演じざかりのエトセトラ   作:ナカイユウ

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決して忘れていたわけではございやせん。


7.可愛い後輩

 「ただいま・・・・・・って、寝てるし

 

 ママの車の助手席に乗り、おばあちゃんの墓参りをして、その帰りに城原邸に立ち寄って十夜ちゃんと久しぶりに会って、約10時間ぶりに中学2年に上がったときから住処にしているマンションの部屋へと帰ってきたら、“同居人の後輩”がリビングのテーブルに突っ伏してた体勢で椅子に座って寝ていた。

 

 「(いや・・・これは起きてるな)」

 

 ように一瞬見えたけど、どうやらそうではないというのはリビングに流れる“どんより”とした空気で分かった。

 

 「さて、と・・・・・“レンレン”はどうして寝たふりをしてるのかな?」

 「・・・・・・」

 

 呼ばれたら確実に機嫌を損ねる“あだ名”で呼んでも、蓮は狸寝入りを必死に決め込みながら声が届いていないふりをし続け顔を隠す。そうやって誤魔化そうとしたって、先輩の眼は欺けないのは知ってるはずなのに。

 

 「(・・・仕方ない)・・・すきやりっ」 スッ_

 「んっ!?」 ビクッ_

 

 それでも頑なに顔を見せようとしない蓮の顔をどうしても見てみたい私は、真横から至近距離で覗きながら顔をガードしているせいで無防備になった背中を指でなぞり、反射で身体がビクついた隙をついて一瞬だけ上がった顔を覗く。

 

 「やっぱり起きてる」

 「・・・起きてない」

 「いや言い返してる時点で自分から“起きてます”って言ってるんだけどね?」

 

 一瞬だけ見えた金色の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 

 「それで・・・蓮はどうして泣いてるの?」

 「・・・・・・泣いてない」

 

 無理やり見せたくない顔を覗き込んでみたら、蓮は5歳児みたいに拗ねて再び泣き顔を隠す。これはもしかしなくとも、絶対に何かあったなこの子。

 

 「だったら今すぐ顔を上げなさい。泣いてないんでしょあなた?」

 「・・・やだ」

 「どうして?」

 「・・・嫌だから」

 「答えになってないよそれ?(これは相当参ってるなー)」

 

 何があったかは答えてくれそうにないから分からないけど、誰がどう見てもいまの蓮は大ダメージを受けているのは明らか。はて、これはどうしたものか・・・敢えて言うなら先輩として“女優だったら涙のひとつぐらい止めてみせなさい”とキツく言う選択肢はある。少なくとも“薬師寺家”の人間だったらきっとそうする。

 

 

 

 “女優(やくしゃ)たるもの、隙は絶対に見せてはいけない。例えそれがかけがえのない友人であろうとも・・・

 

 

 

 「・・・何か飲む?」

 

 もちろん私もそういう類の生まれたときから女優として芝居以外で泣くことは絶対に許されない環境で育てられたけど、それはあくまで“私たち”だけであって蓮は違う。だから私は、“自分”のやり方で友達に優しく寄り添う。ただし、隙は見せないが。

 

 「・・・ココア」

 「ホット?それともアイス?」

 「ホット」

 「オッケー」

 

 テーブルに突っ伏したまま、何か飲むかと聞いた私に蓮は“ココアが飲みたい”と拗ねたような口ぶりで答える。どうやら食欲だけはまだ残っているみたいで一安心だ。

 

 「ちょっと待ってね。すぐ作るから」

 「・・・ありがと」

 「“ありがとう”はちゃんと相手の目を見て言うこと。ほら?

 

 そして私がキッチンに向かおうとしたのを足音で判断してふと顔を上げたところで、蓮の両頬を押し付けるように手を当ててやや無理やりに顔を上げる。泣いてないと言い張っていたはずの両目には、やっぱりうっすらと涙が溜まっていた。

 

 「ありがとぅ・・・ございましゅ」←※“アッチョンブリケ”されてるせいでちゃんと言えてない

 

 私から強制的に“アッチョンブリケ”をされていよいよ誤魔化す術を失くした蓮は、涙目で“じろじろ見るな”と言わんばかりに眼を睨ませながら素直な気持ちをぶつける。普段の明るく元気で余裕ぶったところも、弱ったらその反動で反抗期の幼稚園児みたいに我儘になるようなところも、実は“ド”がつくぐらい真面目で繊細なところも、ふとした仕草が乙女なところもまるで本当に“”を持ったかのように可愛らしいから、つい私は“”のような気分になって甘えそうになる。

 

 

 

 特に・・・嫌な気分を散々味わって疲れ切った“今日”みたいな日は尚更・・・

 

 

 

 「はい。よくできました

 

 と、本当に“可愛い後輩”へ甘えそうになる前に私は蓮の両頬から手を放して、キッチンに向かう。

 

 「・・・ほんと静流ってすぐそうやって“お姉さん”ぶるよね」

 「だって本当のことじゃん。誰がどう見ても私と蓮じゃ“お姉さん”なのはこっちだし」

 「言っとくけど外見だけなら私のほうがお姉さんだし」

 「(ほぉ、意外と言うじゃんふ~ん・・・“外見だけ”ねぇ?

 「・・・あ」

 「ははっ、墓穴掘っちゃってレンレン可愛い」

 「・・・うっさいし“レンレン”って呼ぶなし」

 

 泣き顔を見られてご機嫌斜めな蓮を相手にしながら、私はストックしてあるココアパウダーを耐熱容器に入れて砂糖と水と牛乳を混ぜて電子レンジに入れる。これで後は500Wで1分半ほど過熱して色違いのマグカップに淹れたら、あっという間にホットココアの完成。もちろん、何一つ拘りなんてない。

 

 「できたよー」

 

 そんな普段料理をしないような人でも簡単に作れるレベルのホットココアが入ったマグカップをふたつ持って、オレンジ色のほうを蓮の前に差し出す。

 

 「さぁ飲んだ飲んだ。こういうときこそ甘いものは最高の調味料だから」

 「言われなくても飲むっつの・・・・・・いただきます」

 

 向かい側に座って笑みを作る私に悪態をつきながら、蓮はマグカップを両手で持って出来立てのホットココアに軽く息を吹きかけ、音を立てずにゆっくりと口に運ぶ。こういう何気ない仕草すらも役者っぽくて華やかに見える人が芸能界(この世界)には少なからずいるのだけれど、私からみれば蓮はそういうのとは真逆なタイプで仕草に全く着飾りがない。まぁ、単純に私が蓮との生活にすっかり慣れてしまったのと、育ってきた環境があまりに特殊過ぎたせいでそう見えてるだけかもしれないけど。

 

 「どう?美味しい?」

 「・・・うん。美味しい」

 

 一口だけ飲んでマグカップを置いた蓮に、ホットココアの感想を聞いてみる。

 

 「そっか。お気に召してくれたみたいで何より」

 

 どうやら普通に美味しく作れたみたいだ。別に手なんて何一つ込んでない拘りゼロの誰でも作れるホットココアだけど、こうやって美味しいって言われると無性に嬉しくなってしまうのは何故だろうか。

 

 「・・・そういえば蓮って、今日はオーディションだったよね?」

 「うん。そうだけど」

 

 さて、ホットココアを飲んで少しずつ蓮が本来の落ち着きを取り戻し始めたところで、私は落ち込んでいた原因を探ってみる。

 

 「えっと何だっけ?学園モノ?」

 「“バトルロワイアル”。ある意味学園モノだけど全然違う」

 「うそ?蓮がバトルロワイアル?人殺すの?」

 「・・・なんか私には“人殺し”なんて似合わないって感じの言い方じゃんそれ」

 「だって蓮が人を殺してるとこなんてちっとも想像できないし・・・ていうか“人殺しの役”が似合うなんていわれても、それって嬉しい?」

 「そんなの聞かれたってわかんないよ・・・・・・てか、まず受かったか決まってないし」

 

 私が貴重な休みを満喫していた一方で、今日は蓮にとっては大事なオーディションの日。今までで一番ってぐらいに気合を入れて臨んでいた、ちょっと前に出た原作小説が社会現象になったのが記憶に新しい“バトルロワイアル”の映画化に向けたオーディション。蓮が落ち込んでいた原因として考えられるのは、間違いなくこれ。

 

 「それでどうだった?オーディション?」

 

 ひとまず最初は、自然な流れでオーディションの感想を聞いてみる。私とは違って咄嗟の嘘が大の苦手な蓮のことだから、これだけでボロはきっと出る。

 

 「どう・・・うん。オーディションは、上手くいったと思う」

 

 ほらみたことか。やっぱりオーディションで何かあったじゃん。本当に(あなた)は、“幼馴染くん”の芝居と同じで馬鹿なほどに正直で真っ直ぐだ。

 

 「オーディションは・・・ってどういうこと?」

 「だからそれは、普通にオーディションは上手くいったって意味に決まってるじゃん・・・2回も言わせないで」

 「じゃあどうして蓮は泣いてたの?

 

 一度ボロが出れば、こっちはもう核心を一気に突くだけだ。

 

 「・・・蓮には関係ないよ」

 「関係はあるよ。だって私はあなたの先輩である前に蓮の友達だから

 「それとこれとは」

 「大丈夫・・・絶対に何があっても怒らないから“お姉さん”に言ってごらん?

 

 分かりやすく言葉を詰まらせ下のほうを見つめる“罪悪感”に満ちた視線に、私は“お母さん”になった気分でわざと大げさに寄り添う。自分のしでかしたことを後悔しているような人は、こうやって過剰に味方をしてあげると本当のことを言いやすくなる・・・と、どこかの番組で専門家が言っていた気がする。

 

 「・・・“子ども”扱いしやがって」

 「実際まだ“子ども”でしょ。蓮も私も」

 「・・・・・・分かったよ・・・別に怒りたかったら怒っていいから・・・」

 

 その専門家が言っていたかもしれない1つの迷信が割と現実を突いていて正しかったのかは分からないけど、蓮は意外にもすんなりオーディションで何があったのかを私に話してくれた。

 

 

 

 “『今回のオーディション。“これといった”人がいないからラッキーだよね』”

 

 それは“バトルロワイアル”の配役を決める“女子組”のオーディションが終わり、解散となった直後に起こった出来事。最初に言っておくけど今回蓮が受けたオーディションは主人公とヒロインのキャストを決めるものではなく、メインの周りを囲む“助演”を決めるオーディションらしい。

 

 “『それねー、ヒロイン役の子が“堀宮杏子(ほりみやきょうこ)”ってつい最近まで私たちと一緒で無名だった人なのはなんか気に食わないけど』”

 “『堀宮杏子・・・あぁシェアウォーターの?

 “『そうそう。確かに可愛いのは分かるけど、それまでずっと売れなかったってことは大したことないってことじゃんどうせ?』”

 “『アハハッ、それはさすがに言い過ぎでしょ』”

 

 アクションを取り入れた最終審査の1つ前に控えた本読み形式の演技審査を終えた蓮は、応募者が待機していた控え室からオーディション会場の廊下を歩き外に出る途中、ちょうど前を歩いていた同じ“女子組”で本読みに出ていた2人の応募者の会話が耳に入る形になった。

 

 “『もちろん多少は悪いなとは思うよ私も・・・でもそれぐらいは言いたくなるでしょ、だって堀宮杏子なんてシェアウォーターなかったらバトルロワイアルのヒロインになんてオーディションなしで選ばれてないし・・・どうせ大手事務所のゴリ押しか運が良かっただけよあれは』”

 

 そのとき蓮の前を歩いていた2人の会話は・・・言ってしまえば私だったら余裕で聞こえないフリをしてスルーできてしまうぐらいには“低俗”な、自分の実力不足を認められない“負け犬”の遠吠えのようなものだ。

 

 

 

 「ほんと最低だねその人たち。ヒロインに選ばれた人は腐らずにずっと頑張ってきたはずなのに」

 「静流もそう思うでしょ!?もう後ろで聞いててほんっと頭に来た!」

 「(一気にスイッチが入ったなこの子・・・)・・・まぁ私だったら聞こえないフリして無視するけどね?」

 「うそ?あんなの目の前で聞いても静流は無視できるの?」

 「これぞ芸歴13年で培った“スルースキル”ってものよ」

 「おぉ・・・さすがは“ベテラン”

 「ベテラン?なんかムッとくるなその言い方・・・)」

 

 私が愚痴の聞き役に徹すると、さっきまでとは打って変わり蓮はいつもの元気と調子を取り戻し始めた。こんな表現をすると“どの口が”って私に文句を言うママの顔と声が浮かんでくるからあまりしたくないけど、蓮のこういうところは本当に“現金な子”だ。

 

 「でもヒロインにキャスティングされた堀宮さんって人の悪口をずっとグチグチグチグチ言うから・・・・・・ったく、グチる暇あるなら素直にヒロインに選ばれるまで頑張った堀宮さんをまずは認めてそこから這い上がって見せなさいよって話じゃん」

 「うん・・・そうね」

 

 ちなみに芸歴10数年目の私からすればそんな人たちの言葉に耳を傾ける必要なんてないし、そんな哀れな思考でよくもまぁ最終審査の一歩前まで残れたなって思ってしまう。ある意味で強運だよ、ほんと。

 

 「それにさ・・・本読みにまで進めてあともう一回乗り越えたら映画に出れるところまで来れるぐらいの実力はあるのに、なんで “自分を下げる”ようなこと言うんだろうって・・・そんなこと言ったら選ばれるために死ぬほど努力してオーディションに来てる人に失礼だって思ってさ・・・・・・だから、居ても立っても居られなくなった

 

 なんて割り切れるくらいには悪口を言っていた2人に負けず劣らず性格が捻くれている私とは違って良い意味でも悪い意味でも誠実すぎる蓮は、受け止める必要なんてない言葉も真っ直ぐに受け止めようとした。

 

 「それで、どうしたの?

 

 

 

 “『そうやって誰かを悪く言えば、確かに気分は楽になるかもね?』”

 

 そんなこんなで“引き立て役”を決めるオーディションを終えて卑屈になっている前を歩く2人を見ていられなくなった蓮は、我慢できずに“優しさ”故の言葉をぶつけた。

 

 “『だけど・・・そんなんじゃいつまで経ってもオーディションなんて勝ち抜けないよ』”

 “『・・・いきなり人に話しかけてなに言い出すかと思ったら説教始めるとか何様?』”

 

 当然のことながら、神経を逆撫でるようなことを言われた前の2人は蓮を睨みつけた。

 

 “『・・・って何様かと思ったら環蓮じゃん。ウチらより“ちょっと”だけ名前が売れてる』”

 “『別に私は自分のことを“売れてる”だなんて1ミリも思ってないけど、わざわざ嫌味ありがとう』”

 

 だけれど私に女優として身も心も鍛えられた蓮はこれぐらいのことでは動じず、堂々と対峙し続けた。

 

 “『で?何?わざわざ無名のウチらにカッコつけて説教ですか?』”

 “『そうじゃない・・・ただ、せっかくここまで選ばれてるのに“自分を下げる”ようなことしか言えないあんたたちが“もったいない”って思った。それだけ』”

 “『もったいない?・・・アハハッ、笑わせないでくれる?言っとくけどこのオーディションはヒロインを決めるものじゃなくてあくまで“ヒロインの引き立て役”を決めるものよ?どう頑張っても主演になれない場所でイチャモンつけるのはちょっと場違いなんじゃない?』”

 

 やっぱり話を聞けば聞くほど、私からすれば相手にする価値すらない馬鹿げた“わからずや”なのが分かってきた。

 

 “『だから何?演じる役が引き立て役だからって役者だったら本気で演じるだけでしょ?主演の人の悪口言って誤魔化すくらいならいい加減素直に言えばいいじゃん。選ばれなくて悔しいって?』”

 

 実際に対峙した蓮も“この人たちには何を言っても無駄かもしれない”っていうのは思い始めていたみたいで、話しているうちに“ふざけんな”って怒りの感情が大きくなっていったらしい。

 

 “『あのさぁ、さっきから環さんの言ってることってものすっごい“身の程知らず”だと思うよ?環さんと同じ事務所の牧静流から言われるならまだしも、人気も実力も大して変わんないくらいの人に私たちのことをあーだこーだ言われてもさ・・・それってただウザいだけだから』”

 “『・・・“身の程知らず”はどっちだよ』”

 

 ただそれでも蓮は、“優しさ”を捨てずに受け止める必要のない言葉を受け止め続けた。

 

 “『まだ勝ててもないのにそうやって勝ち目がないって自分勝手に頑張ることを諦めて、今まで積み重ねてきた努力を自分で踏みにじるような真似をして平然としてられるあんたたちのほうがよっぽど“身の程知らず”でしょ・・・・・・こんな馬鹿みたいなことしてる暇あるなら自分の芝居を磨く努力のひとつぐらいしなさいよ・・・せっかく“ここまで”は選んでもらえているんだから・・・』”

 

 そして“最後の良心”をぶつけて立ち去ろうとしたとき・・・

 

 パチン_

 

 

 

 「叩かれたの?」

 「うん。左の頬を平手で一発」

 

 蓮はそのうちの1人から、去り際に頬を手で叩かれた。

 

 「顔は・・・パッと見大丈夫そうね」

 

 顔を視る限り平手打ちされた頬に腫れは見られず、口元も切れていない。ひとまず後輩の綺麗な顔に残るような傷が残らなかったことに、私は“友達”として心の中で胸をなでおろす。

 

 「一応怪我は大丈夫。演技のときみたいにいなせなくて不意打ちをモロに食らったから結構痛かったけど、綺麗に頬にだけあたってくれたおかげで口は切らずに済んだから」

 「そっか・・・本当に良かった。顔は女優(やくしゃ)の“”だからね」

 

 女優(やくしゃ)にとって、“顔は命”。そんな“”とされる俳優の顔を叩いて傷をつけるという行為は、もはや人の命を奪うに等しいといっても過言ではない一番やってはいけない愚かな行為・・・と、2歳のときから徹底的に叩き込まれてきた私にとっては、芝居以外で人に暴力を振るうのは同じ人間として考えられない行為だ。

 

 

 

 “『どうしてそんな酷いこと言うの?』

 

 

 

 って、言った傍から私も十夜ちゃんに同じようなことしてんじゃん・・・・・・“顔”は最初から狙ってないけど。

 

 

 

 「じゃあ、蓮が泣いたのは顔を傷つけられたことがショックだったから?

 

 心の中に浮かび上がった“弱虫の感情”を奥に隠して、私は蓮へと意識を向ける。

 

 「ううん・・・違う

 

 私からの問いかけに、蓮は心なしか気まずそうに首を横に振る。この瞬間、どうして蓮が泣いていたのかおおよそ察しはついた。

 

 

 

 

 

 

 “『ねえ・・・人の顔を引っ叩くってことが何を意味してるか分かってやってんの?アンタ?』”

 

 

 

 

 

 

 「あーあ、これはやっちゃいましたね環さん?」

 「・・・もう・・・ほんと自分が惨めすぎて嫌になる」

 「あのまま何食わぬ顔で立ち去って事務所にクレーム入れたら10対0で勝ちなのに」

 「そこまで頭が回らなかった」

 

 結論から言うと、顔を平手打ちされたことでいよいよ堪忍袋の緒が切れてしまった蓮はあろうことかその人に“大外刈り”を仕掛けて、それをきっかけに取っ組み合いの喧嘩になったところをちょうど通りがかったオーディションの関係者に止められた。もちろん喧嘩の一件はマネージャーの中村さんや“社長(ボス)”のところにもすぐ伝わっていった・・・らしい。

 

 「はぁ・・・こんなに時間を戻したいって思ったのは今まで生きてきた中で初めてかもしんない」

 「うーん、話を聞く限り蓮はあとちょっとだけ“大人”になって我慢してたらこうはなってなかったかもね?」

 「・・・今さらながら静流の言ってる“無視”の大切さが分かってきた気がする」

 

 まぁ、蓮のたまに負けず嫌いや正義感が行き過ぎて暴走する傾向のある性格からして、“いつかはやるな”とは事務所の先輩として思ってはいた。

 

 「うんうん。そうやって“子ども”のうちに何回も“間違い”っていう怪我をして、どうやったら自分は怪我をしないで済むかを学んでっていうのを繰り返して・・・人は大人になるんだから

 

 

 

 同時に、一緒にいると眩しくて時に息苦しさを覚えるくらい真っ直ぐで誠実な蓮でも怒りの感情に“負けてしまう”ことがあると知って、きっとこの子は女優(やくしゃ)としてまだまだ全然強くなれると確信することが出来て不意に嬉しく思った。

 

 

 

 「“ここ”に帰るとき、中村さんからも同じようなこと言われた・・・

 

 

 

 “『“子供”っていうのは互いの気持ちやこの後のことなど考えもしないで自分の感情をぶつけ合う正直な生き物だから、故によく今日みたいに転んでは怪我をするものです・・・そして自分が“怪我”をした原因が何なのかを一つ一つ学んでいくことを繰り返して、人は大人になっていくのです・・・・・・だから良かったじゃないですか?“子ども”のうちに自分がまだ“子供”だったことを自覚することが出来て・・・それから“社長(ボス)”は電話伝手で“ついにやったか”と嬉しそうに蓮さんのことを話してましたよ』”

 

 

 

 「怒られるどころか逆に周りから慰められて気付いたよ・・・きっとあの2人だって卑屈になりたくてなったわけじゃないはずだって・・・・・・そんなことなんか考えもしないで自分の思ったことを一方的にぶつけてた私も私で、本当に他人(ひと)の痛みも自分の気持ちも何にも分かってない“身の程知らず”だったって・・・

 

 オーディションでの出来事を一通り話し終えた蓮は、後悔と罪悪感と自己嫌悪が交じった溜息を吐くような感じで絶妙な温度になったホットココアをグッと口に運ぶ。“もしかしたら蓮が何かとんでもないことをやらかしたかもしれない”っていう1コンマだけ頭に浮かんだ心配は杞憂だったみたいで、結局はこっぴどく怒られると思っていた中村さんやボスから逆に慰められたことで自分の“幼稚さ”を自覚して、私が帰ってくるまで自己嫌悪のあまりリビングで籠るように落ち込んで泣いていたという・・・終わってみれば明日には“笑い話”になっていそうないかにも“蓮らしい”顛末だった。

 

 「・・・“身の程知らず”ねぇ・・・

 

 とりあえずは“大ごと”にはなりそうになくて一安心、というのが正直なところだ。

 

 「別にいいじゃん。女優(やくしゃ)だったら“身の程知らず”のままで」

 「・・・どうして?」

 

 やり返したことやどんな事情があったかを踏まえても悪いのは明らかにわざと顔を狙った相手のほうなのに、その相手のことさえも気に掛けて“私も身の程知らずだ”と攻める必要なんて全くない自分を責める蓮に、私は“大人”になるためのアドバイスを先輩として送る。

 

 「だって自分の“身の程”を知って限界を作っちゃったら、自分より上にいる役者(ひと)にはずっと勝てないって白旗上げてるのと一緒だし

 

 自分の“身の程”・・・そんなものは“薬師寺家(あのいえ)”に生まれた挙句に捨てられたママの人間性に育てられたから、嫌でも分からされてきた。私たち“親子”は所詮、薬師寺の名を継げなかった“落ちこぼれ”に過ぎないから・・・真波さん(おばあちゃん)の忘れ形見の真美さん(あの人)からは家族として認められていない。

 

 「自分の“身の程”なんて人それぞれで違うし、そんなの自分で勝手に作って決めてるだけで科学的な根拠もへったくりもない・・・だからそんな“下らない”ものに囚われるくらいならどうでもいい外野の言葉なんて無視して誰にも文句の1つすら言われないくらい前に進んで行けばいい・・・・・・って、私だったら思う

 

 

 

 どんなに足掻いてみせたって、私の進む先には“あなたは私たちから逃れられない”と“薬師寺家の歴史”が呪いのように付きまとう。あの悪夢(ゆめ)を見ては、いっそのこと全部何もかもを投げ出して世界の果てにでも飛んでしまおうかと思うことも何回かあった・・・・・・けれどそれは自分が“あの人たち”に敵わないって決めつけていい理由にはならないし、そんな“下らない”考えに・・・私は負けたくない。

 

 

 

 「・・・やっぱり、静流にはまだまだ敵わないや

 

 アドバイスを受け止めた蓮は、少しだけ俯き気味だった視線を上げて私の眼をしっかりと正面で捉えるように前を向く。

 

 「でもいまの言葉を聞いたら、俄然このオーディションを勝ち抜いてもっと良い役貰えるように爪痕残したいって思えた

 

 そして私の眼を真っ直ぐ見つめて、ようやく笑みを浮かべた。本当にこの“可愛い後輩”ときたら生まれたときから強制的に十字架を背負わされている私とは違って背負うものがないからか、生き様が単純明快でシンプルに面白い。

 

 「そっか・・・でも関係者に喧嘩を止められたのがちょっと不安材料だね?」

 「うっ・・・やっぱり厳しいかな?」

 「つい数秒前までの自信はどこ行った

 

 まぁ、彼女なりに背負ってるものはきっとあるだろうけど、とにかく育った環境も価値観も全く違う蓮と一緒に過ごしていると“一ノ瀬家”という身の程に囚われている自分を幾分か忘れることが出来るぐらい楽しくて、何だかこうして近くで見つめているだけでも癒される。

 

 

 

 “ほんと・・・・・・あなたはお気楽でいいよね”

 

 

 

 そしてそれと同じくらいに、私は何にも縛られずに好きなままに好きなことをしていられる(あなた)のことを羨ましく思い・・・・・・その“幸せ”に気づけないでいるあなたを嫌っている。

 

 

 

 なんて・・・そんなの言ったところで“良いこと”なんか何一つないのは分かっているから、言わないけれど。

 

 

 

 プルルルル_

 

 「あ、中村さんだ」

 

 リビングに置いている電話が鳴り、私は席を立つ。何となく中村さんだろうなと思って適当に独り言で予想してみたら、やっぱり中村さんだった。

 

 「お疲れ。静流も帰ってるよー」

 『お疲れ様です。夕食の用意が出来ましたので適当な時間になったらこちらに来てください』

 「りょうかいした」

 

 同じ階に住むマネージャーの中村さんからの、事務連絡のような電話。ふと壁に飾った時計を見ると、針はちょうど19時00分を指している。

 

 「中村さん。夕飯の用意できたって」

 「そっか・・・もうそんな時間か」

 

 その流れでふと蓮のマグカップに視線を向けると、オレンジのマグカップに入っていたはずのホットココアは綺麗になくなっていた。

 

 「じゃあちょうどお互いに飲み終えたところだし、仲良く片して中村さんの部屋に行きますか」

 「・・・うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・ん」

 

 ついさっきまで見ていた景色がいきなり朧げになり、夢現(ゆめうつつ)な意識の向こうでうっすらと朝日に照らされた見覚えのある別宅の板張り天井が目に留まる。

 

 「(・・・夢か)」

 

 その瞬間、私は今まで見ていた景色が夢だったことを察する。横になった体勢のまま枕元に置いてある目覚ましを手に取り時間を見ると、6時にアラームをセットした目覚ましは5時45分を指していた。どうやら私は少しだけ早く起きてしまったみたいだ。

 

 “・・・どうして私はこんな夢を・・・”

 

 随分と懐かしい夢を見た。私がまだ15歳のときの春、真波さんのお墓参りに行った日の記憶・・・どうしてまたこんなタイミングで、あの日の夢を見たのか・・・

 

 “あぁ、そういうことね”

 

 思い当たる節はすぐに見つかった。今日の日付は6月30日・・・“おばあちゃん”の命日だ。あんなに忌み嫌っているはずの真波さんの命日に、よりによってお墓参りに行った日の記憶を夢で見るなんて、私は結局あの人のことをまだ“意識”しているということなのだろうか・・・・・・なんて考えるのは、大人になるのと同時に止めるようにした。

 

 

 

 もうこの世界にはいない人のことを嫌悪するのは、“時間の無駄”でしかないからだ。

 

 

 

 「・・・・・・“誰かさん”のせいで早く起きちゃったじゃない

 

 “43年前の今日”に亡くなったおばあちゃんへ一言だけ嫌味をぶつけて、布団から起き上がる。

 

 “・・・そういえば・・・今日でちょうど“10年”にもなるのか・・・

 

 それと同時に、“10年前の今日”から眠り続けている“いつかの幼馴染くん”の姿が脳裏に浮かんで、消えた。




1幕は次回で最終話となる予定です。多分、年内には上げられると思います。
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