【完結】あなたはノースティリスの冒険者ではない。(ウマ娘×Elona) 作:河畑濤士
あなたに腕を絡めてくる秋川やよい理事長と、少年のように表情をころころと変えている自称“エージェント”の旭日帝都スポーツ記者・笛木衛、そして感無量といった面持ちのミホノブルボンとウイナーズサークルで記念撮影をしたあなたは、続いて勝者インタビューに臨んだ。
インタビューが執り行われる広間に詰めかけた関係者は先のGⅠ朝日杯FSよりも多いようにあなたには感じられた。そしてあなたとブルボン、ブルボン陣営の関係者が座るための席には、金糸と勲章で飾り立てられた濃緑の勝負服に身を包むウマ娘がすでに着席していた。
「トレーナー君、きょうは私が同席することになった」
シンボリルドルフはあなたを認めるなり、微笑んだ。
「彼女は皐月賞への切符を掴んだ。おめでとう」
ああ、とあなたはうなずいた。
遅れてブルボンが着席するとともに、勝利者インタビューは始まった。
「はい、えー。ミホノブルボンさん。優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「いまのお気持ちは?」
「ステータス――『興奮』です」
「クラシック路線で戦っていける実力を見せつけたレースでしたね!」
「はい、クラシック三冠の目標を達成するため、今後も努力します」
始まったインタビューは澱みなく進んでいく。
右からトレーナーであるあなた、ブルボン、そしてきょうは“オブザーバー”という肩書きでシンボリルドルフが座り、インタビューを受ける格好だ。あなたはなぜシンボリルドルフがここにいるのか教えられていなかったが、理事長からフォローを依頼された、というのが大方の理由であろうとあたりをつけていた。
「ありがとうございます。ミホノブルボンさん、最後にファンの皆さんにメッセージをお願いいたします」
「はい。いつも応援ありがとうございます。クラシック三冠という夢に向け、一層努力します。今後もよろしくお願いいたします」
先程、興奮している旨を語ったブルボンだが、口調自体は至極平静であった。
ブルボンに対する質問が一通り済んだのか、あなたへのインタビューが始まった。
「ミホノブルボンさんのトレーナーさん、優勝おめでとうございます」
あなたはありがとうございます、と頭を下げた。
「いまのお気持ちはいかがでしょうか」
あなたは皐月賞に向けていい勝負ができたと思います、と当たり障りのないことを言った。きょうのレースを見れば、菊花賞はともかく皐月賞に関して言えば、もはや勝ち負けすることを疑う余地はないだろう。
「ありがとうございます。約3週間後の皐月賞に向けた対策、作戦について伺いたいのですが」
そう聞かれたあなたが真っ先に思い浮かべたのは、目覚まし時計の存在だった。
これまであなたはあの目覚まし時計を、脅威だと感じたことはなかった。数日前に巻き戻されるならともかく、パドック前後に時間が巻き戻るだけ。ブルボンが周囲に対して隔絶した実力を有していれば、何度繰り返しても負けることはないからだ。
が、今後はどうだろう。
皐月賞や日本ダービーはともかく、夏を経て実力が僅差にまで縮まった状態で目覚まし時計を使われたら?
あなたが口を開いたその矢先、シンボリルドルフが声を上げた。
「今後の方針や技術面については私から答えさせていただきます」
「えー、中央トレセン学園生徒会長のシンボリルドルフさんですね」
「はい。ミホノブルボン選手のトレーナーである彼はこういった場所が苦手でして――しかしながら彼は皆様にご迷惑をおかけしないため、私を代弁者として立てた、というわけです。本日、私は三冠ウマ娘、トレセン学園の生徒会長シンボリルドルフではなく、ミホノブルボン選手とトレーナーである彼の進歩を応援する――」
――進歩リルドルフとしてここにいます。
あなたは場が凍りつくのを感じた。
関係者たちはまごつき、さっと目配せし合い、そしてこれはシンボリルドルフのウマい冗談であることを確認し、沈黙は放送事故につながることを了承し合った。同時に場を白けさせることは、無礼だ。彼女に悪意はなく、おそらくアイスブレイクのために冗談を放っているのだ。彼女の善意を、名誉を、ここで傷つけてはならぬ。
彼らの間で合意が形成されるまで、1秒。
「ははははは……ありがとうございます。では進歩リルドルフさんにお聞きします」
あなたはインタビュアーの頭上に『鋼の意志』なる金スキルが浮かび上がるのを幻視した。他の関係者たちもまた「ふふっ」「ははは」と笑ってみせた。目は、笑っていない。
対するあなたの横に座るシンボリルドルフはよしっ、と小さくガッツポーズをとっている。
ここからあなたの目の前で、ウィットに富んだ受け答えを目指し、ウマい冗談を連発するシンボリルドルフと、シンボリルドルフを思いやると同時に放送事故を回避するために笑う(ことでさらに彼女の冗談を誘発する)関係者によるインタビューが始まった。
「(前略)やはり彼女の最大の武器は逃げによって、展開に左右されない走りができることでしょう。逆にこの武器が活かせないと……アー、ムズかしいレースを強いられることになる(アー、ムズ=arms=武器)」
「(前略)つまり今回はバ場の状態がレース展開を大きく左右したと彼は考えています。そうすると皐月賞で勝敗を決めるファクターのひとつとなるのは……さつ気象でしょう」
よかれと思ってウマい冗談を言い放つシンボリルドルフ。
バラエティ番組に用いられる笑い声の効果音めいた音を絞り出す関係者。
真顔なのはあなたとブルボンだけである。
「マスター」
ブルボンはあなたの耳に顔を寄せた。
「疑問です。なぜこの方々は笑っているのでしょうか」
あなたは大人らしく、静かにしていなさい……とつぶやいた。
大寒波の中で希望の灯火を起こし続けるがごときインタビュー終了後、あなたは目的もなくレース場内をぶらぶらしていた。ターフでは墨俣の一夜城はかくや、という勢いでライブの用意が進められていた。
「ミホノブルボンのトレーナーさん」
関係者の控室に近い人気のない廊下を歩いていると、あなたは背後から声をかけられた。声色と気配でわかる。マチカネタンホイザのトレーナー、信野英一郎だろう。
「さっきは……すみません」
あなたは別に気にしていないし、それは私にかける言葉ではない、と返事をした。
あなたは信野トレーナーを面と向かって非難するつもりはない。立場が逆だったなら、あなたも皐月賞への優先出走権を得られる3着以内を得て、皐月賞へ確実に出走できるように躊躇いなく目覚まし時計を使うだろう。
あなたも信野トレーナーも、他の人間も、ウマ娘も、みな他人と競争しながら生きている。自分の意思を最優先に行動することは、否定されるべきことではない。あなた自身、この世界ですでにブルボンに対して無礼た言動をした数名を殺害している。それに比べれば、信野の時間遡行は遥かに“マシ”な部類の行いであろう。
ただ先程、あなたは1戦目が3着、2戦目は4着となり、皐月賞への優先出走権を逃した7番人気・ゼンシンアチャラを見かけていた。
目の周りを腫らした彼女は廊下の隅の方でスマホを使い、通話相手になにやら話をしていた(ウマ娘のレースには賭けごとが絡まないため、外部との通信機器は自由に持ちこめる)。
あなたは彼女が話している内容を盗み聞きする気には、なれなかった。
ウマ娘同士の真剣勝負とゼンシンアチャラの姿を見た以上、あなたにも思うところがある。
そんなあなたの心情を知ってか知らずか、彼は言う。
「あの……クラシック三冠は、彼女の夢、なんです」
「自分は普通のウマ娘だけど、クラシックは一生に一度しか挑戦できないGⅠレースで、強いウマ娘が集まるけど、三冠を勝ち取りたいって」
「だから、いまは引退した先輩からもらったこの目覚まし時計を、使いました。朝日杯では少しでも彼女の評価を上げて、ファン数も増やして、来年の重賞レースに出走しやすくするために。このスプリングSでは、3着以内に残って確実に皐月賞に出走できるように。皐月賞でも、私は使います。私は彼女のためならなんでも――」
あなたは彼の言葉の続きを聞きたくはなかったので、本当に気にしていない、と返事をして振り返ることもなく、そのまま早足で歩き始めた。
なんでもしてもいいのであれば、あなたは容赦なくブルボンのライバルを殺害するであろう。
だがそれはミホノブルボンが目指す栄冠の価値を下げる行いにほかならない。クラシック三冠というのは強者と戦って勝ち獲るからこそ価値があるのだと、あなたはウマ娘のレースを眺めていて、そう理解していた。強者を盤外で排除するのは、褒められたことではない。
信野も、信野だ。
――「クラシックは一生に“一度しか”挑戦できないGⅠレース」
当のマチカネタンホイザがそう口にしているのだから、皐月賞で目覚まし時計を使うのは筋が通らないのではないか、とあなたは思った。
◇◆◇
新入生を迎える4月。
あなたは早朝と午後の時間をすべてブルボンのトレーニングに充て、残る時間は中央トレセン学園の新たなトレーニング方法を確立するための手伝いや花壇づくりに注力していた。
これまでトレセン学園は芝・ダートコースや坂路、プールなどウマ娘のレース勘や脚力、心肺能力の強化に必要な設備を拡充させてきた。が、昨年からウマ娘やトレーナーの間でボクシングやタイヤ引きなど、新しいトレーニングの採用が陳情されていたらしい。どうやらあなたがブルボンに施したトレーニングと、その結果を見ての動きであるようだった。そこで理事長はあなたをオブザーバーとすることを決めたのである。
正直にいえば面倒臭かったが、あなたはこれを請けた。
……あなたは秋川やよい理事長のことを食えない女だと思っている。
天真爛漫な少女然とした言動に隠れているが、人を見る目とそれを活用する力に長けている。自身の学園や業界を盛り上げるためならば多少の手段を選ばない。あなたが戸籍と中央のトレーナーライセンスをもって、ここにいるのがその証拠だ。彼女は味方につけておかなければならない。
「いつもありがとうございますっ」
サクラバクシンオーの友人らしい小柄のウマ娘のお礼を、あなたは手で制した。
一方の花壇づくりは生徒会からの依頼もあるが、半ば趣味でやっていることだった。
この世界の園芸は、おもしろい。
たとえば苺から取った種を育ててもレモンができることがあるように、ノースティリスでは望んだ野菜、果物、花き類を収穫することは難しい。
ところがこの世界は苺の種を育てれば苺の苗ができる、といったように単純明快な法則性がある。
故に花壇や花畑なども自由自在にデザインできる。
あなたは叫び出したい衝動にかられた。
――見よ、このチューリップの花壇を!
だが一方で、春は良いことばかりが待っているわけではないことを、この後あなたは知ることになる。