時は進み、帰りのホームルーム。少し待ってから、担任の小島梅子が入ってくる。そしてすぐに業務連絡が入る。どうやら島津寮に一つ空き部屋があり、そこにクリスが新たに住むことになったので丁度いいのか風間ファミリーが全面的な世話を任される。部屋が隣になる椎名京は特に面倒を見るように言われている。当の本人は浮かない顔をしているが。
放課後。加藤龍は帰り道を一人で歩く。教室から一番初めに出たのはおそらく彼だろう。二年F組の全員が気付かぬ内に。A錬の川神百代に気づかれない内に。学校の喧騒からすぐに離れ、暗く冷たい家へと戻る。学生鞄を置き、学生服を脱ぎ黒の無地Tシャツと黒の無地ズボンに着替え、黒い二つ折りの携帯、黒い二つ折りの財布、今日着た制服、有名な黄色く壊れにくい桶、シャンプー、ボディソープ、タオルを持って三度外に出る。
「いらっしゃい、いつもありがとうな。」
「……………どうも。」
歩いて数十分、贔屓にしている老舗の銭湯に着く。軽く挨拶を交わし入り口で四百円を払う。全ての服を脱ぎタオル一枚になり、そして銭湯に備え付けのコインランドリーコーナーの洗濯乾燥機に今日着た制服を入れ、五百円を入れて回す。その間に風呂場へ入る。
体を洗い、頭を洗い、かけ湯をして湯船につかる。定番の富士山の絵が描いてある壁を無心で眺めながらのぼせない程度に数十分。
洗濯乾燥機が終わる数十分前に風呂からあがる。体をしっかりタオルで拭き、着替えて終わってから洗濯乾燥機から制服を取り出す。そしてドライヤーで髪を乾かしていると、一組の親子連れが鏡越しに映る。
「お父ちゃん、フルーツ牛乳飲みたい!」
「はいはい、着替えが終わったら買うからな。」
何を思っているのか。何を考えているのか。その親子をじっと鏡越しに見つめる。父親が力を入れて子供の頭を拭いている。龍とは対照的に親子はとても楽しそうに笑っている。そうしている内に髪を乾かし終わり、親子の笑い声が耳に入りながら外に出る。表情はとても暗い。
「待っていたぞ、龍。」
「……………!?」
外に出ると黒の長袖Tシャツに灰色のベストにネックレス、黒の長ズボンと今の龍と似たような格好の百代が銭湯の入り口で待ち構えていた。そして腕を肩に回してくる。相変わらず振りほどこうとするが振りほどけない。
「おいおい、風呂入ったのに汗かくつもりか?」
「チッ……………何しに来た。」
「何って…どうせ集会来ないと思ったから迎えに来た。」
「……………余計な御世話だ。」
「まぁまぁ。これあげるから飲むにゃん。」
とコンビニの袋から小さい紙パックの牛乳を取り出して龍に渡す。
「……………いらない。」
「銭湯の醍醐味を味わないなんて勿体ない。それにお前ネコっぽいから飲むにゃん。」
「……………ネコじゃない。」
「いやぁ、”ネコ”っぽいぞ。うん。」
「……………?」
話がかみ合っているようでかみ合っておらず、龍は観念して受け取った牛乳を飲む。それを満足気に見つめる百代。”ネコ”…”ネコ”…と呟きながら吹き出して笑っている。
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百代が龍を無理矢理連れて来ても全員は揃っていなかった。京の代わりに案内係を任された直江大和は転入生クリスティアーネ・フリードリヒと喧嘩した事を話していて、大和や京から貸した金の催促を受けた百代は龍を盾にその場はごまかし、師岡卓也は機械語りを始めてしまい、島津岳人はクリスの話をしている。しばらく待ってようやく風間翔一がやって来て、一子は翔一が持っている袋をふんだくる。翔一は宅配寿司のバイトでの土産話を話す。
「ダーリン、あーん。」
「……………いらない。」
「龍、食べて鍛えて武術もお姉様を超えるぐらい頑張りましょ?」
「……………頑張る。」
しばらく皆で寿司を食べる。下が蕎麦の上が寿司のざるパックなども出ていて、まるで軽い宴会のようだった。
「そうだ、今日はバイト代入ったぞお前達。さっさと持って行け金の亡者共。」
「回収した。ハイこれお釣り。全額確かに月内に!」
「黙って私の物にしたいところだが、ちゃんと回収しろ龍。」
「……………知らない。」
借りた金を返す、貸した覚えは無いの押し付け合いが始まる。見かねた翔一は突然全員が黙るような爆弾を落としていく。
「転入生のクリス、俺達のグループに入れようかって議題出てたろ。」
「今聞いたよ!」
「俺、気に入ったもん。一緒に遊びてえっと思った。」
馬での登校、日本を勘違いした外国人像などなど翔一が甚く気に入ったようで、皆にクリス仲間入りの提案を投げかける。
「一人ずつ聞いてみなよ、キャップ。」
「じゃあモモ先輩からどーぞ。」
「賛成だ。クリスは欲しい。いろんな意味で。」
「俺様賛成。可愛いし骨もあるし。」
「私は様子見かしらー?」
「私は反対。」
「僕も京と同じで反対。」
「俺も腹は立ったけど一応様子見で。」
「反対。」
「京より力強い反対だな。んー、てことは賛成三、反対三、様子見二ってことだな。よし、じゃあクリスには声かけるぞ。それでそりが合わなかったら切るってことで。」
本人がいない欠席裁判ではあるが、反対組三人はそれ程他人の介入を嫌う。その為、”切る”という残酷な言葉がいつもは楽天的な翔一の口から発せられる。
話がひと段落すると、皆クッキーから飲み物を受け取っている。クッキーとは九鬼財閥が作り上げたロボットで、元々は川神一子に贈られたものだったが、一子には不要だった為、現在は風間翔一を主人としている。内蔵の冷蔵庫で飲み物を冷やしていて、今も皆の好きな飲み物が冷えたまま配られている。
「で、明日は何して遊ぼうかしら?ね?ね?」
「河原で遊ばね?」
「バスケなら俺様の見せ場だぜ。ダンク決めるぜ。」
「決まりっぽいね。僕もたまには外で遊ばないと。」
「朝練習こなして行くとすると十時だな。」
「……………。」
「ダーリンも行くって。」
「京さんの捏造パネェッス。」
金曜集会は土曜日の流れも自然に決まる。中学の時から毎週毎週欠かさず行われる集会。龍もなんだかんだで無理矢理引っ張られて毎回参加している。これが風間ファミリーの日常、加藤龍の非日常。
「おーい、男共誰か私をときめかせてみろ。」
「僕には無理過ぎてパス、ガクトどうぞ。」
「俺様フラれすぎてパス。キャップいけよ。」
「恋に生きるには切なすぎるぜ、大和いけよ。」
「死地にしか見えないのでパス、龍いけよ。」
「……………興味が無い。」
「このうら若き肢体に興味が無いだと!?来い、わからせてやる!」
軽い小競り合いが始まる。龍を抱きつこうとする百代と、それを拒否する龍。小さい火花を見え、収集がつかないところで本日の集会が終わる。
「じゃあね~、ダ~リ~ン♡」
「……………。」
「明日来いよ~。」
「……………。」
「まぁ来ないと今日みたいにするけどな~。」
「……………おい。」
龍は廃ビルに一人残り、他七人とクッキーはそれぞれの帰路に就く。見えなくなると龍は廃ビルに戻る。本来の役割をなしていない半壊した扉を開け、部屋の中にある黒いボストンバッグから普通のペットボトルと歯磨きセットを持ち外に出る。先ほどの寿司を食べた分の歯磨きを済ませると彼の一日がようやく終わり、部屋の中の硬いパイプベッドで即座に就寝する。
これが加藤龍の家である。風間ファミリーが勝手に秘密基地を作ったように龍も勝手に廃ビルを自分の家にして住みついている。独りになりたい龍において絶好の場所だった。いけない事とはわかっていながらも、一年住みついている。
何かの変化が訪れようとしている自分の日常に恐怖を抱きつつ、川神の夜は更けていった――