【完結】あなたはノースティリスの冒険者ではない。(ウマ娘×Elona) 作:河畑濤士
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勝負服めいた効果をもつミラクルシャイニングラスや身体強化された人間がレースに出走するササバリィンクル・シリーズは公式設定なのでよろしくお願いいたします。
また目覚まし時計同様、拙作はトレーナー各位のプレイスタイルを批判する意図はいっさいございません。
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東京都府中市にある中央トレセン学園の警備は、決して緩くはない。
監視カメラや赤外線センサーによる監視体制は勿論のこと、民間警備会社のウマ娘から成る警備員が要所に配されている。さらに中央トレセン学園周辺の主要な大通りについては、警視庁の移動交番車が待機しているのみならず、警視庁第10機動隊“ウマ娘警察”・約350名の中から1個中隊が交代で派遣され、警備にあたっている。
前述のとおり、この日本国において競走ウマ娘は国家戦略を左右する存在だとみなされている上、また中央トレセン学園には海外名家出身の留学ウマ娘も属しているのだから、これくらいは当然のことだ。
しかしながら長身の影は、
「……! ……っ!」
眠っていたところを縛り上げられたニシノフラワーは声を上げようとしたが、テープで口を塞がれていたため、思うように大声を上げることができなかった。ベッドの上でもがきながら彼女は、反対側のベッドを見る。
そこではひとつの影が、ミホノブルボンをうつ伏せにして制圧していた。左腕一本で彼女の片腕を捻り上げ、ピンクのパジャマを着たブルボンの背中に圧しかかり――右手には金属でできた何かが、逆手で握られている。
「ワーオ、ミホノブルボンちゃん……やっぱりいい筋肉してるわぁ……」
(へ、変態さんだぁ……!)
超人的な膂力でミホノブルボンを拘束するそれが、恍惚然とした声を上げるのを聞いて、ニシノフラワーは心の中で悲鳴を上げた。
そして彼女は、ミホノブルボンの背中――その直上で右手が振り上げられるのを見た。
そこに光るのは、針。
否、針というにはあまりにも大きすぎた。
ブルボンはなんとか背中にのしかかる狂人を押し退けようとするが、すでにヒトの姿をした何かとなった黒い影は、ウマ娘のパワーさえも凌駕していた。
「じゃあブスッと、すぐに終わるからあんし~ん……」
ニシノフラワーの目の前で、ミホノブルボンの背に針が突き立てられる――。
わずか0.2秒前に、静かに開いた窓から一陣の風が吹きこんだ。
夜闇の中から伸びる白い軌道は、狂人の右手をしたたかに打ち、握られていた針を叩き落とす。
(えっ……)
ニシノフラワーは上体を揺らし、瞳を動かして白い軌道――否、パンツを追う。
(へ、変態さんだぁあああああああ!)
ブーメランのように戻って来た純白のパンツを空中でキャッチし、カーペットの上に着地したあなたは一瞬で状況を判断した。
それは狂人もまた、同様であったらしい。
「ミホノブルボンちゃんのトレーナーねぇ~。まあまあまあまあとりあえずね、あなたには眠りの秘孔をついてあげるわぁ~」
狂人はサングラスの奥の瞳をぎらつかせ、針を構えてあなた目掛けて突進。
そして鋭い踏み込みとともに、神速の刺突を繰り出してきた。
「マスター……ッ!」
一方のあなたは素早く沈黙の霧をミホノブルボンにかけ、第三者の介入を防ぐとともに、放たれた刺突を半身で躱す。躱すだけではない。刺突とともに踏みこまれた狂人の右足目掛け、あなたは自身の足を踏み込んだ。あなたの超人的な脚力が、狂人の足の甲にかけられる。
そしてあなたは確かに、狂人の足の甲を踏み潰し、そして砕いた。
「へぇ~」
あなたは間違いなく相手の足の甲――楔状骨を砕いたはず。
しかしながら狂人は半笑いを浮かべて左手、逆手持ちの針を振り上げた。
あなたは舌打ちをした。どうやら狂人は自身の“秘孔”とやらを突き、身体能力を向上させている上に、痛覚を遮断しているとみえる。ウマ娘を超越する膂力を手に入れているのもまた、そのためであろう。
故にあなたは、右掌を“猫の手”に変えた。
「……ッ゛!」
至近距離での攻防は、一瞬で決着した。
あなた目掛けて逆手の針が振り下ろされるよりも先に、手加減してアッパー気味に放ったあなたの掌底が、狂人の顎を捉えていた。
軽い脳震盪を起こし、崩れ落ちる狂人。
あなたは倒れこんだそれを跨ぐと、ニシノフラワーの口元に張られたテープを剥がし、彼女を縛っていたロープを素手で引きちぎった。
「あ、ありがとうございます……」
ニシノフラワーはあなたがパンツを投擲したのを何かの見間違いだろう、と結論づけて弱弱しく感謝の言葉を口にした。
「マスター、大丈夫ですか」
沈黙の霧の効果から脱したミホノブルボンもまた膝立ちになってあなたに問うたが、あなたはただ一言、寝ろと告げた。あなたは狂人の襟首を掴むと、音もなく窓から外へ出る。警察に突き出すつもりはない。この狂人の処理は、ミホノブルボンを襲撃した動機と背後関係を探ってからだ。あなたは彼女を引きずりながら、トレーナー室に向かった。
あなたの感覚を以てすれば、証言の虚実など容易に判別できる。
「……このままじゃ、ミホノブルボンちゃんは菊花賞で負けちゃうわよ」
結論からいえば、狂人は狂人であった。
彼女はウマ娘の成功を心の底から願う笹針師であり、また己の施術によって強化した者をササバリィンクル・シリーズで活躍させることを望んでいた。そしてミホノブルボンの三冠達成のために施術をしたい――その一心で中央トレセン学園の警備をかいくぐり、彼女の部屋まで侵入した、というわけだった。
そして狂人は言う。
「ミホノブルボンちゃんのスタミナでは菊花賞――最後に差し切られるわぁ」
あなたは無言のうちにその可能性を認めた。
ミホノブルボンは天性のスプリンター。クラシック路線を往くウマ娘にとって最も過酷な距離となる菊花賞で「絶対に勝てる」と言いきれるならば、それは無責任というものだろう。
だから、と狂人は言う。
「“
狂人のもちかけに、あなたは即座に返事をした。
――失敗すれば、お前を殺す。
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おかしい、と旭日帝都スポーツ記者の笛木衛は思い始めている。
いわゆる“番記者”として中央トレセン学園に頻繁に出入りしている彼は、すぐに異変に気付いた。明らかにオーバーワークの域に足を突っこんでいるウマ娘たち、それをよしとするトレーナーたち、ありえない間隔でレースに登録していく両者。
特に目立ったのが、桜を模した耳飾りをつけたウマ娘――オウカアースオーであった。
朝から走りこみを行い、午後はけばけばしい色彩のメガホンを持ったトレーナーの下で激しいトレーニングに臨み、日が落ちた後も寮の門限まで走っている。噂によれば、部屋に戻ったあとも夜通し筋トレを行っているという。
レース専門誌・月刊トゥインクルの担当記者を務めていた過去のある笛木衛は、彼女の姿を一目見ただけでヒヤリとした。超人的な身体能力を誇るウマ娘とはいえ、この鍛え方では身がもたない。体力の限界を超えているのは明白ではないか。
「アースオーはオーバーワーク気味ではないですか」
と、笛木衛はオウカアースオーのトレーナーに何気なく声をかけたが、彼は「放っておいて」と迷惑そうに答えただけだった。端的にいえば、拒絶。とりつく島もない。
仕方があるまい、と笛木衛は隙をみて、青汁のような飲み物を飲みながら休憩しているオウカアースオーに忠告しようと近づいたが、彼女もまた同様であった。
「大丈夫です」
栗毛の前髪の下――彼女の表情ににじんでいるのは疲労ではなく、焦燥。
重賞どころかOP戦での勝利もなし。日本ダービーに向けてなんとか実績を積み、能力を底上げしようと躍起になっているのは間違いなかった。
気持ちはわかる。
だがこのままでは明らかに体がもたない。
――このままじゃ故障しますよ。
と言いかけて、笛木衛は彼女の腰に緑色のお守りが結んであるのを見た。
「もういいですか」
このお守りどこかで見たことがあるな、と固まった笛木衛の隙を衝いてオウカアースオーは照明の下、再び走り出そうとする。
そしてオウカアースオーが笛木衛の横を走り抜けていく、その瞬間――彼はぞっとした。どこかで見たことがある、どころではない。
オーバーワーク気味のウマ娘たちは、みな腰に緑色のお守りを結んでいた。
かつての記憶にあるウマ娘たちと、いま目の前にいるウマ娘たちは、まったく違う生き物ではないか。
そんなふうに、彼には感じられてならなかった。