【完結】あなたはノースティリスの冒険者ではない。(ウマ娘×Elona)   作:河畑濤士

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■24.「Uma Elona」

 懐かしい臭いが、あなたの鼻腔を打った。

 土埃と糞尿、血の臭い、そして死臭が入り混じった空気。

 誰もが死と隣り合わせ、故に1日1日を必死に生きる世界。

 見渡す限りの草原。地平線の端に、見覚えのある城壁が見えた。

 

 あなたはいま、3基に増設されていたウマネストの“棺”のうち、唯一空いていたそれを使ってウマネスト――否、Uma Elonaの世界に飛びこんでいた。Elonaが何を指すか、その意味を、あなたは知らない。しかしながらここは間違いなく、ノースティリス。ノースティリスを再現した空間だった。

 あなたはムーンゲートを背にして、見覚えのある城壁、つまりパルミア王都へ歩きはじめた。

 

 王都の繁栄ぶりは、記憶のままであった。

 靴底が沈みこむほどの分厚いレッドカーペット、高級な調度品、白銀の装甲を纏ったガードたちが居並ぶ豪華絢爛の王宮。その前を行き交う人々の表情は明るい。もちろんこの王都もまた、死を完全に遠ざけられているわけではない。が、ここにはそれを忘れさせるだけの娯楽がある。

 あなたは街路樹を蹴ると、落ちてきたリンゴをキャッチして口にした。

 日本のそれとは違いすぎる、ただ酸いだけの味が口の中に広がった。

 

 あなたが知っている王都と相違があるとすれば、それは王都の外れにレース場ができていたことだろう。これがUma Elonaの“Uma”にあたる要素か、とあなたはつぶやいた。あなたは入場料を払うと、視線を左右に巡らせた。

 酒瓶と白い券を握りしめた様々な種族の観客たちが、ごった返している。ほうぼうで喧嘩が始まっていた。酔いつぶれたか、殴られて気絶したか、壁際には数名が眠っていた。

 

「おいっ」

 

 あなたもまた酔っ払ったジューア剣闘士に絡まれたが、黙って彼の爪先を踏み潰すとともに頬を張り、速やかにその場を立ち去った。あなたはバ券を買うこともなく、オッズを確認することもなく、人の流れに乗って観客席に向かった。

 

「いよいよ本日のメインレースの発走です! GⅠクミロミ賞3000メートル!」

 

 観客席を埋め尽くす人、人、人。

 その彼らの目の前で、ウマ娘たちが次々とゲートインしていく。

 

「3番人気はマチカネタンホイザ」

 

「続けて2番人気、ライスシャワーがゲートイン」

 

「そして1番人気! GⅠルルウィ賞・GⅠジュア賞の覇者、三冠をかけて挑むミホノブルボンがいまゲートインします!」

 

 レース場が沸騰する。

 その中であなたはひとり平然と座っていた。所詮ここは作りものの世界。目の前でゲートインするミホノブルボンも、NPCにすぎない。あなたは“棺”に身を収める前に、この仮想世界にPCとして参加しているウマ娘を抜かりなく確認していた。ひとりは葦毛のウマ娘。もうひとりはライスシャワー。それ以外は、精巧につくられた偽物だ。

 要はこれは、ライスシャワーの“練習”だ。

 

「GⅠクミロミ賞――いまスタートしました!」

 

 同時に、あなたは前席の観客が脇に置いているビール瓶を盗むと、中身を一気に飲み干し、空瓶をよそへ転がした。

 3分間の攻防戦。

 白熱する観客たち。

 そして彼らにとって、予想外の結果が待っていた。

 

「ライスシャワー! ライスシャワーが突っこんでくる――ライスシャワー先頭でゴールイン!」

 

 あーあ、という落胆の声は聞こえなかった。

 ここはノースティリスだ。沸き起こったのは落胆などという消極的な感情ではない。

 悲歎、憤激、そして殺意。

 バ券が舞うどころではない。ビール瓶、石、手榴弾、観客、あらゆるものがレース場に投げ入れられる。

 

「殺すッ」

 

 あなたの左隣に座っていた観客が立ち上がったので、あなたは舌打ちをしながら彼の無防備な腹に、右拳をくれてやった。沈む観客。そうしている間にも、事態は加速していた。レース場の一角が、どっと崩れた。ターフに侵入する観客たち。

 その手には、得物が握られている。

 そして走る彼らの延長線にあるのは――3000メートルを走り切り、膝をついて荒い呼吸をしているライスシャワーであった。

 

 あなたは逡巡することがなかった。

 目を見開いたまま固まっているライスシャワーと対照的に、あなたは跳躍し、立ち上がった観客の肩を次なる足場として連続跳躍し、ターフに降り立った。と同時に、空中で詠唱していた魔法が完成する。

 

――アイスボール。

 

 あなたを中心として吹き荒れるブリザードが、多くの暴徒を氷の彫像に変えた。

 それが砕け散るのを待たず、あなたは駆け出した。運よくアイスボールの範囲外にいた暴徒が、あなたを敵と認識して向かってくるが、あなたが行く先には最高の水準まで練り上げられたライトニングボルトが奔る。

 

「おい」

 

 あなたの眼前に、銀髪の斬殺者が立ちはだかる。

 振りかぶられたクレイモア。

 そして彼女は、横殴りの一撃を振るった。

 

「なに」

 

 あなたは跳躍し、必殺の斬撃――クレイモアの刀身を足場にして再度の跳躍。

 超人的なまでに鍛えられた筋力による跳躍で、空中に舞い上がったあなたは戦場を俯瞰した。

 暴徒の最先頭は、すでにライスシャワーに至ろうとしていた。

 ライス、剣を抜け、と怒鳴りながらあなたは虚空に魔力を収束させた。

 

――魔法の矢。

 

 ライスシャワー目掛けて斧を振り下ろそうとしていた傭兵を射殺し、続けざまにその背後にいるイェルス機械兵やセールスマンの頭部を射抜く。

 空中のあなたに気づいた数名の暴徒が矢や銃器をあなたに向けたが、彼らが矢弾を放つよりもあなたが★《シーナのパンティー》を引き抜く方が早かった。

 

――時間停止*****+

 

 時間が、止まる。

 そして時間が再び動き出したとき、矢や銃器を構えていた暴徒たちは★《シーナのパンティー》で吹き飛ばされ、あなたはすでにライスシャワーの隣に立っていた。

 

「ミホノブルボンさんの、トレーナーさん?」

 

 震える彼女を有無をいわさず小脇に抱えると、あなたは走り出す。

 その場に留まって暴徒を殺し尽くしてもよかったが、護衛対象(ライスシャワー)が傷つくようなことがあれば元も子もない。

 実際、その判断は正しかった。

 

「犯罪者め、おとなしくしろ!」

 

 鎧を着込んだガードたちが現れた。

 ただし、ターフには降りてこない。

 観客席に機関銃を据えつけると、ターフの暴徒たち目掛けて機関銃弾の雨を降らせた。耐久が低い暴徒たちは瞬く間にミンチになったが、銃弾に耐えた者たちはガードたちに反撃しようと襲いかかる。

 

 矢弾が飛び交うターフを、あなたは突っ切った。

 手遅れかもしれないが目を瞑っていなさい、とあなたはライスシャワーに言うと、手榴弾で血路を拓きながら走る。目指すはターフやパドック等をつなぐ地下バ道だ。地下バ道を伝って関係者用の通用口や、外に出られそうな場所から逃げるしかない。

 

 ガードと暴徒、暴徒と暴徒の乱闘が始まったことで、あなたは想像よりも容易に地下バ道にたどり着いた。

 追っ手がいれば厄介なので、あなたは背後に炎の壁を生成する。

 そしてあなたは地下バ道を走り、出走ウマ娘の体重を量るための検量室に押し入った。

 

「す、すみません……」

 

 そこで初めて下ろされたライスシャワーは、長椅子に座りこんだ。

 あなたは彼女の言葉に反応せず無言のまま、彼女の腹や脚を触った。

 

「ひぇっ」

 

 あなたは安堵した。

 どうやら手傷はいっさい負っていないらしい。

 謝る必要はない、無事でよかった、とあなたは本心から言った。

 ここは仮想空間に過ぎない。怪我をしても問題はないだろうが、仮想でも傷つけられる経験はするものではない。

 

「す、すみません……」

 

 あなたは小窓から外を見た。

 地下バ道は、静寂そのものだ。

 そこであなたは、仮想空間なのだからいまこの瞬間にでもこの世界から離脱できるのではないか、とライスシャワーに聞いた。

 

「あ、あの……魔法使いさん、じゃなくて、その……。ムーンゲートまで戻らないと、ログアウトはできないんだよ」

 

 そうか、とあなたは頷いた。そうなるとこのレース場から脱した後、パルミア王都からあの草原まで戻らなければならない。王都の治安が保たれていることを祈るだけだ。しかし暴徒が多勢となれば、彼女を護衛しきれるか――。

 

 そこであなたは、名案を思いついた。

 四次元ポケットの魔法で取り出したものを、あなたはライスシャワーに押しつける。

 着替えろ、とあなたは端的に言った。

 

「え?」

 

 固まるライスシャワーが受け取ったのは、インコグニートの魔法と同様の効果を有する変装セットであった。

 

 ……。

 

「ど、どうかなあ」

 

 紺色のスカートをつまみながら、おずおずと言うライスシャワー。

 背中から伸びた悪魔めいた羽に、白と橙の勝負服。

 誰がどう見てもウマ娘ではなくて吸血鬼の類に見えるだろう。

 

「うん♪ 完璧だね、お姉ちゃん♪」

 

 ついでに緑髪のウマ娘――カナリイモウトに化けたあなたは、そう彼女に声をかけた。

 

「じゃ、行こうか♪ それからブルボンお姉ちゃんに有り金全部賭けたクソムシどもは、全員ぶっ殺していこうね♪」

「えっ」

「うそうそ、冗談だよ♪ お姉ちゃん♪」

 

 あなたは左手でライスシャワーと手をつなぎ、右手に★《シーナのパンティー》を握りながら検量室を出た。

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