【完結】あなたはノースティリスの冒険者ではない。(ウマ娘×Elona) 作:河畑濤士
ゲートが開放されると同時に、皐月賞の前哨戦は始まった。
そう、彼女たちは未だ夢の舞台に立ててすらいない。
クラシック三冠という舞台目指して、誰よりも早く、誰よりも速くゲートから飛び出したのは赤紫の残光曳くウマ娘――ミホノブルボン。
それに0.0秒遅れてスタートダッシュを切ったのは“天下無敵”の花を瞳に宿すウマ娘、サクラバクシンオー。
1番人気のノルトパフォーマー以下、他のウマ娘も出遅れることはない。ただ最初から逃げる気でいるスプリンターの俊豪ふたりが突出し、他のウマ娘がそれを追うような恰好でレースは始まった。
「ミホノブルボンがいった! 最優秀ジュニアウマ娘、ミホノブルボンがいきました!」
ミホノブルボンはその青い瞳を誰もいない前方に据え、短距離はかくやという速度でハナに立つ。
おお、というどよめき。
ほとんどその脚を抑えていない様子に、観客の表情には期待と不安が入り混じる。
(さすがはブルボンさん――)
レース勘の冴えるサクラバクシンオーはブルボンにハナを譲り、咄嗟に番手につけた。先頭を巡る競り合いとなれば、自身のスタミナがもたない、と判断したのである。彼女はブルボンの1バ身くらい後方を追走――最後の最後でハナに立つ戦術に切り替えた。
その後方には復讐に燃えるマイバマイ軍団のマイバマイフォースがつく。
(ここで私とセイバーの汚名を
紅の勝負服に緑の腕章を身につけたマイバマイフォースは、ミホノブルボンとサクラバクシンオーと多少ならぬ因縁がある。
メイクデビューではサクラバクシンオーに敗れての2着。また先の朝日杯FSでは、同じウマ娘クラブチーム出身のマイバマイセイバーが、ミホノブルボンに大敗を喫していた。
故にこのふたりにだけは、絶対に負けたくはない。
彼女は両者の背中を追い、最後にまとめて躱して勝つイメージを組み立てている。
もうひとりの紅の勝負服に緑の腕章――10番人気・マイバマイウインは最後方にいるが、これは作戦通りだった。2か月前の1600m戦では後方からのレースであったが、最後にはサクラバクシンオーに対してハナ差で勝利しており、いわば彼女なりの“勝ちパターン”であった。
9番人気のマイバマイフォースに並んで疾走していくのが、7番人気のゼンシンアチャラ。
勝負服の一部となっている太刀を佩く彼女は、無心で先頭集団の只中にいる。
メイクデビューで惜しくも3着、その後未勝利戦を3回戦って這い上がり、ダート戦も制して実績を積んできた武者は、ここで3着に残ってなんとしても皐月賞への切符を手に入れる腹積もりであった。
(否――)
とゼンシンアチャラは思い直す。
私は共同通信杯でも、弥生賞でも負けている。ここでセンターに立たねば、たとえ皐月賞に出られたとしても結果は知れている!
気迫みなぎるそのゼンシンアチャラにぴたりと並ぶのが、12番人気のライスシャワー。
4番人気のマチカネタンホイザは、といえば後方集団の中で前目につけている。
(走り、づらい――!)
1番人気のノルトパフォーマーはといえば、後方でもがいていた。
GⅠホープフルステークスも、その後に臨んだGⅢ共同通信杯(2着)も彼女は後方・中団からのレースであったから、位置取り自体は悪くない。
が、彼女は足元が気になっていた。
――ノルマは重バ場でも大丈夫なのか?
昨夜のエゴサで半ば読み飛ばしていた一行が、彼女の脳裏をよぎった。
とはいえ足元が悪いという条件はみな同様。
ミホノブルボンを追うサクラバクシンオーも第1コーナーを曲がったところで、想像以上のバ場の悪さに苛立ちを覚えた。芝が、滑る。それが僅かな躊躇いを生み、慎重なコーナリングへ繋がっていく。
(マスターとのシミュレーションどおり……!)
ところがミホノブルボンは、コースを、芝を、土を、文字通り抉りながら駆けていく。
彼女が培ってきたパワーは、バ場状況を一顧だにしない。
迷いなく最内を、最速で、決断的に駆けていく。
(なんたるパワーッ!)
サクラバクシンオーはついていくだけで必死――そして他のウマ娘も同様である。
第2コーナーを曲がり終えてしばらくすると、ウマ娘たちから成る縦長の戦列が観客の前に出現。
さらに第3コーナーを回る頃には、ミホノブルボンの2バ身後ろをサクラバクシンオーが追走し、サクラバクシンオーから4バ身以上空いてその他のウマ娘が続いていくという恰好になった。
「ブルボンを追えッ!」
「ノルマさん、前目につけて、前目にッ!」
「後ろからじゃ間に合わないって――!」
詰めかけたファンの声が飛ぶ。
それに影響されたわけではないだろうが、4コーナーに入る前にライスシャワーやゼンシンアチャラ、ルサルカナイフといった先行策を採るウマ娘たちが加速し始め、ミホノブルボンとの彼我の距離を詰めにかかった。
それを見てマチカネタンホイザも後方の位置取りでは届かないとみたか、外を回りながら上がっていく。
(大丈夫――)
が、後方でレースを進めていたノルトパフォーマーやマイバマイウイン、エルカノン、ハクサンコマンダたちは冷静だった。
(ミホノブルボンやサクラバクシンオーたちは垂れてくるはず!)
スタートダッシュで脚を使ったミホノブルボンやサクラバクシンオーは最後の直線で失速する。その両者を華麗に躱して勝つ。それが彼女たちの描いた絵であった。
……前目につけるか、後方に控えるか。
明暗は、ここで分かれた。
劣悪なバ場に足をとられて余計に疲弊したサクラバクシンオーは、ミホノブルボンに追随できず、スタミナの限界を迎えてバ群に沈んでいく。
ここぞとばかりに追込脚質のウマ娘を推すファンたちは大声を張り上げた。
「ここから!」
「ノルマがんばれ!」
「ノルマ来い! ノルマ来い!」
「ブルボンも1600まで! 勝てるって!」
「いやブルボンは残るっ! 踏ん張れっ!」
(ここから――!)
が、ミホノブルボンは別だった。
前述のとおり、彼女の並外れた脚力は荒れたバ場をものともしなかった。
彼女の能力は他のウマ娘よりも抜きんでていた。
パワーも。
スピードも。
そしてスタミナさえも、である。
あなたがこの世界で可能な限りの手段を用いて潜在能力を伸ばし、経験値を稼がせた努力はいまここに、確かに結実していた。
そしてブルボンはこのスプリングステークスで三冠バに挑戦する“資格”を証明すべく、いま自身がもてる最高速の走りを見せつけようとしていた。
「5バ身、6バ身――」
過去のダート戦の経験を活かして団子状態のバ群から突出したルサルカナイフとゼンシンアチャラ、負けじと続くライスシャワー、マチカネタンホイザ、一気に末脚を使って猛然と追撃するエルカノン。
湿った空気を吸い込み、魂を燃焼させる。
ミホノブルボンはまだゴールしていない、ミホノブルボンの背中はまだ見えている、ならばまだ勝てる可能性はある――!
この重バ場では、最後の最後まで何が起こるかわからない。
共同通信杯7着、弥生賞5着、このスプリングステークスではセンターに立つ――!
届かないかもしれない。3着にすら残れないかもしれない。でも最後には、ファンに胸を張れる自分でいたい――!
「7バ身、8バ身――9バ身!」
しかしながら彼女たちの猛然たる疾走もむなしく、熱がこもる実況の声が響き渡る。
距離は一向に縮まらず――しかしながら誰もが諦めることなく遠ざかるミホノブルボンの背中を睨み、大気を割り、雨粒を砕き、地を蹴っていく。
その猛追を一瞥すらせず、ミホノブルボンはただ誰もいない前途をまっすぐに見ていた。
「圧倒的ッ! ミホノブルボン、いまゴールしました!」
蒼穹の瞳が決勝線を越えた瞬間、レース場が湧いた。
その歓声の中、13番人気のルサルカナイフが7番人気・ゼンシンアチャラと12番人気・ライスシャワーに2バ身差をつけて直線を走り切り、続けてゼンシンアチャラがクビ差でライスシャワーを制した。
続けて半バ身差でマチカネタンホイザが入着――。
「マスター! オーダー“勝利”をコンプリートしました……!」
らしくもなくミホノブルボンが拳を突き上げ、声を張り上げた。
あなたは彼女の心情を理解していた。クラシック一冠目・皐月賞への切符を手に入れたのと同時に、皐月賞の距離でも十分に戦えるであろう、と証明してみせた高揚と興奮。
彼女の昂りを、あなたもまた共有していた。
「2着はルサルカナイフ、3着にゼンシンアチャラ! 見事、このふたりが皐月賞への切符を手に――!」
突然、実況の声が途切れる。
関係者席に目覚まし時計の音が鳴り響くのを、あなたは聞いた。
意識が暗転する直前、あなたは関係者席の片隅に座るマチカネタンホイザのトレーナー、信野が軽く会釈するのを見た。
……。
あなたは無表情で始まったスプリングステークスを見つめていた。
あなたの目の前で繰り広げられるレース展開はほとんど変わらない。
相違点があるとすれば、それはマチカネタンホイザが後方からではなく、レース開始直後から先行策を採り、ゼンシンアチャラやライスシャワーと同じような位置取りをしたことであろうか。
初回、マチカネタンホイザは後方からの末脚勝負を考えていたが、このままでは先頭に届かないとみて、途中で作戦を切り替えていた。ロスを承知でバ群の外を回って前に出たのだ。
そのロスをなくすため、信野は先行策を指示したのであろう。
結果、どうなったか。
1着はやはりミホノブルボン。
そして2着・ルサルカナイフに1バ身差をつけられながらも、マチカネタンホイザは3着――彼女は見事、皐月賞への切符を手に入れた。
4着はゼンシンアチャラ、5着にライスシャワー。
以上が掲示板入りしたウマ娘である。
あなたは特に思うところもなく、ウイナーズサークルに向かう。
ただしあなたに感情の昂りは、もはやない。
ほとんど同じような展開のレースをもう1度見せられて、あなたの興奮はもう冷めていた。