【完結】あなたはノースティリスの冒険者ではない。(ウマ娘×Elona) 作:河畑濤士
「きょ、驚愕――!」
関係者席でスタートを見守っていた秋川やよい理事長は、ひっくり返りそうになったところを駿川たづなに支えられた。
バ群から躍り出たのはキョウソウガンナー。
2番手は18番人気・メイセイセンタウロ。
ではミホノブルボンは、といえば後方から数えた方が早い位置取り。
「出遅れた!?」
「いや、出遅れたようには――」
「わざと控えた!?」
騒然とする観客席。
それ以上に動揺したのは、当事者たちであった。
(えっ)
ミホノブルボンをマークし、最終直線で差し切るつもりであったライスシャワーは思わず首を捻って後方を見た。
ミホノブルボンは、バ群の向こう側にいる。
さりとて自身の位置取りを下げるわけにはいかない。
ライスシャワーの魂に刻まれた脚質は、“先行”である。本番ぶっつけで後方からのレースはできない。
他のウマ娘たちも、驚きとともに走る。
(なに考えてる――!)
脚質が先行、あるいは差しであるニジノドラゴンオーは、自身の内を走るミホノブルボンを一瞥した。その顔面には、何の表情も浮かんでいない。ひとっかけらの動揺もない。
(最初から、このつもりだったのか)
赤龍・蒼龍の刺繍がなされたスカジャンを着た彼女は、すぐに平静を取り戻した。
が、ミホノブルボンよりも先を往くウマ娘たちは、彼女の表情や雰囲気を確かめることはできない。先行するマチカネタンホイザやカワサンキセキといったウマ娘たちは不気味に思いながら、ただレースを運ぶしかなかった。
(よし、ミホノブルボンさんは競りかけてこなかった!)
異変に気づいていないのは、最先頭をハイペースで逃げようとしていたキョウソウガンナーだけであった。
第3コーナー、第4コーナーを越え、観客たちの前を通過していくウマ娘たちに、無数の拍手が送られる。
目が肥えている彼らは、即座に状況を理解していた。
実況者も、同様である。
「ミホノブルボン、まさかの逃げを封印ッ! 後方からのレースを選択!」
「ライバルたちは、いや、我々はまんまと出し抜かれましたね。これが5か月間、彼女が姿を消していた理由。逃げでは対策を打たれる、とみたのでしょう」
「ルドルフさん、ありがとうございます。では、前から見ていきましょう! 先頭はキョウソウガンナー、続いて――」
響き渡る実況の声に、ようやくキョウソウガンナーは事態に気づいた。
(は?)
自身だけが脚を使い、突出している。
そして誰も捕まえにはこない。
それもそのはず。
(キョウソウガンナーは3000mも逃げられない)
“新時代”と大書された白い鉢巻をした7番人気のバンブルジェネシスは、自身のトレーナー――スーパークリークといった名ウマ娘を担当してきた“若き天才――からそうアドバイスを受けていた。
ミホノブルボンもまた、あなたからそう言い含められていた。
あなたは何度もキョウソウガンナーの体格や走りを映像で確認し、ときには変装してトレーニングを盗み見ていたが、もって2500mと判断していた。それ以上走れば、絶対に垂れてくる。
故に、誰もキョウソウガンナーを相手にしていなかった。
そのまま彼らは第1、第2コーナーを過ぎ去り、2周目に突入せんとする。
すでに1600m近くを走り、息が苦しくなってくるウマ娘も少数ながら現れている。
そんな中で第3コーナー手前から始まる上り坂――ウマ娘たちのペースが、若干鈍った。
(今だ――!)
あなたとミホノブルボンの心が、連接する。
「おおっと、バ群の中で動きがあります! ミホノブルボンがまくる! まくって上がる!」
「あの位置からでは届かないという判断でしょうね。私でもそうするでしょう、しかしあの“ステップ”は――」
自らを抑えていた錨鎖を上げ、ミホノブルボンが加速する。
進路妨害にならない程度に慎重に、そして稲妻が如く大胆に、彼女は位置を押し上げていく。
(来た――!)
迫るプレッシャーに、ライスシャワーは気づく。
が、ミホノブルボンがまだ抑えていることも理解していた。
「先頭はまだキョウソウガンナー! 続いてメイセイセンタウロ、マチカネタンホイザ! 少し離れてグランロック、その影にライスシャワー――その背後にミホノブルボン! あのダービーと、位置が逆転しているッ!」
第3コーナー、ミホノブルボンは不審者から教わった秘孔と気力の操作で、スタミナを回復していく。彼女の息はまったく乱れていない。そして第4コーナーに差しかかり――ライスシャワーやマチカネタンホイザといった先団は、下り坂を利用して一気にペースを上げた。
(なんでこんなに余裕が――ッ!)
先頭を走っていたキョウソウガンナーはライスシャワーやマチカネタンホイザに抜かれ、みるみるうちにバ群に呑まれていく。
「先頭のライスシャワーが最終直線に向く! 続けてマチカネタンホイザ!」
熱狂する観客席。
そして彼らの前に、蒼穹の瞳の持ち主が姿を現した。
「最終直線約400m! ブルボン、ここから勝負をかけるッ!」
ミホノブルボンは大きく息を吸った。
思考が高速で巡り始め、時間の進行が、鈍化する。
(菊花賞は1000m×3の短距離です)
次の瞬間、レース場に詰める一同は電撃を幻視した。
(短距離戦ならば、勝てない道理はありません!)
「ライス先頭! マチタン追い縋るッ! 後方から一気にブルボン!」
短距離戦もかくやという電撃のスプリント――!
サクラバクシンオーを彷彿とさせる大駆けに、スタンドが湧く。
「なんだあの加速!」
「いや、ライスが先だ!」
「届かないでしょ――」
「8-10で決着だ!」
「短距離じゃねえんだぞ! どこにあんな余力が」
「ブルボン、届かないか――!」
観戦者の思いを代弁するように語る実況者をよそに、シンボリルドルフは目を見開いた。
(これはまるで私の――)
第4コーナーでキョウソウガンナー、メイセイセンタウロ、グランロックらを抜いていたミホノブルボンは決勝線とライスシャワー、ライスシャワーと自身の距離を測り、そこから必要な速度を割り出し――凄まじい加速を実現していた。
自身の肉体と、自身の勝利を信じ尽くす傲慢不遜の皇帝がごとき走り――!
「残り200――マチタンはここまで!」
次々と後方で爆発する“圧”をライスシャワーは跳ね返す。
もうゴールは見えている。
(あとすこし――)
(あとすこしで――!)
勝てる。
そう思ったその0.1秒後、
ターフが抉れ、走った軌道が一文字に残る。
蹄鉄によって千切られた芝が、花びらのように舞う――!
「ブルボン並ぶッ! ブルボン並ぶッ! 最後はやはりこの二強!」
ステイヤーと、スプリンターが、並んだ。
(連れて行きます、マスター)
(三冠の夢へ)
(そして――!)
「かわせ」「ねばれ」と激励が飛び、人々は残る数秒の攻防を見逃しまいと目を見開く。
その目には、みな一様に宇宙が映っていた。
「
「両者譲らぬ末脚勝負だ!」
「行けええええええええええええええええ!」
勇気を振り絞って京都レース場に応援に訪れていたノルトパフォーマーの絶叫に後押しされるように、ミホノブルボンは最後の末脚を発揮する。
それに追随するライスシャワー。
しかし即座に彼女は次の展開を理解した。
――これは“一段目”にすぎない。
宇宙に向かう多段式ロケットじみて、さらに加速するミホノブルボン。
あなたは光を曳きながら宇宙を翔ける、スターファイターを見た。
「ブルボン、かわすッ!」
ライスシャワーの前に出た瞬間、そこが決勝線であった。
「いまゴールインッ!」
京都レース場どころか、日本全国で人々が感情を爆発させた。
「1着ミホノブルボン、2着ライスシャワーッ! 3着にマチカネタンホイザ! ミホノブルボン、無敗三冠達成です! 私たちは歴史を、伝説を、目撃しましたッ!」
「努力は距離を、脚質を、才能を超えられる。我々は新たな可能性に触れましたね」
絶叫にも近い歓声と拍手はすぐに、ブルボンコールに変わっていく。
そのコールの最中、ブルボンは第1コーナーの手前でようやく止まり、観客席・関係者席に向き直った。
そしてあなたの、父の、人々の前で高々と左手の三本指を掲げた。