何もしてないさ。どうだ、煎餅食べるか?」

 

「……………いただきます。」

 

 

 

…その煎餅の味は何故か特別美味しかった。

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