【完結】あなたはノースティリスの冒険者ではない。(ウマ娘×Elona)   作:河畑濤士

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■16.「うわあ、ライスシャワーじゃん――」

――いままでのレースのようにはいかないだろうが、最後まで自分の走りをしなさい。

 

 あなたからそう言われて送り出された夢の舞台。

 ミホノブルボンは本バ場に、一歩踏み出した。

 瞬間、中山レース場が――否、日本中が鳴動した。

 

「本日の1番人気っ! ミホノブルボン、日本国民(ファン)の期待を背負って堂々入場です!」

 

 GⅠレースともなれば本バ場入場さえもひとつのエンターテイメントである。打ち合わせどおりにブルボンは機械的に左右に手を振ると、颯爽と駆け出した。ウォーミングアップの返しウマ。天候は雨。あなたからのアドバイスを反芻したブルボンは、バ場状況を確認しながら走っていく。

 

 雨雲の下を赤紫の煌きが往く。

 大気を裂き、雨粒を砕き、無数の声を跳ね返しながら。

 彼女の武者震いは、いつの間にか止んでいた。いつもどおり勝つ。

 寝ても覚めても夢見てきたこのバ場に、私を立たせてくれた人のために――!

 

 ファンファーレが鳴り響き、ウマ娘たちのゲートインが始まる。

 最初にゲートインしたのは最内枠のベストスタント。

 純白のフリッツヘルメット、その縁から雨粒がこぼれている。庇の下に光る青い瞳は、ただ前を見据えていた。GⅠホープフルSは2着、GⅡ弥生賞も2着。OP戦に2勝しているにもかかわらず、5番人気というのはやはり“勝ちきれない”と思われているからであろう。

 彼女にはそれが不服であり、きょうは思う存分に鬱憤を晴らすつもりでいた。

 

 闘志あふれるウマ娘たちが次々とゲートインする中、おずおずとゲートに向かう少女がひとりいた。11番人気・ライスシャワー。青い薔薇で飾られたミニハットを被る彼女のそれは、レースに臨む面持ちとはほど遠かった。

 

(ライスが、走っていいのかな)

 

 2勝しているウマ娘ならば、すでに消化していて然るべき疑問。

 つまり他者を押し退けてまで出走していいのか、他者が順位をひとつ落とすことを承知の上で自身が順位を上げていいのか、という思い。

 ミホノブルボンがみせた走りへの憧れさえ霞む、後ろめたさに圧し潰されそうになる。

 GⅡスプリングSから彼女は、たくさんのウマ娘たちの喜びと悲しみを目の当たりにしてきた。

 走れなくなったノルトパフォーマー。

 自らの意思で夢と決別したサクラバクシンオー。

 取るに足らない軽い怪我でこの皐月賞に出られなくなったルサルカナイフ。

 ライスが、不幸にするのではない。レースが、彼女たちを不幸にしているのではないか、とさえ彼女は思ってしまう。さりとてレースを放棄することもできず――彼女はそそくさとゲートインし、スタートの瞬間を待つことにした。

 

「ゲートイン完了」

 

 実況の声を聞き、マチカネタンホイザはゲートが開く瞬間を待った。

 トレーナーから授けられた策は、スタートダッシュにかかっている。

 0.01秒でも早く――そのために彼女は無心になった。

 

 ガコン、という音に反応したマチカネタンホイザは、そのまま地を蹴っていた。

 その0.1秒後には思考が戻ってくる。さっと視線を走らせ、ミホノブルボンを捉える。スプリント戦を連想させる加速――それに彼女は食らいついていった。

 

「ミホノブルボンいったッ! 他には誰が――マチカネタンホイザ!?」

 

 実況の驚く声が耳に入る。

 拍手と歓声に隠れて、ウマ娘の間ではさざ波のように動揺が広がった。短距離戦はかくやというスタートダッシュに食らいつくマチカネタンホイザの背中を見て、胸に焦燥の炎を灯す。が、GⅠ皐月賞の舞台に立つウマ娘たちは、すぐにその小火を掻き消した。これまで多用してきた戦術をかなぐり捨て、ミホノブルボンのマークに徹するウマ娘が現れてもおかしくはない。

 

「皐月賞に勝とうと思うな、ミホノブルボンに勝て!」

 

 信野トレーナーの言葉が、マチカネタンホイザの脳内に再び響き渡る。

 故に作戦は、ミホノブルボンに対する徹底マーク。

 根性でミホノブルボンに食らいついてレースを進め、根性で最後の直線勝負に競り勝つ。

 勝算はない――が、マチカネタンホイザは納得していた。

 

(私みたいな普通のウマ娘に、最初から勝ち目なんてない)

 

 トップスピードでも、パワーでも、劣っていることはわかっている。

 

(でもですね――それでも――でも――っ!)

 

 ハナに立って坂を駆け上がるミホノブルボンの背後に、彼女はピタリとつけた。

 急加速からそのまま上り坂への突入。想像の倍のキツさ。早々に痛み始める全身。痛みは単なる電気信号にすぎない、と無視できる許容範囲を超えている。理性が「このままじゃ走り切れないよ」と訴えてくる。

 その冷静な思考を、“鋼の意志”がねじ伏せた。

 

(デモもストもあるんですよ!)

 

 トレーナーが勝利を信じてくれている。

 きっと他にも私の勝利を信じてくれている人がいる。

 だからいまだけは、普通のウマ娘ではいられない――!

 

「第2コーナーを抜け、直線へ! これはどういうことか、ミホノブルボンとマチカネタンホイザの“ふたり旅”!」

 

「15番・マチカネタンホイザはかかっているかもしれません」と発言した解説者とは対照的に、会場に詰めかけた観客たちはすべてを理解していた。

 

「おおおおおおおっ!」「いい度胸っ!」「これ4-15やん……」「振り切れミホボン!」「これで勝ったらおもろい!」「そのまま!」「まずい、ドラゴンオーッ!」「マチタンだけをいかせるなッ!」

 

 かかっているのではない、勝ちにいっている。

 マチカネタンホイザと同じ空気を吸う彼らは、容易く彼女の意図を悟った。

 乾坤一擲の大勝負。最後の直線で1対1の決闘に持ちこもうというのだ。

 しかしながら後方を往くウマ娘たちは冷ややかだった。

 

――どうせ垂れてくる。

 

 特に天才肌のアタゴノペトリウスや、レース勘のあるアサノミニスターはそう思った。あれはスタートでかなり足を使っている。どうせ第4コーナーでバ群に呑まれるはず――。

 

(いや)

 

 純白のロングコート。その裾をはためかせ、ベストスタントがまくって上がる。マチカネタンホイザに対する彼女の評価は、高い。総合力ではミホノブルボンにも劣らないと思っている。故に無為無策のままふたりをいかせてはならない。

 さらに赤龍・蒼龍の刺繍を背負ったニジノドラゴンオーが、決断的に足を使っていく。

 ふたりを自由にいかせて、そのまま何もできずに終わりました。

 中山レース場に集まったファンの前で、そんなことは絶対にできない――!

 

「第4コーナーを抜け、直線へ! 先頭はミホノブルボン、続いてマチカネタンホイザ!」

 

 ミホノブルボンの影から、マチカネタンホイザが躍り出る。

 無心で走っていたブルボンは、そこで彼女の存在を認めた。

 動揺はない。私が勝つ。誰が来ようが関係なく、私が勝つ。

 マスターと、バクシンオーさんと、みんなから夢を託してもらった私が勝つ!

 ブルボンは中山の空気を吸いこんで、マチカネタンホイザを突き放しにかかる。

 かつて憧れた戦闘機(Xウイング)よりも速く! 重戦闘機(ドラグーン)よりも強く!

 

 瞬間、追走するマチカネタンホイザは彼我1バ身の間に、無限の宇宙をみた。

 どんなに速く走ろうが、絶対に届かない。

 絶望的な空間が、横たわっているように見えた。

 

(それが)

 

 開こうとしている距離を、末脚が縫いとめる。

 

(どうしたってんですか!)

 

 ミホノブルボンが僅かに振り向いた。

 背後に迫る橙の瞳は、燃えていた。

 

「マチカネタンホイザ食い下がるっ――さあ後続集団もやってきた! ベストスタント、アサノミニスター、アタゴノペトリウスが上がってくる! バ群を割ってハネダサクセス!」

 

 勝利を望む気持ち、抱える思い。

 そこに貴賤はなく、そしてその強度はみな同じ。

 ならば、決着がつくのはそこではない。

 

 この直線では、最も速いウマ娘が勝つ。

 

「ウマ娘たちの決死の追撃を、ミホノブルボン、寄せつけないッ――圧勝ゴールインッ!」

 

 あなたはもう数十回は見たブルボン勝利の瞬間を迎えるとともに、立ち上がった。

 右拳を突き上げ、あなたを探していたブルボンの蒼い瞳と、あなたの昏い瞳がぶつかる。

 次の瞬間、ブルボンは誇らしげに笑った。

 

「ブルボンさんッ! おめでとうございますッ!」

 

 GⅡスプリングSのときよりも騒がしい記念撮影。

 ミホノブルボンとあなたが中央。そして理事長はなぜかあなたに腕を絡ませてくる。その横では勝負服姿のサクラバクシンオーが、はっはっはっはっと高笑い。ブルボンの脇には笛木衛が立ち、笛木衛の横には勝負服姿のシンボリルドルフ。それからミホノブルボンの同室ウマ娘で、あなたと花壇を整備しているウマ娘――ニシノフラワーが制服姿で立っている。

 

 撮影が終わるとともに、あなたは気を引き締め直した。

 まだ一冠目。

 それに皐月賞を勝ち獲ったことでミホノブルボンの名声はさらに固まるだろう。つまり日本国からかけられる税金の納入額も上がり、取り立ては厳しさを増すはずだ。問題はレースだけではない、とあなたは思っていた。

 

◇◆◇

 

 雨はやんでいた。

 

 レースとウイニングライブが終わると、中山レース場に詰めかけていたファンたちは帰路についていく。

 友人たちとレースの感想を語り合い、あるいはひとり余韻にひたりながらレース場を去る。

 しばらくして閑散となったレース場を、ライスシャワーは後にした。

 まっすぐ帰る気持ちにもなれず、ジャージ姿の彼女は自身のトレーナーに「ひとりにしてほしい」とお願いすると、周辺をぶらぶらとさまよう。

 

「きょうマジですごかったな~!」

 

 通りがかった公園では小学生たちが、ベンチに座って口々に感想を言い合っていた。

 ライスシャワーは自然、耳をそちらに向けてしまう。たぶんブルボンさんやハネダサクセスさん、タンホイザさんの話をしているんだろうな、と思いながら。

 

 実際、そのとおりだった。

 

 意識せず、彼女は溜息をつく。

 

「うわっ」

 

 次の瞬間、男子小学生らしい甲高い声が響き渡った。

 

「ライスシャワーじゃん……」

 

 え、とライスシャワーが目を向ける。

 小学生たちはただベンチに座って話しこんでいたわけではなかった。

 片手には『ウマむすパン(ウマキャラシールつき)』、そしておまけのシールが握られている。

 

(あ、ライスに気づいたわけじゃなかったんだ)

 

 彼らの視線はおまけのシールに注がれている。

 どうやら自分のシールが出たらしい、とライスシャワーは理解した。ウマキャラシール“ライスシャワー(ふようすてーくすのすがた)”の存在は、ライスシャワーも知っている。2頭身にデフォルメされた紫紺のウマ娘――。

 

 咄嗟にライスシャワーは内心で謝った。

 ごめんなさい、と。

 ブルボンさんや、マチカネタンホイザさん、バクシンオーさんの方がよかったよね、と。

 

「うわ、いいなー!」

 

 次の瞬間、彼女は耳を疑った。

 

「フヨーステークス、俺も見に行ったし!」

「ライスのねばり勝ちすごかったー」

「ダービーは俺ん家で応援しようぜ」

「ミホボンも頑張ってほしいー距離は厳しいってやっぱみんな言ってるけど」

「いやブルボンは勝つ――あっ出た! オウカアースオー!」

 

 ああ、とライスシャワーは思った。

 そしてもう一度、ごめんなさい、と心の中で謝った。

 勝ちもあれば負けもあると理解しているライバルたちに気を遣い、ファンの期待を裏切り、自分が満足に走れなかったことへの後悔で、溜息をついてどうする――!

 

 憧れを追う。

 

 それじゃダメだ。

 

「ダービーは、勝つ」

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