【完結】あなたはノースティリスの冒険者ではない。(ウマ娘×Elona) 作:河畑濤士
3月28日――GⅡスプリングステークス前日。
中山レース場に隣接するホテルに宿泊するあなたとミホノブルボンは、早めの夕食を摂り終えると最後のミーティングを行っていた。といっても戦法等については、すでに打ち合わせ済みであり、出走ウマ娘についても分析は完了している。あなたの部屋でなんとなくテレビを点け、スポーツ番組を見ているだけであった。
「いよいよ明日発走、注目のGⅡスプリングステークス。現時点での指定席券、ウイニングライブ・ファン投票券、各種グッズの売上は200億円に上っています。さて。それでは前日人気のご紹介です。投票したウマ娘が優勝した際に、特等スペースでライブを楽しめるウイニングライブ・ファン投票券――そこからみるウマ娘の人気は次のとおりとなっています」
1番人気:ノルトパフォーマー
2番人気:ミホノブルボン
3番人気:サクラバクシンオー
4番人気:マチカネタンホイザ
5番人気:トライジョーカー
6番人気:エルカノン
7番人気:ゼンシンアチャラ
8番人気:ハクサンコマンダ
9番人気:マイバマイフォース
10番人気:マイバマイウイン
11番人気:リインガロウ
12番人気:ライスシャワー
13番人気:ルサルカナイフ
14番人気:ウィルショウブ
「1番人気はノルトパフォーマーさんですか」
背筋を伸ばした状態で椅子に座っているミホノブルボンは、そう言った。
そこに感情はない。焦りも、落胆も、だ。
テレビ画面には黄を基調とした勝負服と鉄十字を描いたマントを着用したウマ娘が大写しになっていた。
その下には“戦績は5戦3勝、主な勝利レースはGⅠホープフルステークス”と字幕がついている。
素人に近いあなたでもGⅠホープフルステークスの距離が2000mであることは知っている。つまり距離不安はない。実力もかなりのもの、というのが世間一般の評価であった。なにせ5戦中、敗北を喫した2戦においても3着、2着と掲示板は外していない。ホープフルステークスもオープン戦を堅実に勝ち、同じく掲示板を外してこなかったベストスタントを下しての勝利。
――来年のクラシックで勝利を収めるのは、ミホノブルボンではなくノルトパフォーマー。
というのがレース関係者や、スポーツ新聞の記者の大方の見方であることを、あなたはよく知っていた。
ミホノブルボンが彼女を制して最優秀ジュニアウマ娘に選出されたのは、ここまで全戦全勝であったからだけに他ならない。
「2番人気はミホノブルボン選手ですね!」
女子アナの言葉とともに、今度はミホノブルボンが画面に登場した。4か月前のGⅠ朝日杯FSのレース映像。カワサンキセキやマチカネタンホイザ、エアボンファイターの追撃を振り切ってゴールした瞬間のVTRとともに、コメンテーターたちが口々に好き勝手なことを言っていた。
VTRが終わるとともに女子アナは、それまで沈黙していた元テニス選手のコメンテーターに話を振った。
「明日はホープフルステークスの覇者ノルトパフォーマー選手と、ジュニア最優秀ウマ娘のミホノブルボン選手の初対決ですが、賀松修夢さんはどちらを応援されますか?」
「やっぱり僕は――ライスシャワー選手ですね!」
「?」
呆ける女子アナをよそに、かつてウィンブルドン選手権で活躍した男は語る。
「僕は朝食にお米を食べるようにしているんですが、やっぱり白いご飯で1日を始めるとその日が全然違うんですよね。実はお米って一粒一粒に、農家の人々の愛情、そして応援の気持ちがこもってるんですよ。ライスシャワー選手もお米をしっかり食べて、頑張ってほしいです!」
「あの、パフォーマー選手とブルボン選手に――」
「勝負は人気で決まらない! どのウマ娘にもチャンスはある、いまはただ明日の本気の一戦が楽しみでしょうがないです! どの選手も頑張ってほしいですね!」
あなたはテレビカメラの前でガッツポーズする賀松修夢に冷ややかな視線を送ったが、しかしながら彼の「勝負は人気で決まらない」、という言葉には頷かざるをえない。
「本日ゲストで来てくださっている石芝さん、いかがでしょうか」
「まず、ウマ娘とは……」
あなたは丸顔の男が語り始めたのを無視して、いろいろと思考を巡らせた。
1週間前にも確認したことだが、ノルトパフォーマーだけを意識するのは危険だ。
3番人気のサクラバクシンオーはミホノブルボンに負けるとも劣らないスピードを有しているし、マチカネタンホイザもまた三冠ウマ娘を狙うと公言し、厳しいトレーニングに打ちこんできていた。
人気薄のウマ娘であっても、中山のレース経験が複数回ある者もいるし、明日の天気予報は雨――重馬場が得意なウマ娘もいる。曲がりなりにも重賞に出走が叶うウマ娘なのだから実力はあるはず。人気は所詮、外野の声に過ぎない。
「あのですね。えー、石芝さんは“レースは距離で決まる”とおっしゃいましたが、それは石芝さんの勝手な感想でありまして、あくまでも距離、距離はですね、努力で克服できるものというのが、えー」
「スプリンターとしての、天賦の才があるウマ娘を、1800mに出す、これは到底、許されない」
「えー、いまの発言はですね。クラシック、クラシックを目指してですね、あのー、努力しているウマ娘の方々に失礼、えー、大変失礼ですよ。距離不安がささやかれていたとしてもですよ、ミホノブルボンさんやサクラバクシンオーさんが、クラシック戦線の前哨戦に出走してはいけないんですか」
「わたしは、ひとことも、ミホノブルボンのことは、言っていない」
「おふたりとも落ち着いてください!」
ゲスト同士の討論が始まったのを見て、あなたはもう情報は取れそうにないなと思い、テレビの電源を切った。
「相手が誰であっても問題はありません、マスター」
静寂が訪れた部屋に、ブルボンの声が響く。
あなたはうん、とうなずいた。
戦法は逃げの一手。
明日はある意味、試金石でもある。
展開に左右されない先頭を走り、スタミナが持つかどうかを試したい、という思いがあなたにはあった。
「マスター、もう一度スタートに失敗した際のプログラム“追込”について、シミュレーションを要請します」
しかしながら、逃げに失敗する場合もある。
出遅れもないとはいえない。またGⅠ朝日杯FSのようにペースに頓着せず、ハナを奪いにいくウマ娘が現れないとも限らない。前走に注目すると、サクラバクシンオーや9番人気のマイバマイフォースがスタートからゴールまで先頭を譲らなかった。
故に、逃げられない可能性もあろう。
あなたとブルボンは抜かりなく、後方から一気に差し切る場合はバ場のどこを走れば終盤に伸びるか再確認を怠らなかった。
(このメンバーなら、勝てるっ!)
同刻、1番人気のノルトパフォーマーもまたミホノブルボンとは別のホテルで、テレビを見ていた。
栗毛に澄んだ空色の瞳、ウマ娘としては平均的な体躯の彼女は、端的に言えば油断していた。
年末の時点で周囲からは「来年は君の年だ」と言われていたし、ミホノブルボンが最優秀ジュニアウマ娘に選ばれたときも悔しくはなかった。契約しているトレーナーは1800m以上なら君の方が上だ、と太鼓判を押してくれていたし、スポーツ番組のコメンテーターたちも「ミホノブルボンは距離不安」と繰り返していたからだ。
むしろノルトパフォーマーがライバル視していたのは、対戦経験のあるベストスタントやエアロバスケットだった。前者とは1勝1敗、後者とは0.1秒差の0勝1敗。しかしながら両者とも、スプリングステークスには出走登録していない。
「ミホボンとバクシンは“消し”だな。ノルマが勝つ」
「テレビだとホープフル勝者と朝日杯勝者の二強対決みたいに煽ってるけど、これノルマとマチタンの勝負だから」
「共同通信杯1800mで0.1秒差2着のノルマでしょ、マチタンは共同通信杯4着だし。このレース簡単ですね。わかりやすすぎる」
手元のスマホでエゴサーチをすれば、ノルマ(※ノルトパフォーマー)が勝つというコメントばかりが目立つ。
女子高生と変わらない彼女に「これで舞い上がるな」という方が無理だった。
――“きょうは早く寝ます! 明日はセンターで踊るつもりなんで、応援してね!”
と、SNSに投稿するとすぐに“ウマいね”の通知や、応援のコメントがつく。
1番人気がもたらす安心感と高揚感に、彼女は完全に囚われていたといっていい。
一方で人気薄のウマ娘は、人気に惑わされずにやるべきことをやっていた。
ホテルに金曜日に発売された新聞を持ち込んでトレーナーと分析をしたり、近隣の運動場を借りて最終調整に臨んだり、と備えに余念がない。
――ライスシャワー選手もお米をしっかり食べて、頑張ってほしいです!
重賞に出走するウマ娘ともなれば、少なからずファンはついている。
12番人気。闇色に限りなく近い濃紺のミニハットを被ったウマ娘もまた、応援してくれるファンのためにも、そして密かに憧れを抱くミホノブルボンとの一戦で、ふがいない走りはできない、とトレーナーとともに最後の調整を行っていた。
◇◆◇
翌日、曇天の中山。
――え。
ファンのためのパドックを終え、ウォーミングアップの返しウマのためにコースへ入場したノルトパフォーマーは気押された。
人気はファンの期待を公表したものであって、ウマ娘の実力やコンディションを正確に推し量ったものだとはいえないことが、ままある。アテにならない指標。そのアテにならない指標の魔力に目を曇らされていたノルトパフォーマーは、コース上に勝利を信じて燃える瞳をみた。
入場したノルトパフォーマーの傍に偶然居合わせたウマ娘――魚鱗のような革の小片を無数に縫いつけた勝負服のルサルカナイフは、彼女を一瞥しただけであった。1番人気の彼女を恐れてはいなかった。
ノルトパフォーマーはまずい、と直感した。きょうはいつもと違う。
(これがクラシックの前哨戦――っ!)
気持ちを切り替えようとした矢先、1番人気の彼女の姿を認めた観客が一斉に歓声を上げた。
「ブルボンさん! きょうは天気もよく、絶好のバクシン日和ですねッ!」
すでに関係者席に座っているあなたは、ターフの片隅でひとりのウマ娘がミホノブルボンに話しかけるのを見つめていた。
まさしく威風堂々。“王”たる彼女はターフにわだかまる緊迫感や周囲の歓声を一顧だにせず、朗らかに笑う。
サクラバクシンオー。
彼女もまたスプリントの才能を見出されながらも、クラシック戦線に名乗りを上げようとこの皐月賞の前哨戦に現れたウマ娘である。
対するミホノブルボンも物怖じせず、平然とターフの上に立っていた。
「私とマスターの分析では天候は“曇り”あるいは“小雨”。バ場ステータスは“重”。天気がよいというステータスには当てはまらないと思いますが」
「私が言いたいのはですねッ! 天気のことではありませんッ! 実にきょうは強いウマ娘たちがそろった晴れがましいバクシン日和だと言いたいのですッ!」
サクラバクシンオーははっはっはっはっ、と大笑いした。
「勝負ですッ、ブルボンさんッ!」
スプリンターの俊豪にして、同じ夢の舞台を目指す者同士――。
「ブルボン三冠ウマ娘ッ! ブルボン三冠ウマ娘ッ!」
「マチタンッ゛! きょうこそノルマ、ブルボン差し返せよ!」
「トラ初重賞勝利ッ!」
「半年ぶりのライスちゃんのセンター待ってるよ!」
「セイバーの仇討って! 仇!」
「ハクサン3連勝! ハクサン3連勝!」
「バクシンオー! 俺な、ウマ娘の歌、覚えるために徹夜で聞いてきたんや! ウマチューブで聞いて! お前のクラシックのために! 1着に決まるようにやでっ! これ聞いて勝てなかったらウマ娘じゃないっ! バクシンオー! バクシンオー! 俺いまからうまぴょい伝説歌うわ!」
歓声と野次と歌声の中。
誰もが見上げる蒼穹を流しこんだ瞳と、天下無敵の花言葉を宿した瞳が、