【完結】あなたはノースティリスの冒険者ではない。(ウマ娘×Elona)   作:河畑濤士

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■2.「ふん、おもしれー男……」

 あなたはブルボンの朝練が終わってトレーナー室に引き上げる途中、背後の茂みがガサ、と音を立てるのを聞いた。空気の動きを感じ取り、あなたは背後に迫る“存在”を把握して、かがんで錨による横殴りの一撃を躱した。

 

「何ィ――このゴルシちゃんの一撃がァ!」

 

 あなたは反撃する必要すら感じていない。先程の錨は紙製だ。あなたの基準でいえば、昨夜突っかかってきた男の嫌がらせの方がよっぽど攻撃に値する。しかし、背後のウマ娘はあなたに一撃を食らわせることを諦められないのか、何かを投擲するモーションに入った。

 瞬間、時間が引き延ばされる。

 あなたは振り向くと、白い長髪が印象的なウマ娘の右手に握られているピンク色のゴムボールを視認した。

 予想よりもモーションが早い――彼女の手からゴムボールが離れると同時に、あなたも胸ポケットから投擲武器を引き抜き、展開する。ゴムボールの低伸する弾道を捉え、即座にあなたは投擲武器――★≪あきかわやよいのぱんつ≫を投げ、ボールを弾き返す。そして★≪あきかわやよいのぱんつ≫は、ブーメランめいて再びあなたの掌に収まった。

 

「やべー……パンツで戦う男、はじめて見たわ……」

 

 なぜか引いているウマ娘に、あなたは小首をかしげる。

 あなたがトレセン学園に現れたときから、なぜかこのウマ娘はあなたにちょっかいをかけてくるのである。最初は彼女に敵対的な意思があるのかと思ったが、そうでもないので放置している、というわけだ。

 目の前のウマ娘は次の手を考えているようだったが、あなたは面倒臭くなったので、踵を返して逃げ出した。ウマ娘の膂力は恐るべきもので、おそらくノースティリスでも市民を一撃で破壊できるであろう。もちろん、あなたを殺すには至らない。しかしながら相手にするのが面倒なのだ。

 

 そのときあなたは閃いた。

 この経験がミホノブルボンのトレーニングに活かせるかもしれない、と。

 なぜいままで気づかなかったのか?

 一連の戦闘――あなたが強くなったために行ったことを、ミホノブルボンにもやらせればいいではないか。

 

「マスター」

 

 夕方、運動場の片隅に立つブルボンの声は、普段と変わらない。

 が、あなたはその瞳に不安を見てとった。本当に大丈夫なのか、と。

 彼女の両手には赤いグローブがはめられている。

 あなたは大丈夫だ、打ってこいと返した。

 次の瞬間、彼女は先程ビデオで見たプロボクサーと寸分変わらないパンチを繰り出した。ジャブの連打、そしてクロス。それをあなたは棒立ちで受ける。

 

「えぇ……」

 

 と、何事が始まるのかと周囲で眺めていたウマ娘が、半ば呆れたような声を上げていることにあなたは気づいたが、これでいいのだ。

 ウマ娘は冒険者よりも容易にスキルを身につけることができる。先程のビデオでブルボンは格闘のスキルを入手したはず。その状態で拳打を繰り返せば、効率よく筋力――パワーが上がるのだ。

 あなたは打ち続けろ、と指示を出す。

 

「はい、マスター」

 

 先程までの不安は鳴りを潜め、ただブルボンは水色の瞳であなたの上半身を凝視し、一心不乱に打撃を繰り出し続けた。

 はっきりいってあなたのトレーニングは周囲からみれば異様な光景である。重賞ウイナーでパワーが十分証明されているウマ娘が、生身のトレーナー目掛けて打撃を繰り出し続けているのだから。しかも手を抜いている様子はない。髪を振り乱し、汗を弾けさせながら繰り出される打撃は、遠目から見ても本気そのものである。

 夕陽が沈み、運動場に照明が付き始める頃になって、ようやくあなたはこれでいいだろう、とトレーニングの終了を告げた。

 

「はい、マスター」

 

 先にブルボンを引き揚げさせ、あなたはタイマーやグローブ等の片づけを始める。

 放置していたノートや筆記用具を拾い上げていたそのとき、ひとりのウマ娘が近づいてくるのにあなたは気づいた。

 

「へえ、面白いトレーニング――」

 

 顔を上げるとそこには、鹿毛の髪と赤い瞳のウマ娘。

 あなたはそのウマ娘を知っていた。カワサンキセキ――次の朝日杯FSで対戦予定の有力なウマ娘だ。体格はミホノブルボンよりも華奢だ。おそらく次戦に出走するウマ娘の中では、体重だけみれば最軽量級だろう。

 何の用だ、とあなたが言うとカワサンキセキはふん、と鼻を鳴らした。

 

「ふざけてんの?」

 

 ふざけてなどいない、とあなたは即答して熱弁した。能力の向上は、何事も正しい訓練方法を身につけた上で継続的に行うことが大切――故に瞬発力・筋力が効率的に鍛えられる格闘をトレーニングに選んだのだ。

 だがカワサンキセキは納得がいかないらしく、

 

「ボクシングだけじゃない。ミホノブルボン、あなたと併走トレーニングとかさせられてるみたいだけど――ヒトとウマ娘じゃトレーニングにならないでしょ」

 

 と言った。

 あなたは小首をかしげた。合点がいかないのだ。

 人間というかイェルスとウマ娘の間ではそこまで能力差があるものなのか、と。

 ここまでならばあなたもカワサンキセキの言葉を聞き流していただろう。

 だが次の瞬間、カワサンキセキはあなたを怒らせた。

 

「あなたみたいな新人トレーナーのトレーニングを黙って受けているんじゃ、ミホノブルボンもたかがしれてるわ。ヒトとウマ娘の併走とか聞いたことないし」

 

 たかがしれてる、とはブルボンに対する侮りであろう。

 あなたはエーテル病の進行によって憎しみに支配されやすく、容易に他者を殺害する。

 が、昨日の記者とは違い、彼女からは悪意は感じられない。どちらかといえば宣戦布告に近い。殺そうとは思わない。だが、言われっぱなしも癪に障る。

 故にあなたはカワサンキセキに提案した。

 ならばいまから只人である私と勝負しよう、と。

 

「あほくさ。でも、いいよ――ねえ、みんな聞いた!? 向こうから勝負しかけてきたんだけど!」

 

 カワサンキセキは大声を張り上げる。

 見やれば周囲には疎らではあるが、ギャラリーができていた。

 悪意は感じられない。ただ好奇の視線だけがある。あなたの活躍はそれだけ噂になっていたのだ。ゴールドシップの奇行をことごとく躱し、ミホノブルボンの打撃を受け止めるバケモノがいる、と。

 

「じゃ、1400m戦で」

 

 芝の併走用コースには、もう人影はない。カワサンキセキが1400m戦を提案してきたのは、おそらくそれが得意とする距離だからであろう。思えば彼女もまた重賞ウイナーである。

 さすがにゲートは用意されなかった。代わりにスタートの合図を出すウマ娘がひとり選ばれている。

 

「ねえ、私の一番の奴隷――ちょっと目を離した隙に、面白いことになってるじゃないの」

 

 あなたはスタート位置につく前に、神からの電波を受信した。

 

「いざとなれば私の力を憑依させればいいわ」

 

 風のルルウィの囁きを、あなたは無視した。

 カワサンキセキが、神に縋る必要があるほど強い相手だとは思わない。相手の力量を見極められない冒険者は次々と埋葬の憂き目に遭うが、相手の力量を図れないウマ娘もまた同様であろう。

 

 ◇◆◇

 

「ふざけてんの」と言ったのは本心からだった。

 次のGⅠ朝日杯FSであたしと勝ち負けする相手は間違いなくミホノブルボンだと思い、トレーニングの帰りに偵察をしようと思い立って――呆れた。

 ジャージ姿のトレーナーに、一心不乱にジャブやストレートを繰り出す“ライバル”の姿。

 はっきりいって、遊んでいるようにしか思えなかった。

 だから「ふざけてんの」と指摘した。

 ところが昏い瞳をしたミホノブルボンのトレーナーは

 

「ふざけてなどいない。能力の向上は、何事も正しい訓練方法を身につけた上で継続的に行うことが大切――故に瞬発力・筋力が効率的に鍛えられる格闘を選んだ」

 

 と、ミホノブルボン同様に粛々と反論してきた。

 それが頭にきて、あたしはミホノブルボンがトレーナーと併走しているという噂を思い出し、「ボクシングだけじゃない。ミホノブルボン、あなたと併走トレーニングとかさせられてるみたいだけど――ヒトとウマ娘じゃトレーニングにならないでしょ」とあげつらった。

 ただそれでも彼は小首を傾げるだけで、何も感じていないみたいだった。

 

 その仕草に、あたしは焦りを感じた。

 ……次の朝日杯FSはまるで余裕綽々、といった様子だったから。

 いや、前から焦っていたんだ。

 ミホノブルボンはメイクデビューの前からたくさんのトレーナーから注目されていた。

 最初はスプリンターとして最高の素質をもつ、ということで話題になっていたけど、学内では2000mも走っているし、距離を伸ばしてマイル戦の重賞にも勝ってしまっている。

 

――もしかすると、あたしが目標とする皐月賞や日本ダービーにも出てくるかも。

 

 そんな強敵が、余裕めいたトレーニングをこなしているのを見て、あたしは余計に焦ってしまったのかもしれない。

 だから引き金を引いてしまった。

 

「あなたみたいな新人トレーナーのトレーニングを黙って受けているんじゃ、ミホノブルボンもたかがしれてるわ。ヒトとウマ娘の併走とか聞いたことないし」と。

 

 冷静になればわかる。

 トレーナーに対してもミホノブルボンに対しても失礼な言い方だし、実際そのやり方でミホノブルボンは重賞に勝利しているのだから――この言い方はあたしの不安、焦りからくるものに過ぎない。

 それで話は変な方向に転がってしまった。

 

 でも大丈夫――人間がウマ娘に勝てるわけがないのだから。

 

 それで勝ったあとは、余裕をもって「ほらね、でも言いすぎた」と謝ろう。

 

 旗を持った子がスタートの合図をするまでは、そう思っていた。

 

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