燃ゆる龍、覇道の道征く   作:紳爾零士

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第260話

…その島に立ち寄った時はもう空は暗黒だった。

 

「…こりゃあ、今日中に帰れそうにはないな。ホテルでも探さなきゃ。」

 

バンドラとモネは顔を傘で隠す。そこは港がしっかりとしている繁華街だったからだ。街が大きくなり、遊ぶ場所が多くなればなるほどバンドラ達の顔の広さが仇となる。自国たるエレジアならまだしも、ここでは自身らは名の通ったお尋ね者以外に他ならない。

 

「…取れるかしら。ほら、私たち。」

 

「まぁ、大丈夫だろ。近くには海軍基地は無かったはずだしな。」

 

「…そう。」

 

一抹の不安がありつつも、バンドラが居たら良いだろうとモネは思っていた。この海で最強各クラスのボディーガードがいるからである。何があっても問題ないと思っていた。

 

「…とはいえ、この時間帯にはなんにもねえなぁ。」

 

店屋に入るにも、食事屋や湯屋、ホテル等はある。時間にしては人通りが多いのは繁華街だからだろう。

 

懐に手を入れてそう言うバンドラの腕をチラチラと見ながら、歩くモネ。

 

「うん。そうね。」

 

「…。」

 

バンドラはその視線に気づいていなかったものの、ぶらんと手を外へと出した。モネはその様子を視線の端で捉えた。

 

「…っ。」

 

モネはゆっくりと手を触れる。ギュッと掴みにいくのではなく、ただ掴めたらいいなという感情で手を動かしただけだった。指先が一瞬当たる。

 

「…ん?」

 

バンドラは微笑みながら、モネの方を向く。

モネは顔をバンドラの方には向けてはいなかった。その代わり、耳がかーっと真っ赤に染まっていた。触れていない左手で自身の口元に触れる。照れているのだろう。バンドラは静かに目を瞑り、穏やかな笑みを浮かべる。

 

寒いだろうと着させた丈の長い黄緑色の上着が夜の海風にたなびく。バンドラはその手を繋がれる様をただ眺めていた。

 

「…っ…。」

 

一瞬、バレたとたじろぐモネ。

体温と能力の使い方を学び、幼女状態になる温度の限界をなんとか押し上げたわけだが、それでも彼女の恥ずかしがり屋は変わっていない。バンドラからすれば、たちまち溶けていってしまう。故にバンドラから下手に出られないというのが玉に瑕である。

 

「…。」

 

手を震わせるが、ゆっくりとバンドラの手に手を伸ばす。…体温は冷ややかなはずなのに…モネの心臓は爆発しそうなほどドクドクと盛り上がっていた。

 

「…ッ…。」

 

…しかし、モネは勇気を出した。

ゴツゴツとしたバンドラの手に指を指の間に入れ、ギュッと握る。ほのかに顔を赤らめているモネ。顔は赤面、しかし、手はひんやりと冷たかった。

 

緑色の長い髪の毛がゆらりと揺らめく。

 

「…どこか行きたいところでもあるのか?」

 

耳触りのいい低い声がモネの耳に響く。歳は28。もうすぐ29にならんとするまさに大人の女性ではあったが、ロビンと同年代にも関わらず、何の因果か、ロビンと同じくこのバンドラという男が初恋。秘められた恋にモネは完全に盲目であった。

 

「…ど、どこって…私…。何も知らないわ。…お金もないし、役に立てない。」

 

…役に立つ。それがモネがバンドラにできる最大のお礼だった。あの日、拾われなければ…誘われなければ…どこ行く命だった。

 

しょんぼりとするモネを見てバンドラはふっと微笑んだ。

 

「…んだ。そんなことか。」

 

「そんなことって、私はっ!!「役に立つか、役に立たないか。それは俺が決める。」…え?」

 

…口が空いて塞がらなかった。

役に立つかどうかがモネにとっての全て。モネにとっての生きる価値。しかし、それを誓った相手は怒ることなく、笑っていた。

 

「お前が決めることじゃあない。俺が決めることだ。…ウタが歌を歌うだけ、ヤマトが光月おでんの話をするだけ…お前が俺のそばにいるだけで、お前らが俺のそばにいるだけで役に立つ。ビビやレベッカ、ナミやロビンとは違う。…お前は俺の仲間だ。」

 

「え、ええ。」

 

「ここがどこかなんて俺も知らねえ。俺が知らねえことはお前が知らなくてもおかしくねえ。それだけでお前を捨てるほど、俺はクズか?…ん?」

 

歩きながらそう言うバンドラ。

かろうじてやっていた店に入っていくと、そこに置いてあった雪片飾りをバンドラは買う。

 

「そんなことないわッ!!だってだって…みんな、貴方に会わなかったら生きてなかったかもしれない。確かに貴方は、女癖は悪いけれど…でもッ!!」

 

「ハッハッハッ。ありがとよ。」

 

必死な様相でそう言うモネに涙を浮かべて腹を抱えて笑うバンドラ。バンドラは膝をつくと、モネの腰に刺した刀に買った雪片の飾り物を結びつける。

 

「…うん。やはり似合う。」

 

モネの拳よりも小さな六角形の雪片がゆらりと揺れる。真っ白の雪片が薄緑色の紐で刀に繋がれた。バンドラはそれを見て、優しげな笑みを浮かべる。モネは顔をほのかに赤く染めて、目を潤ませてそれを見ていた。

 

「役に立つかどうかなんざ考えなくていい。俺の仲間は俺が価値を決める。七武海、皇帝、海賊王。例えどんな立場になろうが、お前が…お前達が隣に居なきゃつまらねえ。」

 

「…。」

 

「だから、我慢しすぎんな。手ェ繋ぎたきゃやればいい。隣で酒飲みたきゃ来ればいい。ヤマトもウタも…お前もそれに関しちゃ平等だ。我慢も必要だ、ルールも必要だ、何もかもが勝手じゃあ人が腐っちまう。でも、自分にゃ素直に生きていいんだよ。」

 

バンドラは店主に礼を言うと目を左手で擦るモネと共に店から出た。人目につかないところまで歩き、どっかと座るバンドラ。その横に足を閉じて座るモネ。バンドラの肩へともたれかかる。

 

波打ち際から潮の匂いがする。

こんなに近くにいるのに、全然恥ずかしくないとモネは疑問に思いつつ、嬉しくも思っていた。空には満点の星空。

 

「…綺麗…。」

 

「あぁ。」

 

「…ねぇ、さっき我慢しすぎるな…って言ったわよね。」

 

そう言う声は少し色っぽく聞こえた。

バンドラはモネに目を映す。モネの顔は酒も飲んでいないのに赤かった。椅子も何もないので汚れてしまわないかという心配だけがバンドラの頭を駆け巡る。

 

モネの顔が急に近くなる。

…紅潮した顔から出される息。解けてしまわないように彼女も細心の注意を払っているのだろう。ギュッと握られた手に伝わるのは暖かいもの。静かに…ただ静かに誰にも邪魔されないように。

 

唇と唇を合わせ、優しく穏やかにキスをする。

 

柔らかいモネの唇が僅かに割れ、バンドラの唇を舌でこじ開け、侵入する。探し当てるかのように歯をなぞり、やっと探し当てたバンドラの舌と絡める。酒も無しに、ここまで積極的なのは今までなかったろう。

 

ねっとりと唇を押し付け、バンドラの硬く太い首を抱きしめるモネ。…長く長く…キスの時間が続いた後に、モネの方からバンドラの唇を離す。

 

「…我慢しすぎないわ。」

 

「…それでいい。…しかしな。困ったもんだ。」

 

「?」

 

小首を傾げるモネの頭をキュッと胸元に寄せて、抱きしめるバンドラ。

 

「ワノ国には雪女に好かれた男は心臓が凍りついて死ぬらしい。結ばれたら幸せだろうが、俺にはまだ死ねねえ理由があるからよ。」

 

「…ずるい人。どうせ、一人に決めないんでしょ?」

 

「…こういう時にだけ言うのはなんだけどよ。俺は海賊だぜ?金貨一枚で勘弁しろってのかい。それにお前達は俺の仲間だ。絶対に手放したりしねえ。売りも逃がしもしねえ。…覚悟しろよ。」

 

そう言うとバンドラはニカッと歯を見せて笑った。…要は子供っぽい理論だが、自分の気に入ったものは手放さないって話だ。モネはくすくすと笑っていた。

 

「ええ。ヤマトやウタが聞けば、抱きつくわね。きっと。」

 

「…お前はしないのかい?」

 

「…私、見た目以上に重いわよ?」

 

「知るか。こっちは殺されかけたり、改造されたりしてんだよ。今更、重い愛情なんざ慣れてるわ。」

 

そう言ってモネの肩に手を当て、真剣な眼差しを向けた。

 

「これはヤマトにも言った言葉だ。…安心しろ。俺はお前の居場所になる。守るもんがあるときの俺は百人力だ。」

 

「…そうね。…ねぇ。この()の名前、決めたわ。」

 

そう言ってモネは刀を引き抜き、天へと掲げた。月光に照らされた刃は怪しくも綺麗に輝く。バンドラはただ耳を傾けていた。

 

「『終雪(しゅうせつ)』終わらない…雪。解けない永久凍土。貴方のために振るうわ。」

 

「ふふっ。頼もしい限りだ。…で。誰が見てやがる。」

 

先ほどから感じた違和感。

バンドラは後ろをギロリと睨む。そこには白い空気が漂っていた。比喩ではない。白く冷たい空気だ。

 

「…あらら。バレちまったか。」

 

「…テメェほどの人が覗き見してたらな。」

 

バンドラはモネを守るように刀を引き抜き、そこを睨む。モネもそれに倣い、先程名をつけた終雪を握りしめ、引き抜いた。

 

「…俺の宝物みてえな時間を汚しやがって。…殺すぞ。青キジ。」

 

「怖えなぁ。まぁ、そんなボイン姉ちゃんとの時間を汚されたらキレるか。」

 

そこに居たのは元海軍大将…青キジであった。ニヤリと笑う青キジにバンドラが見せたのは明確な…殺気であった。

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