【完結】あなたはノースティリスの冒険者ではない。(ウマ娘×Elona)   作:河畑濤士

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■3.「積み上げてきた、ものが違う」

 何度、あなたは死んできただろうか?

 

 コボルトにミンチにされ、魔法書の扱いを失敗してマナの反動で死に、ロックスロアーに小石で殺され、餓鬼によって餓死させられ、聴衆に殺され、道端で盗賊団に取り囲まれた上で惨殺され、ただのイークと油断していたらカミカゼ・イークの自爆に巻き込まれてバラバラになり、荷物の持ち過ぎで階段から転げ落ちて墜死し、クイックリングの弓使いに逃亡さえ許されないまま数十の矢を浴び、町で増殖した塊の怪物に包囲されて弱体化させられた上で破壊され、試しに頑丈なロープを使ってみたら首吊り状態になり、螺旋の王に発狂させられた上に聴覚を破壊され死に、カオスドラゴンに混沌の渦に吸い込まれ、デミリッチに氷の彫像にされて死んだ。あらゆる死因で以て死んだ。

 

 ……そしてその度に、あなたは這い上がってきた。

 

◇◆◇

 

 旗が下ろされるとともにあたしはスタートダッシュを切り、一気に加速した。

 いつもならハナを奪いにいくウマ娘に先を譲り、3番手から中団に位置してレースを進め、最終コーナー以降で差し切りにかかる――のだが今日は“男”が相手のレース。戦術なんか必要ない。ただ1400mを走りきればいい。

 だからあたしはいつもとは違って先頭を進み、逃げの一手でゴールするつもりだった。

 というよりも、人間相手に足を溜める必要がないからだった。

 だからスタートダッシュから加速して3秒後――背後に巨大なプレッシャーを感じたとき、あたしは驚いた。驚いた、というよりも怖気づいた。思わずちらと振り返ると、そこに鋭い眼光があった。

「――っ」

 あたしは呆けるよりも前を向き、自分の走りに集中することに決めた。

 

――人間の最高速度は、時速約40km。

 

 トレセン学園の授業か、ずっと昔か。そう習った覚えがある。

 なるほど、その速度ならば“追い縋られる”こともあるかもしれない。

 

(でもそれは、100mや200m――ウマ娘にすれば短距離にも満たない距離での話! 人間は1000mを走り切るのに2分以上かかるっ! あたしは1400mを1分20秒前後で走れるんだっ! 負けるわけないっ!)

 

 普通に走っていれば、みるみるうちに差は開く。

 差は開くはず……!

 差は――!

 

「ふざけてるの?」

 

 すぐ横で声がした。

 意趣返しか、と思う前に戦慄した。

 あたしの“外”に、ミホノブルボンのトレーナーが並んでいた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――!」

 

 タイムは勿論、ペースも頭にはない。

 奴を振り切るためにあたしは全速で駆ける。

 それに“乗る”ように、奴もまた加速する。

 

(まるで併走――)

 

 そう、“併走”だ。

 奴はあたしを負かしにいっていない。

 余裕をみせつけるように、あたしに身体をぴったりと合わせて――。

 なんで? おかしいよ。なんであんたがそこにいるの。おかしいだろ。あたしはウマ娘で、あんたはヒト。人間がウマ娘に勝てるわけがない。というか、人間に負けるウマ娘になんて、聞いたことがない。人間に負けるウマ娘なんて、弱いに決まってる――。

 

「う゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――!」

 

 1400m――わずか1分20秒で、あたしの世界は変わった。

 

◇◆◇

 

「お、おかしい……おかしいよ゛ッ゛! おかし゛い゛だろ゛ッ゛!」

 

 あなたは膝から崩れ落ち、息を切らしながら喚くウマ娘に、おかしくない、と答えた。

 努力は才能を超えられる、とはあなたがブルボンにかけた言葉だが――これは実体験だ。

 あなたはいくら死んでも、埋まり続けることなく這い上がってきた。

 ランプの灯火がぱったりと消えるように、すべてが絶える死の瞬間には慣れても、そこに至るまでの苦痛と恐怖に慣れることはない。

 強酸で生きたまま溶かされる激痛。

 爆圧を感じるとともに四肢が千切れ飛ぶ衝撃。

 皮膚を虫が食い破って触手が内臓をうごめくような狂気の中の死。

 それでもあなたは、どんなに時間をかけてでも這い上がり、あなたを死に至らしめた存在に復讐してきた。

 只人を遥かに超越する存在と幾度も対峙し、敗北し、敗北し、敗北し、最後には、勝利してきた。

 

――いまさら“種族差”で負けるほど、やわではない。

 

 しん、と静まり返るターフから、あなたは去る。

 あとには “男”に敗北して発狂するひとりのウマ娘と、困惑したまま動けないウマ娘たちが残された。

 

 翌朝、あなたはミホノブルボンと朝練に励んでいた。

 傍目からみれば中世騎士めいた鎧を纏い、容易に人を殴り殺せるような大槌を両腕でもったウマ娘が、昏い瞳のトレーナーを殴りつけ、連続で殴りつけ、全力で殴りつけ、撲殺しようとしているようにみえたに違いない。

 が、あなたはこれが耐久能力の向上により、スタミナを鍛えられるトレーニングであると信じてやまなかった。

 もしもあなたの担当ウマ娘がミホノブルボンでなければ、おそらくあなたの正気は疑われていたであろう(実際あなたは正気とは言い難いが)。

 だが幸運だったのは、ミホノブルボンは愚直に、あなたとあなたを信じると決めた自分を信じていたことだった。

 

(マスターは、強い――)

 

 ミホノブルボンは大重量の大槌を振り上げると、目の前の頭部に渾身の一撃を叩きつける。

 

(マスターは、容易く三冠を獲れるくらい、強い――)

 

 ミホノブルボンは自身が“天性のスプリンター”であると知ってなお中・長距離戦に挑むことを応援してくれるあなたを信頼していたが、その強さを知ることで、信頼どころか尊崇の念を抱くまでになった。

 確かに口先だけではなく、クラシック三冠を獲れる――否、かの無敗三冠を成し遂げた“皇帝”に勝るとも劣らない人間の指導なのだから、それを敬うのも当然といえば当然か。

 しかしながら、並のウマ娘であれば、あなたの指導にそもそも体力的についていけなかったり、疑問を差し挟んだりしたかもしれない。ここでは割愛しているが、よくわからない草(ハーブ)を食べさせられたり、果物を食べず、優先的に肉や麺類、パンを食べるように、などよくわからない食事指導もされたりしているのである。

 疑って当然。

 ただミホノブルボンはそうではなかった。

 

 が、周囲がそう思うかは別だ。

 

 あなたはウマ娘の授業が始まるとともに、理事長室に呼び出された。

 入室するなり理事長の秋川やよいは、「困惑ッ!」とあなたに言った。

 一瞬、あなたはまずい、と思った。

 あなたはこのトレセン学園に迷いこんだ際、携帯していても比較的不自然ではない投擲武器として、★≪あきかわやよいのぱんつ≫を入手していたのである。

 が、呼び出された理由は違っていた。

 

「複数のウマ娘、および学園関係者から、きみが担当ウマ娘に無茶なトレーニングや食事指導を課している、と苦情がきているッ!」

 

 あなたは小首を傾げた。

 無茶ではない、私はこうして強くなったのだから。

 と答えたところ、秋川やよいは「疑問ッ!」と切り返した。

 彼女いわく、あなたが身体能力を向上させたトレーニングは、ウマ娘のスピードやスタミナ、パワーといった能力の向上に本当に役立つのか、ということである。

 が、困ったのはあなたも同様だ。

 すると秋川やよいも、ううむと困惑顔を作ってから、ずばり言った。

 

「結論ッ! ならば次のGⅠ・朝日杯FSで優勝を収めて結果を出すべしッ!」

 

 はあ、とあなたは再び小首をかしげた。

 もとよりそのつもりであるが、どうやら秋川やよいは朝日杯FSに勝って周囲を黙らせろ、と言いたいらしい。

 あなたはところで、と秋川やよいに問うた。

 ちなみに、あなた個人は私のことをどう思っているのですか、と。

 すると秋川やよいは慌てて目線を逸らしながら、

 

「愚問ッ! きみの類いまれなる能力は、あの夜から私がいちばん評価しているッ!」

 

 と言ってのけた。

 

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