地上を埋め尽くす瓦礫の一帯。暗雲に覆われた地上には、不穏を告げる静寂な風が吹きすさぶ。
生命の鼓動を感じられず、原型を留めることも許されなかったくず物のみが散乱する空間。時刻も昼夜の区別がつかない闇の中、一人の兵士が武装した格好で歩みを進めていた。
戦闘服を身に着けて、ライフルを携えたヘルメットの男。完全武装した彼は次にも足を止めていくと、目の前にある瓦礫の山から飛び出した“それ”を見遣りながら、右耳に装着した通信機へと右手をあてがっていった。
相槌を打ち、通信機から手を離す。そして彼は屈んでいくと、次にも瓦礫の山から飛び出していた“右腕の黒色ガントレット”へと言葉を掛けたのだ。
「……コードネーム“アレウス”だな? もし私の声が聞こえるのであるのならば、手を動かすなどの動作で応えてほしい」
ヘルメットに籠った声。瓦礫に膝をつきながら呼び掛ける彼は、暫し反応をうかがっていく。
直後にも、ガントレットの右手がぴくりと反応する。ほんのわずかな動作に兵士は気付いていくと、彼はライフルを脇に置きながら言葉を投げ掛けた。
「生きているみたいだな。今すぐそこから引っ張り出してやる。多少と強引になるかもしれないが、私のような凡人一人では瓦礫を持ち上げることもできやしないからな。どうか我慢してくれ。それと、引っ張る関係上、もしかしたらパワードガントレットが外れてしまうかもしれない。まぁ、パワードガントレットは君達の生命線のようなものだ。人間一人が引っ張った程度で外れるようなことなど、万が一にもありやしないだろうけどな」
そう言葉を掛けていく兵士は、冗談めかしながら喋りつつ両手でガントレットを掴んでいく。そして「じゃあ引っ張るぞ」と兵士は言うと、次にも彼は大きなカブを抜くようにガントレットを引っ張り始めた。
力いっぱい、精一杯と引っ張る兵士。何度も何度も引いては踏ん張っていき、少し息をついてから再び引っ張り出していく。
これを何回か繰り返す内にも、ガントレットは次第と根本から抜けるように瓦礫から引っこ抜かれていった。
周囲のくず物が持ち上がり、砂埃を散らしながら地上に引っ張り出されていく。それと同時にしてガントレットの下からは一人の青年が現れて、青年はそのまま引っ張られる勢いでその場に立ち上がっていった。
百七十五ほどの背丈である青年は、黒髪のショートに琥珀のようなオレンジ色の瞳という容貌で佇んでいく。顔の輪郭はスッキリとしており、快活な顔立ちが爽やかな印象を与えてくる。
一方で、その肉体は素晴らしいほどに鍛え抜かれていた。
彼が身に着けているパーカーは、オレンジ色と黒色の二色で彩られた近未来的なシルエットが特徴的だった。前を開けたそこにはたくましい胸筋や腹筋が覗いており、肌の上から直に着込んでいる様子がうかがえる。
また、黒色の比較的ゆったりとしたボトムスに、踵部分がくり抜かれたような足袋っぽいフットカバーを身に着けたファッション。靴を履かずにほぼ素足で佇む青年は、抵抗感を全く見せることなく眼前の兵士を見遣っていた。
青年の両腕には、様々な機能が備わったメカニカルな機構の黒色ガントレットが装着されている。それらは筋肉質な彼の腕と比べても、倍近くの厚さを誇る重量的な外見が目立っていた。
パーカーの袖を捲りながら身に着けたガントレット。そんな容貌をした青年は砂埃だらけとなった全身を手で払いつつ、穏やかな声音でありながらも淡々とした調子で言葉を口にした。
「ありがとう。おかげで助かった」
「いいのさ。むしろ私達が、いつも君達に助けられている。だから、これくらいの手助けならお安い御用だ」
「こうして俺が生きていられるのも、あなた方を含めた周りのみんなに助けられているから。俺もみんなのためにこの先も頑張るから、お互いに支え合っていこう。……それで、状況は?」
「あぁ、無事に作戦が終了したさ。今はその後始末の作業に取り掛かっている。これは君の活躍があってこその結果だった。おかげさまで、あんなに大量発生していた“
「ちょっとやりすぎた。ごめん」
「仕方ないさ。何せ、類を見ない数の幻棲種だった。どうやら群れを形成する生態を築き上げていたらしい。だから、あの数を対応するにあたって、周囲の建物にまで気を配れない状況にあった。君は気にしなくてもいいんだ。こうして生きて任務を達成できた。それだけで、今の私達には万々歳だろう」
機嫌良く喋る兵士は、「ハッハッハ」と愉快げに笑いながら青年の左肩をポンポン叩いていく。それに青年は視線だけを投げ掛けていくその中で、兵士は青年を真っ直ぐと見遣りながら言葉を続けていったものだ。
「さて、こうして部隊員“アレウス”も発見できた。あとは迎えのヘリに乗って、無事に帰投するだけだ。私達はもう、ここに用は無い。ならば、新たな脅威に晒される前に、さっさと引き上げるに限る……」
喋る兵士の背後。音も無く忍び寄ってきた“白き存在”に、青年はいち早くと気が付いていく。
それは、白色の液体が固まったような体表に、猫の頭部が縦に伸びたシルエットと、それに伴って引き伸ばされた巨大な口と鋭利な牙が特徴的だった。口の輪郭は丸みを帯びていながらも、それに沿うよう赤黒い口内にはびっしりと牙が生え揃っている。
真っ黒な両目は、クレヨンで塗り潰されたような見た目をしていた。その深き瞳で眼前の兵士を捉える“それ”は、口を一層と縦に広げながら兵士へとにじり寄る。この白きものを見た青年は静かに見開いていくと、直後にも咄嗟にかばうよう兵士へと飛び付いた。
「危ないッ!!」
「え?」
振り返る兵士。だが、直後にも“それ”は縦に広げた巨大な口で
一瞬もの静寂。共にして倒れ込んだ兵士の姿。
彼は、原型を保った状態で押し退けられるよう地面を転がっていた。その先ですぐさま起き上がった彼は、前方の光景へと視線を向けていく。
凶暴な牙を持つ白きものが、青年の左腕のガントレットへと噛み付いていた。
兵士の代わりとして、己の身を犠牲に命懸けの行為へと走った青年。一方、噛み付かれた左腕のガントレットは食い千切られることがなく、それどころか無数の傷程度で済んでいる。
噛み付くという盛大な隙。この好機を逃すことはなく、次の時にも青年は右腕のガントレットで目にも留まらない速度のボディブローを繰り出した。
下顎にあたるだろう白きものの部位。噛み付いた口の下にある箇所を殴られると同時にして、その存在は口を開きながら痛がっていく。
そして、盛大に開かれた口を目指し、青年は振り切った右腕を再び引き絞ると共にして踏み込んでいく。そこから渾身の右ストレートが振り抜かれると、青年の気合いが入った声と同時に白きものは一直線の軌道を描きながら後方へと吹き飛んでいった。
手も足もない謎の物体が、瓦礫と衝突して砂埃を撒き散らす。だが、その周囲からは同じ姿をした生物が三体ほど現れると、それらはウミウシのように地面を這いながらも、足が無い姿からは想像し得ない高速移動を以てして青年へと接近し始める。
瓦礫を伝って、瞬く間と接近を果たした白きもの共。深き瞳を見開いて、揃って口を広げて青年へと襲い掛かる。眼前の光景に兵士が慌てふためいていくのだが、襲われた青年は未知なる生物を前にして、勇敢に身構えながら一体ずつ対処していった。
すぐにも齧り付いてきた一体に対して、噛み付く動作よりも素早く動くことで開いた口内へと右ストレートをかましていく。その体を突き破るようにして拳を振り抜いていくと、左のアッパーで上顎を砕き、続けて右の拳で白きものの額を殴りつけることで吹き飛ばしていく。
迫ったもう一体に対して青年は、踵部分が空いた足袋のようなものに電流を走らせ、そこから目にも留まらぬ横跳びでその場から姿を消していく。これに白きものが見失うよう動きを止めていくと、瞬間にも白きものの頭上から渾身の右ストレートが降り掛かり、そのまま青年は押し潰すように乗りかかってから、五発ほど右拳を叩き込んでいった。
そして青年は、突き破った白きものの頭部から、核のような白濁の丸い物体を取り出した。
今も不気味に鼓動する、球体でありながらも血管のようなピンク色が迸るそれ。青年はこの物体を鷲掴みにし、躊躇なく握り潰すことで周辺にピンク混じりの液体を撒き散らした。
動かなくなった白きものが、その場に倒れ込んでいく。これに乗っかる青年はすぐさま飛び退いて地面に着地すると、次にも三体目のそれが齧り付きに迫る光景を目の前にして、青年は手前にかざした左腕のガントレットの下部から一本の細い柄を噴射していった。
飛び出した柄を右手で取っていく。そして一振りを行うと同時にしてこもった起動音を伴いながら、青年は水色の光を帯びた刀を構えて白きものへと駆け出した。
足袋のような履物から電流が迸る。これが青年の両脚に巡ると一気に加速し始めて、瞬きをも許さぬ速度で白きものに到達する。そして白きものが青年の接近を許していくと、次にも光を伴った刀による無数もの斬撃が繰り出されていったのだ。
水色の残像が、軌跡を描いていく。躊躇いの無い斬撃はピンク色混じりの白濁を纏いながら振り抜かれていき、共にして肉を絶たれた白きものが次第と原型を崩し始めていく。無数と繰り返された斬撃が対象を切り刻んでいくと、最後に振り払う青年の動作と同時にして、白きものは肉片へと変貌した木っ端微塵の姿となって瓦礫へと落ちていった。
ボトボトと音を立てて崩れる体。返り血の白濁を被った青年が刀を払っていくその最中にも、地面を這っていた兵士が言葉を掛けていく。
「ま、まだだ……!! まだ、来ている……ッ!! 大群で……ッ!!!」
「!」
周囲へと意識を向けた青年。そこには、視界を埋め尽くさんとばかりに群がってきた横並びの白きもの共が現れていた。
おびただしい数の群れ。五十は超えるそれらを前にして、青年は淡々とした調子で背後の兵士へと言葉を掛けていく。
「一応、そのまま伏せていてほしい。大丈夫、何とかなるから」
「わ、分かった……! 君を信じてるよ……!」
声を震わせた兵士。彼の命を背負いながら、青年は右手に持っていた刀の刀身を柄に引っ込めていく。
コンパクトなサイズになった右手の柄を、手前に出した左腕のガントレットへとしまい込む。そして左腕をかざしたまま、青年は右腕のガントレットを突き出すようにして構えていき……。
……動作の最中にも、一体の白きものが青年へと飛び出した。すぐそちらへ照準を向けるよう右腕を構えた青年は、次にも右腕のガントレットから一発の弾丸のようなものを撃ち出していく。
直後、接近していた白きものが爆発を引き起こした。
右腕のガントレットから放たれた球形の火薬が、着弾と共にして爆発を伴っていく。この光景に白きもの共の群れが一斉となって青年へと襲い掛かると、膨大な数を目の前にして青年はすぐさま右腕を下げながら裏返し、腕をフックのような形にしてから右拳を握りしめていく。
そして、かざしていた左腕へと意識を集中させる青年。すると次の時にも、その左腕からは離脱するよう幻影のようなもう一本の人間の腕が現れて……。
幻影の左手から流れ出した、視認できる透き通った水色のオーラ。それが構えられた右腕のガントレットに流れ込むと共にして、青年は歯を食いしばりながら火薬を放出させていく。
瞬間、右腕のガントレットからは、水色を伴う無数の大爆発が噴射された。
彼のいる位置から始まり、導火線のように扇状に広がっていく轟音の大爆発。連鎖するよう前方へ広がるそれはたちまちと白きもの共を巻き込んでいき、瓦礫もろともその存在を消し飛ばしていく。
青年の視界に映る全てが、塵へと成り果てた前方の光景。地面には水色の火花のみが弾け飛び、それも消失することで焦土のみが生み出されていた。
この光景を、兵士は言葉を呑むよう眺め遣っていく。その最中にも青年は右腕を軽く振っていくと、次にも左腕の幻影を浮かべたその状態で、背後の兵士へと振り返りながらそれを喋り出していった。
「大丈夫? 俺の“ヴィジョン”の能力に巻き込まれてない?」
「あ、あぁ、大丈夫だ……。それにしても、“ヴィジョン”か。地球上において、ごく一部の生物のみが宿すとされている特殊能力。それは、対象に特異的な効果をもたらすとされていて、未だにヴィジョンという事象を科学的に解明できていないというらしいんだが……。いや、こうして目の当たりにすると、改めてヴィジョンという特殊能力に驚かされるよ。同時にして、恐ろしくも感じられる……」
「ヴィジョンという事象自体は、それを宿す本人の体表に巡っているだけなんだ。俺ら能力者は基本的にそれを身に纏っている状態にあって、体表に巡るその事象を“対象へ流し込んで纏わせる”ことで、その能力の効果を付与できる」
青年は言葉を口にしながら、兵士へと歩み寄っていく。次に右手を差し出していくと、兵士はそれを手に取って立ち上がってから喋り出した。
「その、対象に纏わせる能力にも個人差があるんだろう。調査結果によると、どうやら同じ能力を持つ生物は今のところ存在しないらしい。……そんな、唯一無二の個性とも言える超能力ではあるもんだが、はて、君の能力の効果は一体何だったかな」
「俺のヴィジョンには、『対象の効果範囲を広げる能力』が宿ってる。今回、右腕のガントレットに俺の能力を付与させた。ガントレットから撃ち出した火薬は普段、敵一体分の範囲しか爆発しない。でも、効果範囲が広がる能力をガントレットに付与したことで、普段は狭い範囲にしか起きないあの爆発を、より広範囲に広げることができた」
「つまり、君のヴィジョンの能力が“爆発の効果範囲を広げた”……という認識でいいんだな? ……凄まじい能力だな。何が恐ろしいって、そのヴィジョンの効果を、爆発が起こせる火薬や、携帯型の武器を搭載できるパワードガントレットに付与することもできるってところだな」
「付与できる対象は、パワードガントレットだけじゃないよ。物体でも液体でも、気体でも。そこに概念さえ存在していれば、そこに効果を流し込むことができる。ただ、そこに何かしらの作用が生じていないと、そこに能力を付与することができない。例えば、今の俺の拳に能力を付与しても、ヴィジョンの効果は発動しない。でも、俺がその拳に力の作用を加えながら能力を付与すると……」
右の拳を握りしめる青年。次に彼は、地面を叩くような素振りで軽く腕を振るっていく。
すると、そのわずかな腕の動きと連動するように、拳の真下にあった瓦礫からは殴りつけられる音が響いてきた。そこにはガツンッと金属のぶつかる音が響き渡り、共にして拳の跡が刻まれていく。
衝撃と共に舞い上がった塵。これに青年が咳き込んでいく中で、ヘルメットをしていた兵士は感嘆するように喋り出した。
「なるほどな。殴りつける力の効果範囲が広がって、見るからに手が届いていなかった地面を“直で殴りつけた”。先ほどの爆発もその要領で前方に広めたんだろう。ついでだが、その殴りつけることができる範囲ってどれくらい広げられるんだ?」
「俺の能力が付与された作用は、半径五十メートルほどの距離までは届くかもしれない。能力の効果範囲は人によって違うけど、俺の能力の効果範囲は結構長い方だと思う」
「つまり、五十メートル先の地面なんかも殴ることができるということか。……五十メートルも離れた敵から殴られる。そんな場面など、普通は想像することもできないな」
冗談めかしながら苦笑する兵士。彼はその言葉を口にしながら歩き出して、地面に置いてあったライフルを持ち上げていく。
そして、ライフルを携えてから青年へと歩み寄り、敬礼を行いながらそれを喋り出していったものだ。
「武装と能力を身に纏い、未知なる生物の“幻棲種”へと勇敢に立ち向かう君に、敬意を表する。幻棲種に対抗するべく生み出された兵器パワードガントレットと、特殊な能力を宿す事象ヴィジョンの双方を巧みに操り、地球の脅威へと立ち向かう戦士。そして、その勇敢なる戦士を集めて編成した部隊、“対幻棲種特化駆逐部隊パワード・ヴィジョンズ”に、栄光あれ」
「俺たちだけを持ち上げなくてもいいよ。こうして今も人類が生き延びているのは、あなた達の活躍もあってこその結果だと思うから。幻棲種に負けないよう、一緒に頑張っていこう」
そう言って、青年は淡々とした調子で柔らかく微笑んでみせた。
ここは、謎の生命体“幻棲種”が蔓延る近未来の日本。突如と姿を現しては、地球上の生物を貪り喰らってきた未知なる脅威に対しての、逆襲の物語である。
人類の英知を集結させることで生み出された武装と、幻棲種の出現に伴い自然発生し始めた超能力の存在。人類はそれらを身に纏うことで未知なる脅威に対抗し、今現在にも続く熾烈な生存競争へと身を投じていく。
この物語では、そんな人類陣営に属する特殊部隊員の活躍に迫っていく。彼らは“対幻棲種特化駆逐部隊パワード・ヴィジョンズ”の一員として、武装と能力を身に纏い、今日も自らの命を賭す覚悟で戦場へと駆り出されるのだ。