【完結】あなたはノースティリスの冒険者ではない。(ウマ娘×Elona) 作:河畑濤士
「本日の1番人気はこの娘、ミホノブルボンですっ!」
「いやーやっぱりね。スプリンター、スプリンターといわれていても、みんなこのウマ娘の強さをよくわかってますよ。前走でも2着に1秒以上の差をつけてますし、マイルでも実力は証明済み。ただやっぱりGⅠは油断なりませんよ」
「その1番人気を脅かさんとする2番人気のウマ娘は、このカワサンキセキっ!」
「正直、パドックでは驚きましたねえ……前走から見違えたように成長しています。深空色の勝負服に赤い鉢巻、気合は十分ですね」
「次は3番人気、マチカネタンホイザ――」
関係者席に座るあなたは場内の熱気に圧されることもなく、ただ自身のペットを見つめていた。
一瞬、ミホノブルボンと視線が合う。
控室から送り出す際、あなたは特別な言葉を彼女にかけることはなかった。
纏う勝負服の由縁も、意気込みも聞かなかった。
ただ一言、勝ってこい、と言った。
――オーダー“勝利”、必ずやコンプリートいたします。
無限に広がる漆黒の宇宙の前に横たわる、深い、深い蒼穹の空――その青を流しこんだようなブルボンの瞳が、あなたにそう告げた。
「6番人気はマイバマイセイバー!」
「ミホノブルボン相手にハナを奪りにいくか、それとも番手でいくか。注目してますよ。レースの主導権を握る存在かもしれませんねえ」
ウマ娘たちの枠入りが順調に進み、最後に8番人気のパシフィシップウがゲートに収まるのを、あなたは見た。ウマ娘たちもまたこの場内の雰囲気に呑まれてはいない。むしろゲート周辺だけ、熱気から切り離されている。滲み出る勝利への執念が、その空間を戦野に変えている。
「GⅠ朝日杯フューチュリティステークス――いま、スタートしましたっ!」
ガコン、と音を立ててゲートが開くと同時に、8名のウマ娘が飛び出した。
あなたと事前に立てた作戦のとおり、ブルボンはスタートダッシュの勢いそのままに、ハナを奪りにいく。
が、そのブルボンの“内”から紅の影が突出した。マイバマイセイバー。紅の勝負服を纏った彼女は、躊躇せずにブルボンの前に躍り出てハナを主張した。スパートじみた加速。マイバマイセイバーの横顔には、一種の覚悟が浮かぶ。
――私が勝つには自滅を覚悟の上でブルボンを制圧するしかない!
ミホノブルボンを好きに走らせれば負ける、というのが彼女の直感であった。
(マスターとの作戦が。まずい……いえ)
対する、ブルボン。
あなたは焦りが生じたブルボンの胸中を容易く予想できたが、心配はしていない。確かに事前に考えていた作戦が台無しになったのだから、平静ではいられないだろう。
だが思えば、ミホノブルボンのメイクデビュー戦の戦術は逃げにあらず。むしろ後方からの競走。最後に差し切って勝ったのだ。
逆にブルボンは番手につけて、小柄な体躯のマイバマイセイバーを圧し潰すかのようにプレッシャーをかけていく。少しでも速度を落とせば潰すぞ、と無言の内に彼女はマイバマイセイバーを脅迫する。
そのブルボンの背後には赤・青・黄の色彩を背負ったエアボンファイターが続き――そしてブルボンの背を睨みつつ、追走するのが復讐者カワサンキセキである。
「ブルボン……ッ!」
あなたがみるところ、カワサンキセキはあなたへの感情と、あなたに勝てなかった自身への感情のぶつける先をブルボンに見出したようだった。
成程、先日に忠告しにきたウマ娘が言っていたのは、こういうことだったか、と納得する。
あなたもまったくもって意識していない、というわけではなかった。
この1週間、ふと坂路に目をやれば、いつでもそこに彼女はいた。
だが勝利のために錬成に励んできたのは他のウマ娘も同様。
(セイバー、ブルボン――私に背後を晒したのが間違いだ)
先頭に立つタイミングを図るミホノブルボンと、鬼気迫るカワサンキセキ。
その合間に挟まれる形となったエアボンファイターは、勝負服の一部となっているヘルメットのバイザーを下ろした。そうしてハナのマイバマイセイバー、番手のミホノブルボンが跳ね上げる草や土を防ぎ、虎視眈々と二者を撃墜する好機を待っている。
彼女が得意とするのは空中戦、空力制御。マイバマイセイバーとミホノブルボンを風除けとして突き進む。そうして体力を温存する腹積もりであった。
そのままレースは澱みなく進んでいく。
「4コーナーを出たっ! さあ、先頭はどうか。ここでミホノブルボンですっ! ミホノブルボンが出ましたっ!」
コーナーを曲がり切るとともに、もう足が残っていないマイバマイセイバーがずるずると後退し始め、同時にブルボンが先頭に立つ。
そのミホノブルボンの影から一気にエアボンファイターが躍り出たかと思うと、両者を一気に抜き去るべく、カワサンキセキが自滅したマイバマイセイバーを躱しながら外を回っていく。
「外に持ち出したカワサンキセキが2番手、内からはエアボンファイター! 外からカワサンキセキ、内からエアボンファイターっ!」
ミホノブルボンの急加速にも怯むことなく、カワサンキセキとエアボンファイターがその背中に追撃をかけた。
エアボンファイターは“アフターバーナー”と形容される加速で、そしてカワサンキセキは死力を尽くしてミホノブルボンに食らいつく。
あなたがみたところブルボンとカワサンキセキ、その差は0.1秒あるかないか。
(ブルボンッ――!)
カワサンキセキは赤い瞳を見開いた。
呼吸も心拍も思考もすべてをこの一瞬に捧げ――ブルボンを捉えにかかる。
しかしブルボンは彼女を一瞥さえせず、ただ決勝線が存在する空間に向けて全力で駆けていた。
カワサンキセキは意識の外。
なぜならブルボンは、自分の脚を、あなたが鍛えた自身の身体を信じている。
いまさら他者を意識する――敗北の可能性を意識する必要はない。
「ミホノブルボンっ! カワサンキセキっ! ミホノブルボンっ! カワサンキセキっ!」
(畜生ォ――)
カワサンキセキは0.1秒差を、0.0秒差にまで縮めたが、そこまでだった。
「ミホノブルボン、カワサンキセキがもつれこむようにゴールインっ! わずかにミホノブルボンか!? 3着はエアボンファイター! それにマチカネタンホイザが続きます!」
あなたはアタマ差、あるいはハナ差でブルボンがゴールするのを見届けると、席を立ちウイナーズサークルに向かおうとする。
――ジリジリジジジジジ。
次の瞬間、関係者席の一角で目覚まし時計のアラームのような音が鳴り響くのを、あなたは聞いた。
そちらに視線を遣るとともに、あなたの意識は暗転する。
◇◆◇
「ミホノブルボン、カワサンキセキがもつれこむようにゴールインっ! わずかにミホノブルボンでしょうか!? 3着はエアボンファイターを最後に躱したマチカネタンホイザかっ!?」
あなたはアタマ差、あるいはハナ差でブルボンがゴールするのを見届けると、席を立ちウイナーズサークルに向かった。
勿論、記念撮影やインタビューに応じるためである。
ウイナーズサークルに下りると、観客席へ機械的に右手を振っていたミホノブルボンがあなたに気づいた。そして無表情のまま、
「マスターからのオーダー、コンプリートいたしました」
と告げた。
あなたはただうなずいて、それですべてが終わった。
このあとは写真撮影とインタビューである。その合間にURA係員たちは、総出でレース場をウイニングライブ会場に仕立て直すというわけだ。
無表情のあなたと無表情のミホノブルボンと「祝賀ッ!」の扇子を広げた秋川やよいのスリーショットが終わると、場所を変えてインタビューが始まった。
「えー、ミホノブルボンさん。優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「いまのお気持ちはいかがでしょうか」
「はい。ステータス『喜び』を確認。……私は勝利を喜んでいます」
個性的なウマ娘たちを相手にするインタビュアーは、この程度では怯まない。
「GⅠ勝利、よかったですね」と話をまとめると、今度はトレーナーであるあなたに水を向けた。
「ミホノブルボンさんのトレーナーさん、優勝おめでとうございます」
あなたはありがとうございます、と頭を下げた。
「いまのお気持ちはいかがでしょうか」
あなたは来年のクラシック三冠に向け、いい勝負ができたと思います、と当たり障りのないことを言った。
「やはりクラシック戦線に名乗りを上げるわけですね!」
あなたはうなずいた。
それがミホノブルボンの夢であり、その夢を叶える依頼を請けた。
ここから距離を段階的に延長し、最後には菊花賞を制する。
「ありがとうございます。しかし、やはり日本ダービーや菊花賞の距離は長すぎる、という周囲の意見も多いと思われますが、そこのあたりはいかがでしょうか」
あなたは冷静に、限界を決めるのは周囲ではない、と答えた。
周囲が限界を決めたのでは、ミホノブルボンがかわいそうだ、とも。
その返答に合点がいくところもあったのか、インタビュアーや周囲の人間は一応うなずいた。
「意志は固い、と。ありがとうございます。何か秘策はあるのでしょうか」
あなたは隠し立てする必要もない、と思った。
まずは食事から見直しています。トレセン学園で現在、カブトムシを繁殖――。
と言いかけたところで、隣に座っていた秋川やよいが
「訂正ッ!」
と声を上げた。
「カブトムシではなく、カブと……カブとムシージーッ! つまりスムージー! 彼は食事指導に極めて熱心ッ! 担当ウマ娘のためにカブをはじめとした野菜や、スムージーを作っているのだッ!」
と、秋川やよいは言いながら、こちらをちらちらと見てくるので、あなたは困ってしまった。
「あっはい。とても熱心なんですね。それではトレーニング面ではいかがでしょうか」
あなたは隠し立てする必要もない、と思った。
ミホノブルボンには格闘――。
と言いかけたところで、隣に座っていた秋川やよいが
「訂正ッ!」
と声を上げた。
「格闘ではなく、か……滑空だッ! ウマ娘の一歩間を大きくすることで、まるで滑空するように走れるようになる、というわけだッ!」
と、秋川やよいは言いながら、こちらをちらちらと見てくるので、あなたは困ってしまった。
「あっはい。新しい戦術の開発にも目を向けていらっしゃるのですね。その他、どんなことをしていらっしゃるのでしょうか」
あなたは隠し立てする必要もない、と思った。
あなたが口を開いた瞬間――。
隣に座っていた秋川やよいが
「坂路ッ!」
と声を張り上げた。
張り上げながら、彼女はあなたの袖を引っ張って涙目で何かを訴えかけていた。