【完結】あなたはノースティリスの冒険者ではない。(ウマ娘×Elona)   作:河畑濤士

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■23.「ミホノブルボンのトモに見惚れてしまい、作戦指示を間違えました」

 生真面目な表情で人差し指と中指、そして勝利を約した指輪が光る薬指を立てた左手を掲げるミホノブルボンとあなた。

 そのあなたの腕に腕を絡ませる秋川やよい。その横で高笑いする制服姿のサクラバクシンオー。ブルボンの脇には同じく三本指を掲げた笛木衛。その横には腕を組んだ勝負服姿のシンボリルドルフ。ミホノブルボンと同室のニシノフラワーが笑顔で立ち、その横には仮面に近い大きさのサングラスをかけた不審者が妙なポーズをとっている。

 

 ……トレーナー室に飾られた記念写真を眺めていたあなたは、ブルボンの夢も折り返し地点にきたな、と感慨にふけった。

 

「レース直前にミホノブルボンのトモに私が見惚れてしまった。それがオウカアースオーの敗因です。彼女に非はありません。私が作戦指示のサインを間違えた、彼女が凡走に終わった理由はそれに尽きます。ミホノブルボンのハナを奪っていけば……」

 

 点けっぱなしのテレビに映るのは、朝の報道番組。

 3番人気でありながら12着に終わったオウカアースオー。その担当であるトレーナーが、取材陣を前にして放ったコメントと、それに対するコメンテーターたちの非難の声がスピーカーから流れていた。

 

 その次の話題は、ミホノブルボンとライスシャワーの一騎討ちについてであった。

 日本ダービーは、ミホノブルボンが制した。

 しかしながら両者の勝負づけはまだ済んでいない、というのが国内世論の一致するところであった。

 2400メートル戦でこそミホノブルボンは勝利したかもしれない。だがここから600メートル延伸する菊花賞では、ミホノブルボンはライスシャワーに勝てないのではないか――それがワイドショーに登場する識者たちの総意である。

 半年前まで「ミホノブルボンはスプリンター」「もってマイル」と言っていたお前らが何を言うか、と一部のファンは憤ったが、大部分のファンは「菊花賞の本命はライスシャワー」という論説に肯定的だった。

 

 2000メートル以下はミホノブルボン。

 2400メートルではほぼ拮抗。

 3000メートルではライスシャワー。

 

 ミホノブルボンが三冠に王手をかけた、という事実が霞むほどに、ライスシャワーの走りは凄まじかったのだ。

 

――ミホノブルボンは、菊花賞では勝てない。

 

 それは、あなたも認めざるをえない。

 ではどうする。どうすれば、勝てる。

 いまあなたは、それだけをただ考えている。

 

 あなたは傘もささず、6月の雨が降る外へ出た。

 憎たらしいまでにグレーの空。響き渡る授業開始の予鈴。

 今年のGⅠ菊花賞は11月8日。トレーニングに充てられるのは、あと5か月間。前哨戦として挙げられる候補には9月27日・GⅡ神戸新聞杯があるが、あなたは日本ダービーよりも短い距離でライスシャワーや新たなライバルたちと戦っても意味がない、と考えていた。

 長いようで、短い。

 

 午前中の授業が始まっている上に、この雨だ。レースが近いため授業を公欠するウマ娘も、さすがに外で走ろうという気にはならないだろう。月曜日の学園内は静まり返っていた。

 ゆえにその足音はあなたの耳朶を打った。

 

 無人であるはずのターフの上を、ひとりのウマ娘が駆けていた。

 無個性の体操服姿。が、美しい栗毛の髪と、桜を模した耳飾り、そして腰から提げているお守り――緑色のそれではなく、不格好な手作りのお守りには見覚えがあった。

 

――オウカアースオー、か。

 

 あなたはそこに、“負けたミホノブルボン”を見た。

 悔恨と、激憤の走り。期待を裏切ったことを悔いるウマ娘の走りだ。

 その彼女があなたの目の前で、ぐらりとバランスを崩し、座りこむ。

 あなたは小走りで彼女に近づき、大丈夫か、と声をかけた。

 

「大丈夫ですっ」

 

 立ち上がろうとして、立ち上がれない。

 それもそのはずだ。あなたの超人的な動体視力は、彼女が左足を捻挫したことを見抜いていた。あなたは彼女を無視し、投げ出された彼女の左足に触った。

 

「休んでいる場合じゃ、ないんですっ!」

 

「私はみんなの期待を裏切って」

 

「それだけじゃなくて、トレーナーさんにまで庇ってもらって」

 

 それを無視して、あなたは2秒未満の速度で癒しの手の魔法を詠唱し終えた。暖かい青い光が彼女の足首を包み、瞬く間に靭帯と血管を修復していく。呼吸をすることを失敗することがないように、もはやあなたはこの魔法を失敗することはない。

 

「それでトレーナーさんは、辞めさせられることになって――」

 

 保健室に行くぞ、とあなたは彼女を抱きかかえた。

 ターフから保健室へ向かう道すがら、あなたはただ彼女の懺悔の言葉を聞いていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「人気していたウマ娘が凡走すると、確かにモラルの低い一部のファンは叩きに回りますからね」

 

 引退したウマ娘が切り盛りしている定食屋“オキナワ飯店”で、旭日帝都スポーツ記者・笛木衛はサバの味噌煮をつつきながら、そう言った。

 それでようやくあなたも合点がいった。

 3番人気にもかかわらず、12着という結果に終わったオウカアースオーを庇うために、オウカアースオーのトレーナーは、他のウマ娘に見惚れていた、などとありえないことを口にして、批難の矢面に立ったわけだ。

 しかし問題はそれだけではなく、オウカアースオーが“名門”出身だったことだろう。

 “名門”の彼らにも体裁がある。本心でどう思っているか、外野からはうかがえないが、彼らはオウカアースオーの担当から、そのトレーナーを外した。それで彼女はあそこまで追い詰められていたのであろう。

 

「しかしあなたが居合わせたのは幸運でしたね」

 

 笛木衛の言葉に、あなたは首を横に振った。

 何もしていない。さりとて何ができるわけでもない。

 そこで横合いから、目つきの悪い店主・エンターオキナワが会話に入ってきた。

 

「いや、オウカアースオーも、あんたに話を聞いてもらって少しは落ち着いたろ」

 

「そのとおりですよ。それからそんなに気にしなくても、オウカアースオーのトレーナーは海千山千ですからね。どうせすぐに名門(サクラ)と話をつけて担当に戻ると思いますよ。メンタルケアもしっかりやるはずです。私生活はめちゃくちゃですが。案外、ミホノブルボンのトモを眺めていた、というのも……」

 

「もう本人の問題だ、考えても仕方ねえだろ。というわけで話を変えさせてもらうが、菊花賞にはオレの後輩が出るはずだぜ。キョウソウガンナーってんだけど」

 

 あなたは小首をかしげた。

 キョウソウガンナー。

 聞いたことのない名前のウマ娘である。

 

 笛木衛がああ、と助け船を出した。

 

「キョウソウガンナーは、一昨日のレースで3勝目を挙げたウマ娘ですね。もっぱら逃げを得意としています。皐月賞、日本ダービーに出走していないウマ娘が菊花賞に名乗りを上げることは、珍しいことではありません。春・夏で力をつけてくるウマ娘もいますし、日本ダービーから菊花賞で一気に距離が延びるので……距離適性の問題もありますからね」

 

 キョウソウガンナー、覚えておこう、とあなたはつぶやいた。

 その後は、笛木衛から菊花賞についてレクチャーを受けた。

 “いちばん強いウマ娘が勝つ”菊花賞は、最後に垂れてくるウマ娘を避けるロスが少ない逃げ・先行が有利。後方脚質のウマ娘も、これを意識してロングスパートをかけなければ勝つことは難しいという。ミホノブルボンもライスシャワーもこの点は気にする必要はない。

 急坂を2回通過するため、パワーが必要になる。先天的に高いスタミナを有するウマ娘が勝つというものでもないらしい。最後のクラシック一冠の大舞台だが、それ故に自身の気持ちとスタミナに折り合いをつけることが大切になる。

 

 あなたは昼休みが終わろうとしているタイミングで、トレーナー室に戻ってきた。

 

「とにかく焦らずに走らせることだ」

 

 エンターオキナワのアドバイスが、あなたの脳裏でリフレインした。

 実は彼女は皐月賞2着、菊花賞1着のGⅠウマ娘である。サクラショウシャ、メジロアラワシを制して菊花賞ウイナーとなった彼女は、他のウマ娘が大逃げに立ち、それを早めに捉えにいったサクラショウシャを見てもなお動かず、最後に差し切ったのだという。

 確かに他のウマ娘がハナを譲らない、という展開もあるかもしれない。

 

 あなたはひとり小さくうなずいて自身の椅子に座ると、机の上に付箋が張られていることにふと気がついた。

 

「GⅠ菊花賞に勝つ方法を知りたくないか? だったらUma Elonaまで来い。すぐに使ってみろ」

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