演じざかりのエトセトラ   作:ナカイユウ

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3.少女は車の中で夢を見る

“『静流。明日の朝、1泊2日で京都に行くわよ』”

 

 あれは、私が初めてフィルム越しに女優時代の薬師寺真波(おばあちゃん)の“輝き”を目にしてから3か月後の春休みのこと。ママは何の前触れもなくいきなり京都に行くと言い出した。

 

 “『・・・どうして京都なの?』”

 

 当然ながら何が何だか分からないままの私は、感情を表に出さないまま“わけの分からない”ことを言い出したママに理由を聞いた。

 

 “『行けば分かるわ』”

 

 案の定、ママから返ってきたのは理由というにはあまりに抽象的すぎるものだった。私に向けた表情からして、何を言っても“その場所”に着くまでは絶対に明かす気が全くないことはすぐに分かった。

 

 “『ねえ・・・もしかしてこれは“ご褒美”なの?ママ?』”

 

 それでもママの“魂胆”だけはどうしても知りたかった私は、1泊分の荷造りを始めたママの前に顔を近づけ揺さぶりをかけた。

 

 ちょうどあの日は久しぶりに3日間の纏まった休みが取れていたこともあって、これは普段あまり母親らしいことをして上げられなかったママからの“ささやかなご褒美”だと心の中で“ほんの少し”だけ期待していたところもあった。

 

 “『そうね・・・・・・あなたが“子役から女優”になるための、私からの“ご褒美”ってところかしらね・・・』”

 

 もちろんそんな微かな期待なんてするまでもなかった。まぁ、私のことを娘ではなく“女優”としてずっと育ててきた人の思考回路は、9歳の私でもとっくに分かり切っていた。

 

 “『明日は早くにここを出るから、今日は早く自分の分の支度をしてすぐに寝なさい』”

 

 それからママは“目的地”に着くまでこれ以上の理由を教えてくれることはなく、何が何だか分からない状況のまま私は自分の分の荷造りをして眠りに就き、翌朝の空がまだ暗い夜明け前にママの運転する車の助手席に乗って京都に向けて出発した。

 

 ちなみに私のママはタクシーから飛行機も含めて滅多に公共交通機関は使わず、近場の買い物だろうが遠出をしようが専ら自分の愛車を移動手段にしている。別にドライブが趣味というわけじゃないのにも関わらず。

 

 “『ねぇ?何でママは新幹線を使わないの?どこに行くのか知らないけど京都だったら絶対そっちのほうが早いでしょ?』”

 

 何となく返ってくる答えは予想していたけれど、京都の“ある場所”に向かう道中で私はハンドルを握るママに“叱られる”覚悟で聞いた。

 

 “『知らない人がごちゃごちゃといるような空間は“1人になれないから”落ち着かないのよ・・・でも(ここ)なら“1人の時間”を確保することが出来る・・・・・・それは役と現実を行き来する女優(やくしゃ)にとっては絶対に必要な時間(こと)』”

 

 私の左側でハンドルを握るママから返ってきた答えは、意外にも予想の斜め上をいくものだった。てっきり“芸能人がそんなところに無防備で行ったらどうなるか想像出来ないの?”とか、“もっと自分の立場に自覚を持ちなさい”だとか、そういう“お叱り”が来るものだと思っていたら、急に冷淡ながらも穏やかな口調で自分のことを語り出したから少しだけ拍子抜けしたのを覚えている。

 

 “『だから静流・・・・・・あなたも大人になったら私と同じように、“自分の空間”を持ちなさい・・・』”

 

 結局のところママが私に言ったことは、いつもの“女優としての助言(アドバイス)”の1つに過ぎなかった。

 

 “『それは絶対にクルマじゃないとダメ?』”

 “『・・・何だっていいわ。ただ無理強いして“しつける”だけじゃなくて“ある程度”は好きにさせないと、“子ども”は“大人”にはなれないから』”

 

 でもハンドルを握り前に視線を向けたまま私に語りかけていたその時の表情は、今まで見てきたママの中で一番“母親”らしい表情(かお)だった。

 

 

 

 “・・・・・・私に“躾け”しかしてこなかったくせに・・・・・・

 

 

 

 ママの言葉と表情を視た私は、無性に腹が立って仕方がなくなってしまった。私に“女優”としての生き方しか教えて来なかった癖に、“おばあちゃんへの復讐”のために私に牧静流として生きることを強いた癖に、今さら好きにしろだなんて。

 

 “『・・・・・・私に“躾け”しかしてこなかったくせに・・・・・・』”

 

 その憤りが独り言になって、口から溢れ出した。いま思うとママにとっては全て“思う壺”だったかもしれないけれど、それが分かっていたとしても言わなきゃ気が済まなかった。

 

  “『・・・・・・私はママの“操り人形”じゃないんだよ・・・・・・』”

 

 多分この瞬間が、私のママに対する“反抗期”の始まりだったと今にしてみれば思う。

 

 “『・・・・・・私のことが憎い?』”

 

 そして本音の独り言を吐いた私の左隣で、ママは視線を前に向けたままそう聞いてきた。

 

 “『・・・なんでそんなことを私がママに言わなきゃいけないの?』”

 

 答えたらまたママの“思うがまま”になりそうな気がして、私はそのまま眠ったふりをして“だんまり”を決め込んだ。ていうか憎いだとかそんなの、急に言われたって説明できるわけがなかった。

 

 

 

 “・・・だって私は女優以外の生き方なんて知らないから・・・

 

 

 

 微弱なアスファルトのロードノイズだけが静かに響く車の中で、あれからママは一切言葉を返すことなく何食わぬ顔でハンドルを握り続けていた。

 

 “『・・・別に・・・憎くはないよ・・・』”

 

 眠ったふりをしながら“だんまり”を続けること20分。私は沈黙に負けた。というより、ママのことが憎いか?という答えを出すまでに、それだけの時間がかかった。ほんの一瞬だけ外の景色に目を向けると、車はもう山間部のトンネル地帯をとっくに抜けて静岡県に入っていて、防音壁から朝焼けの太陽が姿をちらつかせて車の中を照らし始めていた。

 

 “『・・・・・・私は自分の意思で女優になるんだから』”

 

 私はママの“言いなり”だとか、ママの願望のために“牧静流”になったわけじゃない。もちろんそんなママがいなかったら私は“女優・牧静流”じゃなくて“一ノ瀬静流(本来の名前)”で普通の学校生活を送って、普通に同じクラスの友達と遊んだり勉強したりして思い出を作っていたかもしれない。もしかしたらそっちのほうが幸せだったりするのかもしれない。

 

 でも私は“自分の力”で芸能界という“異端の世界”で生きる喜びを見つけることができた。きっかけはママだったけど、牧静流として生きてこられたのは他の誰が何を言おうと私の実力。それだけは自負してきた。

 

 

 

 そうしなければ私がこの世界で生きる意味や価値なんて、無いも同然だから。

 

 

 

 “『・・・静流・・・・・・もしもあなたが“真波さん”を超える女優になるというなら・・・そのためだったら私は“母親”としてやれることは全部やるつもりよ・・・』”

 

 私からの答えに、ママは静かに微笑んだ。

 

 “『・・・・・・これから行く場所・・・“撮影現場”でしょ?』”

 

 その今までで一番“母親”らしい微笑みを視た瞬間、ママが私を京都に連れ出した本当の目的が分かった。もちろんその場所で何を“撮って”いるのかも、全部分かった。

 

 “『・・・“今日”は普通に“観光”をするわよ・・・現場に行くのは明日の朝』”

 

 私が女優として成功することしか眼中になさそうなママから“普通に観光する”というワードが出てきたのは、ちょっとだけ想定外だったけど。

 

 “『ママがそういうことを言うなんて、ちょっと意外』”

 “『昨日言ったじゃない。これは私からの“ご褒美”だって』”

 “『・・・分かりづらいにもほどがあるわ』”

 

 それから私とママは、道中のサービスエリアでそれぞれ朝食と昼食を摂って京都に入り、夜にかけていくつかの名所を巡りながら最後は撮影現場から最も近い(と言っても車で約30分)ところにある老舗の高級旅館に泊まり、つかの間の観光の時間を楽しんだ。

 

 清水の舞台にて_

 

 “『静流(あなた)”は“清水の舞台から飛び降りる”ということわざの意味は分かる?』”

 “『“思い切って大きな決断をする”、でしょ?』”

 “『そうよ。あなたも4月から4年生。そして“10歳”になる・・・私の言っている言葉の意味は分かるわよね?』”

 “『もちろん・・・子役上がりにとって“10歳からの10年間”は将来を決める大きな“分岐点”だから・・・』”

 “『そう・・・あなたにとっては“これからの10年間”が、女優として最も重要になるのよ・・・』”

 “『・・・だから清水寺なのね・・・“お母さん”』”

 

 移動中の車内にて_

 

 “『静流は女優として“これからの10年”をどうするかってことぐらいは考えているわよね?』”

 “『当たり前だよ。ただ“可愛い”だけの女の子なら、幾らでも“代わり”がいるからね』”

 “『どんな役を()りたいかビジョンは考えているの?』”

 “『う~ん、例えばものすっごく陰湿ないじめっ子の役とか?』”

 “『静流がいじめっ子ね・・・』”

 “『だって私って芸能界に入ってからずーっと“人気者”でチヤホヤされてきたからさ・・・だから一度でいいから、“みんな”から思いっきり嫌われてみたいんだよね・・・もしも私の芝居でみんながテレビに映る“牧静流(わたし)”のことが嫌いになったら、それだけ私の芝居が上手いってことの証明になるから・・・』”

 “『・・・くれぐれも事務所や家のポストに嫌がらせされない程度に頼むわよ』”

 

 とは言っても記憶に残ってる会話は基本的にどれもこんな調子で普段と何ら変わらない感じだったけれど、隣にいるママの様子も普段と比べて幾分か穏やかだったのが印象的だった。そして何だかんだで“沈黙の20分間”と比べるとまるでジェットコースターかのように1日はあっという間に過ぎ去り、私たちは翌朝の8時前には撮影現場に着いていた。

 

 “『ここよ』”

 

 宿泊先の高級旅館からママの車に乗って約30分、私は京都の街から少々離れた山の麓にある一軒の古民家に着いた。

 

 “『・・・ここって・・・』”

 

 パッと見だとここは、集落の一角にあるごく普通の風情漂うただの古民家。そのごく普通な古民家の中で、撮影機材を持つスタッフの人たちが朝早くから撮影の準備を進めていた。やっぱり、ママが私を連れてまで尋ねた場所は、“あの映画”の撮影現場だった。

 

 

 

 “『・・・本当に“嬢ちゃん”まで連れてくるとはなぁ・・・』”

 

 

 

 真っ先に私はママに連れられる形で、映画でメガホンを取る織戸先生に挨拶をした。

 

 “『・・・済まないね嬢ちゃん。“京都観光”の最後の行き先が観光地でも遺産でも何でもないこんな古びた古民家だなんて・・・心底ガッカリしたろ?』”

 

 白い髭を生やした優しい“おじいちゃん”のような顔つきと同調した少しこもった低めの声と、温和な雰囲気とは対照的などこかのある言葉遣いが、“オーディション”の時と同じように深く胸に突き刺さった。

 

 あの日の悔しさが、再び心の中で一気に広がっていく感覚を覚えた。

 

 “『いえ・・・私は“女優”なので、こういう機会を頂けたのはむしろ光栄です。今日ここで“土産として持ち帰れるもの”は、全部持ち帰ります』”

 

 “女優(やくしゃ)たるもの、隙は絶対に見せてはいけない”というママからの教えを忠実に守り、私は堂々とした態度で織戸先生に“感謝”を告げた。

 

 “『・・・そうか・・・がんばれがんばれ・・・』”

 

 女優として挨拶をした私の頭を、織戸先生は控えめに笑みをこぼしながら掌で軽く掴むようにして撫でた。相変わらずこの人は、私のことを“可愛い子役”としか視ていない。

 

 “・・・馬鹿にしやがって・・・

 

 織戸先生への復讐心にも似た想いが再度込み上げ、笑顔の裏で何度も爆発しそうになる感情が掌に伝わり、自然と拳に力が入っていく。分かっている。こんなことで感情的になってしまったら、今までの努力が全部水の泡になる。こんなことでまた涙を流してしまうようじゃ、私はいつまで経っても“女優”になんてなれない。

 

 “・・・盗めるものは全部盗んで、絶対にあなたを女優として惚れさせてやる・・・

 

 “『・・・よろしくお願いします』”

 

 どうにか手元に伝わる感情を抑え込むことのできた私は、織戸先生の目を真っ直ぐに見据えながら“決意”をぶつけた。

 

 “『・・・・・・』”

 

 そんな私を見た織戸先生は、何を言うでもなく私のことを数秒ほど凝視すると、そのまま何も言わずに再び撮影の準備に取り掛かった。あの時の私には数秒間の無言が何を意味していたのかは分からなかったけど、私は一瞬たりとも織戸先生の視線を離さずに視ていた。

 

 本当の意味には辿り着けなかったが、“試されている”ことだけは分かっていたからだ。だから私はあの“沈黙”に勝つことが出来た。

 

 “『おはようございます』”

 

 すると突然、男の人の声が背後から聞こえ、私はママと共に声のするほうへと振り返った。

 

 “『初めまして、カイ・プロダクション所属の早乙女雅臣(さおとめまさおみ)です。この度は大変光栄なことに、織戸監督のもとで非常に有意義かつ素晴らしい経験をさせて頂いております』”

 

 その声の主は、早乙女雅臣(さおとめまさおみ)。彼が“イケメン俳優の頂点”として申し分ない顔立ちの良さとスラっとした高身長の出で立ちに加え、安定した演技力とカリスマ性を武器に“日本で最も“視聴率”を稼ぐ主演俳優”の異名で呼ばれるようになって、人気絶頂の最中に事務所を辞めてニューヨークに旅立つのは、もう少しだけのこと。

 

 “『・・・あなたが牧静流さんですね。ドラマやCMで活躍している姿は“芸能界の先輩”として尊敬しています』”

 “『・・・どうも』”

 

 そしてこれが、後に何度もドラマやCMなどで一緒に仕事をすることになる早乙女さんとの初めての出会いだった。ちなみにこの時の早乙女さんは今と比べるととても謙虚で真面目な振る舞いをする全く飾り気のない“ただの二枚目”だった。もちろん次の現場で会った時からニューヨークに飛ぶ前くらいの人が変わったように“二枚目半”な振る舞いばかりをするようになった早乙女さんも嫌いじゃないけれど、私は最初に会った時の“ほぼ素”のままの早乙女さんのほうが個人的には好きだったりする。

 

 もちろん早乙女さんが誰よりも真面目な努力家で、本当に真摯に芝居に取り組んでいることは今も変わらない。

 

 “『“お母さん”もわざわざ遠いところから来て頂いて本当にありがとうございます』”

 

 そんな真面目で真っ直ぐな早乙女さんは、あろうことか隣にいるママの正体が誰なのかを知らずに悪気のない笑顔で“お母さん”呼ばわりをした。はっきり言って芸能界で例えるなら、“共演者の主演女優”よりも先輩だと言うのに。

 

 “ねぇ・・・早乙女さんは真純さん(この人)が誰だと思っているの・・・?

 

 “『・・・そっか。今の若い子たちは私のことを知らないのね?そういうものなのかしら静流?』”

 “『そんなの私に聞かれても困るよ、“お母さん”』”

 

 寸でのところで心の中で思っていた一言が口からこぼれかけたが、早乙女さんからの無自覚な無礼をママが受け流してくれたおかげで私は余計な一言を言わずに済んだ。

 

 “『えっ・・・あぁすいません。今から思い出すんでチョットだけ時間いいですか?』”

 

 このやり取りで“やらかした”ことを察した早乙女さんは、私たちの前で必死になってママのことを思い出そうとアタフタし始めた。どんなに親しい人にも一切隙を見せない早乙女さんがここまで取り乱している姿を私が見たのは、今のところこの時が最初で最後だ。

 

 “『・・・ごめんなさい・・・僕の勉強不足です・・・』”

 

 10秒以上くらいの時間をかけて必死で頭を回転させたながら考えていたみたいだけど、とうとう早乙女さんは“元永ますみ”という答えに辿り着くことができずギブアップした。

 

 “『この人の名前は“元永ますみ”。今は芸能界を離れ結婚されて本名の一ノ瀬真純さんに戻ったけれど、私にとっては駆け出しの頃に同じ作品で世話になった“芸能界の先輩”よ』”

 

 ギブアップした早乙女さんの後ろで、この映画の主演でもある“あの人”が私に向けて早乙女さんが言った“芸能界の先輩”という言葉をもじって無礼を働いた早乙女さんを独特な台詞回しで叱りながら現れた。

 

 “『・・・知らなかったことはともかく、次からは変に意地を張らずに知らないことは正直に言うことね。不器用であっても何事にも正直であることが雅臣の“強み”なんだから』”

 “『はい、肝に銘じておきます』”

 

 あくまで失態をした後輩に怒るのではなく“叱っている”その姿が、まるで学校で悪さをした息子を優しく叱りつける母親のように私には映った。もちろん彼女のことはスクリーンや舞台で何度も観てきて、その度に驚かされてきたから知っていたけれど、今までで一番近い距離で視た彼女の姿は・・・今まで私が観てきたどの“人物”とも異なっていた。

 

 

 

 そんな私の前に現れた彼女の“色”が、あらゆる人間の人格を吸収した“ブラックホール”のように視えてしまって、恐怖心とも似つかない得体の知れない初めての感覚が私の身体を貫いたのを、私はずっと覚えている。

 

 

 

 “『申し訳ありません。朝早くからこんな遠いところに呼び出す形になってしまって』”

 “『いや、無理言って見学させて頂くことになった私たちのほうこそ寧ろ謝るべきだわ』”

 “『いえいえそんな・・・・・・ところで、もしかしたら彼女とは初めましてになるのかしら?

 

 ママと談笑をし始めた彼女が、不意に隣に立つ私に目を向けると膝を曲げて私と同じ視線になって私を見つめた。

 

 その瞬間、私の身体に人生史上“一番(ダントツ)”の緊張が走った。

 

 “『初めまして、星アリサです。あなたのことは真純さんから今回のことを聞かされる前からずっと知っているわ・・・』”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・静流・・・・・・静流

 「・・・・・・んー・・・」

 

 遠くの方からママの呼ぶ声が聞こえ、声のするほうへ意識を向けると視界が一旦ぼやけるのと同時に一気に開けた。

 

 「いい加減起きなさい。もうすぐ着くわよ」

 「・・・・・・ここって」

 

 つい1秒前まで私は京都の古民家にいて、目の前でアリサさんがやや緊張気味の私をじろじろと見つめていたはずなのに、どういうわけか私はママの車の助手席に座っている。徐に右側の窓に視線を向けると、マンションが立ち並ぶ市街地の景色が広がっていた。

 

 同時に車道と歩道を分断する“イチョウ模様”が型取られたガードパイプが目に映った瞬間、今いる場所が京都ではなく東京だということを理解した。

 

 「・・・・・・なんだ夢か」

 

 もちろんつい数秒前まで目の前に広がっていた光景が、9歳の時の記憶だったことも。

 

 「・・・あとどのくらいで着く?」

 「そうね・・・順調にいけばあと5,6分ってところね」

 

 そう。私の向かっている場所は“撮影現場”なんかじゃなく、小夜子ちゃん(いとこ)の暮らす新居。

 

 「・・・5分以上もあるならもうちょっと寝かせてよ」

 「もう既に車の中で30分以上もあなたは寝ているわ。これ以上“昼寝”をしたら身体に悪影響が出る・・・ただでさえ不規則な生活を強いられる身である以上、自己管理は徹底しないと駄目よ」

 「別に2,3分ぐらいなら関係ないでしょ?」

 「その2,3分の油断が“危ない”って言っているのよ。そしてたかが2,3分という油断が後々になって女優としての在り方にも」

 「ハイハイ私が悪うございました以後気を付けます。これでいいでしょママ?

 

 小さい時から変わらず私のことを常に“女優”として見ているママの“お叱り”、もとい説教を寝起きで耳にしたときの私は普段以上に虫の居所が悪くなる。しかも今日は真美さんと対峙した気疲れの“おまけ”つきときたから、気分はなおのこと最悪。

 

 「・・・それが人に対して謝る態度?

 「相手が“ママだから”に決まってんじゃん

 

 気が立ってやっつけ気味に謝った私の神経を逆撫でるように普段の態度で追い打ちをかけてくるママに、何なら今すぐにでもこの車の助手席から降りたいくらいにイライラは最高潮に達する。

 

 「分かってることをいちいち言わないで。ほんと腹立つから

 

 ママはいつもこうだ。“女優”としての私に対しては鬼のように厳しいのに、役作りで髪を30センチも切った“娘の変化”に2時間以上も気付いてくれない。

 

 「分かっているなら日頃からちゃんと自分で正すところは正しなさい。女優以前に人としての基本よ

 

 ママが“私のことを想って”嫌われることも厭わずに“女優の母親”として私を育てていることは知っているし、ママが本当に“子ども思い”な人なのも育てられた私は痛いくらい分かっている。

 

 「だから“そういうところ”だっつの・・・

 

 でも芝居を通じて色々な経験を重ねてひとりで出来ることが増えていくうちに、そんなママの“優しさ”に言葉では言い表せない苛立ちに似た感情を覚えることが増えた。“それ”は中学2年でママのところから離れて生活するようになってから一層増えていった。

 

 これを言葉で表現するとしたら、再び私の中で反抗期が加速し始めている・・・

 

 

 

 いや、多分そんなに単純なものじゃないってことは、確かだ。

 

 

 「・・・なんで久しぶりに小夜子ちゃんのところに会いに行くっていうのにここまでイライラしなくちゃいけないんだよ・・・

 

 溜息と一緒にママへの不満を吐き出して、私は右側の景色に視線を移す。言いたいことは言えたから、ちょっとだけ気分は落ち着いた。

 

 

 

 “『・・・・・・私はママの“操り人形”じゃないんだよ・・・・・・』”

 

 

 

 夢で見たばかりだけど、私がアリサさんの芝居を生で見に行くためにわざわざオーディションで落ちた映画の撮影現場へ向かう道中も、こんな感じで互いに違う方角を向いて険悪な沈黙がしばらく続いたことがあった。

 

 「・・・・・・どんな夢を見ていたの?」

 

 そしてある程度の時間が過ぎたところで、私とママのどっちかが沈黙を破るところも一緒だ。今日は1分の沈黙をママが破ったから、私の“勝ち”だ。別に勝ち負けもへったくれもないけど。

 

 「・・・・・・何でそれを聞くの?」

 「気になったからに決まっているじゃない・・・久しぶりに“心地よさそう”に眠る静流の寝顔を見たから・・・

 

 右側を見たまま答える私に、ママは普段の冷徹さからは想像もできない“母親らしい”感情で言葉をかける。

 

 「・・・こういうことを話せるのは“今のうち”よ、静流

 

 こんな感じでママは、ふとした瞬間にいきなり“元女優”から“お母さん”になる。もちろん、そのどちらもがママの“本性”で、“子ども思い”の母親なのは変わらない。

 

 「・・・・・・ばか

 

 こういうところがあるから、ママのことが“世界の誰よりも嫌いになる瞬間”が押し寄せた時でも、私はママにだけは非情になりきれない。きっとそれは、私がママのことを嫌いになった瞬間(こと)は数えきれないくらいあるけれど、本当に心の底から“憎悪”を感じた瞬間(こと)は一度もないからだ。

 

 

 

 

 

 

 “『・・・・・・ママなんか・・・大っ嫌い』”

 

 

 

 初めてママに感情を爆発させた“あの日”でさえ、私は自分のことを“操り人形”も同然に育ててきたママのことを恨み切れなかった。だから私は泣いた。一晩中泣き続けた後に、それでも“女優”として生きていくことを決めた。

 

 そんなかけがえのない“存在”を失ってでも、私は女優を続けていけるのだろうか?

 

 

 

 “もう・・・またこれだよ・・・

 

 

 

 真美さんと対峙した時に今一度心に決めたはずの決意が、たかが1人の母親によって早くも揺らぎ始めている。私はいつもこうだ。常に平然を装いながらも周りにいる人たちの何気ない一言で心が常に振り回される、どこにでもいるただの弱虫

 

 

 

 “『牧さんって・・・本当に強いんだな』”

 

 

 

 蓮の幼馴染くんとあるドラマの顔合わせで初めて会ったとき、幼馴染くんは私のことを“強い”と言ってくれた。私から見れば綺麗とは言えない“荒削りな感情”を隠そうともせず、愚直なままに架空の世界を真実だと信じて疑わず芝居にのめり込める(あなた)のほうが、私なんかよりよっぽど強い

 

 “普通の世界”を知らない私は“普通の世界”で“感情”を手に入れたあなたのことが、どうにかなってしまいそうなほどに羨ましい。

 

 

 

 もしもあなたが私たちと同じ女の子だったら・・・・・・きっと私は・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・9歳のときの夢だよ

 

 溢れ出しそうになった“制御不能の感情”を呼吸と一緒に再び心の奥底へとしまい込み、私はママにさっきまで見ていた夢、というか9歳の記憶のことを打ち明ける。絶対に言わないと思っていたのに、いつかのために心の中で飼い慣らしている“感情”の隠れ蓑に使ってしまったけれど、“この気持ち”のためなら致し方ない。

 

 「・・・あぁ・・・アリサちゃんの芝居を見るために京都の撮影現場に行った時のことね?」

 「なんですぐに当てちゃうかな」

 「だって静流が9歳のときの思い出と言ったら、“アリサちゃんと出会った”ことでしょ・・・」

 

 “9歳のときの夢”という単語だけで、ママは私が見た夢の内容を言い当てた。まぁ、アリサさんとの出会いがあまりに大きすぎて、9歳の頃にあったはずの他の思い出は全て記憶の片隅に飛ばされてしまったのだけれど。

 

 「確かあの時・・・静流ったらアリサちゃんと目が合った瞬間にガチガチに緊張して、いきなり訳の分からないことを言い出したわよね?」

 

 その流れでママは、私が見ていた“夢の続き”を話し始めた。

 

 「えっ?私なんか変なこと言ってたっけ?」

 「覚えているくせにとぼけるんじゃないわよ。ていうよりさっき夢で見てたばかりでしょ?」

 「ごめんその手前ぐらいでママに起こされたから見てないわー」

 「・・・現金な子ね」

 

 当然、この後の出来事はちゃんと覚えている。というか、この後の出来事は私の人生における最大の“分岐点(ターニングポイント)”としてこれからも残り続けることは、もうほぼ確定している。

 

 ただはっきり言ってこれは、私にとってあんまり思い出したくない記憶でもある。

 

 「・・・思ったんだけどさ・・・アリサさんのことを“アリサちゃん”って呼ぶところは、一緒なのね?」

 

 とにかく出来る限り今だけはその話題に触れて欲しくなかった私は、険悪な空気にならない程度に“わざと”ママの機嫌を損ねさせる言葉をかける。やり口が随分と子供っぽいけれど、さっきの“仕返し”だ。

 

 「・・・・・・目上の人を揶揄うにも限度というものがあるわよ静流

 

 案の定、私からの仕返しにママは呆れ半分な口調で叱る。当然、これが“わざと”だということにママが気付いていることは知っているから、ギリギリ険悪なムードにはならない。

 

 「言われなくても

 

 普通の家族とはちょっとだけ違うかもしれないけれど、それでも15年もの間こうして家族として一番長い時間を一緒に過ごしてきたママの考えていることは、良し悪しも含めて全てが手に取るように分かる。

 

 「・・・でもやっぱり、横顔を見るとちゃんと“姉妹”だよね」

 「これ以上言うと本当に怒るわよ?

 「・・・はいはい」

 

 とにかくお互いの仲が良かろうが悪かろうが“血の繋がった唯一無二の関係”は、切っても切り離すことはできない。

 

 

 

 もしもそういうのが“家族”だと神様が言うのなら・・・・・・きっとそうなのかもしれない。

 

 

 「静流。後ろに置いてある菓子折り、先に持って行ってちょうだい」

 「りょーかい」

 「それから“城原(きはら)さん”とは今後も仕事で関わっていくことがあるだろうから、くれぐれも無礼のないように」

 「だから言われなくても分かってるっての」

 

 そうこうしているうちに、私たちは小夜子ちゃんの住む新居に着いた。




夜凪や千世子の世代が主役じゃないアクタージュも、一つや二つぐらいはあってもいいじゃないか・・・・・と、ほざいてる駄作者はこちらです。〈ユウ〉



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