【完結】あなたはノースティリスの冒険者ではない。(ウマ娘×Elona)   作:河畑濤士

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■1.「落雷のときは尻尾を守りましょう」

 あなたはノースティリスの冒険者だ。

 しかし、いまはウマ娘なるペットと併走をしている。

 

 この状況に辿り着くまでには紆余曲折があったが、ノースティリスを放浪し、無数のネフィアを攻略してきたあなたにとっては、さしたることではない。

 ……ネフィアの探索中に地殻変動が発生し、地表に出てみるとそこがトレセン学園の敷地内だったというだけだ。その場に居合わせた警備員(種族:ウマ娘)を軽くいなし、白い長髪が印象的なウマ娘のドロップキックを受け止めて投げ飛ばしていたところ、「何事!?」と理事長が駆けつけてその場は収まった。

 

「マスター、ここでスパートですね」

 

 あなたの“内”を駆けるウマ娘のペット――ミホノブルボンが確認する。

 あなたはうなずきながら、感心した。すでに1000m以上走っているにもかかわらず、さして呼吸は乱れていない。

 あなたはブルボンが加速すると同時に、加速する。

 加速のポーションは飲んでいない。素の能力でも十分だが、ブルボンとの併走ではあなたの極めて高い乗馬スキルが効果を発揮する。サラブレッドはもちろん、ティラノサウルスや少女に乗馬したことがあるが、併走でも効果が発揮するとはあなた自身も驚いている。

 

「あのトレーナー、人間?」

「いやさすがにウマ娘でしょ」

「尻尾ないよね……」

 

 あなたはコースの外に立っているウマ娘が何事か言っているのを聞いたが、気にせずに“外”を回ってブルボンの前に出る――それを彼女は差し返し、もつれるようにゴールした。

 

「マスター。いまの私の走りに対して、フィードバックを要請します」

 

 彼女の無表情、平静さの中に、どこか期待を感じ――あなたはブルボンを賞賛した。

 この調子ならクラシック三冠も現実のものになるはずだ。なにせ一冠目となる皐月賞まで、まだ約半年ある。ここまでメイクデビュー、ダリア賞、マイル戦のサウジアラビアロイヤルカップと3戦3勝。少しずつ距離延長に成功している。2週間後にはいよいよGⅠの朝日杯フューチュリティステークスに歩を進める。

 あなたにはウマ娘を鍛えるための知識はない。

 だがペットの能力やスキルの上げ方は知っている。

 それはつまり、能力やスキルの向上に必要な行動を取り続けることだ。

 ウマ娘の能力を上げるには、どうやらゲートを借りてのスタートダッシュ、坂路トレーニング、水泳による心肺強化、実戦に近い併走がスタンダードらしい。睡眠だけはしっかりとらせるが、それ以外は休んでいる暇はない。

 あなたはもう1本、併走だ、とブルボンに指示をした。

 

「了解しました。マスター」

 

 ◇◆◇

 

「お疲れ様でした」

 

 あなたはペットとの併走を複数回こなしてから休息を指示して、トレーナー室に引き上げようとする――そのとき、緑の制服を着たウマ娘に話しかけられた。

 ……名前はたづな、だった覚えがある。

 理事長の右腕のような存在だ。

 ありがとうございます、とあなたはたづなに素直に礼を言った。

 ノースティリスでは冒険者に対して、いたわりの声をかけてくれる人間は少なかった。交易で法外な金を稼いでいる薄汚い連中、容易くガードを粉砕する輩、税金を納めようとしない犯罪者――というのが一般的な認識だからだ。

 

「ブルボンさん、調子がいいみたいで安心しました。トレーナーさんのおかげですよ」

 

 違う、とあなたは思う。

 彼女にはもともと目標があり、そこに向けて努力するという才能がある。自分がやったのは努力の方法を提示し、またその手助けをしているだけだ。そして曲がりなりにも理事長から「トレーナーとしてウマ娘を導いてほしい」、ペットからは「クラシック三冠を獲る」という依頼を請けた以上、依頼は必ず達成する。

 

――どんなことがあっても、どんなことをしても。

 

「でも、無理だけはしないでくださいね。トレーナーさんも、ブルボンさんも――」

 

 あなたは頷いた。

 ところで、とあなたは問う。

 カブトムシは輸入してくれたか、と。

 

「えっ、ああ、そんな話もありましたね」

 

 あなたはたづながはぐらかそうとするのを感じ、力説した。

 ペットの能力を上げるには行動は勿論だが、食事効果も馬鹿にならない。特に筋力の向上にはカブトムシがいいのだ。探せる範囲で探してみたが、この周辺にはカブトムシはいない。もしもこの町にカブトムシがいないならば、海外から輸入してほしい、と。

 

「その……本当にブルボンさんにカブトムシを食べさせるおつもりですか……」

 

 勝つためだ、これは彼女の夢をかなえるためだ、とあなたは即答した。

 

「……すぐには手配できません」

 

 苦笑いのたづなに、あなたは小首をかしげた。

 もしかするとカブトムシを食べるのは、このトレセン学園では一般的ではないのかもしれない。仕方がないので肉類とパンを食べてもらうしかないだろうと諦める。

 

 その後、たづなと雑談を終えたあなたはトレセン学園を出た。

 空腹を覚えたのだが学園内の売店はもう閉まっている。

 故に近くのコンビニに行こうと思い立ったのである。

 夜空は、雲に覆われている。迫りくる雨の臭い。人影はまばらだ。その誰もが帰宅する途中らしく、家路を急いでいる。

 

「ねえ」

 

 コンビニに向けて歩き出したあなたに、ひとりの男が声をかけてきた。

 

「ミホノブルボンのトレーナー、だよね?」

 

 あなたはかすかに不快感を覚えた。

 随分と馴れ馴れしい口調。馴れ馴れしいだけではなく、悪意がにじんでいる。

 が、無視するつもりもなく、あなたは彼の質問に肯定した。

 

「私は旭日帝都スポーツの者でね。先日はサウジアラビアロイヤルカップ、重賞勝利おめでとう――で、やはりミホノブルボンはマイル戦線に進む感じなのかな」

 

 あなたはかぶりを振った。

 

「なんで? だって朝日杯FS・1600mに出走登録しているし。もしかして本気でクラシック戦線に名乗りを上げるつもり?」

 

 あなたは首肯する。

 それが彼女の目標で、願望で、夢だからだ。

 

「まさか、ミホノブルボンの距離適性は短距離だよ。もってマイル。マイルが限界だよ」

 

 限界を決めるのは周囲ではない、とあなたは答えた。

 が、彼は軽薄な笑みとともに、食い下がる。

 

「勿論、本人の思いを汲んでだね、クラシックに登録するのは悪いことじゃないさ。でも、客観的にみたらNHKマイルカップや、安田記念に出すのが正しい判断でしょ。そこを説得するのもトレーナーの役割じゃないの」

 

 あなたはああ、と思う。

 こいつは最初から次走や、ミホノブルボンについての話をしようとしているわけではないのだ。

 他人を故意に激怒させ、そしてそれを話題にしようとしているのだろう。

 もしもこちらが沈黙を貫いたとしても、それはそれで話の種にできる……。

 同時にあなたは思う。

 こいつは彼女の夢の実現に必要な存在か。

 それとも、邪魔をする存在か――。

 

「それとも、もしかして、君の名誉のためにミホノブルボンをクラシック戦線に送り出そうとしているんじゃないだろうね」

 

 あなたはコンビニの手前の路地を曲がった。

 

「沈黙は肯定だと捉えさせてもらうよ。君みたいな新人トレーナーがあんな逸材を担当できる機会なんて、そうそうないからね」

 

 そのまま、人気のない裏路地を往く。

 

「君はいま自分の野心のために、ミホノブルボンの才能を殺そうとしている」

 

 何を言っても無駄、何を言わなくても無駄。

 あなたは途中から彼の話を聞いていない。

 感覚を研ぎ澄まし、周囲に市民や観光客がいないかを確かめている。

 いつの間にか小雨が降り始めていた。遠雷がかすかに鼓膜を震わせる。

 

「ミホノブルボンにクラシック三冠は不可能だ。無謀な挑戦を諦めさせるのも、大人の役割だというのにね。まあ、これでわかったよ、担当ウマ娘に不可能を強いる――」

 

 彼が言いかけたとき、あなたの周囲で白光が弾けた。

 

――ライトニングボルト。

 

 ……。

 あなたは雨に打たれるそれに唾を吐いた。

 あなたは人肉を食べることに抵抗がない。

 が、それは食べたら腹を壊しそうだ。

 踵を返して、あなたはコンビニに向かった。

 

 翌朝、ブルボンの朝のトレーニングを見ていると、珍しく彼女の方から話しかけてきた。

 

「マスター、昨夜は大丈夫でしたか」

 

 あなたは何の話かさっぱりわからずに聞き返すと、どうやら昨夜は落雷が酷く、不幸なことにトレセン学園周辺でも死傷者が出たらしい。心配されることなどいつぶりだろうか――と感慨にふけっていると、ブルボンは深刻な声色で、

 

「私のメモリには、ウマ娘は雷様に尻尾を盗難される可能性があるという情報が記録されています。マスターも落雷の際には、大切なものをお隠しください」

 

 と、わざわざ注意をしてくれたので、思わず真顔で

 

――私にとっていま大切なのはクラシック三冠というお前の夢を叶えることだけだ。

 

 と、あなたは言った。

 

 これはあなたの本心である。

 なぜならあなたにはもう夢がない。

 何か目標を持つにはもう強くなりすぎた。

 ペットがおらずとも単身であらゆるネフィアを攻略でき、演奏や宝石細工といった本来ならば冒険に直接かかわりのないスキルも極めてしまった。

 やろうと思えば終末をもたらすことも可能であり、その終末の中でも生き残れる。

 ……だからこそ、夢を追う存在が眩しい。

 

 目標達成、夢の実現に向けてあがいていく姿は、誰しもがもつ原点だ。

 

 故に自分が失ってしまった原点を大切にしたいし、応援したかった。

 

――いや、クラシック三冠はもうお前だけの夢じゃない。お前を通して、私もクラシック三冠という夢をみているんだ。だからクラシック三冠達成という夢が、私にとっていちばん大切なものだ。

 

「……」

 

 ブルボンは数秒、呆けたが、

 

「マスター。クラシック三冠達成というミッションを、必ず達成いたします」

 

 と力強く宣言した。

 

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