風間ファミリーに十人目の仲間が入ってから五日経った二〇〇九年五月一日金曜日。新参者二人が少しはファミリーの人達に慣れ、加藤龍という特殊な人種にも少しは慣れた頃。また金曜日がやってきた。ということで金曜集会も当然あり、新入り二名も参加することになる。
放課後、秘密基地ビル屋上には直江大和、島津岳人、黛由紀江、そして龍の四人がいる。
「わぁぁ……いい眺めですねぇ。」
「だろ。えーと、目の前の工場地帯が、えーと」
「海浜工業地帯。太平洋ベルトの中核だな。」
「……………。」
由紀江は岳人と一緒に景色を眺めていた。名前が思い出せない岳人に大和が助け船を出す。龍は屋上に上がる入り口の所で小さくなって本を読んでいた。
「あの、何故龍さんはあんな所におられるのでしょうか?」
「ヘヘヘッ、アイツは高所恐怖症なんだよ。」
「…………本の内容がビルの屋上の場面なだけで…。」
「まぁたまにミステリー系でラストがビルの屋上のやつあるけど…っていやいやいや、その言い訳は苦しいぞ。」
岳人の補佐役として本人に無理矢理連れてこられ、先程から代わりに名称を答えていた。
「わぁぁ…ここから真下を見るの勇気いりますね。」
「あまり乗り出すなよ。古くなってるから危ないぜ。」
「あ、ご心配をおかけしてしまいましたか!?すみません、はしゃいでしまって!」
「…フゥ。俺様部屋戻る。大和タッチ。」
そう言って岳人は大和と交代をして部屋に戻って行った。岳人の様子に何かを感じ取り、龍も静かに部屋に戻る。
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しばらくして、大和と由紀江も部屋に戻ってきた。
「で、この棚には囲碁とか将棋とかが置いてあるんだよ」
「すごいな、何でもあるんだなここは。」
「みんなで持ち寄ったからな。クリも好きに持ちこめ。ポップコーンだけは常備してある、たんまりな。」
「今ならポップコーンを製造する過程を大サービスで見せてあげるよ。」
長の風間翔一は今週も宅配寿司のアルバイトに勤しんでいて後で来るそうだ。
新入りクリスティアーネ・フリードリヒは川神百代、川神一子、師岡卓也、椎名京らに秘密基地の説明を受けていた。
囲碁や将棋などのテーブルゲームがあり、クッキーがポップコーンを作る事が出来、電気系統も繋ぐ事が出来る高性能ロボットだということが紹介される。
そして漫画棚。各自持ち寄っていろんな種類の漫画が置いてある。さらにはたくさんの携帯ゲームソフト。何でも揃っている事を紹介する。
「うーん………で?この場所はどういった意味があるんだ?」
場の空気が凍ったのは一目瞭然だった。しかしまるで刃物のように鋭い言葉は部屋中の様子に気付かずに続いてしまう。
「遊びたければ家でもいいだろう。わざわざこんなところに集まる意味が分からないぞ。少なくとも建設的な行為ではない。」
「やめておけクリス。」
「率直な意見だ、直江大和。このような廃ビルはさっさと取り壊すべきだな」
普段では全く感じることが出来ない二名の怒気を感じる。一人は込み上げてくる怒りをかろうじてこらえている様子で、もう一人は炎のように激しい怒りを表に出していた。
「お前、死ねよ。」
「っ!?」
「よくも、よくも好き放題言ってくれたなぁぁ!!!!」
クリスに襲いかかろうとする京を龍が抱き締めて動きを止める。
「分からないだろ、お前には!!この場所が!この空間が!どれだけっ…どれだけ大切なのか!!」
「え…え?」
普段の京とは全く違う様子に戸惑うクリス。口を挟もうとするが怒りに身を任せた京は体を龍に止められていようとも口は当然動く。
「だからこんな新参者を入れるのは嫌だったんだ!!壊すべき?よくもそんな事この場所で言ってくれたな!何様だと思ってやがる!」
「み、京。待て、話を…」
「さっさと帰れ!!!お前なんか仲間でもな…」
「落ち着こう……………。」
抱きしめる力を強くする。お互いの身長差により京の頭は龍の胸辺りに。体を絞められて苦しいとは思うが京を落ち着かせる為に耳元で囁く。
「落ち着いてくれ……………。」
「龍…だって、こいつ!この場所を侮辱した!否定したんだ!!ゆ、ゆ許せないよ…!!」
「…今のこの時だけは…落ち着いてくれ…僕、いや俺が後で…片を付ける…。」
「う…うぅ……ううぅぅぅぅううう…!」
場が静まり返り、京のうめき声だけが響く。黒いTシャツが涙で濡れる。そんな事は構わずにさらに抱き締める力を強くする。
「な……何だ。何が気に障った。私は正しい事を言ったはずだが……」
「クリスやっぱりそれが正しいと思うんだ。」
「あ、ああ。」
「じゃあ、本当にさよならだね」
「え?」
「仲間にはなれなかったね、残念。でも、学校ではまた普通に話そうよ!気を付けて帰ってね~。」
込み上げてくる怒りをかろうじてこらえていた彼は、弾けた。理解がまだ出来ていないクリスを静かな怒りではあるが圧倒する。
「え…あ、あぅ……え?あ、あの」
「理由を言ってくれ!納得できない!」
「……あー……なんつーかな、んー」
上手く説明出来ない岳人に代わって百代が彼女なりに説明をする。
「私が言ってやろうか、クリ。お前うざいぞ。」
「え……」
「意味がないってのも建設的じゃないってのも全部お前の物差しだろうが。私達は理屈じゃなく、好きでここに集まっているんだ。誰に指図されようが辞める気は無いぞ。」
京を落ち着かせながら龍は頭を働かせる。空いている手の爪を噛みながら思う。何か欠けているものがあるんじゃないか。一旦の理解は出来るかもしれない。だがもっと根本から話すことがあるんじゃないか、と。
「自分は、ただ…」
「もうよせクリス。ここではお前が悪い。」
今の今まで落ち込んでいたクリスは、大和の言葉に反応する。そして
「ワル…自分が、悪だと!?」
「ああ。この周囲の空気、わからないか?」
「悪などでは断じてない!!確かに自分の物差しではあるが、自分以外も普通この意見のはずだ!なぜその意見が悪なのかわからない!」
本当に何が何だかわかっていないクリスに大和は言葉を続ける。
「お前はさぁ、なんつーか少し頑固すぎる。」
「何……?」
「いい機会だ、少し反省しろよ。」
「お前に説教されたくないな。」
こんな状況ではあるが、一週間前からの蟠りも働いて、如何せん大和の言葉には突っかかるクリス。
「この機会だ。自分も言おう。大和の行動の数々。策と言えば聞こえがいいが……お前は、ただ”せこい”だけではないか。」
「ああ、せこいしずるいし卑怯だぜ。」
「!?」
反論が来ると思っていたが、まさかの肯定発言でクリスは意表を突かれる。
「ただの褒め言葉に過ぎないな、クリス。勝てばいい、ただそれだけだ。」
「見下げ果てたな。それを肯定するとは。」
「大和は、仲間がなるべく無傷になるようその為に策を出しているんだよ。ま、基本せこいってのも確かにあるけどな。」
「仲間の為に?……今一つ理解できない。」
爪を噛みながら思う。彼女は何を言われても、今は理解できないだろうと。
「あのっ…自分ごときが口を挟んで恐縮ですが!そ、その、あまり怒らないで、落ち着いて、その…」
「おい、まゆまゆ。お前もそろそろ怒るぞ。」
「えっ!?」
「一人後輩だから丁寧にしゃべるのは分かるがな…いちいち私ごときが、とか言うな。」
「だな、お前キャップが言ったこと理解してねーだろ。さっき俺様も思った。人の顔色伺いすぎだ。度が過ぎると俺様といえでも不快だぜ。」
「…す、すみません、すみませんっ!!」
岳人の様子に感じ取った何かはこれだった。異常な程に気を遣いすぎな由紀江が注意される。龍は言葉が足りていなくて完璧な理解をしてないかもしれないと懸念する。
「……さっきから意味不明だ。」
「さっきの何が意味不明だお馬鹿娘。」
「ば、馬鹿!?」
そして大和がある事を思いつく。
「クリスお前にとって何か大切な持ち物言ってみろ。」
「持ち物?」
「物理的な物で、何でもいいから言ってみろ。」
「……親からもらった、ぬいぐるみなどか」
「俺にはぬいぐるみの良さとか分からないな。部屋がかさばるから、捨てちまえよ。」
「貴様!!!」
クリスが凄い迫力で詰め寄るが、大和も負けじと睨み返す。
「お前のさっきの行動のモノマネだ、馬鹿!」
「なんだと。」
「お前のぬいぐるみが俺達にとってこの場所なんだ。誰が何を大事にしているかなんて人それぞれだろ。それを侮辱していいはずがない。」
「……!」
クリスがようやく理解をした。そして自分なりの言葉で謝罪を始める。
「………そうか、それだけ大事な場所だっんだな……。自分の今の怒りと同じ気持ちとすればさぞ先ほどの発言は腹が立っただろう。椎名京、皆、謝罪する、すまなかった。」
「そ、その……私もすみませんでした!まだまだ勉強不足です!そ、それでも私はまだ皆さんと一緒にいたいですっっ!!!!」
「自分も……今のような発言はしない事を誓う。だから、ここに居させて欲しい。」
皆が返事を考える暇も無く、突然の来訪者によって空気は一変する。
「おっーーーす!いやいやいや聞け聞けお前達!俺の運たるや、まさに豪運と言っていい領域だぜ?ガラガラ回しまくって豪華景品GETだぜ!……ってあれ、何だこの空気?」
大和が翔一に必死に説明をする。
「ふーん。なるほどねー。ってか、話もう全部解決してんじゃん。ま、一回くらいこういうの、仕方ねぇわな。」
大量の卵寿司をテーブルの上に出しながら答える。
「とりあえず、どうだ皆。今ちょっと気まずい思いをした関係を修復する意味で、連休旅行に行かねーか?」
「旅行!?」
大和に目で”自重しろ”と言われていた一子がようやく発言をする。
「旅行ってどういうことさ、キャップ。」
「ふふ。商店街の抽選で見事引き当てて来たのだ。じゃーん!二泊三日箱根旅行団体様招待券!」
元々幸運の持ち主ではあるが、翔一の強運さに改めて驚く一同。
今日は五月一日、明日は丸一日準備に費やし、三日、四日、五日の二泊三日で行くことになった。
「ま、そういうことで決定な。じゃ、パーっといこうぜ!」
皆が食べているのを黙って見ていると、百代に耳打ちされる。
「あーんしてやれよ。」
「……………なんで。」
「それで機嫌が直るんだよ。」
そう言われて京の許に行き、割りばしで卵寿司を掴み京の口へ持っていく。
「……………あーん。」
「!…あーん。」
「……………機嫌は直ったか?」
「こうやって食べさせ続けてくれれば。」
「……………あーん。」
またも京に騙されて言われるがままにあーんを続ける。
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何とか卵寿司を完食し、外を見ると空は黒く染まり始めていた。波乱の金曜集会ではあったが、今日のところは解散の運びとなった。
それぞれの帰路に着く面々だったが、終始黙っていた龍が新入り二人に声を掛ける。
「……………二人、ついてきてくれ。」
「え?あ、ああ。」
「あ、はい。」
龍は川神駅前にある商店街の金柳街のファミリーレストラン、ゴストに二人を連れてきた。
流石に大量の卵寿司の後では何も食べる気はせず、ドリンクバー三つを頼む。ディナータイムにドリンクバーだけ頼んでこれから数十分喋るだけというのは店側にあまり良い利益を残せず、席回転率なども下がるだろうが、彼はこの場を必要としていた。
それぞれ自分の好きな飲み物を取って席に戻る。龍は深呼吸を一つして、持ってきたアイスココアを一気飲みする。前にいる二人は何が起きたかと混乱する。そしてすぐに同じ物をお代わりして、ようやく口を開く。
「……………今日はすまなかった。」
「あ、いや、自分こそ皆の気持ちもわからずにあんな事を言ってしまって…。」
「私もすみませんでした…。」
繰り返し謝罪を重ねる二人。それを遮って前に出る。
「……………もう終わった話を蒸し返すのは悪いが、僕、いや俺なりに補足がしたいんだ。」
「補足?」
「……………俺らはまだきちんと説明をしていない。」
元はあのビル、業者が入った瞬間にバブルが弾け景気は低迷し、業者は倒産。そして廃ビルと化した。そこに目をつけたのは風間ファミリー。
ビルの所有者は、福岡の天神にいるらしく他にもいくつか土地やビルを持っている金持ち。長らく放置されているビルに興味が無いが、管理は一応必要。そこで近所の人に監視させるシステム。風間ファミリーは一応そのアルバイトである。そしてその管理の代わりに秘密基地となった。
大和がその土地のオーナーが島津岳人の身内ということを調べたおかげで。こういう特例の話を飲んでくれた岳人の身内が優しかったというのもあるが。
何故秘密基地が欲しかったのか。詳細は省くのだが、中学校まで四六時中行動を共にして結束力も高まっていた八人だったが、家の都合で京が引っ越すことになった。普通ならそれでしばしの別れとなり、何年に数度の間隔で会うだけの友達関係になってしまう所だったのかもしれない。
だが京は残り七人と会うのを何年に数度の間隔で済ます訳が無かった。毎週金曜日の夜に彼女は一人で電車を乗り継いで川神へ戻って来る。毎週毎週そこまでして会いに来てくれる彼女を右から左へ受け流すようにただ淡々と遊んで帰す訳は無く、宿泊施設に川神院を用意して、もう一つ用意されたのが秘密基地であり、金曜集会という名称も付いた。
中学校時代はクラスも別々で、京以外の七人も金曜の夜にゆっくりと集まって何から何まで話し合うのが楽しかった。そして時が進み高校生になり、京も島津寮に住むことによって他七人と同じ川神学園に通う事が出来た。さらに二年になると初めて百代を除く七人全員が同じクラスに所属され、金曜の夜に全員が集まるのも意義が薄くなっていたが、誰も”じゃあ金曜集会はもう辞めようか”とは言わずに今日まで金曜集会は毎週行われている。
それだけ重要な空間ということを説明されていなかったので、補足という形に至った。
喋るのが遅いとああいう場で発言権は無い。皆の調子を狂わせるから。卑怯ではあるが、場が収まってから自分の思いを吐き出すのが彼なりの意見。
「そうだったのか…。」
「そんな話があったのですね…。」
「……………第二章。」
ここからは彼なりの些細な注意。
まずクリス、何が何だか分からなかったのは仕方なかったが、普段冷静な京と卓也が声を荒げる程怒ったのを見て察してほしかった。その場は納めて後で理由を聞いてほしかった。
由紀江には百代、岳人が言った事とほぼ同等だが、彼女にとって初めての友達であるし、ファミリーの中で一番後輩ではあるが、”仲間”として、もう少し柔らかくなってほしかった。
「……………あくまで自論だ。他山の石にしてくれ。」
「すまない、他山の石って何だ?」
「はい、他山の石というのはことわざで、他人のどんな言葉でも、たとえそれが間違っていた場合でも、自分の知恵を磨き反省の材料とすることができるということです。」
「なるほど、龍は物知りなんだな。」
それには答えずに店員を呼び、持ち帰りのケーキを二つ注文する。そして区切りの良い所で補足の場は終焉を迎えた。
龍は島津寮に寄る予定があり、三人で同じ帰路を歩く。一人でお金を払おうとしたら、クリスたっての希望で割り勘になった。せめて由紀江の分を払おうとするも、由紀江も自分で払ってしまう。三百円が合わさって千円に変わって消えるくらい問題は無かったのだが結局、自分の分とケーキ二つ分のお金が消えていった。
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島津寮に黒いボストンバッグを置いて、先に卓也の家に来ていた。クリスと由紀江とは寮の入り口で別れ、後で寄る予定があるので二階に上がる許可を取っておく。夜も更けて来たので、玄関の呼び鈴は使わずに携帯で呼び出す。すぐに卓也が玄関先にやって来る。
「……………口に合うかわからないが、これ。」
「あ、これゴストのケーキ?ありがとう。お茶でも飲んでいきなよ。」
「……………すぐに帰る。」
渡したい物を渡し、すぐに帰ろうとする龍を、卓也が言葉で止める。
「龍さ、また優しくなったよね。」
「……………気のせいだ。」
それだけ言葉を交わすと寮の方に向かって歩いていく。卓也はそんな龍の背中を見つめながら、いつもの優しい笑顔を見せるのであった。
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島津寮を訪問すると玄関で対象人物が待っていた。
「お帰りなさい、あなた。ご飯にします?お風呂にします?それとも、わ・た・し?」
「……………風呂で。」
「流石龍、マジレスで返すとは。」
夕方に行く銭湯は既に閉店しているので、島津寮の風呂を借りる事を岳人を通してだが、麗子に話していた。だが、目的はそれだけではない。
「……………口に合うかわからないが、これ。」
「ゴストのケーキだ。乙女にこんな時間に食べさせるなんて…太らされて、私食べられちゃう♡」
「……………風呂入ってくる。」
腕を掴まれリビングに通される。
「こんな表立って優しい龍なんて、まるで小学五年生の時みたいだね。」
「……………昔の話は辞めろ。」
「ごめん、でも嬉しくって…。」
「……………風呂入ってくる。」
またも腕を掴まれ
「龍、好きだよ。」
「……………ごめん。」
とてもいい雰囲気だったが、約千何回目の告白も失敗に終わる。ケーキを食べながら冷静に代わりの提案をする。
「じゃあ明日の買い出し、一緒に行こう。」
「……………箱根行かない。」
「今日の流れで箱根行かないのは流石に駄目だよ?」
「…………これで嫌われれば…。」
「龍が誰かに嫌われることなんて一生ないよ。そんな事言っているとお風呂乱入するよ?」
「……………行くよ。」
そして、二日後。十人での二泊三日箱根旅行が幕を開ける。