演じざかりのエトセトラ   作:ナカイユウ

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1幕 静流の休日
1.墓参り


 私はみんなが知っている“普通”を知らない。なぜなら私は生まれた時から、“女優”になるためだけにずっと育てられてきたから。“女優になりたい”とか、“女優になりなさい”とか、そういうことじゃない。気が付くと私は、“女優”になっていた。

 

 いや、生まれる前から私は、“女優”になる“運命(こと)”が決まっていた。

 

 

 

 “『静流・・・役者は自分に嘘をついてしまったら、その瞬間に終わりなのよ・・・』

 

 

 

 だから“普通の世界”を知らない私は、どんなに足掻いても“彼ら”のようにはなれない。

 

 

 

 でも、“それ”でいい。“それ”に想い焦がれ“それ”に抗い続けることが、私にとって牧静流(女優)で在り続けるための原動力(血液)になるのだから・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 2000年3月18日_12時05分_北鎌倉_

 

 「ここに来るのは久しぶりね、静流」

 「うん、去年は仕事が入っちゃって一度もお墓参りに行けなかったから」

 

 春のお彼岸。綺麗に晴れ渡った空の下、北鎌倉の駅からすぐのところにそびえ立つように構える円覚寺の階段を、お供え物の仏花(ぶっか)を片手に持ちながら3段先を歩く斜め前のママと共に“おばあちゃんが眠っている場所”へと向かうために上っていく。

 

 私がこうして花を片手にここに来たのは、一昨年の秋のお彼岸以来だから1年と半年ぶりになる。

 

 「それも“人気女優”になった証ね、静流?」

 

 階段を上った先にそびえ立つ総門のところでママは私のほうへと振り返り、静かに微笑む。

 

 「普通のことでしょ?ママ

 

 そんなママの微笑みに、私は感情という感情を極限まで押し殺した“笑み”で答える。

 

 「・・・その心意気を忘れないことよ静流・・・いまの言葉で“浮かれてしまう”ような女優(やくしゃ)は、いつまで経っても二流のまま終わるでしょうから

 

 そしてママは私の“無感情”に、静かに“歓喜”する。

 

 「ひとまず、今日も真波さんに顔向けができるわね」

 「・・・・・・そうだね」

 

 

 

 この人が私のママ、一ノ瀬真純(いちのせますみ)。私が生まれるほんの少し前まで“元永(もとなが)ますみ”という名前で女優をしていた。女優だった頃には数々の映画やドラマで主演や準主演を張り、アカデミー賞で優秀助演女優賞も獲ったことのある“まあまあ名の知れた”女優だったけど、私が生まれた時には芸能界から距離を置いた元芸能人になっていて、私が芸能界に入った2歳の時にはすっかり“過去の女優(ひと)”になっていた。

 

 私はママ(この人)によって、“女優・牧静流(まきしずる)”としてずっと育てられてきた。

 

 

 

 

 

 

 “女優として“真美さん”と肩を並べ、行く行くは“真波さん”をも超える存在になれ

 

 

 

 物心がついた頃から、私はママから女優になるための“英才教育”を受けていた。パパが舞台監督として家庭を顧みず家を留守にして年中公演で日本全国を飛び回るような生活を送っていたのも、それに拍車をかけた。

 

 ちなみにお彼岸の今日も、パパは舞台の仕事で大阪に行っている。

 

 “『今日からあなたの名前は、“牧静流(まきしずる)”よ』”

 

 最初に入った児童劇団へ入団する日の朝に、ママから言われた言葉。これが私の頭の中にある一番古い記憶。そう、私には本名の“一ノ瀬静流(いちのせしずる)”という名前だけで生きた記憶が、全くない。

 

 ママは15歳。おばあちゃんは14歳。子役時代から活躍していた私の伯母にあたる“あの人”ですら、8歳までは傍から見ればただ女優さんに憧れている“普通の女の子”だったというのに。

 

 “『あめんぼあかいなアイウエオ!うきもにこえびもおよいでる!かきのきくりのきカキクケコ!』”

 

 こうしてママの伝手で業界内では名門と呼ばれていた児童劇団に2歳で入団した私は人気子役、やがては一人前の女優として羽ばたいていくために稽古漬けの日々を過ごした。挨拶や礼儀作法はもちろん、五十音に喜怒哀楽、果ては外郎売と基礎から応用まで芝居をする上で必要な稽古(こと)は小学校に上がるまでに全部やった。

 

 “『誰が頬を痛ませろと言ったの?もっと普通に笑いなさい、静流』”

 

 そして家に帰れば、元女優のママからの英才教育という名の自主稽古が待っていた。劇団で団員(私たち)を教えていた先生たち以上にママの指導は厳しかったが、それはそう遠くないうちに成果として現れ始め、小学校に上がる頃には私は“天才子役”として周囲の大人達からチヤホヤされるようになっていた。

 

 

 

 芝居や稽古のことを考えていない日なんて、一日足りともなかった。

 

 

 

 “『静流ちゃんってさ・・・何か怖いよね・・・』”

 

 2歳からずっと牧静流として“芸能界”で生きてきた私には、一ノ瀬静流として“普通の世界”で“普通に生きる”なんて真似は無理だった。芸能人やその周りの大人達に囲まれた世界しか知らないから、どうやって“普通の小学生”と接していいのか分からなかった。

 

 その時には既に私は子役としてお茶の間に名が知られ始めていたことが幸いしてか虐めには遭わなかった。だけど季節が変わるにつれて私はどんどん独りになっていった。

 

 これが牧静流として生きるための代償だとしたらどうってことはないけれど、私にとって学校という閉鎖的な空間の中で一ノ瀬静流として生きている時間は、“この世の中で一番生きづらく退屈な瞬間”として深く心に刻まれた。

 

 

 

 “でもいいんだ。私の生きている世界は、“芸能界”なんだから

 

 

 

 それでもカメラの前で与えられた役を演じる瞬間だけは“普通の世界”の人たちに囲まれる生きづらさから解放され、全てを忘れられた。他人(うそ)の人生を生きる喜びに魅せられながら別人を体験することが、何よりの至福だった。

 

 “『牧には負けてられないな』”

 “『次のドラマ、がんばれよ。静流』”

 

 それに私には同じ生き方を選んだ戦友(ライバル)と友達の2人がいたから、芸能界(この世界)で寂しい思いをしたことは一度もなかった。

 

 もちろん自分がとうとう到達できなかった“女優としての高み”にどうしても立たせたかったママは、誰よりも私の活躍を喜んでいた。まだ何も知らなかったあの頃の私は滅多に感情を表に出さないママの静かな微笑みを見るたびにもっとママを喜ばせようと、“芝居の世界”により一層のめり込んでいった。

 

 

 

 “『あなたは織戸先生の映画で星アリサの演じる役の幼少期を演じるという大役を任されるチャンスを与えられた。仮に子供時代とはいえ主演(アリサちゃん)の幼少期を演じることになればあなたにとって大きな“財産”になるわ。“子役”としてではなく“女優”として臨みなさい。静流』”

 

 

 

 転機は8歳の終わり際、巨匠として知られる織戸幸比古(おりどゆきひこ)監督が10年の構想を経たという大作映画のオーディションのオファーが来た時のこと。

 

 “『ねぇ・・・お願い・・・置いていかないで・・・』”

 

 オーディション当日の演技審査。私は1時間前に渡された台本を元に、両親を不慮の事故で失い色んな場所をたらい回しにされる女の子をいつもの()り方で演じた。途中で審査員でもある監督の織戸先生からも直々に演技への助言(フィードバック)を貰うなど、オーディション自体は特に波乱はなくほぼ順調に終わった。

 

 でもどういう訳か、自分の全てを出し切って残ったものはいつもの達成感ではなく自分の中にある理想を演じ切る前に終わってしまった不完全燃焼のようなモヤモヤした気持ちだった。

 

 

 

 “『・・・及第点だな。近頃の“子役”にしちゃ上出来だ』”

 

 

 

 全ての審査を終えた織戸先生が私に言ったこの言葉が、全てを物語っていた。

 

 監督の織戸先生は最後まで私を“女優”として認めてくれなかった。ママの言う通り“女優”として挑んだはずなのに、その覚悟はいとも容易く打ち砕かれた。そして私は、自分の実力がまだ“女優に値しない”程度だったというどうすることもできない事実に打ちのめされた。

 

 最終的に織戸先生が下した決断は、“適任者なし”。すなわち主演(星アリサ)の幼少期を演じられる“女優”は誰もいなかったということだった。

 

 

 

 結局その映画で、アリサさんの演じる役の幼少期が直接的に映されることもなかった。

 

 

 

 私は初めて心の底から悔しくなった。今まで積み重ねて来た努力(モノ)が全部無駄にされた気がして、心の底から悲しくなった。

 

 芝居が全てだと信じて疑わずに生きてきた自分の人生そのものを否定された気がして、どうしていいか分からなくなった。

 

 “『もうわかんないよ!!』”

 

 オーディションを受けた日の夜、私は感情を抑えきれずに生まれて初めてママに感情を爆発させた。どのタイミングで感情が爆発したのか、あの瞬間に私がどんなことを言ったのかはあんまり覚えていない。

 

 けれどもいつもなら口ごたえをしようものならすぐにキツく叱ってくるはずのママがやり場のない気持ちを泣き喚く私のことを無言で見つめていたことだけは、今でもはっきり覚えている。

 

 “『静流・・・』”

 

 そんな私に、ママはどうして私を女優として育ててきたのかを始めて打ち明けた。

 

 

 

 “女優として“真美さん”と肩を並べ、行く行くは“真波さん”をも超える存在になれ

 

 

 

 ママの口から語られたのは、自分は生まれた時から真美さんとありとあらゆることで競わされるように育てられてきたが、8歳の時に“薬師寺家に女優(こども)は2人もいらない”と真波さんから捨てられたこと。その後は自分には女優になる資格はないと一度は夢を諦めたが、薬師寺真波の娘として順風満帆に女優として活躍していた真美さんの姿を見て再度奮起し芸能界入りを果たし自分も女優として一定の成功を収めたが、どんなに追いつこうともがいても自分は真波さんから“女優として認められた”真美さんの足元にも及ばないことを思い知らされ挫折したこと。

 

 そして自分を捨てた真波さんから認めてもらえるために自分を捨てた“薬師寺家”への復讐も兼ねて、自分がとうとう叶えられなかった“女優としての高み”に立つという野望(ゆめ)を私に託したということ。

 

 “『・・・・・・なにそれ』”

 

 ママがどれだけ辛い思いをしてきたのかは、ママと“薬師寺家”との関係を子供心ながらに知っていた私にはすぐに理解が出来た。ママはあくまで私に愛情を持って育ててきたことも分かっていた。

 

 でも、これじゃあまるで私はママの私欲のためだけに動かされてる “操り人形(言いなり)”も同然だった。幾らそこに“愛情”があったとしても、そんな現実は耐えられなかった。

 

 “『・・・・・・ママなんか・・・大っ嫌い』”

 

 この後、自分でも把握しきれないほどの色んな感情に一遍に襲われた私はそのまま涙が枯れるまで一晩中泣いた。

 

 

 

 あの日が、今のところ私が演技以外で涙を流した最後の日だ。

 

 

 

 

 

 「毎度毎度、お供え物の数がすごいわね」

 

 空を覆い尽くすような樹木に囲まれながら弁天堂へと続く遊歩道の階段を上り、私とママは洪鐘のすぐ傍にある“おばあちゃんのお墓”に着いた。

 

 「お彼岸の初日でこれだから、きっとここからどんどん増えていくよ」

 「そうでしょうね。なにせ今年は真波さん(あなた)が逝去されて25年の節目ですからね」

 

 今日は3月18日。お彼岸もまだ初日だというのに、既におばあちゃんのお墓にはお供え物のお花やお菓子などが墓石を覆い囲むように置かれている。この場所に訪れた時には必ずと言っていいほど見てきた光景。

 

 いや、亡くなってから25年が経とうとしている今でもここまで愛されているおばあちゃんにとっては、お彼岸も命日も関係ないのかもしれない。

 

 「本当・・・・・・あなたほど時代を超えてみんなから愛されている女優は後にも先にもいませんよ・・・“真波さん”・・・

 

 

 

 薬師寺真波(やくしじまなみ)。“撮影所時代”と呼ばれる戦後の日本の映画界を支えた稀代の大女優であり、言わずと知れた“日本一の女優”。生まれる前に亡くなってしまったけれど、私にとっては母方の祖母にあたる人だ。

 

 

 

 “『静流に見せたいものがあるわ』”

 

 

 

 もちろん実際に会ったことなんて一度もないけれど、モノクロのフィルムの中で動くおばあちゃんの姿はママから何度も観させられてきたから知っている。

 

 「・・・意地でも“おかあさん”って呼ばないのね?」

 

 ちなみに私のおばあちゃんにあたる真波さんとはママが8歳の時に一家離散も同然に離婚したらしく、血こそ繋がっているが私とママの関係は法律上だと親族ですらない“他人”だ。

 

 「真波さんと私たちは今では家族でも何でもないわ。だからこれでいいのよ」

 「でも血は繋がってるでしょ」

 「お線香あげるから静流も手伝って」

 「・・・はいはい」

 

 実の母でもあるおばあちゃんとの話はよほどしたくないらしく、ママは無理やり話を遮り持参してきたライターとお線香を取り出す。それを見た私はお供え物の花束を添えてお線香を持ち、火付けを手伝う。

 

 もちろんママにとっておばあちゃんの話はタブーだということは、5歳の時から知っている。

 

 「・・・でも意外ね。真波さんの血が流れていることを嫌っているはずの静流(あなた)がそんな言葉(こと)を言うなんて」

 

 お線香を供え、目の前で“眠る”おばあちゃんへ両手を合わせて挨拶を済ませたママが、“”の一文字が刻まれた墓石を見つめたまま私に声をかける。

 

 「だってしょうがないじゃん。どんなにこの国の法律が他人だって言い張っても、私に“真波さん(おばあちゃん)”の血が流れてるって事実は変わらないし、どうせ私たちはこれからも真波さん(この人)の亡霊に翻弄されていくんだから」

 「これ以上は慎みなさい。真波さんの前よ

 「・・・・・・振ったのはママ(そっち)でしょ」

 

 つい口が滑り出した私のことを、ママは静かに叱る。

 

 ママは決しておばあちゃんのことを嫌っているわけじゃない。寧ろ、他の誰よりも“真波さん”のことを女優として尊敬し、母親として敬愛している。“真波さん”から女優(こども)として認めてもらえず、8歳の時に捨てられたのも同然で母方の祖父に連れられ薬師寺家を出て行ったにも関わらずだ。

 

 そんな“薬師寺家”を追い出されたママを引き取った“おじいちゃん”とも今では色々あってほぼ絶縁状態で、私は会ったこともなければどこに住んでいるのかも知らない。

 

 そして肝心のおばあちゃんは最後までママのことを女優として認めることなく、25年前の夏に47歳という若さでその生涯を終えた。

 

 あれから25年、ママは未だに“真波さん”の幻影を追い続けている。だからこそママは、おばあちゃんのことを頑なに“おかあさん”とは呼ばない。

 

 

 

 私が“真波さん(おかあさん)”から“女優”として認められる、その時まで・・・

 

 

 

 “・・・あなたがいなければ、私はもっと普通に生きていけたはずなのに・・・

 

 

 

 お線香を供え、私は墓石の前で手を合わせながら心の中で“おばあちゃん”に声をかける。

 

 はっきり言って私は、薬師寺真波(おばあちゃん)のことが本当に嫌いだ。おばあちゃんがママのことを捨てなければ、あるいは私のおばあちゃんが“薬師寺真波”じゃなかったら、私はもっと普通に女優として生きていけたかもしれないのに。

 

 

 

 

 

 

 “『静流に見せたいものがあるわ』”

 

 

 

 ママに初めて感情を爆発させた日の翌日、ママは押入れの奥で厳重に保管されていた映画のビデオ(コレクション)を私に見せた。もちろんまだ機嫌が直っていなかった私は“ママの言うことなんかもう聞かない”といった感じで一旦は断ったが、“『女優を続けたいという気持ちが少しでもあるならば見なさい・・・これはあなたのためよ』”といつになく覚悟を決めたかのようなママの感情に押し負ける形で、映画のビデオを見ることになった。

 

 それは女優・薬師寺真波を一躍有名にし、半世紀以上が経った今でもなお彼女の代表作として語り継がれている映画だった。

 

 

 

 “・・・すごい・・・

 

 

 

 モノクロのフィルムに映る彼女の姿は、小難しい言葉で表すことが物凄く陳腐に思えてしまうくらい、輝いていた。

 

 モノクロだけどモノクロだと感じさせないぐらいに鮮やかなのにどこか落ち着いていて、それでいて見ているだけで眠くなるような、まるで子守歌のような温かさと母親のような安心感があって、演技が上手いだとか下手だとかの範疇を超えた、誰にも彼女の替わりを演じることのできないたった1つだけの輝きを放っていた。

 

 “『真波さんがこの映画を撮影した時の年齢はいくつだと思う?』”

 “『えっ・・・にじゅう、さんとか?』”

 

 さらに衝撃的だったのは、この映画を撮影していた時の彼女の年齢だった。

 

 “『・・・この映画の撮影が行われたのは1946年。つまり真波さんが18歳の時よ』”

 “『・・・じゅうはち・・・』”

 

 当時の並み居る名俳優(大スター)たちを複数相手にしても全く劣らないどころか、それらを全て蹴散らすように一等星の輝きを放つ堂々とした“風格”を持つ18歳の少女。この光景がどれだけ異常なことなのかは、8歳だったあの頃の私でもすぐに分かった。

 

 “『・・・本当は恐かった・・・いつかは見せようと思っていたけれど、真波さんの芝居を見せてしまったらあなたに余計辛い思いをさせてしまう気がして・・・』”

 

 おばあちゃんの名前を一躍有名にした映画を見終えると、ママは私にあの映画を見せた本当の意味を打ち明けた。あの時に見せたたった一度の弱音を吐いたママの姿はずっと忘れられない。

 

 “『・・・それで諦めちゃうくらいだったら、もうとっくに私は芸能界をやめてるよ』”

 

 実際にそう言ったのかどうか、私は覚えていない。後からママに聞いた話だと、昨日まで耳にタコができるぐらい“わかんない”と泣き喚いていた人とは思えないくらい堂々とした顔つきと自信でそう言ったらしい。

 

 “『静流にはいずれ真波さんのような芝居1つで世界を変えていける、そんな女優になって欲しい・・・もちろん“真波さんの生まれ変わり”ではなく、“牧静流”として・・・』”

 

 でもあの後にママから言われた言葉に返した一言は、ちゃんと今でも覚えている。

 

 

 

 

 

 

 “・・・おばあちゃん・・・私は絶対に女優としてあなたを超えてみせるから・・・

 

 

 

 

 「いつまで真波さんと話しているのよ?

 

 目の前で“眠る”おばあちゃんへ向けてあの時と同じ意味を持つ言葉を心の中でぶつけていた私に、ママが少しばかり呆れ気味に声をかける。

 

 「“宣戦布告”ぐらい好きにやらせてよ、ママ」

 「・・・まったく。1人暮らしを始めた途端に随分と“偉く”なったわね?」

 「偉くなったんじゃないよ。私は自分に正直なだけ。それに1人暮らしをしろって言ったのはそっちでしょ。だからママの自業自得だよ」

 

 いったん話は逸れるけど、私は“一ノ瀬家の掟”として中学2年に上がったタイミングで実家から車で10分ほどの距離にあるマンションで1人暮らしをしている。もちろんただでさえ忙しい芸能活動と最低でも週2日の学校への登校を両立しながら掃除・洗濯・炊事までこなすのはさすがの私でも身体への負担が尋常じゃないから、マネージャーや夏に突然転がり込んできた“同居人の後輩”と折半してやっている。

 

 「でも同じ事務所の女優さんと2人暮らしをされたのは誤算だったわ。誰だっけあなたのところに住んでいる同居人の女の子の名前?」

 「環蓮(たまきれん)。入学の手続きした帰りに話したでしょ?」

 「・・・そんな記憶ないわよ」

 「いや絶対話したからね私?忘れたなんて言わせないよ?」

 「知らないものは知らないわよ」

 

 2学期の最終日に来月晴れて入学する高校との手続きを済ませた帰り道の助手席で私が話したことをママが覚えているか忘れているかはともかく、私はいま環蓮(たまきれん)という同じ事務所の後輩と2人で同じ部屋で生活している。

 

 「だったら小夜子(さよこ)ちゃんのところに挨拶した帰りにマンション(ウチ)に寄ってく?ママに紹介するから」

 「別にいいわよめんどくさい」

 「えぇ~いいじゃん今日ぐらい、それに蓮は一回会ってみたら分かるけどほんとに“ママ好み”の良い子だから」

 

 蓮のことを簡潔に表すと、私の可愛い後輩にして“ブッキー”と“十夜(とおや)ちゃん”の次くらいには心を開いて接している友達。ってところだろうか。

 

 もちろん女優としての実力は10年ほど先輩の私からしてみれば“まだまだ全然”だ。それでも自分に足りないところはどんどん周りの先輩たちからアドバイスを聞いて自分なりに頑張って実現しようと挑戦して、例えそれが通用しなくて悔しい思いをしても持ち前の明るさと負けん気ですぐに立ち上がりひたすら愚直に芝居を探求する。そんな馬鹿がつくほど自分に正直で真っ直ぐな彼女の姿勢は、私は嫌いじゃない。

 

 あまりに真っ直ぐ過ぎて、見ていてつい羨ましく思えてしまうこともあるけれど。

 

 「静流・・・女優(やくしゃ)たるもの、隙は絶対に見せてはいけない。例えそれがかけがえのない友人であろうとも・・・・・・分かっているわよね?

 

 ただ残念なことに私を中心に芸能界(せかい)を視ているママにとって、蓮は単なる私のライバルでしかない。

 

 「・・・いちいち言わなくても分かってるよ。蓮と友達でいられるのは、“永遠”じゃないから

 

 そんなことは私が誰よりも知っているし、蓮とはこのまま友達のままで関係がずっと続いていくなんて全く思ってなんかいない。

 

 

 

 “『静流・・・役者は自分に嘘をついてしまったら、その瞬間に終わりなのよ・・・』”

 

 

 

 “あの人”と出会ったことで“子役(つくりもの)から女優”へと変身(ばけ)るための生き方を見出した私のように、蓮にも何かのきっかけ1つで化ける程度の才能と素質は秘めている。今のところ決定的なきっかけには辿り着けてないけれど、きっかけになり得る“幼馴染くん”次第で彼女はきっと同じ女優(やくしゃ)として脅威になる。いや、そうなってくれたら私は何より嬉しい。

 

 

 

 自分の周りに誰一人として“脅威”がいない状態で真波さん(見えない敵)と戦う孤独ほど、真っ暗で虚しいものはないから。

 

 

 

 「最後に真波さんに挨拶するわよ」

 

 斜め後ろからかけられた言葉で私は立ち上がり2歩ほど下がってママの隣に立ち、被っていたキャスケットを取ってママと一緒におばあちゃんへ深く一礼する。ここを訪れた時には必ず行う帰り際のあいさつ。

 

 

 

 何度でも言うけれど、私は薬師寺真波(おばあちゃん)のことが本当に嫌いだ。世間では時代を超えて今もなお日本中から愛され続ける“日本一の女優”として神格化されているけれど、私にとってはママを捨て死してなおも“遺された子孫”に苦しみを与え続ける“亡霊”にして、私が“女優・牧静流”として芸能界(この世界)で生きることになった一番の“元凶”。

 

 でも、心の底からおばあちゃんの何もかもを嫌っているかと聞かれたら、それは嘘になる。ママとは理由が少し違うけど、私は私でおばあちゃんのことを女優として尊敬している。

 

 ママが大切に保管していたコレクションの中で輝きを放っていた18歳の少女(おばあちゃん)の姿を見て、私は彼女の“モノクロの輝き”に魅せられ、“彼女の輝き”に憧れてしまったから。

 

 

 

 だからこそ彼女には、何も余計なことは考えずに只々“憧れられる存在”でいて欲しかった。

 

 

 

 “おばあちゃん”としてではなく、“薬師寺真波”として・・・・・・

 

 

 

 5秒間のお礼を済ませて顔を上げると真横()から春風が優しく身体を撫でてきて、無意識に左肩のあたりに手を掛け風で乱れた髪を後ろへ払う。

 

 “あっ、そうだ。髪切ったんだった”

 

 胸上まで伸びていたはずの髪が無くなっていたことに私は心の中で一瞬だけ驚いたが、すぐに役作りのために昨日30センチほどバッサリと髪を切ったことを思い出した。そういえば朝起きて鏡の前に立った時も目の前に映る自分が別人に見えてしまって、いまみたいに少しだけ驚いてた気がする。昨日の夜にシャワーを浴びた時は何とも思わなかったのに。

 

 ショートヘアにしたのは今まで生きてきて初めてのことだから、まだちょっと慣れていないのもあるからだろうか。

 

 「髪・・・切ったのね?」

 「うん。役作りでバッサリ・・・・・・ってママ?ひょっとしていま気付いたの?」

 「えぇ。帽子を取ったら静流の髪が随分と短くなっていたから」

 「いやいや、もうかれこれ2時間以上はママ(あなた)の隣にいるんですけど。えっ?ほんとに今の今までずっと気付かなかったの?」

 「気付いていたらとっくに言っているわよ」

 

 一方で隣に立つママは、私が髪を切ったことにたったいま気が付いたらしい。私の住んでいるマンションから北鎌倉の駐車場まで助手席に座って、駐車場からここまでずっと一緒に歩いてきたというのに。確かにママの言う通りずっと帽子(キャスケット)は被っていたけど、普通ここまでバッサリ切ったらパッと見で分かるはずなのに。

 

 本当にママは私が小さい時から、変なところで抜けている。

 

 ていうか・・・

 

 「ていうか・・・何でよりによってこのタイミング?」

 

 何でおばあちゃんへのご挨拶という“一大行事”をしているタイミングでこの話題を振るかなママ(この人)は?さっき口が滑りかけた私に“慎みなさい”と言ったあの言葉を、そっくりそのまま返してやりたい気分だ。

 

 「おばあちゃんに思いっきり見られてると思うよこのやりとり?」

 「仕方ないでしょたったいま気が付いたんだから」

 「ママのほうこそ慎んだら?“真波さん”が見てるよ?

 

 というか、本当にそっくりそのまま返してやった。ついでにその反動で口調はいつものままに来月から撮影に入る映画で演じる“母親を殺して少年院に入った少女”の感情が混ざった設定(おまけ)付きで返した。

 

 「・・・今のは静流自身の言葉?それとも“役”が喋った言葉?

 「“役”だよ。悪い?

 

 そして隣にいるのに30センチも髪を切ったことに2時間以上も気が付かなかったママは、私が“役に入り込んだ”ことには一瞬で気が付いた。

 

 「・・・“自覚”はあるみたいね・・・

 「・・・・・・女優なんだから当たり前でしょ

 

 もちろん私が全部“わざと”やったことにも、ママは一瞬で気が付いた。

 

 「・・・でも、ショートもお世辞抜きで似合っているわ静流」

 

 そしてすっかり忘れた頃に、ママは生まれて初めてのショートヘアを褒めた。

 

 「・・・今更おそいわ・・・」

 

 ママが私のことを“女優”として常に見てくれていることは純粋に嬉しい。でも時々ぐらいでいいから、“女優以外”の私の変化にも気付いて欲しいと思ってしまう瞬間(とき)もある。

 

 

 

 “・・・私は牧静流(女優)であって、一ノ瀬静流(ママの子)でもあるから・・・

 

 

 

 「あらまぁ、こんな日に奇遇ですね

 

 おばあちゃんへの最後の挨拶を終えてお墓の前に鎮座する2段の階段を降りてキャスケットを再び被ろうとした瞬間、目の前から独特な覇気に満ちた優美な声が聞こえ、緊張感が一気に全身へと走る。声の主が誰なのかは第一声で分かった。

 

 私は緊張(それ)をおくびにも出さずに声のするほうへと視線を向ける。その間際の一瞬でふと隣に立つママの表情を視ると、ありとあらゆる感情が禍々しく交錯する凄絶な笑みを浮かべながら、目の前に立つおばあちゃんの遺した“忘れ形見”と対峙していた。

 

 

 

 「・・・・・・あなたがこの場所に来るのは “真波さんの命日”だけだったはずですが・・・これはいったいどういう風の吹き回しなのでしょうか?・・・・・・“真美さん”・・・・・・

 




ということで始まりました、スピンオフ。季節や時系列が明らかに不釣り合いな感じになっていますが、始めるのに一番ベストなところがここだったのでそうしました。はい。

ちなみに来週中に次の話を上げる予定でいますが・・・更新頻度はマジで不定期です。ごめんなさい。
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