【完結】あなたはノースティリスの冒険者ではない。(ウマ娘×Elona) 作:河畑濤士
※始まりませんし、最後のオチも次話以降引っ張りません。
次話で日本ダービーです。
◇◆◇
日本ダービー出走ウマ娘が順繰りにインタビューを受けるURA共同記者会見は、荒れに荒れた。1番手のエンピビスコマンドは堂々と顔を上げ、記者たちを紅の瞳で見やると「最初から負けるつもりで走るウマ娘はいない」と言いきった。4戦2勝、この2勝はダートの短距離戦。残る2戦はダート1700m戦で7着、GⅡNHK杯2000m戦で9着。彼女には芝適性も、距離適性も疑問符がつけられていた。
「ヒシノマサトさんが出走できないことだけが悔やまれます」とGⅢレースで掲示板を確保してきたプラチナウィッシュは、ライバルである海外出身ウマ娘ヒシノマサトの名前を出し、彼女に勝ちを捧げるべく走ると口にした。プラチナウィッシュは2月のGⅢきさらぎ賞から三連続でGⅢレースに出走しており、三連続でヒシノマサトに敗北していた。
このふたりに続いて会見会場に現れたのは、ウマ娘の姿をした何かであった。
青い薔薇で飾られた闇色に限りなく近い濃紺のミニハット。紺を基調としたドレスに身を包み、短剣ではなくブロードソードを佩いた小柄な少女は記者を一瞥すると、無言のまま着席した。
1か月前の彼女につきまとっていた気弱さは、もうどこにも見られない。
「様変わりだ」
と、会場に詰めるひとりの記者が思わずつぶやいた。
その後、始まったのはあたりさわりのない質疑応答。そして「最後に一言お願いします」、と振られたライスシャワーは青い瞳でカメラのレンズをまっすぐに見つめた。
「いまのライスがブルボンさんに勝つ、日本ダービーに勝つ可能性はゼロに近い……そう、思っています。勝てるとしたら、それは奇跡。うん、奇跡だと思います」
「でもライスみたいなウマ娘のことを応援してくれる人がいる」
「ならライスは、奇跡を起こしたい。お兄さま、お姉さま、他の方々の手ではなくて、ライスがこの手で奇跡の青い薔薇を東京に咲かせます」
“奇跡”というのは感性による表現ではない。
31戦0勝。それがUma Elona内で行われたシミュレーションレースの結果であった。丁寧にもノースティリスの倫理観が再現されているUma Elonaで悪罵とともに、ゴミや石を投げつけられること31回。酷いときはターフに乱入した暴徒と、殴り合いになったことさえある。それはそれとして、本来ならば1度しか出走できないレースを高度なシミュレーターで幾度も体験しているにもかかわらず、未だ彼女は東京レース場2400mでブルボンを倒す絵を描けていないのが現状だった。
が、日本ダービーは間もなくだ。
かつてのようにレースから逃げるつもりも、半端な走りもするつもりもなかった。
その後も予定通りに記者会見は進行していった。
13番人気で迎えたGⅡスプリングステークスで2着となったルサルカナイフ。
スプリングS、皐月賞、青葉賞と転戦してきたエルカノン。
ダートで2勝を挙げ、青葉賞4着で臨むブレイブレッド。
皐月賞は凡走に終わったが、前後のGⅢレースでは2戦とも2着と実力を示したギャラテクカホクト。
青葉賞ではブレイブレッド、カワサンキセキを制して2着となったワープゲート。
6戦2勝、GⅡNHK杯では4着、ハネダサクセス、マチカネタンホイザ、オウカアースオーに先着を許し、雪辱を期すカミノヤマ。
ここまでの前半組は勝利数1から2、重賞好走程度のウマ娘であり、ファンの数も重賞ウイナーたちに比較すると少ない。レースの勝ち負けを予想する好事家たちや専門誌記者でさえ、戦績や得意とする戦術をよく知らないようなウマ娘もいる。この時点ではライスシャワーでさえ、そうした“伏兵”の中のひとりでしかなかった。
「朝日杯FSの借りを、返しにきました」
カミノヤマの次に現れたのは鹿毛の髪と赤い瞳のウマ娘、カワサンキセキ。
紅色のインナーに浅葱の作務衣という勝負服を纏った彼女は、並々ならぬ闘志とともにそこに現れた。体格はライスシャワーと変わらない程度であり、最軽量級のウマ娘だが、かかる周囲の期待は小さくない。
主な勝利レースは、GⅡ京成杯ジュニアS、OPもみじS。GⅠ朝日杯FSではミホノブルボンに0.0秒差で敗北している。そこから距離が伸びたこの日本ダービーならば勝利もあるのでは、というのが一部の専門家たちの言である。
「トレーナーさんやファンのみなさん、いつもありがとうございますっ! マチカにぇ……マチカネタンホイザですっ!」
マチカネタンホイザ。主な勝利レースは、OP府中ジュニアS。実力としては同世代の重賞ウイナーよりも一段劣ることは明らかであったが、持ち前の明るさや言動でファンに恵まれており、前投票では8番人気に推されている。
「安田記念のヤマニンゼファーさんに続きます。もうトレーナーのことを“負秋”とはいわせません」
そんな冗談を引っ提げて現れたのは、赤龍・蒼龍の刺繍がなされたスカジャンを羽織るウマ娘・ニジノドラゴンオー。GⅠに挑戦しては跳ね返され続けている新人トレーナーの中野勝秋は、ずっと“負秋”などと言われてきたが、ようやく今年のGⅠ安田記念でヤマニンゼファーとともに勝ち星を挙げていた。それに続こうというのである。
「2着、3着が続いていますが、ダービーでは1着を」
純白のロングコートに、純白のフリッツヘルメット。ここまでバックダンサー(4着未満)の経験はない7戦3勝のレース巧者、ベストスタントはここで初の重賞・GⅠ勝利を挙げようと柄にもなく息巻いていた。シルバーコレクター、ブロンズコレクターと渾名されてはたまらない。
「……」
マスコミ嫌いで知られるアタゴペトリウスは憮然とした表情で現れ、さもつまらなさそうに受け答えをした。
それでも記者たちが彼女を追いかけるのは、彼女を担当するトレーナーが“天才”と称されていること、また彼女自身が“鬼脚”を有しているからだった。
皐月賞ではミホノブルボンや他のウマ娘たちの上がりタイム(残り600メートルのタイム)が37秒台だったにもかかわらず、彼女だけが36秒台を記録している。日本ダービーで皐月賞よりも前目につけて同様に飛んでくれば、ミホノブルボンさえも倒せるだろう。
「4連勝目は、日本ダービーです」
3連勝中のゴールドケラウノスは、自信満々に拳を突き出してテレビの前のファンを沸かせた。
勝利を確信する満面の笑み。
その裏で、覚悟もしている。メイクデビューから3連敗を喫したあと、限界ぎりぎりのトレーニングとレースを繰り返してきた彼女は、自身の脚がもう保たないことを知っていた。ここまで12戦4勝――12戦、である。この出走回数はミホノブルボンやライスシャワーの2倍にもなる。
「……あれが“
「
続いて現れたオウカアースオーの姿に、報道陣は騒然とした。
サクラバクシンオーが纏う勝負服の反転版――白と桃を基調とした勝負服を着た彼女は、明らかに消耗していた。その気怠い雰囲気の中で、眼光だけがギラギラと光っている。横顔も精悍、といえば聞こえはいいが、頬が痩せこけてみえた。
だが質問内容が事前に決まっているこの場で、記者たちはこれについては聞けなかった。一方、直近で公表されているタイムは、かなりいい。
「トレーナーさんに御礼を言いたいです」
「トレーナーさんのご指導のおかげで、ようやく日本ダービーで勝ち負けできるところまで私は成長できたと思います」
「短距離の驀進王、中距離の
オウカアースオーは決然と言い、会見会場を後にした。
「この世代、このライバルたちとダービーを走れることに、感謝します」
想定2番人気として現れたのは、桃色のシャツに濃紺のプリーツスカートを勝負服とするウマ娘、ハネダサクセスであった。
10戦4勝、トライアルとなるGⅡNHK杯は1着。ベストスタント同様、ここまでバックダンサーを務めたことはない。ミホノブルボンに距離不安がある以上、彼女がダービーウマ娘に最も近いと口にする関係者も少なくなかった。
「……」
ここまで順番に出走ウマ娘を見てきた月刊トゥインクルの記者、乙名史悦子は憂鬱な思いを抱いていた。
(はたしてこの中で来年、ターフに立っているウマ娘が何人いるでしょうか)
皐月賞、日本ダービー、菊花賞。
出走ウマ娘たちは生涯1度の大舞台にすべてを賭ける。
故にその後に故障やスランプに陥るウマ娘が少なくない。
トウカイテイオーが勝利した昨年の日本ダービーが、その証左だ。
トウカイテイオーは日本ダービー後に故障が判明、さらに現在もまた再度の故障に陥っているし、2着のウマ娘も菊花賞後から長期療養中、3着のウマ娘は22戦目の菊花賞をラストランとして引退。4着ウマ娘ももうターフにはいない。
そしてそうなるかもしれないウマ娘が、会見会場に現れた。
「本日はよろしくお願いいたします。ミホノブルボンです」
宇宙戦闘機をイメージしたという勝負服に身を包んだ無敗の皐月賞ウマ娘は、寸分狂わず60度頭を下げると、着席した。
途端に記者たちは目の色を変えた。それも仕方がないことである。この中には専門外となる大手新聞社の社会部・政治部記者まで混じっているのだ(国内・国際政治とウマ娘は深い関係があるため)。加えてウマ娘とレースにそこまで思い入れがない記者だと、ミホノブルボンに焦点が向いてしまうのは当然ともいえた。
それから始まる予定調和の質疑応答――。
「父と、マスターと、友人、そして応援してくださるファンの方々のために私は二冠目を獲ります」
その言葉を最後に、ミホノブルボンが席を立つ。
これで記者会見は終わる。
はずだった。
「ミホノブルボンさんッ!」
記者の間から声が上がった。
誰しもがぎょっとしてその声の主を探す。
ブルボンもが足を止め、そちらを見た。
「左薬指にある指輪についてご説明をお願いします!」
乙名史悦子をはじめとする誰もがぎょっとして今度はミホノブルボンを見た。
彼女の左薬指は、確かに白銀に輝いていた。
(あ、やばい――)
先程まで乙名史悦子が抱いていた懸念など、どこかに吹き飛んでいた。
次の瞬間、会見会場は爆発した。