必殺技が欲しいなぁって思いながら矢を射る。的代わりの木板にほとんど直角に突き刺さった。
当たるだけじゃ意味ないんだよなぁって思いながら二本目を射る。一本目を掠るくらい真横に中った。
三本目。上に二本分ズレた。
四本目。下に一本分。
五本目。
「
何か良いこと起こりそうな予感がする。
◇
ハートショットボウは一週間ほどで無事完成して、矢の調子もすこぶるいい。私を庇って大破したアルクセロブランの代わりを十二分に務めてくれることだと思う。
ネコちゃんの装備もそれの半日遅れで完成した。私が今は亡きアルクセロブランの素材を集めるときに涙目で鼻をつまみながらなんとか剥ぎ取った飛甲虫の素材の余りで、小さく鋭く取り回しのよさそうな小剣を、それからハートショットボウの加工で出るであろう端材といくらかの素材で防具を。ようやくネコちゃんとまともな狩りに行けるというわけだ。
とりあえず、クエストが出ていれば雌火竜でも行ってみようか。も少し簡単な方がいいだろうか。桃毛獣か、奇怪竜……は怖いから盾蟹あたりがいいのかもしれない。ネコちゃんの実力を未だ測れていない以上あんまり危険なものでない方がいい気がする。
「ネコちゃんは何がいい?」
モンスターリストを見せながらどの程度の危険度ならネコちゃんでも大丈夫なのかを聞いてみた。
大鳥竜を示していたページはペラリペラリと後ろに送られて、岩竜のページで止まった。岩竜というと、鎧竜の幼体で私が一度も狩ったことのないモンスターだ。矢が通らなそうという理由で意識的に避けている。
「バサルモス狩ったことあるの?」
首を横に振った。
「じゃあ負けた?」
これも首を横に振った。
「撃退したんだ」
首を縦に振った。
撃退。街のハンターにとっては古龍以外で中々聞き馴染みのない言葉だ。が、まともな武具もないで戦う獣人族からすれば岩竜はハンターにとっての古龍に等しいのかもしれない。それを成したのからネコちゃんって実はすごいのだろうか。
「心強いけど、今は温暖期だから火山はやめとこう」
温暖期だからと言って火山活動に変化があるわけではないけど、たまに黒鎧竜が出たり、イーオスがめっちゃいっぱい居たりする。極めて稀に金獅子が現れることもある、らしい。私がハンターになってから金獅子が出たという話は聞いたことがないわけだけど。それゆえドンドルマでは「雑魚が火山に行くなら繁殖期にしとけ」という格言があるくらいだ。寒冷期に火山に行くのではではダメなのか、というと寒冷期は寒冷期で鎧竜が現れたり、気が立った鎌蟹が居たりする。火山はとっても危ない場所なのである。
「じゃあ、レイアでいい?」
ネコちゃんは不安そうに神妙に頷いた。そういう反応をされるとなかなか怖いけど、大丈夫ということにしておこう。少なくとも私一人であれば問題ないから、一人増えたらもっと楽になるはずなのだ。
今日はもう夕近いから、出発は明日朝になるだろう。フラヒヤ山脈に雌火竜が生息しているなんてことは天がひっくり返らないとあり得ないから、数日がかりで密林に向かうことになる。密林なんて考えるだけで暑さで気が滅入りそうだ。
テロス密林。
ドンドルマから近い狩場で植生は豊富、ニトロダケの乱獲のために何度も訪れたことがある。森林部はちょっと暑いこともあるけど洞窟は涼しいし海側は爽やかな風が吹いている、ドンドルマギルドのハンター達の始まりの地って感じの場所だ……というのは繁殖期寒冷期に限った話。温暖期では洞窟以外かなり蒸すし砂浜はこんがりと肉が焼けそうな熱さになっている。
「暑い」
言いながら、クーラードリンクを飲む。必要ないけど飲んじゃいけないって決まりもない。上位ハンターならではの贅沢である。正直言ってポッケ村の寒さに慣れた後で密林の暑さは相当くるものがあった。
大体二週間ぶりくらいの密林。ポッケ村からでは相応に遠くて、朝から出発したのに既に太陽が傾きかけている。
目的の雌火竜がバルバレの流行り病に犯されていないことは確認済みだ。生態系の異変もないと聞いているし、日が暮れるまでに寝床か餌場を探してそこで待ち伏せでいいだろう。
森の方に歩き出しながらネコちゃんにクーラードリンクが必要かどうかを聞いてみると首を横に振られた。暑くないのか、もしかすると何かしらグラビモスみたいな排熱器官があるのかもしれない。うーん、さすがは獣人族。
痕跡なんて目的のものに限定しなければ腐るほどあるし、目的の雌火竜らしき痕跡に限ってもいくつかは見つかった。それに、ネコちゃんは耳がいい。時間はかからず見つかるかなぁと思っていた。今日夜までに頑張って補足して、寝てるところに奇襲を仕掛ける作戦だった。
「いないね」
三時間ほど歩き回って見つけたのは古い爪痕と足跡、それから割れた鱗の破片一つ。そろそろ日が沈み始める頃合いだが、随分深いところまで来たせいでベースキャンプは遠い。この調子だと獲物が見つからないまま途方に暮れる狩人になってしまうから言い訳をするけど、考え無しに密林を歩いていたわけじゃない。今いる場所は洞窟の沢山ある出口のうち雌火竜が通れそうな大きさの一つで、痕跡の情報を考えるともし洞窟にいるなら出口はここに違いないと思って来た。温暖期に洞窟に入ると面倒な鳥竜が高確率で涼んでるし、場所によっては灯りを付ける必要があるから外側で待ち伏せというわけだ。
ちなみにその予想が外れたらどうするのかというと、明日もまた同じことをする。そんな探し方を新人の頃から続けた結果、今までの最長発見記録は、奇怪竜相手に沼地を駆け回って九日。平均は三日といったところだ。
蔦が張った大木を登って辺りを見回すが当然見える範囲に大型モンスターは無し。岩山の向こうにケルビが見えるけど異常はない。
「野宿だね」
ハンターは樹上とか岩山とか高いところで寝がちだと思う。他のハンターのことをあまり知らないのだけど、少なくとも私はそういう傾向にある。なぜかと聞かれると安全だからの一言に尽きる。低い場所で寝ようものなら狡猾な鳥竜は寝込みを襲おうとするし、上手くカムフラージュして休めたとしてもそうした場所は大抵視界が悪い。特に飛竜を探すときは空にも注意を払う必要があって、そうした情報量や安全性を天秤にかけると大抵高所になるのである。
安定した太枝に座って周りを見る。日はすぐ沈む。月は小さいし、草木生い茂る森では視界の確保は容易ではない。ランタンもあるにはあるけど、視界の確保をするにはままならない。荷物から薄手の黒布を取り出して羽織る。背負った弓を正面で抱えて矢を右手に一本掴んでおく、それから携帯食料を一本ゴクリと、うえ、まずい。
着々と休息をとる準備を進めている間、ネコちゃんは私の一つ上の枝で周囲を見回していた。ネコちゃんは私が考えなし(ではないけど)に密林をホイホイ歩くのを何も言わずに着いてきてくれていた。や、まあ、何も言わずにというか何も喋れないんだけど。
密林を瞬間的に真っ赤に燃やして真っ黒に染める世界の終わり。これが見えると明日は良い日になる、子供でも知っている天気予想だ。真っ赤に燃えていた空が炭みたいに真っ黒になって、星が光り始める。
「ネコちゃんも寝てね」
寝ずの番をしかねない勤勉さだと勝手に私が思っているパーティメンバーに一声かけた。ネコちゃんと過ごした一週間ちょっとでなんとなく、言っても意味がないのだと理解している。ネコちゃんは言い方は悪いけど奴隷根性が染み付いているというか、私としてはすぐそこに居て戦うときだけ仕事してくれればいいんだけど、彼女本人としてはもっとこき使われることを想定しているらしい。矢製を手伝ってくれてるだけで十分ありがたいのに、それ以上仕事をされても申し訳ないと思ってしまう。
ネコちゃんが逡巡の末に木の枝に腰を下ろしたのを見て、目を瞑る。耳は冴え、触覚は風向きを正確に捉える。気配なんてわからないけど、足音を聞き逃すことだけは無いように。
「おはよう」
寝てるんだか起きてるんだかわからないネコちゃんにそう声をかけると振り返って頷いてきた。お目々ぱっちり。眠そうにしてないのを見るにちゃんと寝たっぽいし私より一足先に起きてたっぽい。雌火竜は結局通らなかった。増えた足跡はケルビのものだけだ。
「ネコちゃんご飯食べた?」
聞いてみると首を横に振って来たから、立ち上がって毛布代わりの布を片付けて、それから携帯食料を手渡す。携帯食料を食べられるのかは知らないけど、それが食べられないなら下でぴょんぴょん跳ねてるケルビを殺して肉を焼くかそこら辺で何か植物を採るしかない。
ネコちゃんは特に顔もしかめずにそれを何口かに分けて全て飲んだ。ちょっと信じられないくらい不味いはずなんだけど、もしかして慣れてるのかな。単に味覚が違うだけかもしれない。そうだとしたらだいぶ羨ましい。
木から降りて洞窟を迂回しつつ深部へ進む。少し進んだところに痕跡が、休眠跡のような折れた草と飛び立った跡のような不自然な散らかりと足跡があった。これは今朝方か深夜かまでここで休眠していて、その後どこかに飛び立ったことを指す。私は大空に思いを馳せる羽目になり、痕跡調査は振り出しに戻ってしまった。
「もうちょい早く起きてれば飛び立った方向見えたかもしれないのに」
休まなきゃ死んじゃうから寝てたのは仕方のないことではあるんだけど、しかしここから手がかりなしで闇雲に探すのはどうにも辛い。飛行音なんて真上でも飛んでくれないと聞こえないのだ。と、途方に暮れていたらネコちゃんがトントンと腰の辺りを叩いて来た。振り向くと、なんだか一点を指を指している。首を傾げるとそのままネコちゃんは歩き出してしまった。
「もしかして飛んでった方向わかるの?」
首肯。
ネコちゃんがいて良かった。私は感動を抑えきれずネコちゃんの頭を撫でた。
進むこと一時間、見つけた雌火竜はケルビを食べていた。温暖期に密林の雌火竜を狩る理由は、繁殖期子育て雌火竜特有のマジでキレる五秒前状態から一転、割と温厚になるということと、アプトノスが少ないせいでケルビのような食い出のない餌を食べがち、つまりパワーがないのである。
「っていう妄想なんだけど」
実際は、温厚でケルビを捕食するだけの雌火竜なら狩る必要なんかないし、弱い個体なら上位に依頼なんて回ってこない。密林の雌火竜が特別弱いということもなければ今から狩る雌火竜が下位相当の弱い個体ということも恐らくはない。などとくだらないことを話したらネコちゃんに何か言いたげな視線を投げられた。いや表情変わってないんだけど、無声無反応が逆に堪える。
とはいえ捕食行動中はチャンスだ。音と視線さえ注意すれば目の前の血の匂いで大抵のことは誤魔化せるのだから。最初はできれば頭に攻撃したい。その方が驚かせられるから。
木の影から様子を見て、ケルビの死骸を見ているうちに忍び足しつつ急いで雌火竜の正面の岩に移動。岩から出て直線距離距離三十メートル。流石に遠いからもうちょっと近づきたいけど、これ以上は何も障害物がないため隠れられない。よくみると私が隠れている岩の近くに獲物を引きずった跡があるのがわかる。広い場所での食事、流石の雌火竜も警戒しているのだろう。
しょうがない。ネコちゃんには自由に安全に戦うようにと伝えておいた。矢をつがえる。ハートショットボウの初陣は色違い狩りらしい。力を抜いて、弓を引いて。
「せーのっ」
相手が私を見る前に一射。下を向いていた頭には当たらなかったが首を貫通。距離のせいで少し矢勢が弱いけど驚かせるには十分だ。急いで矢をつがえて溜めながら走る。十メートルほど進んだ地点で二発目を放つ。私を見ていた頭に命中。息を吸い込み始めたのを見て、3発目はつがえないでおく。弓を背負って雌火竜が大きく開けた口の中を覗く。火ではない。なら、
「耳塞げーー!!!」
両手で耳を塞ぎながら、一本目の矢を放った瞬間には既に私の視界から消えて現在地不明のネコちゃんに叫ぶ。あの子耳良いもん、もし雌火竜の近くにいたら、鼓膜破れるかも。
言い切った瞬間に咆哮が聞こえる。耳を塞いでいるのにピリピリと全身を震わす轟音が。
雌火竜が口を閉じてすぐに私も弓を構えて溜め始める。雌火竜は私に突進をしかけて来るけど、二十メートルも離れていれば十分対処できる。横にステップ。雌火竜は勢いのまま岩に向かっていって、しかし衝突はしなかった。巨体のくせに器用なやつめ。岩の前で止まったからそこで尻尾を通すように一発。すぐさま次を、振り向いたところ翼に一発。
また突進だ。さっき避けたときより幾分近い距離だけど横に飛び込んで転がって避けた。それでネコちゃんの居場所が判明。なんと背中にしがみついていた。いつの間に? って感じだけどしがみついたのはいつだっていいからとりあえず降りてほしい。危ないなんてもんじゃない。と思っていたら雌火竜が突進を止めない。壁にぶつかって振り落とす気かな、と思ってネコちゃんがかなり危険なことに気づく。
ネコちゃんに当てないように注意しつつ一発。翼を貫通。ネコちゃんは壁にぶつかるそうというところで飛び降りて地面を転がった。壁にぶつかった女王は反動で転倒。それで見えたが雌火竜の背中の甲殻が小範囲剥がれている。
転んでついでに痛みで呻いている雌火竜を横目に黄色いものが入った瓶を取り出す。ネコちゃんの武器は飛甲虫の武器、確かアレは刀身に麻痺毒を仕込んである。乱暴に矢尻に瓶の中身を叩きつけるように塗布してつがえて撃つ。狙うは背中の甲殻が剥がれた部分。ネコちゃんは甲殻のない足を狙っているようだ。
麻痺瓶を使うこと六本。雌火竜はなんとか体勢を立て直して、しかし立ち上がるには至らない。背中に刺された麻痺毒が全身に回って今度はピクリとも動けなくなった。麻痺瓶を強撃瓶に変えて射る。とにかく射る。必殺技なんてないけれど、堅実に、確実に、巨体の命を削る。
雌火竜は十本撃ってようやく少しずつ動き出して、さらに三本撃ってようやく立ち上がった。私の方を向きながら大きく息を吸い込んだ。ゲキオコなのが見てわかる。溜めていた矢を翼を狙って射って、すぐ横に全力で転がった。瞬間、真横を巨大な火球が掠めていく。
「いつ見てもやっばいなぁ」
当たったことはないけど、見るたび全身にピリピリと恐怖の震えが走る。
雌火竜を中心に円を描くように走る。走りながら強撃瓶を使って、矢を溜めて放つ。何度も。しかし雌火竜は私には目もくれず、ひたすらに足を斬り刻むネコちゃんに痺れをきらしたのか、半歩にも満たない距離を二本下がって───。あれはサマーソルトキックだ。しかしネコちゃんには当たりそうもない。彼女は雌火竜の足にしがみついている。気にせず次の矢をつがえて、放つ。雌火竜の巨体は宙を大きく回って、低空に止まる。大回転にも耐えて足にしがみついたネコちゃんはめまいを起こしながらも懸命に足を斬っている。
私は翼を狙ってさらに射撃。雌火竜は飛行したまま私の方を向いて大きく息を吸い込んで、反射的に横に転がった私の両隣の地面が爆発した。私一人のために三度も火球を撃ってくれたらしい。実にご苦労なことだ。
陸の女王という異名にはかなり失礼だけど、私個人の見解としては地上時よりも飛行中の方が雌火竜の危険度は高い。風圧に怯みながら懸命に避けたらその真横をサマーソルトが通過していった、というような出来事は一度や二度ではないから。
ポーチから光蟲を取り出して、地面に叩きつけて踵で踏み潰す。すると毒怪鳥のライトクリスタルにも負けない強力な閃光が辺り一体を覆って、雌火竜は落下した。瞬間的な閃光による空間式失調。直立した人間が数秒から数十秒にもかけてめまいを起こす閃光、飛行中の飛竜、しかもネコちゃんを振り落とそうと暴れているのであれば落下は必然。
落下した雌火竜の頭に強撃瓶を塗布した矢を全力で何度も放つ。何度も。何度も放つ。起き上がったところをネコちゃんが足の腱を切り落としたのかまた倒れる。二十発目の矢をつはえようとしたところで雌火竜は動かなくなった。ウイルスに感染していなければこれで終わりだ。
「おつかれ」
雌火竜の翼の下からもぞもぞと這い出してきたネコちゃんに手を振った。ネコちゃんはお辞儀ひとつして剥ぎ取り始めた。
矢を四十六本と強撃瓶を三十三本、麻痺瓶を六本。麻痺瓶の消費が少な目だなぁと思った。
dosを最近やってるせいでかなり引っ張られている気がします。