土曜日。学校によっては授業があったりなかったり。川神学園は授業が無いので今日は休み。加藤龍も体内時計のおかげで、いつも平日に起きる時間には起きていない。現在九時三十分。約束を交わしたかどうかは不明だが、十時まで残り三十分。
半壊した扉を叩く者がいる。しかし彼はそれぐらいでは起きない。もう一度叩かれる。起きない。さらに叩かれる。起きない。
仕方なく部屋に入ると、侵入者にも気づかずに寝ている龍の姿。赤ん坊のようにあどけない無防備な寝顔に一瞬戸惑うが、時間が無いので無理矢理起こす。
「おっ…おい、起きろ!」
「……………。」
「起きろってば!」
「……………は?」
体を揺さぶって起こす。ただでは起きないので力一杯揺さぶるとようやく起きる。眠い目をこすりながら声が聞こえる方を確認すると、川神百代その人が立っている。
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「もう一度言うぞ…睡眠っていうのはただ体を休めるだけの作業じゃない。一日使った脳を休める為に必要な事なんだ。それに一日のストレスも緩和してくれるし…」
「わ、わかったから河原に行くぞ、皆待ってるんだぞ!」
龍がいつものように水を使う支度をして、黒のTシャツと黒の長ズボンに着替え終わると、百代は部屋の床に正座させられる。そしてベッドに座っている龍に睡眠についての説教を受けている。何度目かの説教によって百代は顔をしかめる。
こうなった龍は直江大和のヤドカリ語り、師岡卓也の機械語りを凌駕するほど面倒くさい。なので、正対している龍の腋の下から自分の首を差し入れた後、肩の上に相手を担ぎ上げて外に出る。尚、変わらぬ力の差で抵抗は無駄に終わった。
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「……………アウト。」
「相変わらず容赦ねぇな、おい!」
島津岳人のホームランボールは、龍の跳躍力によって呆気なく捕られる。輪番による交代で龍と百代が転入生クリスティアーネ・フリードリヒの許へ。クリスが仲間になる事になったので、風間ファミリーの面々は順番に挨拶をしている。
「そういえばまだお互い自己紹介してなかったよな。」
「ん?一緒のクラスだろ?」
「休み時間になるといなくなっていて…。」
それもそのはず。一秒でも多く眠りたい龍は、休み時間になると屋上に行き仮眠をとる。だから風間ファミリー以外の二年F組のクラスメイト達は親交を深める事が碌に出来ていない状況。さらには放課後教室から一番早く帰るのが彼。川神一子とクリスが決闘した昨日を含めても今日がようやく会話が交わせる日。それを聞いて百代は、苦々しい表情で頭を抑える。
「昨日小島先生に苗字を呼ばれ、犬達に名前を呼ばれていたのを聞いて…つまりお前が加藤龍だな?」
「……………違う、片山義太郎……………。」
「こら、嘘つくな。」
偽名を名乗った龍を不思議そうに眺めるクリス。百代は龍に衝撃波が出る程の少し力強いデコピンをする。
「何だかよくわからないのだが…。」
「ああ、悪いな。今のコイツはこういうやつで…」
「……………おい。」
「今の?」
「あ、いや…慣れるまで時間はかかるが、まぁ一応良い奴だから宜しくな。」
未だに訳が分からず戸惑いながらもとりあえず返事をするクリス。そして話の流れで今夜は、クリスが仲間入りしたということで島津寮で歓迎会をやることになった。そして、クリスは風間翔一に呼ばれ野球へ参加することになり、百代も輪番で野球をしに行き、またクリスは碌に会話できないままその場は終わった。尚、その後の龍は輪番により戻って来た京に捕獲される結末が待っていた。
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同日夕方、川神院。胴着姿の男女二人が拳を交えている。一人は言わずと知れた武神の声名高い川神百代。攻撃をする度に特徴的な長い黒髪が揺れる。もう一人は加藤龍。何事にも無頓着、不変的な日常を生きたい彼にも望む変化がある。それは川神百代をこの手で倒すこと。そんな二人の関係が始まったのは幼少期の些細な出来事と一人の男性に発破をかけられた為。最初は嫌々通っていたものの、時は進むと自我が芽生え、思春期を迎えると本気で取り組むようになり今に至るが、望む変化は今日も簡単に打ち砕かれる。
「それまで! 勝者川神百代!!!」
「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…。」
「フフン、まだまだ甘いな~、龍。」
凛として腕を組んで立っていて、汗一つかいてない百代と汗だくで地面に倒れて息も絶え絶えの龍。端から見て力の差は歴然だった。だが、百代の顔は満足気に笑っている。登校中に現れる挑戦者を倒した後の表情とは別の表情を浮かべていた。その理由がわかるのは当人と、その当人の祖父であり川神院総代の川神鉄心、そして川神学園体育教師であり師範代のルー・イーの三人であろう。
「私が勝ったからプチ宴来いよ~。じゃないと一生闘わないぞ☆」
「ハァ…ハァ…ハァ……チッ…。」
そう言って踵を返し風呂場へと向かう百代。龍は未だに地面に倒れている。顔をあげ、おぼろげな視界で前を見ると鉄心とルー師範代が何やら小声で話していた。二人は遠くの方にいるので何を話しているかは全く聞こえなかった。龍は再び倒れる。倒れると言うよりかは地面に寝そべって百代が風呂から出るのを待つ。
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それから三時間後、川神一子、百代、龍は島津寮に着いた。川神院からこっそり持ってきた牛肉を手にして。尚、島津寮の一員である源忠勝はバイトでいなかった。本来なら龍もそのバイトに参加するはずだったが、突然参加しなくてもよいと忠勝に電話で言われたので、百代が賭けを思いつき強制的に歓迎会に参加させた。
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「なんだ、今日加藤来ないのか。」
「ああ、直江の野郎がさっき電話で、”どうしても今日は加藤を外してくれ”ってうるさくてな…。まぁ俺ら二人でもやれる案件だったから、勝手に問題ないと判断しちまったけど大丈夫だよな?」
「まぁそうだな。今日の加藤においてはただの数合わせだったから問題ねぇな。さ、それより今日の案件・合コンだぞ忠勝!依頼者は現地で待ってるそうだ。若いギャル達に”巨人さんって、マジでダンディなオッサンですね~”なんて言われるんだぜ!そして依頼者に一番良いのをくっつけたら、残りはそのままお持ち帰り…」
そんな事を話しながら、宇佐美巨人と源忠勝は親不孝通りの奥へと消えて行った…。
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「ゲンさんバイトか。あ、二階の子もここに呼ぶぜ。」
「キャップ。寮の女子として二階に上がる事を許可。」
「ガクトとモロロはどうした?」
「モロはじーさんの世話、ガクトは魍魎の宴だって。」
「……………?」
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翔一が肉を焼く事になった。焼肉についてのウンチクを語りながら焼いて皆に配っている。
「ダーリン、アーン。」
「……………一人で食える。」
「口開けろ!あけやがれこのぉ!舌ぁ引っこ抜いて裁判所に送ってやるんでぃ、舌が証言出来るようになぁ!」
「誰の真似だよ、それ。」
京は龍に肉を差し出すが、ただ黙って米を食べている。”食べてくれない…”と落ち込んでいるとクリスが励ましに近づいてくる。
「げ、元気を出すんだ。」
「……辛いの好き?」
「そこそこは。」
京は意外にすんなりとクリスに話しかけた。二言三言交わすと辛党同士で仲良くなったみたいだ。龍は相変わらず白米しか食べていない。
「モモ先輩、私の将来の配偶者がお肉を食べません。」
「あーんで食べないと一生闘ってやらん★」
「……………。」
黙って大きく口を開ける彼は、二人に ”簡単に操れる奴だなぁ” と思われたに違いない。二人の表情がそれを物語っていた。
「肉も柔らかいし、いい感じだぜ。どう黛。」
「はいっ、これ、まいうーですね!」
寮での歓迎会ということで、ファミリーの一員ではないが、島津寮に住んでいる黛由紀江もクリスの歓迎会に加わっている。
クリスは風間ファミリーという通訳者がいたので、龍とそこそこ会話が出来たようで一気に友達がたくさん増えた事にとても喜んでいた。そして大盛況のままに歓迎会は終わりを告げた。
歓迎会の後片付けも終わり、翔一は夜のバイトへ。百代と一子とクリスは女子専用の風呂場へ。大和は翔一が言った ”夜中の引っ越し” という言葉に不安を覚えつつ、自室へ戻る。由紀江も自室に。京はリビングで正面から抱きつき、腰周りを両足でくわえ込む体勢で龍を捕獲していた。
「へへへ、兄ちゃん。 “おまわりさんこいつです“ の “ま” “さ“を入れ替えて言うてみぃや…。」
「…………おさわりま…」
と、その刹那。大きな爆発音のような衝撃音が寮中に響く。当事者の内の一人である一子によって大和は寮と隣接している島津家の方へ行く。
そしてすぐに島津岳人の母親、島津寮の管理人である島津麗子が状況を確認する。どうやら女子風呂の風呂釜が壊れたようだ。
どうやら百代がクリスの裸を見たいが為に追いかけまわしている内に壊してしまったようだ。舎弟である大和は悪い事をした百代を諫めていた。結局麗子が他に困った事があったら相談に乗ることによる手打ちとなった。風呂場の方は一階の男子風呂が男女兼用となるようだった。
「いやぁすまんのぉ、孫が風呂壊してしまって。明日正式に詫びにいくからの。うむうむそれでは。フゥ…危ういのぉ…ふぅむ…もう少し龍が強くなればのう…。」