【完結】あなたはノースティリスの冒険者ではない。(ウマ娘×Elona) 作:河畑濤士
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株式会社
それは彼の肩書をみれば明らかだ。Cyracesは地方のトレセン学園や各地のレース場をカバーするように全国に支社を繰り出しているが、本社の営業部で最も業績を上げる1課に属し、しかも日本国民を魅了するウマ娘と中央トレセンの営業を任されているのだから。
その彼はいま、笑いを噛み殺しながら中央トレセン学園の門をくぐっていた。
ちらりと左手首の腕時計を見やれば、時間は午後12時20分。
(再びミホノブルボンのトレーナーのアポを取れたのは大きい。しかも今回は、笛木氏はいない)
奥新一には、自信があった。
アポさえ取れれば最終的には契約に至る、と。
なにせCyraces社製アイテムは、競争ウマ娘のニーズを十二分に満たすものであり、かつ効果の上で他社のそれを大きく上回る代物なのだから。
彼の前職は、OA機器の営業職だ。その頃の武器は、扱っている製品の性能ではなく、顧客リストと電話と自身の足であった。OA機器など世間に満ちあふれているため、需要があるところに売りこむというよりは、かなり強引な手管でオフィスにOA機器をねじこんでいく日々――その頃に比べれば、仕事のやりやすさは雲泥の差があった。
(二冠ウマ娘のミホノブルボンにウチの商品を使わせれば、俺の株も上がる)
このチャンスを逃してはならない。
最悪の場合は、前職同様に警察を呼ばれるまで粘る――そう彼は覚悟を固めていた。
とにかく契約を結び、Cyraces社製のトレーニングアイテムを使わせることが大切だ。Cyraces社製のアイテムは高性能であると同時に、ウマ娘とトレーナーが次々と新しいアイテムを使用するように設計されている。
たとえば高い練習効果を得るのと引き換えに、体力を大きく消耗するアンクルウェイトを使えば、当然トレーナーは体力を全快させるロイヤルビタージュースを欲するであろう。そして次にウマ娘のやる気を回復させるためのカップケーキを求める……。
(絶対にミホノブルボンを、依存の渦に叩きこんでやる)
そんな彼の心中も、彼の肩書も、彼の裁量も、あなたはよく知っていた。
故に彼の言葉を聞く腹積もりは、一切ない。
あなたは奥新一がトレーナー室に姿を現すと同時に、高速で詠唱を開始した。
「失れ――えっ」
奥新一が何か口にする前に、支配の魔法が完成する。
と同時に、あなたは彼に強力な暗示を刷りこんだ。
「はい。最高のウマ娘を“育てる”ために、ぜひとも協力させてください」
彼は言うなり、あなたの目の前で商品カタログを取り出した。
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「マスター、交代しましょうか」
生真面目に聞いてくるミホノブルボンに対して、あなたは大丈夫、今日は楽しみなさい、と返事をした。
あなたの目の前にはバーベキューコンロ。そして網の上では、鮮やかな橙色のにんじんが焦げ目を作りながら踊っている。それを野菜用トングで脇によけながら、今度は肉用トングで牛肉を並べていく。あなたが奥新一を通して真っ先に入手したのは、Cyraces製にんじんBBQセットであり、さっそくトレーナー棟の裏でバーベキューを決行したのである。
あなたは続いてアウトドア用のイスに腰を下ろすと、簡易テーブルの上に並ぶ季節外れで味がぼけているりんごを手にとった。
「あの……私なんか呼ばれちゃってよかったんですかね」
おずおずと空色の瞳をもつ栗毛のウマ娘――ノルトパフォーマーがそう聞いてきたが、あなたが何か言う前に葦毛のアタゴペトリウスが「いーの、いーの」と焼きにんじんを頬張りながら答えた。
「クラシック戦線離脱した私らが、同期代表のミホのんを応援するのは普通でしょ。やっぱ負けた身としては三冠、獲ってもらわないとね」
あなたはそれを横で聞きながらりんごを包丁で切り、芯を取り除いてそこにグラニュー糖をまぶしはじめた。バーベキューに呼んだのは、“ミホノブルボン陣営”に属するウマ娘たちである。奥新一の説明では、ウマ娘の友情を深めるにはにんじんBBQが一番である、ということだった。またあなたとしては焼きりんごづくりに挑戦してみたい、という趣味的な欲求を満たしたいという側面もあった。
一方でこの場にいない者もいる。
秋川やよいは多忙を極めているらしく、最近は理事長室に籠るか、どこかに出張しているかのどちらかだ。
また生徒会長のシンボリルドルフもまた何やら厄介事を抱えているらしい。どうやら可愛がっていた後輩がらみらしいが、去り際に「せっかくの誘いを無下にしてしまい、申し訳ないことをした。しかし君がバーベキューとは……はぁーへぇー急だね」と笑っていたので大丈夫であろう。
「おうおうおうおう! このあとはゴルシちゃんの焼きそばもあるからなぁ~!」
「ややっ、それでは私は焼き桜餅を……」
「あの……ブルボンさんのトレーナーさんの邪魔になりますから、向こうに行きましょうか」
焼きそば調理用の鉄板で素振りしているゴールドシップと、サクラバクシンオーを引っ張っていくニシノフラワーに、ブルボンが「ありがとうございます」と礼を言うのを見届けて、あなたは再び火加減に気を配りつつ、焼きりんごづくりに没頭しはじめた。
「おいしそうな匂いだな」
「待てぇえええええい! オグリパイセンは出禁だぁあああああああああ!」
「むっ」
しばらくすると、宴もたけなわ。あなたがふと視線をやると、以前に生徒会室でウマむすパン10万円分の処理を手伝ってくれた葦毛のウマ娘と、ゴールドシップががっぷり四つに組み合っていた。その周囲ではウマ娘たちが、やいのやいのと葦毛のウマ娘、ゴールドシップを応援して盛り上がっている。
ブルボンもまた、直立不動で僅かに微笑んでいた。
それを見たあなたは安堵の溜息をつき、スマートフォンでその一幕を撮ると、画像をブルボンの父に送信した。
――それで、いつまで見ているつもりだ。
あなたは雑木林に視線を――正確には雑木林からちらりと見えている黒い耳に視線をやった。
「え、へへ……バレちゃった……」
現れたのは、ライスシャワーであった。
臙脂のジャージ姿。当然ながら勝負服とセットになっている剣は、持っていない。
彼女はしばらくもじもじと指遊びをすると、それから決意の視線をぶつけてきた。
「せ、先日はありがとうございました。でもきょうは偵察と……改めて、宣戦布告に来たの」
「私、何があっても――菊花賞でミホノブルボンさんを“追い越す”ね!」
ライスシャワーはそう言うなり、踵を返して雑木林の裏に再び隠れていった。
あなたは遅れて、頷いた。もとより真剣勝負のつもりだ。だからこそ、もはや出し惜しみはしない。あなたはスマートフォンを再び取り出すと、笛木衛に中央トレセン学園以外のトレーニング場を確保できないか、メッセージを送った。
それからあなたは夜空を見上げ、宙に浮く小型無人偵察機に向けて「それで、いつまで見ているつもりだ」と手話で話しかけた。
「先刻は大変失礼いたしました」
ウマ娘たちを寮まで帰し、バーベキューの後始末を終えたあと、あなたはトレーナー室にて客人を迎えていた。皺ひとつないダークスーツに、どこにでも売っている白いマスク。足先を見れば、革靴はよく手入れされている。にもかかわらず、目の前の男はどうも覇気がない――否、覇気のないどこにでもいる男を“装っている”。
あなたは即座にこの男が先程のドローンを使っていたのだ、とあたりをつけ、なぜ私たちを監視していたのか、と聞いた。
「ご存じのとおり、ウマ娘のレースはあらゆる人々を魅了しています」
男は、淡々と話し始めた。
「そしてミホノブルボンさんの次走、あるいは次次走には、無敗三冠がかかっている。ここまで言えばもうおわかりでしょう」
「正直に申し上げます。私の所属をお伝えすることはできませんが、“こちら側”は戦々恐々としているのです。もしも菊花賞の舞台で、ミホノブルボンさんが負ければ――現地レース場が放火される程度で済めばまだいいでしょう。日本全国で都道府県警察の警備力を超越する事態が発生するやもしれません。そうなれば戦後初の自衛隊治安出動もありうる」
「この国はそれほど優しくはない。しかしながら、ライスシャワーさんの出走を妨害したり、菊花賞の開催を中止したりするほど非道でもない――というよりもそんなことが明るみに出れば、そのときこそこの国は転覆しますからね。我々にできることは、不慮の事故や混乱を望む団体や個人の干渉から、彼女たちを守ることだけです」
説明を聞いたあなたは、押し黙った。
訪れる、数秒の沈黙。
その後、あなたは断言した。
――たとえ、ミホノブルボンがライスシャワーに負けたとしても、そんなことにはならない。
日本ダービーをブルボンが楽勝したならば話は別だが、日本ダービーは僅差の勝利であった。故にファンたちはミホノブルボンの三冠達成を期待しつつも、「どちらが勝ってもおかしくない二強対決」として菊花賞を見るはずだ。
そう、菊花賞はブルボンが勝っても、ライスシャワーが勝っても、あるいは第三のウマ娘が勝ってもおかしくないのだ。
だからこそ、あなたは常識の範囲内で可能な限り手を打つつもりであった。