そうだ、クエスト行こう。
私は未だかつてない領域「ひとかりいこうぜ」のなんか良さに打ち震えていた。だって私が他人と狩りに行ったのは下位のハンターランク1のとき以来だ。あのよそよそしさと、3人パーティに私が入る疎外感と、弓かよみたいな目は今でも忘れられない。
だけれど今回は違う。私はネコちゃんの雇用主であるからあのときとは違って私がパーティリーダーで、つまり疎外感などの精神的問題はクリア。そして残念ながらネコちゃんの装備はまだ加工中だからいくら予備武器のパワーハンターボウとはいえマカライト鉱石を先端に尖らせたあからさまにピッケルグレートめいた形をした武器に負ける私ではない。つまり貢献度、足手まとい感問題もクリア。実にすがすがしい。
「じゃあ行こう!」
そう言ってネコちゃんに準備を促すと、ネコちゃんは渋々といった調子で準備を始めた。今のところネコちゃんの辛そうな表情か無表情以外見ていないけど今は無表情。動きはぎこちないけどまあ辛くはないならいいかなと思って私も矢の調子を確認する。
ネコちゃん雇用費、私の新しい弓、ネコちゃん用の武具(オーダーメイド)など諸々の割と痛い出費で金欠なため矢はギルド製の無料のものだ。
パワーハンターボウは名前から察することができるように、ギルド製の武器なためギルド製の矢との相性がいい。ギルド製とはつまりドンドルマ工房印ということで、工房に行けば必要な分だけ無料で貰える。
そんなギルド製の矢だけど、細くて貫通力に長けている。軽い。大量生産のためだと思うけど矢尻と矢柄が一体化しているのも安定性が高いし、ごく一部紛れ込む可能性のある不良品を除けば全てが同じ形状だから真っ直ぐ飛ぶ。総じて、結構いい矢なのだけど、重さが足りないため威力が出にくい、強度も足りていない等けっこう問題もある。私の主観でしかないし他の射手を見たことがないけど、私からすれば上位で狩るならかなり物足りないと言える。
「ドスファンゴにする予定だけど、リクエストある?」
モンスターリストを見せながらネコちゃんに尋ねる。話せない読めない書けないネコちゃんのために私が寝る前の数分の時間で考えた会話方法は絵だった。絵なら字を読めなくてもわかるし、私が口頭で選択肢を列挙する必要もない。モンスターリストの若干抽象化されてもはやマスコットの様相を呈している絵はなんの意味があるのだろうと思っていたけれど本日からとても役に立つだろう。ありがとう名も知らぬ画家さん。
さてクエストを受けに支部に行こうというときに問題は発生した。集会所に近づくにつれてネコちゃんの表情が悪化していく。顔色……は真っ黒だからわからないけど元気がなくなっていくと言うのが正しいと思う。トタトタと聞こえそうだった足取りはとぼとぼという感じに変化しており、実はクエストに行きたくないのかなと思ってしまう。
さすがにそのまま支部に連行するのは鬼の所業だし、別に今日急いでクエストに行かなければならないということもないから、ネコちゃんを路地裏に引き込んで少し問いただすことにした。円滑なコミュニケーションが生存率を向上させるというのはドンドルマの受付嬢さんの言だ。
「クエスト行きたくない?」
首を横に振った。
「実は戦うの苦手?」
メラルーに限ってそれはないと思うけど一応聞いてみるけど首を横に振られる。
「あんまりいい武器防具ないのが嫌? 完成まで待つ?」
首を横に振った。ネコちゃんは今マフモフというポッケ伝統の防具に近い見た目の装備で、防護効果は高くはないが低くはないだろう。ガウシカの皮ってけっこう硬いし、鳥竜種の牙は通らないの違いない。
「じゃあ、何が嫌なんだろ。支部が嫌い?」
首を横に振った。否定の意。
でも考えてみればネコちゃんはメラルーだ。下位ハンターからとても嫌われている、メラルーなのだ。それを疎ましく思うのも無理はないのかもしれない。私だって、ネコちゃんに何か盗まれても今はあんまり痛くないからいいかなくらいに思ってネコちゃんを選んだという側面がある。
本人は否定しているけどネコちゃんが嘘をつかない保証はない。支部でメラルーだからと白い目で見られるよりは自宅にいる方がいいだろうと決めつけることにした。
「家で待ってて」
そう言って支部に歩き出すと、ネコちゃんは一歩後ろをトコトコと着いてくる。表情は険しい。
「待ってていいよ」
無視される。
「待っててって」
無視。
「家で、待ってて」
強引にネコちゃんに後ろを向かせて背中を押す。チラッと後ろを見てきたからバイバイというふうに小さく手を振ると、諦めたみたいにとぼとぼと歩き出した。おそらく表情は険しい。難しいな、パーティ組むって。パーティリーダーはこんなふうに仲間のメンタルケアもしなくちゃいけないんだと思うと、二人パーティで本当に良かったと思う。
とりあえずクエストを受ける。それと、ホットドリンクを多めに買う。必要なのはそれだと思う。思考が冴えないのもネコちゃんが元気ないのもたぶん寒いからだ。ピリリと辛くてほんのりまろやかなあの液体を飲めばわかることもあるはず。
で、クエストを受けてホットドリンクを買って、ネコちゃんを取りに戻ってきたらネコちゃんはごめんなさいをしていた。これはあれだ、あの、あれ。ユクモの方で使われている最上級の礼法。そう確か、土下座というやつだ。
「……何してんの?」
ただいまも言い忘れて行動の真意を聞くとビクッと驚いて、より一層床に頭を擦り付けている。
「クエスト行かないの?」
私のその言葉にネコちゃんはゆっくりと顔を上げて首を傾げて、それから壊れた人形みたいにぶんぶんと首を縦に振った。無表情だったから辛くはないのだろう。とりあえず良しだ。
雪山のドスファンゴ。ハンターランク5のハンターなら頼まれない限りわざわざ受ける依頼ではないけれど、聞くところによればフラヒヤ山脈は氷海よりもずっと寒いらしく、しかも山脈というだけあって起伏も激しいらしい。要はフィールドと寒冷生態系に慣れるべく受けたお試しというわけだ。
ところでドスファンゴといえば、さっき脳内で話題に上がったユクモではドスファンゴ一頭の狩猟は凶兆として知られているらしい。ユクモ村の派遣狩人のある敗北のエピソードに由来するそれは恐らくポッケには関係のないことなのだと思う。知っている私からしてもあーやなこと思い出しちゃったなーくらいのものだ。
ネコタクに揺られること一時間くらいだろうか。さすが村からフラヒヤ山脈が見えるだけあってすぐ着いた。当然のようにキャンプが整備されている。
特にキャンプに留まるような天候でもなかったからさっさと歩き出すが、やっぱり戻ってホットドリンクを一本飲み干して瓶を置いておく。射手以外は多分瓶を自作することなんかないから知らないんじゃないかと思うけど、瓶は硝子ではなく骨でできている。軽くて丈夫でしかもフィールドに捨てておいても問題がないのはそういう理由だ。
でももしかすると他のハンターは本当に瓶なんか使わなくて、回復薬なんかも皮袋に携帯していたりするのかななんて思う。集会所で回復薬を飲む人はいなかったから定かでないけど瓶詰め回復薬を持っている人を見たことがないような気もする。
「さすがにベースキャンプに近いところは植生があるんだね」
不凍湖とそれに連なる森林限界と思われる草原を眺めながら言う。普段なら独り言だったこれを今は聞いている人がいる。とてもいいことだと思う。
ふらふらとはじめての土地を歩く。地図はあれどあまり精密なものではない。山脈全体を示しているせいで大まかな位置しかわからない。それでも、目印があるのは良かった。
ツンツンと腰を突かれたから見てみると、ネコちゃんが指差している。私たちが行こうとしている方向だ。
「もしかしてモンスターの匂いとかわかる系?」
聞くとネコちゃんは首を横に振って、それから少しよれた耳を指差した。音とか聞きえる系らしい。とはいえ私は私でドスファンゴの足跡を辿りながら来ていたので別にネコちゃんがいなければ一生見つからなかったなんてことは全くない。それだけはここに表明しておこうと思う。
ネコちゃんに先導を促して着いていくと確かにいるような気がする。なんていうか、大型モンスターがいる近くは動植物が怖がって静かな気がするから───鳥竜種除いて。牙獣種にドスファンゴなんてその巨体と大牙を見ればそりゃ怖いの代表格だ。大型モンスターの中では底辺に位置する存在ではあるが。
ネコちゃんが忍び足を始めたから私も真似て、それから耳を澄ませる。
どっ、どっ、どっ、どっ
走っているにしては小さい足音。歩いているらしい。そしてよく聞くと近づいてきている。
弓を構えて矢をつがえておいた。まだ耳を澄ませるとどんどんこっちにきている。もしかするとバレているのかとも思うが、風下なのは確認済みで、ドスファンゴは耳がとりわけ良いということもない。つまり待ち伏せられる。耳を澄ませなくとも足音が聞こえるようになった段階で弓を引いて溜め始める。全力で、といってもそんなに強い弓ではないからそれほど力は要らない。ネコちゃんもピッケルグレートを構えている。
「せーのっ」
小さな掛け声と共にステップ一回で躍り出るとドスファンゴは目と鼻の先にいた。弱点が見える。ほとんど無意識で狙いをつけて溜め切った矢を解き放つと、貫通する細矢は鼻の頭を貫いた。そのまま貫通。続けて矢をつがえる。ドスファンゴは前足で地面を蹴り始める。すぐにでも突進が来るだろう。状況の確認、弓は溜めながらも全体を見る。視野はライトボウガンのように広く、だ。ドスファンゴは突進の準備、小型モンスターの気配は無し、ネコちゃんはドスファンゴの足首を狙っている。
溜め切った矢をまた鼻頭に撃ち込むと、ネコちゃんが足首にピッケルを突き立てる。やっぱりというかなんというか、刃がついているとかではなく普通に刺して使うんだね。
ドスファンゴが矢の痛みからか怯んで、怯んだところに追い討ちをかけるようにピッケルが後ろ足に深く突き刺さって、大猪はバランスを崩して横に倒れた。
ドスファンゴの短足ではしばらく起き上がれない筈だ。ポーチから赤い液体の入った瓶を取り出す。出血を加速させる瓶。誰が言い始めたか、その名前は強撃瓶という。瓶の中の赤い薬剤を矢尻に塗布して放つだけ。慣れた動作で矢尻につけて、放つ、つけて、放つ、つけて、放つ。繰り返すたびにドスファンゴが呻く。
十本撃ち込んでからドスファンゴはようやく起き上がって地面を蹴るも、後ろ足に深い傷ができていて、踏ん張りが効いていない。突進は目を瞑ったって避けられるものになっているに違いない。
ネコちゃんは期待以上の戦果を挙げている。たぶん私一人ではドスファンゴを転がすことは叶わなかった。倒れている間も腹に容赦なくピッケルを突き立ててダメージを与えてたし……と言ってもそれはさすがに厚い毛皮のせいであまり効果はなさそうだったけど。
突進をしてくるまでに二発。ネコちゃんを狙った緩い突進中に溜めて振り向いたところに一発。また突進をしようとするからそこに一発。今度は私を狙う突進を避けながら溜めて、振り向きざまに一発。さらに私に突進をしようと力を溜めているからそこに二発。ステップで突進を避けながらすれ違いざまに矢切りをしてみると鈍い手応えだけどきちんと通る。矢切りが通るくらい筋肉が弛緩しているということは毒物の影響でなければかなり弱っている。
力任せに弓を引いて、振り向きざまに一発。ほとんど同時に後ろ足にピッケルが刺さって、ドスファンゴは倒れた。すぐさま矢をつがえるけど、動かない。
「終わりー」
いえい、というふうにネコちゃんにハイタッチをしようとしたけどノってくれなかった。
二十本と瓶十個。ドスファンゴ相手にしては矢の消費が少なめだ。逆に、瓶の消費は多い。十本分もの長い時間ドスファンゴが転んだからだろう。
ネコちゃんはドスファンゴの死体に目もくれず、キノコを取っている。剥ぎ取らなくて良いのかな。一緒にクエストに行って戦ったんだからネコちゃんにもきちんと三回分剥ぎ取る権利があるはずだ。
「剥ぎ取らなくて良いの?」
キノコ採取に勤しむネコちゃんにそう聞くとキョトンとして首を傾げた。ハンターのルール知らなかったりするんだろうか。字の理解がないならそれも不思議ではないけど。
「ハンターは狩り終えた獲物を三回だけ剥ぎ取って良いんだよ」
コクンと頷いたが剥ぎ取りに行こうとはしない。
「剥ぎ取って良いんだよ?」
また頷く。しばらく固まって、それから剥ぎ取りに向かった。何を悩んでいたんだろうか。
空を見上げると遠くに古龍観測隊の気球が浮いている。珍しいものを見たついでに手を振ると、観測隊もこっちに気づいていたみたいでサインを送ってくれた。
支部で報酬を受け取って部屋に戻る。朝から出かけて、夕には帰る。ドンドルマでは必ずと言っていいほど二日以上かかるからなかなか新鮮な気分だ。
ネコちゃんには支部には行かなくていいと言った。ぜんぶ想像だけど、メラルーゆえに色々あるんじゃないかと思うから。
「給金どうしよっかなぁ」
ネコちゃんに払うお金。考えてみればネコちゃんは私のパーティメンバーとしてクエストに参加した。でもネコちゃん分の素材報酬は出なかった。剥ぎ取るのはいいけど素材報酬はナシ。ギルドカードもないのにクエストに参加できる方がおかしいんだろうけど、それにしたってちょっとくらい素材報酬があったっていいと思うんだけど。剥ぎ取ったいくらかの素材と、定額給だけ。命をかけて戦っているのにそれだけなんてのはなんだかちょっとかわいそうな気がする。
「山分けにしよっか」
ネコちゃんに聞こえるように言って、受け取った報酬金の半分を数える。ネコちゃんは首をブンブン音が鳴りそうなくらい横に振ってるけど、パーティの報酬金はそもそも山分けが基本だし。ドンドルマでは山分けなのに貢献度云々で取り分に文句を言われたけど私はそんなふうになるのは嫌だし。次からは受付嬢さんに報酬金を分けておいてもらおう。