【完結】あなたはノースティリスの冒険者ではない。(ウマ娘×Elona)   作:河畑濤士

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■30.「夢の終わり」

 夏を経て、秋へ――人々はいっとき、ミホノブルボンを忘却した。

 

 9月27日。菊花賞の前哨戦となるGⅡ神戸新聞杯2000mを逃げ切って優勝したのは、キョウソウガンナーであった。続けて彼女は10月18日のGⅡ京都新聞杯2200mに歩を進めたが、ここではライスシャワーとカワサンキセキらに先着を許し、9着と惨敗している。

 が、キョウソウガンナーと同陣営は気落ちしていなかった。彼らがGⅡ京都新聞杯に出走した理由は、3週間後のGⅠ菊花賞の舞台となる京都レース場の下見のためにすぎない。最終直線の長さや坂の勾配など、数字だけでは掴みきれない雰囲気を体感し、八大競走のひとつであるGⅠ菊花賞の勝利に繋げようという意図であった。

 

 マチカネタンホイザ陣営もまた同様に、10月24日に京都レース場で開催されたOP戦に出走している。2週間後には本番の菊花賞であるから、彼女のファンたちは疲労を心配したが、当の本人は「自分の体調に100点満点をあげちゃいたいと思います!」と余裕綽々であった。

 

 一方、ミホノブルボンの最大のライバルと現時点で目されているライスシャワーは、ミホノブルボン不在のGⅡ京都新聞杯に勝利してようやく重賞ウマ娘になったが、彼女は周囲のファンほど喜べなかった。

 

(おかしい)

 

 中央トレセン学園が用意した夏期合宿先にミホノブルボンは姿を現さず、最近は学園内のトレーニング施設で見かけることも少なくなっていた。

 何か秘策を練り、手を打っていることは間違いない。

 だがその中身まではついぞ、わからなかった。

 ライスシャワーは慌ててどこか浮世離れしている自身のトレーナーに相談したが、彼女はふむ、と一考してから口を開いた。

 

「ウマ娘の適性距離や得意戦術は先天的なものだ。私は目に見えないものの存在を信じてはいないが、俗説ではそれは魂に刻まれているという。彼女がダービーと異なる走りをみせるとは考えづらい。逆にいえば彼女が何か策を練っていたとしても、いまからこちらが戦術を変更し、対策を打つのは困難だ。いまは己の走りを磨いた方がよい」

 

 それもそうかとライスシャワーは頷いたが、しかしながら不安が掻き消えることはなかった。

 

 菊花賞本番の数日前、ミホノブルボンはといえば郊外のレース場を貸し切り、最終追い切りに臨んでいた。

 ターフの上、先頭を往くのは青と白を基調とする勝負服を纏う鹿毛のポニーテール――昨年の二冠ウマ娘。加速しながら軽い足取りでバ場の最も伸びるところに進路を確保し、最後の直線400mを駆け抜けんとする。抉られて吹き飛ばされ、舞い散る草と土。

 それを浴びながら、控えていた影が一気に足を伸ばす。

 余裕綽々といった雰囲気であった昨年の二冠ウマ娘に、今年の二冠ウマ娘が並んだ。

 

「なかなかやるじゃん」

 

 決勝線をハナ差で先着したのは、ミホノブルボンであった。

 

「ありがとうございました――」

 

 長距離を走ったにもかかわらず、ミホノブルボンの息はほとんど上がっていない。

 これこそ数々の名バの技術(スキル)を継承した結果であった。無論、その技術は“真”のものではない。ミホノブルボンが併せウマで学び取った、あるいはあなたが過去の映像で学びとってインコグニートにより再現してみせた“贋作”だ。しかしながら、どこまでも真に迫った贋作である。

 

「にっしっし!」

 

 昨年の二冠ウマ娘、トウカイテイオーは薄い胸を張って笑った。

 

「まあこの無敗二冠ウマ娘であるワガハイに勝ったんだからもっと自信をもっていいぞよ?」

「はい、トウカイテイオーさんが成し遂げられなかった無敗三冠を必ずや達成し――努力は適性を、努力は弱点を克服できると示してみせます」

「うんうん、励むとよい!」

 

 にっしっし、と再びトウカイテイオーは笑い、ターフを去ろうとする。

 それにミホノブルボンは並び立って歩きはじめた。

 トウカイテイオーの瞳には、彼女はどこか慌てているようにみえた。

 

「えーっ、どうしたの?」

 

 するり、とミホノブルボンの栗毛の尻尾が動いたかと思うと、トウカイテイオーの尻尾に絡んだ。

 

「?」

「マスター」

 

 重々しく、彼女は口を開いた。

 

「私が、私と父とマスターと――みんなの夢をかなえたとしても、ずっと傍にいてください。どこにも、いかないで」

 

 ミホノブルボンは、危惧していた。

 彼女は夢を通してあなたの過去を知っている。未知との遭遇、迷宮の探索、アイテムの収集、同格の敵との殺し合いこそが、あなたが歓びを覚える瞬間。もしも無敗三冠という夢を叶えてしまえば、その瞬間に“夢”は醒め、あなたは新たな未知を求めて消えてしまうのではないか――そう恐怖していた。

 

「……」

 

 そのあたりの感情の機微を、あなたは完全に理解した。

 

「やだなあー」

 

 あなたはいたずらっぽく笑った。

 

「キミといたこの1年間、ボクは退屈することがなかったよ」

 

「確かに無敗三冠を成し遂げたら、そこで夢はかなっちゃう。終わりだよね」

 

「じゃあ今度は無敗三冠の向こうにある“未知”をみせてよね!」

 

◇◆◇

 

 11月8日、菊花賞当日。

 菊花賞直前の記者会見にすら姿をみせなかったミホノブルボンは、京都レース場でファンの前に姿を現した。一部報道では不調説が取りざたされていたが、その姿を一目見たファンたちは胸を撫で下ろした――ミホノブルボンはその瞳に、静かな闘志を湛えている。

 

「ここから特別ゲストとして解説に、シンボリルドルフさんをお迎えします」

「よろしくお願いいたします」

「にしても凄まじい歓声。1番人気、ミホノブルボン――いま返しウマに入りました。シンボリルドルフさんはレース展開、やはりミホノブルボン選手が引っ張る形になるとお思いですか」

「そうですね……」

 

 シンボリルドルフは実況・解説者席からターフを見下ろし、この半年間を懐古した。隠しても隠しきれない暴力と血の臭いをまとう男との出会いと交流――だが彼は一方で、ウマ娘に対してはひどく親切だった。

 

(彼女の脚を治したのは、君なんだろう?)

 

 ならば、それに報いなければならないだろう。

 

「……ミホノブルボン選手はスタートと同時にダッシュをつけ、ハナを奪りにいくでしょう」

「しかし今回は同じ逃げウマ娘、さらに逃げ宣言まで繰り出しているキョウソウガンナー選手がおり、そうなると潰し合いになりそうですが」

「そのあたりが本日のレースの見どころかもしれません。両者が競り合ってハイペースとなり、後方から第三者がかわすか。それともキョウソウガンナー、ミホノブルボンのどちらかが譲るか。特にミホノブルボンは正確なラップタイムを刻む、と学園内ではいわれています」

 

 平然と語りながら、シンボリルドルフは自身を嘲った。

 両者が競り合ってハイペースとなる?

 どちらかが譲る?

 

(そんなわけがない)

 

 皇帝にして生徒会長のシンボリルドルフは、中央トレセン学園を自身の“庭”としている。さすがにプライベートまではわからないが、施設の使用状況については、ほとんどの生徒のそれを知悉していた。もちろん、あの男が併せウマをやるには多すぎるほどのウマ娘に声をかけ、自身の陣営に組み入れていることさえも。

 

(正確なラップタイムを刻める逃げウマ娘の併走に、それほどの人数のウマ娘は必要ない。複数名のウマ娘が必要なのは、バ群を割ることを想定した併せウマをやる場合のみ)

 

 つまり、ミホノブルボンは、逃げない。

 外野だからこそできる、大胆な推論。

 

(ミホノブルボンは、距離の限界だけではなく脚質の壁さえも破壊しようとしている)

 

「さあ、枠入りが始まりました。1枠1番! 5番人気のカワサンキセキがまずゲートイン。続いて2番、7番人気のマスキングシオンがゲートに入ります!」

 

 ウマ娘がゲートインする度に、観客が歓声を上げる。

 緑色の制服を着た係員も、“UN”の白文字を背負った警備員もまた例外ではない。

 否、レース場だけではない――日本中でファンたちが自身の応援するウマ娘がゲートインし、画面に大写しされる度に歓声を上げていた。

 

「4枠7番、1番人気のミホノブルボン! 同枠8番、2番人気のライスシャワーが入ります!」

 

 堂々、両者がゲートイン。

 会場が大歓声を上げる中、プロテクターをつけた緑服の男たちが後方の扉を閉め、スターターに閉鎖完了の合図を送る。

 両者の人気は、拮抗している。三冠達成か、三冠阻止か――そんなチャチな事柄など、両者のファンの頭にはなかった。皐月賞はブルボン、日本ダービーは互角、では菊花賞では? 彼らは至高のライバル対決をこの目に焼きつけにきたのだ。

 

「12番人気、キョウソウガンナーが入ります!」

 

 群青の四本線が入った桃色のドレスを纏った彼女は、両手を振りながらゲートインした。

 彼女に気負いはない。最初から最後まで、ただ先頭を駆け抜けるという覚悟があるだけだ。要は自分との戦い、周囲は関係ないのである。

 

「最後に大外枠が収まり――態勢、整いました!」

 

 すん、と沈黙が訪れる。

 

「いま、スタートしました!」

 

 ゲートが開くとともに、誰もがその目を疑った。

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