【完結】あなたはノースティリスの冒険者ではない。(ウマ娘×Elona) 作:河畑濤士
「GⅠ勝利を実現していただき、本当にありがとうございます」
昼休み、トレーナー室であなたは電話をしていた。
「親バカで恥ずかしい限りですが、スポーツ新聞も買い占めてしまいました。重賞勝利に留まらず、あの子のGⅠ勝利……正直、夢のようです」
スマートフォンの向こう側にいる男性に対してあなたは冷静に、感謝の言葉はまだ要りません、まだ一冠も手中に収めていないのですから、と告げた。
ミホノブルボンとの“共同ミッション”はクラシック三冠の獲得であり、GⅠ朝日杯は前哨戦ですらない――と言いつつも、あなたもまたマチカネタンホイザのトレーナーを参考に、トレーナー室の壁にブルボンの勝利を報じるスポーツ新聞を大きな額縁に入れて飾ってみていた。もともとあなたには、一種の“トロフィー”として入手したカードやはく製を飾る趣味があった。多くのスポーツ新聞は朝日杯FS勝者であるミホノブルボンの実力を称えていたが、同時にクラシック路線に対しては距離不安がつきまとう、という論調であった。
「どうか私の代わりに、娘をよろしくお願いします」
通話が終わったのを確認すると、あなたはスマートフォンを引き出しにしまった。
来年にはこれがどんな紙面に変わるだろう、と壁にかかった新聞を眺めながらぼんやりと考えていると、ドアがノックされた。
あなたがどうぞ、と入室をうながすとともに現れたのは、鹿毛の髪と赤い瞳のウマ娘――朝日杯FS・2着のカワサンキセキだった。どこか怒気を帯びた表情。あなたは身の程知らずの御礼参りか、と頬を緩めたが、その1秒後に彼女は口を開いた。
「ごめん」
あなたは彼女の右耳の飾りが揺れるのを見つめた。
「でも次は、あたしが勝つから」
言うなり踵を返す彼女。
這い上がってこい、とあなたはその背中に声をかけた。
「ずいぶんと上から目線じゃん。でもあたしだってダービーウマ娘になるって夢がある。負けるつもりないから」
振り向かずにトレーナー室を出ていくウマ娘を見つめながら、あなたは再びターフで彼女と相まみえることを確信した。
前述したかもしれないが――あなたは夢の実現に向けて努力するウマ娘が好きである。
「おっ、隙あり――!」
次の瞬間、トレーナー室の窓ガラスが割れる。
無数の破片とともに葦毛の弾丸がまっすぐ飛びこんでくるのを見て、あなたは溜息とともにそれを躱した。
どうしてなかなか、このトレセン学園は騒がしい。
さて、同刻。
ミホノブルボンは教室にて数名の同級生と一緒に、昼食を摂っていた。
「ブルボンさんのお弁当、かわいいっ!」
「ありがとうございます」
(ミッション「円滑なコミュニケーション」、本日もコンプリート。マスター、ありがとうございます)
彼女は心の中であなたに感謝する。
恐縮する彼女を説き伏せてあなたが毎朝持たせている三段弁当は“キャラ弁”なる異文化に対する理解努力の結晶であった。
デコふり(茶)で髪を、デコふり(紫)で瞳を表現し、海苔でなんとかかたどってみせたシンボリルドルフのご飯や、蹄鉄の形に加工したにんじん、モージアやキュラリア、ハンバーグで再現を試みたターフ――凝り出したあなたはブルボンの弁当に関しては、食事効果を半ば無視して様々な技巧を施していた。
そのあなたの三段弁当が、同級生の間でちょっとした話題になるのにそう時間はかからなかった、というわけだ。
弁当を契機にして生まれた会話により、「何を考えているのかわからない」「他人を近寄らせないストイックな性格」「乾電池を食べている」といった同級生のミホノブルボンに対するイメージは払拭されていったといっていい。
いまでは周囲の方がミホノブルボンに話しかけるようになっていた。確かにミホノブルボンは少し変わった話し方をするウマ娘ではあるが、その程度の風変わりなウマ娘であればこの学園にごまんといる。むしろ彼女は真面目すぎるくらいであり、その実直さはすぐに周囲に受け入れられた。
「ブルボンちゃんのトレーナーさんって元・料理人かな!?」
「いえ、元・冒険者だそうです」
「もしも結婚するならこんな料理がうまい人がいいなあー」
「ナナはいっつも食欲に支配されてんな……」
「でもさあ、ここまでやってくれるのまるで彼氏みたいじゃん」
彼氏、という言葉にミホノブルボンは小首をかしげた。
違うな、と思う。
家族――もっといえば夢を応援してくれる“父”に似ている、と彼女は常々そう感じている。
◇◆◇
「ミホノブルボンの“URA・最優秀ジュニアウマ娘”、おめでとうございます」
ウマ娘たちでいっぱいの学内のコンビニを避け、学外のコンビニにて買い物を済まそうと正門を出たあなたは、突然声をかけられた。
「私は旭日帝都スポーツの笛木衛と申します」
あなたはネイビースーツを纏う中年の男から差し出された名刺を素直に受け取ると、URA・最優秀ジュニアウマ娘とは何の話でしょう、と聞き返した。
「はい。公式発表はまだですが、関係者の投票と選考の結果ですね、URAはミホノブルボンさんを最も優秀なジュニア級ウマ娘とすることを決定しました。おそらく数日中に発表となるはずです」
あなたは初耳だったが、特に反応を示さずにいると彼はやはり、
「あなたはミホノブルボンさんに本気でクラシック三冠を獲らせるおつもりですか」
と聞いてきた。
うんざりするほど繰り返されてきた質問――ただそう問うた彼の眼差しは、どこまでも真剣だった。慇懃な口調の背後には疑問ではなく期待が、彼の瞳には激情が渦巻いている。しかしながら表情には、不安も見え隠れする。
伊達酔狂ではなく、本気で三冠と口にしているのか。
本気でミホノブルボンの夢を叶えるつもりがあるのか。
身勝手なのは承知の上、そうであってくれと思う。
一ファンの俺にもミホノブルボンの夢を本気で応援させてくれ――。
あなたは何かを口にしようと思ったが、やめた。
言葉は不要。
ただ、力強くうなずいた。
「ありがとうございます」
彼は頭を下げた。
「お時間が大丈夫なら、食事はいかがでしょう。このあたりに馴染みの食堂がありまして」
あなたと笛木衛はトレセン学園からそう離れていない定食屋“オキナワ飯店”に入った。
昼時にもかかわらず、広い店内は閑古鳥が鳴いている。
テーブル席につきながら笛木衛は「この定食屋はまずいのでね、客もあまり入らないんですよ」とからからと笑う。
カウンターの向こうから目つきの悪いウマ娘の店主が睨んでくるのを気にせず、彼は「日替わり定食2つ」と声を張り上げた。
「さて。きょうから私はトレセン学園の――いえ、ミホノブルボンさんの番記者、といったところでしょうか。弊社では先日、記者の棚田が落雷に遭って亡くなりましてね。それに伴う人事異動で私が据えられた、というわけです。前職はレース専門の月刊トゥインクルで取材をしていたのでさっそく手を挙げました」
「確かに私の調べだとメイクデビュー戦の時期からトレセン学園まわりで2名が不審死、棚田のような事故死を含めると4名が命を落としていますから、まあ敬遠されるのも当たり前なのですが――」
あなたは素知らぬふりした。
やはり勘が鋭い人間は感づき始めるか、と思いつつ、特に危機感は抱かない。
特に動じることなくあなたは、警察は動かないのか、と聞いた。
「あなたのような海外出身の方もおわかりかもしれませんが――日本国民はみんなウマ娘に夢中なんですよ。いやヒトは文字通り、ウマ娘とともに夢の只中にいる。かくいう私もそうなんですがね。“この程度のこと”で警視庁が動いてレース開催が滞るようなことになれば、内閣が吹き飛びますよ。いや、日本は内戦状態に陥り、国連は機能不全に陥るかもしれません」
そんなに、とあなたは笑ったが、笛木衛は真剣な顔で、
「以前トップウマドルのウマ娘が、参議院選挙の比例代表に立候補したことがありましたよね。政党名に対する投票ではなく、彼女個人に何票くらい集まったか覚えていらっしゃいますか?」
と聞いてきた。
あなたは日本の総人口を知らない。
そのためなんとなく、3億票くらいかな、とでたらめな数字を答えた。
……ちなみに日本国民の総人口は1億3000万程度である。
「約3兆3642億3166万9265票ですよ――」
あなたはこの世界に来てから、いちばん驚いたかもしれなかった。
笛木衛いわくほとんどが無効票だが、それでも日本国民による有効投票数は約9000万票近くあり、無効とわかっていても国外・地球外から3兆票が送りつけられたというのだから恐ろしい。
「ですから多少のことなら当局は目を瞑ります。レースを盛り上げるなら中央トレーナー資格の捏造を黙認するのは勿論、人間ひとり分の戸籍を用意するくらいはしますよ」
あなたははあ、と小首をかしげた。
なぜそこまでして人々はウマ娘に入れ込むのか。
すると笛木衛は「あなたと一緒ですよ」と答えた。
「私にも夢がありました。叶わなかったですけどね。だからこそ、ですよ」
ああ、とあなたがつぶやくとともに、目つきの悪いウマ娘の店主が料理を乱暴に卓に置いた。
「お待ち。日替わり定食だよ」
ありがとう、とあなたは礼を言う。
すると目つきの悪いウマ娘の店主は、舌打ちをした。
「どこかで見たことがあると思ったらミホノブルボンのトレーナーか。オレの名前はエンターオキナワ。彼女を勝たせてやれ。オレもあいつが三冠を獲るところが見たいんだ」
「そう、彼女もGⅠウマ娘で菊――」
「うるせえっ」
水色の耳飾りを揺らしてエンターオキナワは、笛木衛を一喝した。
……。
日本ダービーを観戦したひとりの幼いウマ娘がつぶやいた
――三冠ウマ娘になりたい。
という夢は、親子ふたりの夢になり、三人の夢になり、無数の人の夢になろうとしている。
そして迎える春。
春の夜の夢に終わるか、以降も続く夢かは、この時点では誰にもわからない。