ひとまず言っておくと、あのベルンとDies iraeのベルンは別のベルンです。そっくりさんなのです。
「第五の……盧生だと?」
柊の驚いた声に、私はこくりと頷いた。
「そうとも。朔の期間を狙った黄錦龍の復活騒動の時、否が応でも邯鄲に関わる期間があったろう。あの期間中に、などということは出来なんだが、その後、逆十字
邯鄲を攻略するまでの期間や構築した後、なかなか大変な時期が続いたが、まあなんとか乗り越えてここにいる。特に逆十字は乗り気ではなかったしね。そこはまあ、三顧の礼というやつさ」
いろいろと不明点も多かろうと説明をしてみたのだが、何故か柊はそれを制止した。
「ちょ、ちょっと待て。どうしてそういうことになる? まったく繋がらないのだが!」
ああ、なんだそんなことか。簡単なことをずいぶんと簡単なことを聞く。
「
たった一言。柊は固まり、クリームヒルトは不思議そうな顔をし、黄はそもそも聞いていない。そして、この場でもっとも危険な男は破顔した。
「くふふふふ、ふふふふ。ふふははははは! そうかそうか。つまり、俺や柊四四八の物語に感服し、ならば己もやってやろうと飛び込んだか。ふふふ、第五の盧生殿は、なかなか豪快な御仁らしい」
おおよそ甘粕正彦の解釈に間違いはない。
夢を顕象させられる邯鄲と、人間賛歌を謳う盧生に憧れた。しかし動機はそれだけではない。
盧生も、眷属も、
自分の信条に嘘偽りなく、本気でぶつかっていた。適当に周りに合わせて、平和で便利な世の中でぬくぬくと生きている私たちなどとはまるで違った。
私は、ああなりたいと思った。そういう人の姿を、深く深く愛した。ゆえに司る概念は『闘争』。我を知り、相手を知って、本気でぶつかり合うという概念。
「とまあ、そんなことはどうでも良いんだよ」
若干熱くなりかけたが、そう、本題はそれじゃない。わざわざ先達に挨拶する程度のことで、盧生が集められるはずもない。
「奇妙なことを聞くが。先達。御身を邯鄲へ導いた逆十字のことを、覚えているか?」
友と呼んだ甘粕。
実父である柊。
友として向き合ったクリームヒルト。
救うべき相手と認識していた黄。
そして、三顧の礼を尽くしてまで邯鄲を構築してくれと頼み込んだベルン。
それぞれ関係性は違えど、親愛を向けていた相手であり、はじめは不思議そうに首をかしげたが、即座に問いの意味を理解した。
五人ともが、全員、己と縁深い逆十字の存在を明瞭に覚えていなかったのである。
「……これは、どういうことだ?」
困惑を言葉にしたのはクリームヒルトだけだったが、皆同じ気持ちだった。
原因が分からないということとともに、あれほどの人間が記憶から抜け落ちるなど考えられない。頭ひとつ、いや五つくらい飛びぬけた唯我独尊キャラである。その印象は強烈すぎるくらいだろうに。
そういう諸々が、彼女の一言に、そして盧生たちの困惑に含まれていた。
「これは神祇省から情報を得た情報なのだが。
「は……?」
その声は、柊から。当たり前だろう。盧生の誰とも会う前から逆十字が死んでいた場合、甘粕との出会った後に子を生ませた初代逆十字の息子である柊四四八は、そもそも生まれてくることができないのだから。それでは理屈が合わないし、そもそも自分の邯鄲の試練はなんだったのか、ということになる。悪逆非道の父を許すことこそが、柊四四八が盧生になるため最後に課せられた試練だったのだから。
「つまりのう」
柊の疑問に答える声は、盧生たちの間からは生じなかった。つまりは、私と同じ入口から入ってきた相手ということになる。その声に聞き覚えがあるのか、柊が入口を睨みつけた。
「誰かがアンタら盧生を消してしまおうと考えちょるゆうわけよ」
入口から入ってきたのは、二代目盲打ち、檀静摩。顎ひげを蓄え、藍色のスーツに身を包んだ初老のサラリーマン、という格好だが、歴史の長い神祇省で暗殺部隊を率いている天才である。一応盧生たちとは初対面でこそあるものの、彼の血の繋がっていない娘は柊の眷属であり、黄の子孫にあたる。私が邯鄲に挑むきっかけになった平成の事件でも重要な役割を果たした人物である。彼の祖先である壇狩摩が柊の眷属なので、柊はそちらと勘違いしたのだろう。
「おーおー、怖いのォ。そがァに壇狩摩ゆう男は信頼できんかったかい。俺の祖先ながら、あんま似たくはないのう! うはははは」
もう十分にノリが似ているだろう、と柊が内心でツッコんだことは、本人には黙っておこう。
「いや悪い。そういうワケじゃないんだが、奴が絡むとたまにすごく面倒くさいことになるからな。
それで、俺たちを消そうとしている、とは?」
唯一まともな盧生だと評価されている通り、彼はすぐさま大勢を立て直すと疑問をぶつけた。話が円滑に進められて実に助かる。
「どっちにせよ、たいぎぃ男じゃったことは理解したわ。……んで、事件についてじゃったか。
言ったまんまよ。邯鄲ちゅうシステムを唯一作り上げられる逆十字をシバいて、連座で
「ふむ、理屈は理解した。しかし、何故我々を排除しようとする? それも、確実性が高い方法を用いてまで、一人残らず消そうとしているわけだが」
クリームヒルトの真面目な問いに、静摩はすぱっと答えた。
「わからん」
「……は?」
柊四四八、本日二度目の「は?」である。
「だから、分からん。どういうやつがどうしてやっとるのかなんぞ知るかい。
まずは歴史から去ねる前にアンタら捕まえるんが先よ。ちゅうわけで、目的やらなんらやは知らん。ひとまず事件の解決でもしながら調べてみるつもりじゃが……ま、
べらべらと饒舌にしゃべる壇静摩に、ついに柊はつこっみを入れる。
「いやちょっと待て! 色々整理がつかん! ……つまり、あれか? よくわからないが親父たちが死んで盧生が消えてしまいそうだから、とりあえず俺たちを集めてなにかしようってことか? 馬鹿なのか?
そもそも現地入りとなんだ、現地入りとは! 順序立ててきちんと説明せんか貴様ァ!!」
……うむ。おっしゃる通り。と、他人事で会話を眺めていると、静摩がこっちを向いた。つまり、私に話せと。
「渋るなよ。そうじゃないと話がまともに進まんだろうが」
柊の圧に押されていざ口を開こうとしたとき、初代の盧生が口をはさんだ。やはり一番最初に邯鄲を攻略したというだけあってシステムには詳しいらしく、なおかつこの中では唯一自分好みに邯鄲の試練を設定していた身の上である。盧生のシステムにもある程度明るいのだろう。
「そう焦るなよ。つまり、お前たちがしたことは、こうだな?
まず、セージを含む逆十字の人生が変わっていることに気が付いたお前たちは、その影響をもって盧生の一斉消滅を企んだ存在がいると睨んだ。彼らのことを調べたいのはやまやまだが、しかし先に俺たちが
しかし急造品ゆえそう長くはもたないのだろう。ゆえに、静摩はこちらの時間軸で調査を、俺たちはセージらが殺される以前の時間軸に飛び、その死を阻止せよ、と」
甘粕の解説は、完璧だった。自分たちの現状や、事の次第を見事に整理して、分かりやすく表している。ただ訂正を加えるならば。
「急造品ではあるが、急造品であるとも言い切れん。円卓のデザインなどは私がしたし、静摩など、誰かの眷属であるならばここに入れるようにしたのも私だ。しかし、何故かな。なぜか、盧生が集まれる空間というものは、実際に邯鄲の夢に存在したものだ。これまでは不要だったから見つからなかっただけで、盧生はそもそもこうして団結することが想定されていたらしい。その謎も、静摩たちに追ってもらっているがね。
そして、観測手は静摩だけではないよ。この事件の第一発見者――
そうして私が入り口を指さすと、白黒の髪の毛の少女が堂々と入室してきた。
彼女の名は石神静乃。柊四四八の眷属であり、黄錦龍の子孫で、檀静摩の義理の娘である。
「やあ、四四八くん。お久しぶり、だね。覚えているかい?」
「当たり前だろう。それで、石神。おまえが最初にこれに気付いたって?」
彼女は嬉しそうに頬を朱に染めつつ、きちんと返答した。うれしい気持ちや再開の喜びよりもまず先に、己の職務を果たそうとする姿は、彼女の学生時代を知る柊だからこそ大きく静養したように感じるのだろう。満足そうに頷きつつk、耳を傾ける。
「ああ。といっても偶然なのだが、柊四四八に関する資料を整理していたら、逆十字に関する記録が一切なくなっていたんだよ。それで彼の人生について調べてみたら」
「甘粕と出会うよりも先に、死亡していたことが分かった、と?」
「はじめは戸惑ったんだがね。親父殿に報告した後、現役の盧生であるベルンに確認をしてもらって、起こっている事態が判明した、というわけなんだ」
お手柄だ、と柊がほめると、彼女は尻尾を振っている様が幻視できるほどの笑顔を見せた。
とにかく。
「私たちの仕事は逆十字の救助。サポートや情報収集は神祇省に丸投げして、ひとまずそれに集中しよう。
異論はないな?」
確認のため、歴代の盧生たちの顔を見渡してく。ああ、士気に問題はなし。やはり根底に同じ人間への愛情があるだけあって、思いは一つらしい。
「それでは―――作戦を開始する」
黄錦龍が空気と化している。
まあ、その、ね。後々見せ場があるからね、今はまだしょうがないね!