【完結】あなたはノースティリスの冒険者ではない。(ウマ娘×Elona)   作:河畑濤士

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■32.「あなたはノースティリスの冒険者ではない」

「つまりミホノブルボン選手の作戦勝ち、というわけですか」

「そのとおりですね。ミホノブルボンはGⅡスプリングステークスから日本ダービーに至るまで逃げの戦術を採ってきました。が、思えばメイクデビューは後方からのレース運び。2戦目のPre-OP戦からGⅠ朝日FSまでは、逃げウマ娘を先にいかせてのレースでした。ところが我々もライバル陣営も、強烈な皐月賞、日本ダービーの勝ちっぷりから“ミホノブルボンは逃げる”と思いこんだ。ミホノブルボン陣営はその逃げを棄てたトレーニングを積み、意図するところを隠したまま菊花賞に直行――」

 

「君には感謝しなければならないね」

 

 あなたが点けっぱなしにしていたテレビの音声を圧して、皇帝の言葉がトレーナー室に響き渡った。あなたが淹れたコーヒーを口にし、カップを皿の上に置き直すと、彼女は真摯な眼差しをあなたに向けた。紫水晶の瞳を、あなたは見つめ返す。

 

「私が君に感謝しなくてはならないことは、3つある。まずテイオーの足を治してくれたことだ」

 

 あなたは首肯したが、それを誇るつもりはなかった。

 偶然で、気まぐれだ。感謝されるような善人ならば、今からでも故障で悩んでいるすべてのウマ娘を癒しに回っていることだろう。

 

「それでも、だよ。偶然で、気まぐれだったとしても、テイオーが救われたのは紛れもない事実だ。復帰戦に向けたトレーニングは順風満帆、次の秋天(天皇賞・秋)では勝ち負けというところまできている。テイオーは再びシニア王道路線を戦っていけるだろう」

 

 敵に塩を送った、という形かな、とあなたは薄く笑った。

 

「ヒトとウマ娘の縁というものはわからないものだな。(エン)だけに」

 

 ふふ、と笑ってから彼女は言葉を続けた。

 

「次にミホノブルボンの夢を叶えてくれたことだ。仮に私が導いたとしても、彼女の三冠という夢は達成できなかっただろう。君だからこそ、できたことだよ」

 

 それもどうだろう、とあなたは思う。結局はミホノブルボンの努力に尽きる。案外、常識に囚われない――たとえば新人トレーナーならうまくやったのではないか。

 

「常識に囚われない、か。簡単に言うが、常人ならば“ミホノブルボンはスプリンターだ”という周囲からのプレッシャーに潰されていただろう。繰り返しになるが常識外れの君だからこそ、できたことだ。もっと誇るといい」

 

 そして、とシンボリルドルフは語る。

 

「最後に、多くのウマ娘に可能性を示してくれた」

 

 あなたは小首をかしげた。

 

「それは君の癖だな。ミホノブルボンは距離、脚質といった――才能を、努力で乗り越えられることを証明した。それがきわめて険しい道であっても、“0%”と“1%”では大きな違いだ。不可能ではなく、可能であることを示した。どれだけのウマ娘が救われたか、これからどれだけのウマ娘が救われるか」

 

 そんな大層なことはしていない、とあなたは笑った。

 ところがシンボリルドルフは真剣に切り出した。

 

「君自身も他のウマ娘に可能性を与えている。ノルトパフォーマーは来春のOP戦から復帰するそうだ。アタゴペトリウスは誘導ウマ娘の勉強を始めている。生徒会長として、皆を導くウマ娘として、君に感謝したい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして、望むらくは――」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

Cyraces(サイレースズ)

 

 

 

「“ヒーローは、遅れてやってくるんだよ!”」

 

 

 

「1/6スケールで、あの激闘をもう一度。ソードパーツ、ハットパーツ、蹄鉄パーツの着脱で皐月賞・日本ダービー・京都新聞杯・菊花賞を完全再現。青い薔薇が、咲き誇る」

 

 

 

「クラシックシリーズ・ライスシャワー、12月11日発売!」

 

 

 

 始業前。

 株式会社Cyraces(サイレースズ)本社営業部1課・中央トレセン営業担当の奥新一は、デスクで自社製商品のCM映像をぼんやりと見ながら、いろいろと思いを巡らせていた。

 

「大丈夫ですか、ボーっとして」

 

 声をかけた同僚に対しても、彼は生返事をするだけであった。

 

「噂ですけど役員の方々は大喜びみたいですよ。私たち1課には臨時ボーナスが出るとか。それもこれも奥さんがブルボン陣営に売りこんだ、にんじんBBQセットのおかげですよ」

 

 奥新一はああ、とうなずいた。

 彼がひっかかっているのは、そのにんじんBBQセットだ。

 なぜミホノブルボン陣営にアンクルウェイトではなく、にんじんBBQセットを売りこんだのか、いまいち思い出せないのだ。はっきり言って、にんじんBBQセットは不人気だったし、社内でも“不良在庫”扱いだったはずだ。が、いまやどうだ――。

 ミホノブルボン陣営が連日Cyraces製にんじんBBQセットを使用していたと報道されるや否や、有力ウマ娘を担当するトレーナーたちはみなこぞって“チーム”を作り、にんじんBBQセットを注文するようになった。BBQセットは単体のみの販売で終わりではなく、材料の手配など様々なオプションがつき、継続的に利益が出るようになっている。

 いまや奥新一の評価は、うなぎ登りであった。

 

「おはよう!」

 

 反射的に奥新一は立ち上がった。

 課長が現れたのであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「とんでもねえ奴らとぶつかっちまったなあ……」

 

 ターフの片隅で、大田勝は左手の指で挟んだセッターに火を点けてふかした。

 

「上はトウカイテイオー。同期にミホノブルボン。確かに中距離路線を往く世界王さんにとっては厳しいですね」

 

 首肯する笛木衛。

 

 その目の前を併走する驀進王と世界王が駆けていく。

 すでに重賞レースを勝っている驀進王とて、楽観はできまい。

 GⅠスプリンターズステークスを目標とする彼女だが、GⅠウマ娘のダイタクヘリオスや同じくGⅠウマ娘であるヤマニンゼファー、同世代のニシノフラワーもまた出走を表明している。

 

「次走は勝ち負け――とはいかないだろ」

 

 上の世代も、同世代も強敵はGⅠウマ娘だけではない。マチカネタンホイザ、ニジノドラゴンオー、エアボンファイター――それこそ数え切れないほどだ。

 

(でも)

 

 大田勝は肺いっぱいに煙を吸いこんでから、青空を見上げて空気を吐き出した。

 

(ブルボンに比べりゃ、なんてことない)

 

 努力は絶対さえも覆す――可能性がある。

 それをふたりはすぐ傍で見ることができた。

 いまは無理でも、諦めない限りいつかは――。

 

「あっ」

 

 大田勝は青空から視線をターフに戻すと、“緑”の色彩を見た。

 

「やべーのが……っ」

 

 今度は逃げられなかった。

 

「学内は禁煙ですよ!」

 

 駿川たづなは尋常ではない握力で、大田勝の左手首を握った。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「~♪ ~♪」

「んなあーんなあー」

 

 ここのところ、中央トレセン学園の理事長・秋川やよいは酷く機嫌が良かった。執務中、鼻歌を欠かさず、傍に控える駿川たづなも少し引くレベルである。

 

(最高ッ! URAもJSA(スポーツ庁)も農水省も掌を返してきたッ――!)

 

 中央トレセン学園理事長ともなれば、政治は日常。

 直接の上部組織であるURAは当然ながら、何かと横槍を入れてくるJSA、芝やら何やらで交渉が必要となる農水省とやり合うのは日常茶飯事であり、ここのところトウカイテイオーの故障や、海外ウマ娘を迎え撃つジャパンカップでの勝算など、様々なところで攻撃を受けていた。

 

 それが、ミホノブルボンとミホノブルボンのトレーナーによってすべて覆った。

 

 ほんの一月前まで、ジャパンカップ日本勢の陣容を関係省庁は低く評価していた。

 秋川やよいは、イクノディクタス、ゴーゴーターキー、カワサンワールドなど重賞ウイナーのシニア級ウマ娘たちから出走承諾を取りつけることができたものの、GⅠウマ娘は皆無。高額賞金を狙って参戦するであろう海外の一流ウマ娘たちを迎え撃つには、荷が重すぎるというのが彼らの共通見解だったのである。

 

 しかしながら、ミホノブルボンのトレーナーがトウカイテイオーの脚部不安を改善させたことで、トウカイテイオー陣営は天皇賞・秋、ジャパンカップ、有馬記念というシニア王道路線を走ることを決意。

 さらに無敗三冠ウマ娘となったミホノブルボンが出走を決定。

 

「最強ォッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

「にゃあ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

「えぇ……」

 

 駿川たづなの溜息をよそに、秋川やよいは「激熱ッ!」と大書された扇子を開き、高笑いする。

 

(必勝ッ! 日本のバ場とテイオー、ブルボンが合わさり最強にみえるッ!)

 

(これで日本勢が有利なのは当然に決まっているッ!)

 

(黄金の鉄の塊でできている日本ウマ娘が、ダートと欧州重バ場を主戦場とする欧米ウマ娘に遅れをとるはずはないッ!)

 

(次のジャパンカップは数年ぶりに日本ウマ娘が勝つことは確定的に明らかッ!)

 

(私の喜びは有頂天になったッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)

 

「やはりあの夜、ウマ娘の警備員たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げしていたあの男をスカウトした私の目に狂いはなかったッ! はっはっは!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 秋川やよいの高笑いが、学園中にこだました。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 この目でこの世界を見て回りたい。

 

 そんな気持ちがあなたにない、といえば嘘になろう。

 

 ブルボンの実家に挨拶に行き、彼女の父と話を終えた帰り道。

 

 電車のボックス席ですうすうと寝息を立てながら、あなたに寄りかかるミホノブルボンを起こさないように、あなたはスマートフォンを開き、秋川やよいに“今夜、ジャパンCに向けた作戦会議をしよう”とメッセージを返す。

 

 ミホノブルボンはこれからシニア級ウマ娘、そして新たに現れる新世代のウマ娘と勝負することになる。

 

 あなたは深呼吸し、メッセンジャーアプリを消した。

 

 あなたのホーム画面――壁紙になっているのは集合写真である。

 

 

 

 ゴールドシップに肩車されたアタゴペトリウス。

 

 仮面に近いサイズのサングラスをかけ、妙なポーズをとっている不審者。

 

 その脇に立ち、遠慮がちに笑うノルトパフォーマー。

 

 なぜか勝負服姿で高笑いしているサクラバクシンオー。

 

 制服姿で微笑みながらこちらを見つめるニシノフラワー。

 

 シャンパンを掲げる大田勝と笛木衛。

 

 勝負服姿で腕を組むシンボリルドルフ。

 

 走りきった自信に満ち満ちて、胸を張って立つライスシャワー。

 

「三冠ッ!」の扇子を広げて破顔一笑する秋川やよい。

 

 

 

 その中央には、あなたと、三本指を掲げる真顔のあなたの担当ウマ娘がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あなたはノースティリスの冒険者ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あなたはミホノブルボンのトレーナーだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(完)

 

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