燃ゆる龍、覇道の道征く   作:紳爾零士

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第41話

…アラバスタ、ライブ当日。

観客は所狭しと座り、並び、今宵も満席と化している。ライブフロアは木や椰子の葉で編まれた涼しげなよそよいで、その近くに着替えやらなにやらの為のスタッフブースが置かれている。その後ろには…今も時刻を知らせるアラバスタの時計台の姿もあった。

 

「あ、あっ。こほん。」

 

ウタは自分の喉に今日の調子を知らせてもらう。バンドラの能力で涼しくしてもらい、いつもの服でも大丈夫といった風になっている。

 

「気分上々かな?歌姫様?」

 

「バンドラっ!!」

 

スタッフブースにバンドラとヤマトの姿。それは毎回のことと化していた。2人とも外向きはスタッフである。別に居ても不思議ではない。

 

しかし、ウタも成長したのだろう。最初は不安からか、バンドラの姿を見た瞬間に抱きついたものであるが、今回は近づき笑うのみ。バンドラはその姿がどこか寂しくも成長しているのだと嬉しくもあった。

 

「今日は新曲も歌うから楽しみに待っててねっ!!私のファン一号と二号っ!!」

 

「ん?赤髪海賊団のみんなは良いのか?」

 

「あの人たちはみんな零号なのっ!!だから、私の名前が周りに出だしてからのファンは2人からっ。だから一号二号っ。」

 

そう言って歯を見せて笑うその様にはまだ幼さを感じさせる。バンドラはそうかと笑い、ヤマトは頑張れと満面の笑みでウタの肩を押した。

 

…2人はいつものように引っ付きながらブースを離れる。曲が始まれば、逆に2人はお邪魔虫。ウタによるウタの為のウタだけのライブになる。合奏団はアラバスタ王国から。それとエレジアに居た時の電伝虫による録音データがあった。

 

バンドラ達は特権と言わんばかりに一番良い席、一番良い場所に行く。そこにはアラバスタの国王ネフェルタリ・コブラとその娘ネフェルタリ・ビビ…そして、その側近のイガラムの姿があった。

 

「…素晴らしい。1人の少女の為にこれほどまでの人たちが湧いている。」

 

「これも貴方の人徳ありてです。コブラ王。」

 

バンドラがそう言うとコブラはふっと微笑んだ。

 

「みんなッ!!ウタだよッ!!」

 

時は満ちた。

アラバスタ王国民の前に歌姫が現れる。バンドラとヤマトはふっと穏やかな微笑みで見ていた。

 

「わーっ!!」

 

「良かったなぁ、ビビ。」

 

「うんっ。」

 

11歳の未来の王女ネフェルタリ・ビビにとってその歌声は格別だった。少女の目はキラキラと輝き、目の前を見ていたのだ。それに父は穏やかな笑みと柔らかな声をかける。

 

「…感謝する。バンドラくん。…娘には良い刺激になるよ。」

 

「いえ、感謝するのは此方です。ウタもこのような大衆の場で歌うことができて、嬉しいでしょう。場所の確保…感謝しても仕切れません。」

 

…もしも、自分が迎えに行かず、あのままエレジアにウタとゴードンだけで居たら。外に対してはどのような感情を向けたのだろうかとバンドラは考える。もしかするとウタはどんどんと狂っていったのではないだろうか。

 

縋るものもなく、愛したものに裏切られた悲しみは計り知れない。ゴードンもあの性格だ。トットムジカの件はウタには明るみにならなかったろう。優しさが…仇となっていたのかもしれない。

 

「偉く辛気臭い顔してるじゃない。どうしたの?」

 

「…いや、俺はあの子にとって救いになっているのか…と。」

 

ロビンの問いにバンドラが答える。

果たして自分は、彼女にとって重荷になっちゃないかと。この活動は彼女にとってただ未来に希望を持たせるだけになっちゃ居ないかと。

 

「…はぁ…。」

 

「うっ…。」

 

ロビンが大きくため息を吐くと、バンドラのおでこにデコピンをした。その顔はまるで怒っているかのような表情だった。

 

「…貴方、立派に保護者やってるじゃない。それが最善かは私にはわからないし、あの子の過去に何があったかも知らないけれど…。それを迷惑と思うなら、私を匿ってることも迷惑だと思って欲しいわ。」

 

「…そうかい。」

 

「少なくともあれだけ笑って歌ってるのだもの。…貴方が苦痛になってるってことは無いんじゃない。」

 

晴れやかに笑うロビン。それが本当の彼女だとバンドラは理解した。

 

…歌姫のライブは終局を迎える。

最後の曲はウタの思い出の曲…『風のゆくえ』だ。揺蕩う音楽のバラードの波は聞くもの全てを魅了する。

 

バンドラはおろか、コブラの目にも一雫の光が映る。

 

「…あ?」

 

そんなバンドラは見逃さなかった。

ウタを狙いにか、近くから怒号のようなものが響く。海賊だろう。数人がウタに向かって走り、下卑た笑いを浮かべながら来ているのが見えた。バンドラとロビン、そして、ヤマトはその集団がウタに行く道中まで走る。

 

「ひっひっひっ…。歌姫も賞金首だ。手に入れて、売っぱらえば金は俺たちのもの…。」

 

1人の海賊が言う。

向かおうと足を進めた瞬間、海賊達は強風に煽られた。

 

「な…なんだッ!?」

 

後ろで轟音が響く。

なんと、海賊達の乗ってきたであろう船が轟音をたてて沈んでいくのだ。船だったものは瓦礫となって、海の藻屑と化した。

 

「誰だッ!?こんなふざけた真似しやがったのはッ!!俺の首には1200万かかってんだぞッ!!」

 

「…たかだか1200万程度の一般海賊が…天使の歌を邪魔してんじゃねえよ。」

 

声にドスが効いている。

船長らしき男がその方向を向くと、手を交差させたロビン。むっとした顔で金棒を握るヤマト…そして、青筋を立てて睨み、狂骨を抜刀しているバンドラの姿があった。

 

「貴方達のせいで聞きそびれたわ。…首の骨、折って動けないようにしてあげようかしら。」

 

「怖いよ。ロビンさん。…ここは全身骨折でいこう。」

 

「…生きたまま横一閃に切ってやっから、今日食ったもん見せてみな…。」

 

3人がキッと睨む。

船員達はまるで蛇に睨まれた蛙のように、後退りしながら冷や汗をかいていた。

 

「…くっ。やっちまえッ!!」

 

その号令に船員達から鉛玉が飛ぶ。

 

「…『刃雷』」

 

バンドラは狂骨を空中で横一閃に振るうと鉛玉に通電。そのまま、海賊の船員達を巻き込みながら放電を起こす。

 

「ぐぁぁぁッ!?」

 

「…内臓から一気に焼いてやるよ。」

 

「バンドラ。悪い人の顔してる。」

 

ウタのライブを邪魔されそうになったのが癪に触ったのか、バンドラの顔は従来の陽気な顔ではなく、影の差した笑顔だった。ヤマトはそれをジトーと睨みながら指摘する。

 

「う、うわぁぁぁッ!!」

 

「…逃さないわよ。」

 

放電の範囲から離れていた船員達はロビンのハナハナの実の能力で身体から生えた腕に骨をパキッと折られていた。

 

「…は…はぁ…ッ!?なんで…お前らみたいなバケモンが…ッ!?」

 

船員を失った船長らしき男が尻餅をつき、後退りする。その声は少し震えていたようにも思えた。バンドラとロビンが不敵な笑みを浮かべながら、船長に近づく。ヤマトはその後ろから苦笑いをしながら見ていた。

 

……その時だった。

 

バタンとステージから倒れる音が聞こえたのは。

バンドラとヤマト、ロビンはその音に即座に後ろを向いた。

 

アラバスタ国民からは悲鳴や心配をする声が上がっていた。

 

「ウタッ!?」

 

気がつけば、バンドラ達の足はステージへとかけていた。気が気ではなかったのだ。ステージに行くと…。

 

「…ハァ…ハァ…。」

 

息も絶え絶えでウタが倒れていた。

バンドラは優しく、しかし、即座にウタを抱き上げる。ウタの顔は真っ赤に染まっており、身体は燃えるように熱い。まさかと…バンドラは顔を青ざめる。

 

「ウタッ!!しっかりしろッ!?」

 

「バンドラッ!?ウタちゃん、どうしたのッ!?」

 

ヤマトが後ろから声を上げる。

バンドラはウタをステージから下ろすと、ウタの口へ鞄の中に入っていた水筒のようなものの口を押し付けた。

 

「飲め。」

 

朦朧とする意識の中、ウタが小さく口を開ける。

バンドラは水をウタに飲ましながら、抱く右手をゆっくりと冷やし始めた。

 

「…熱にやられたか。」

 

自分が気にかけていながらとバンドラは思った。ヤマトがわかりやすく悲しそうな顔をしていた。

 

「…ね…ねぇ…バンドラ…。私…死ぬの…?」

 

「滅多なこと言うんじゃないッ!!…ただの日射病だ…。安静にしてりゃ、治る。」

 

「で…でも…私…まだ…。」

 

か細い声で「歌い切ってない」と言うウタ。

バンドラはその小さな体をギュッと強く握りしめる。

 

「…お前にとってどれだけ歌が大事か…よくわかってる。だけどなぁ…今はお前の体を大事にしろ…ッ!!いいか…!!死んだら…二度と歌えねえんだぞッ!?」

 

低く…そして重い口から放たれたその言葉は、ウタが聞いた自分への初めての怒号だった。バンドラは初めて…ウタを叱ったのだ。それはバンドラがウタのことを大事だと思っているから出た言葉だった。

 

…ウタはその言葉を最後に気を失った。


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