【完結】あなたはノースティリスの冒険者ではない。(ウマ娘×Elona) 作:河畑濤士
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前話で登場したグッズを多用しているトレーナーはイメージとしてはサポートカードを編成しないままただ休ませずにトレーニングさせているようなものです。
この確率時空においては適度にグッズを使用しつつ他のウマ娘たちと交流・併走して“想い”を継承しながらトレーニングをするのがいいのかもしれません。
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ふたりのウマ娘がいる。
名門に数日違いで生を受けたふたり。
名バの魂魄と優れた才能を宿したふたりは、常に比較されてきた。
ひとりは豪快奔放なウマ娘に、もうひとりは思索生知を誇るウマ娘に成長した。
――短距離の
その前評判どおり、サクラバクシンオーは重賞のGⅢクリスタルカップを勝利。
クラシック戦線の開幕とともに自然、オウカアースオーにも期待がかかっている。
GⅡ弥生賞ではアサノミニスター、ベストスタントに敗北し、3着。
彼女の両親や親戚といった“名門”の人間たちは、
「重賞3着はまさに努力の証明!」
「ダービーは世界の一戦、ミホノブルボンvsオウカアースオー!」
と褒めそやして、彼女を責めるそぶりは一切見せなかったが(なにせ驀進王を育て上げた家である)、オウカアースオーは周囲の声援に応えられない己を責めた。
そしてNHKマイルカップと同時開催される日本ダービートライアルレースのGⅡ・NHK杯(2000メートル)、そしてGⅠ日本ダービーでは絶対に勝たなければ――と決意した。
(……)
プレッシャーを感じていたのは、サクラバクシンオーとオウカアースオーのトレーナーを兼任する大田勝も同様だったらしい。
(ビール飲みてえ)
その証拠として、大田勝は大酒飲みにもかかわらず、3月からアルコールを完全に絶っていた。
酒臭い息をしながらレース場で指示を出すこともなくなったし、愛人に使っていた時間と金はレース研究に費やされるようになった。
彼自身はどちらかといえば巧遅のオウカアースオーではなく、拙速のサクラバクシンオーに近い性格である。
正確にはサクラバクシンオーに酒、たばこ、女といったヒトの愚かさを付け加えたような性格で、トレーニングの指示を間違えたり、二日酔いでレースに遅刻したり、レース本番の作戦指示をミスしたり、ウマ娘のやる気をアップさせるために準備したスイーツを自分で食べてしまったり、負ければ担当ウマ娘や他のトレーナーに八つ当たりをしたりもする。
と、大田勝はどうしようもないトレーナーであったが、同時にサクラショウシャやサクラチヨノオーを日本ダービー優勝に導いたことのあるダービートレーナーでもある。
挑んだ重賞の舞台は無数。
「今回は私が二日酔いで臨み、間違えた作戦を出したため負けました。彼女はベストを尽くしました。この度の敗北は100%、私の責任です」
と、涙する担当ウマ娘に群がる報道陣の前に立ち塞がった回数も数えきれなければ、重賞勝利の回数もまた同様に数えきれない。
過去にはビルドカルガルー(皐月賞勝者)、サンビイタロン(大阪杯)、サクラシュクフク(安田記念)、サクラゴッデス(スプリンターズS)、サクラトヨダオー(天皇賞秋)、サクラホクシンオー(朝日杯FS)を担当しており、どの程度の実力がGⅠウマ娘に必要なのかをよく知っていた。
故に現状を豪快に笑い飛ばすことができない。
わかってしまうからである。
――オウカアースオーは、ミホノブルボンに勝てない。
大田勝はとんでもないトレーナーだが、ウマ娘の夢を応援する一点においては熱心である。
サクラバクシンオー本人の希望を容れ、“名門”関係者をだましすかしてGⅡスプリングステークスを走らせたのは他でもない彼である。
そしていま
であるから大田勝は、その会社と契約を交わした。
「株式会社
あなたの私室として機能しているトレーナー室に、朗々とした声が響いた。
鈍色のスーツを纏った中肉中背の男から名刺を受け取ったあなたは、しげしげとそれを眺めてから卓に置く。と、同時に奥新一と名乗る営業マンは、あなたと旭日帝都スポーツ記者の笛木衛に自社製品の売り込みを始めた。
「こちらは弊社の新製品ロイヤルビタージュースと申しまして、ウマ娘の疲労を――」
あなたの横でパイプ椅子に座っている笛木衛は、ああ、と納得した。
学内に一斉に広まり始めたトレーニング用品は、Cyraces社製のものだったのか、と。Cyracesの来歴を笛木衛も知り尽くしているわけではない。だが昨年あたりに、大手広告代理店がトレーナー用メガホンや三色ペンライトを製造していた老舗メーカーを買収してつくった子会社であり、今年度から資金力に物を言わせて揃えた大量の既製品・新製品を引っ提げ、レース業界に殴りこみをかけてきたこと程度は知っている。
「もちろん試供品もご用意しております」
あなたは彼が差し出したロイヤルビタージュースをためつすがめつすると、奥新一が止める間もなくそれを一気飲みしてしまった。毒々しいまでに濃緑の液体をあなたは舌で転がし、体力を回復する“だけ”の代物かと結論づけた。祝福された肉体復活のポーションのような即効性や、ハーブのように潜在能力を上げるような効果はない。
あなたが無関心になったのと同時に、笛木衛は口を開いた。
「Cyracesさんのグッズは最近学内でよく拝見しますね」
「ありがとうございます。グッズについて専属契約を結んでくださるウマ娘の方々は、かなり増えているんですよ。弊社としては大変嬉しい限りです」
「Cyracesさんのグッズは大変質がいいようです。ただ使用されているウマ娘たちはちょっとオーバーワーク気味になっているみたいですね。グッズが“良すぎる”のかもしれません」
「オーバーワーク、ですか」
奥新一は笑った。
「確かに従来の、休息を要する非効率的なトレーニングを目の当たりにしていると、オーバーワークに思われるかもしれませんね。ですが弊社商品を使用していただいているウマ娘の方々の中で、故障が生じた、あるいは長期療養が必要となるような病気にかかった方はゼロです。オーバーワークではなく、従来の常識を超えた強度の高いトレーニングを実現した、とみていただければと思います」
「傍目からみれば冷や冷やしますが……」
「弊社の商品を利用したトレーニングが浸透していけば、従来のトレーニングとそうした感覚は過去のものになりますよ」
「……」
「私どもは“最高のウマ娘をつくる”会社です。誤解を恐れずにいえば、日本ウマ娘は現状、海外ウマ娘に対抗できていません。GⅠジャパンカップやチャンピオンズミーティングにおいて海外ウマ娘に勝つウマ娘をつくるための近道は、間違いなく弊社の商品を利用したトレーニングです」
◇◆◇
最高のウマ娘を“つくる”、とはなんなのか。
笛木衛は静かな反発とともにコンビニの前でタバコを吸っていた。煙を肺に入れて、目を瞑る。常に彼の瞼の裏には、トレーナーとの絆、ウマ娘との友情、ファンの声援で強くなるウマ娘の姿がこびりついている。
ウマ娘とは、“つくる”ものだったのか。
「月刊トゥインクルの記者さん」
突然、声をかけられた笛木衛は少し驚いたが、顔には出さなかった。
笛木衛の横に並び立った面相の悪い小男――大田勝はセッターに火を点けてふかした。
「……転職していまは旭日帝都スポーツですよ」
「そうかい」
「大田さん、大田さんはどう思いますか。朝から晩まで、ウマ娘によっては授業を休んでまで走りこんでいる。得体のしれないジュースを飲んで疲労をとり、故障の可能性を無視しながらお守りをつけて走る。未勝利戦やPre-OP戦とはいえ、1か月で4回も出走するウマ娘までいる。肌荒れをクリームで直し、異様な荷重をかけて走る……ウマ娘の姿ですか、これが?」
大田勝は知らないよ、とつぶやいた。
「勝ったもんがちでしょう」
「物事は移り変わっていくものです。ですがこんな薬物によるドーピングじみたトレーニング方法が主流となることが本当に正しいのでしょうか」
「さあ……正しいとか悪いとか、ウマ娘のレースは俺らトレーナーからすればいろんなもんを賭けた鉄火場で、ウマ娘からしても勝つか負けるかの世界でしょう。あんまり興味ないね。このトレーニング方法でみんなが勝つようなら、まあ流行るだろう」
「……」
ただ、と大田勝は正直に言った。
「記者さんが考えているようなことにはならないよ。このトレーニングが流行るとすれば本当に一時期だけ――トレーニング一辺倒で強いウマ娘を“育てる”のはまず無理だ」
「……どういうことですか」
「たぶん俺たちレースマンはウマ娘のことを1パーセントもわかってない」
四半世紀以上にも亘ってウマ娘を鍛えてきた彼は、常々感じていることを口にした。
「強いウマ娘ってのは、トレーニングだけしているわけじゃない。ライブのための練習として歌の練習をしたり、ダンスレッスンを受けたり、意味わからん趣味をしていたりする。午前中はガキらしく授業を受け、放課後は遊びに行ったりする。そういうウマ娘がいちばん強い。ウマ娘の強さはスピードとか、スタミナとか、パワーとか、俺たちが思いつく要素だけで決まるわけじゃない」
「ならなぜアースオーさんに」
「……いや、あいつの場合は本人の希望もあるが、純粋に能力が足りん。ダービーを獲りにいくならこの短期間だけでもトレーニングをやるしかない」
大田勝は半ばまで吸い終えたタバコを灰皿に押しつけると、「やべーのがきたッ」と言って走り出した。
「?」
笛木衛が小首をかしげていると、横断歩道の向こう側に緑色の制服を着た女性が立っているのを見た。
駿川たづなか、と笛木衛はすぐに合点がいった。彼女が現役だったのは数十年前。残念ながら笛木衛は彼女の走りを見たことはないが、長くレースマンをやっている大田勝であればなにかしらの接点があるのだろう。
さて、Cyraces社製グッズは未勝利ウマ娘やPre-OPクラスのウマ娘を中心として一定の広まりをみせたが、大田勝の予想通り、学園内において支配的になることはなかった。
理由は、従来型のトレーニングを続けているウマ娘に対して、はっきりとした優位性を示せなかったためである。
まず日本ダービー前哨戦となるGⅡ青葉賞。ここでは皐月賞直前にミホノブルボンと併走トレーニングを行っていたゴールドケラウノスが1着、同じく併走相手となっていたワープゲートが2着。オウカアースオーは掲示板外。
GⅡ青葉賞の1週後に行われたGⅡのNHK杯ではハネダサクセスが1着、マチカネタンホイザが2着。オウカアースオーは3着となったものの、やはり勝ちきれなかった。
GⅠNHKマイルカップにおいては、朝日杯FSでミホノブルボンと対戦、その後GⅢ京成杯で勝利したエアボンファイターと、GⅢクリスタルカップ勝者のサクラバクシンオーが激突し、エアボンファイターが勝利。グッズを多用してきたウマ娘は、凡走に終わった。
しかし事態に気づきつつある学園内外の関係者たちの注目は、世代の頂点を決める日本ダービーに向けられている。
傍目からみれば異常であるがトレーナーとの絆、ウマ娘との友情、ファンの声援で強くなる“常識”の範疇にあるウマ娘ミホノブルボンと、ウマ娘の限界を超越するトレーニング量をこなすウマ娘。
どちらが勝つかで、事態は変わるだろう。
日本ダービーまで、あと2週間。