2018年6月30日_北鎌倉_円覚寺_
6月30日。朝の8時30分を少し過ぎた、綺麗に晴れ渡った空の下。北鎌倉の駅からすぐのところにそびえ立つように構える円覚寺の階段を、ここへ来るときには必ず立ち寄る行きつけの花屋で買ったお供え物代わりのカーネーションを片手に持ちながら、私は1人で“おばあちゃんが眠っている場所”へと向かうために上っていく。
それにしても、ここに来るのはもう何度目になるだろうか。確か私が覚えている限りで一番初めにこの階段を上がったのはちょうど24年前の6月30日。すなわちおばあちゃんの19回目の命日のとき。
“『静流にはいずれ真波さんのような芝居1つで世界を変えていける、そんな女優になって欲しい・・・もちろん“真波さんの生まれ変わり”ではなく、“牧静流”として・・・』”
母から私が女優として育てられた本当の理由を明かされて、モノクロのフィルムに映る“日本一の女優”と言われたおばあちゃんの姿をこの眼で視て、もう二度と追いつくことも追いかけることすらも出来ない背中に憧れを抱いて、同時に自分が生まれる10年前にこの世を去ったおばあちゃんから重い十字架を架けられていることを思い知った、9歳のとき。三段先を歩く母の後ろを追いかけるように、私はこの階段を上っていった。
“ここから意外とあるのよね・・・”
円覚寺の総門へと真っ直ぐ繋がる階段を上がりきり、向かって右側の遊歩道へと進み、空を覆うほどの樹木に囲まれる一本道をしばし歩いて、道中にある弁天堂の鳥居をくぐり抜けたところから続く140段の石段をまた上がる。初めてこの遊歩道と階段を歩いたときには本当に辿り着けるのだろうかと心の中で少しだけ心配していたけれど、子どものときに何回か母と一緒にお墓参りに行く中でおおよその距離感は掴んだから、もう今となってはどうということはない。とはいえ昔も今も、決して近いとは言えないのだけど。
“・・・ここの空気は何度来ても息苦しい・・・”
おばあちゃんの眠るお墓のすぐ近くにある国宝・洪鐘へと繋がる140段の階段を上がるたびに、身体の中に入る空気が次第に薄くなっていくような感触を覚える。標高差を考えるとそんなことは絶対にあり得ない話で、少しでも意識を逸らせば身体に入り込む空気は正常に戻る。けれども意識を逸らすたびに、この階段を上った先で私を待つおばあちゃんは逸らした意識の中に再び入り込んで来る。一段上がるごとに増してくる緊張感。きっとこの緊張を感じているのは、この世界において薬師寺真波という女優の血が通っている人間だけなのだろう。
“『薬師寺真波を演じられるのは、彼女が最期に叶えたかった夢を叶えた牧静流さんにしか出来ないと、僕は思っています』”
“薬師寺の血”を引く
“『・・・私には祖母の真波を演じることはできません。どうかお引き取りください』”
もちろん夢を叶えておばあちゃんとこれまでとは違う意味で“比較される”ことを意識するようになったときから、結論は既に決めていた。私は薬師寺真波を演じることは出来ないし、演じたいとも思わない。何故なら私は薬師寺真波を演じたくて
私はおばあちゃんのように・・・“歴史の1ページ”として無作為に消費されたくはない。
“『ただ・・・せっかくお忙しいところに来て頂いて何の収穫も得られずというのはこちらとしても心苦しいので、私からも1人ですが真波を演じるに相応しいと言える
ただ、もしいつか薬師寺真波を演じることになる女優が現れたときに、誰だったらおばあちゃんを演じることを許せるか・・・その“たった1人”が自分の中で決まったのは、おばあちゃんが40回目の命日を迎えた、30歳になってからのことだ。
“『その代わり私が推薦したことは“彼女”を含む他者には一切公にしないことと、“彼女”がこのオファーを断った場合は『キネマのうた』も含め、二度と薬師寺真波を題材にした作品を製作しないということを約束してください・・・』”
“やっぱり・・・“あなた”もここに来ていたのね・・・”
洪鐘へと続く140段の石段を上がりきってすぐ隣にある薬師寺真波のお墓が目に留まると、見覚えのある“腐れ縁”の背中が目の前で眠るおばあちゃんに向かって両手を合わせて挨拶をしていた。彼女が都心に住まいがあることは知っているから、単純計算で7時前には家を出てここに来たのだろう。おまけに16のときから“自分に気合を入れる”と突然やり出してからずっと続けている朝起きてからのストレッチやランニングのルーティンをしたとなれば、恐らくは5時前には起きている。もう知り尽くしているからいちいち言わないけれど、彼女の朝は仕事があろうがなかろうがやたらと早い。
「こんな朝早くから“おばあちゃん”に何か用?」
おばあちゃんへの挨拶を終えて合わせていた手を放してふと視線を上げた瞬間を見計らって、私は早起きをしてきたその背中に声を掛ける。何となくというよりはきっと“あの子”は命日の今日、ここへやって来る。そんな予感はずっと感じていた。
「・・・こんな時間にバッタリ会えるなんて奇遇だね・・・静流」
私から声を掛けられると、彼女は心なしかほんの少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべてこちらに振り返り、墓前の前にある2段の石段を下りる。果たしてその嬉しさが“純粋な意味”での嬉しさなのかは、ひとまずは置いておくとして。
「えぇ、私も同じ心境よ」
モデルのようにシュッと引き締まった170を超える恵まれた体格、“クールビューティー”と称される小さく凛々しい顔立ち、ポニーテールで纏めた背中まで伸びる綺麗で艶やかな黒い髪、グレーのフーディーにデニムパンツという飾り気のないシンプルな
「もしかして静流も朝早くから真波さんにお参り?」
彼女の名前は、環蓮。今ではすっかりドラマに映画に引っ張りだこで主演を務めた作品はジャンルを問わず全て大ヒットを飛ばしている、言わずと知れた“国民的トップ女優”。だけど私から見れば、彼女が国民的なトップ女優と世間から呼ばれていることに対してどうしても“違和感”を覚えてしまう。もちろん彼女が涼しい顔で笑う裏でどれだけの苦しみを重ねてここまで這い上がってきたかを私は知っているから、今の彼女が“国民的トップ女優”なのが紛れもない事実なのは十二分に理解していて、認めている。
“『台詞が出てこなくなるんだよ・・・頭ではちゃんと、どんな顔してどんな台詞を言えばいいのか分かってるのに・・・真美さんを前にすると、どう演じればこの人から文句を言われずに済むんだろうって、考えちゃ駄目なのは分かってるのに頭の中がそれで埋め尽くされちゃって・・・真っ白になって・・・・・・ねぇ・・・・・・こんなことで切羽詰まる私ってさ・・・真美さんの言ってた通り・・・“女優失格”なのかな?』”
「当たり前でしょ?人が多い時間にわざわざこんな“目立つ場所”に足を運ぶのは好きじゃない」
「あぁ、なるほどそういう」
それでも彼女が描いている理想とは裏腹に中々芽を出せない自分に思い悩んでいた時期や、“あの人”との出会いで大きな挫折を味わい自分を失いかけていた時期を知っている私にとっては、どれだけ女優としての地位と名声を手に入れたとて、蓮はかつて私が妹のように可愛がっていたちょっと生意気で恐いくらいに真っ直ぐな後輩なのはずっと変わらない。
「まさか、よりによってあなたが再来年の大河ドラマの“主演”を演じることになるなんてね」
たとえこうして時が流れて再来年に放送が予定されている大河ドラマ『キネマのうた』で主演の薬師寺真波役に抜擢されようとも、蓮は私にとって一番の“腐れ縁”のままだ。
「うん、おかげさまでね。そのことでたったいま真波さんに挨拶を済ませたところだよ」
「えぇ、見れば分かる」
恐らくはちょうど1年後あたりから撮影が始まっていくであろう大河ドラマに向けてだろうか、蓮はおばあちゃんに挨拶をしていたらしい。いったいどんなことを心の中で話していたのかは聞かないでおくけれど、誠実なこの子のことだから目の前で眠る私のおばあちゃんに向けて自身を演じることへの許しと決意を伝えたのだろう。同居生活が終わり、お互いがそれぞれで忙しくなって会って話す機会もめっきりと減ってからも、裏表がない蓮の考えていることは手に取るように分かる。
「ていうかさ、劇場じゃないところで静流と会うのはいつぶりって話じゃない?」
「そうね・・・私は昔過ぎて忘れたわ」
「昔過ぎて忘れたって、“おばあちゃん”じゃないんだから」
私が口にしたささやかなジョークを、蓮はクスっと笑いながら突っ込む。意外にも世間ではあまり知られていないのだけど、私たち2人は同じ作品で直接的に共演したことは一度もない。理由は単純で、蓮は主にドラマと邦画、私は舞台と映画(国内外問わず)で中心として活動している場所が違うからだ。
「あなたが遊ぶ暇もないくらいドラマに映画と引っ張りだこで忙しいからよ」
「それを言うなら静流だって映画の撮影と舞台の公演でずっと忙しいでしょ。ましてや日本にいないときもあるし」
もっとも10代までの私はドラマにも頻繁に出ていたのだけど、事務所の意向で蓮とは同じ場面に映ることも、登場人物として
「確かにそうね。私は私で明日からしばらく海外だし」
これを一言で表すとするならば“私たちの行く末”、あるいは“神様の悪戯”・・・・・・なんて言えたら幾らかロマンチックなのだろうけど、単なるタイミングの悪さだ。
「知ってるよ。久しぶりにハリウッド映画の出演が決まったみたいじゃない?」
「有難いことに3年ぶりに“お声”がかかった」
そしてまたしても、蓮の大河ドラマ初主演が決まった裏で私は3年ぶりにハリウッドから熱烈なオファーが舞い込み、明日にはロスへと飛び立つというすれ違い。新たな映画の撮影はトータルで丸1年を費やすと聞いているから、全てが終わる頃には『キネマのうた』の物語は主演を中心にとっくに動き出していることになるだろう。
「しかも風の噂じゃあの“リッキー”と初共演するかもっていうね」
ちなみにマスコミのリークによって明るみになっているが、次の映画ではハリウッドで活躍する日本人俳優の第一人者でもある“リッキー”こと
「相手が“ドタキャン”とかのトラブルを起こさなければの話だけどね」
何も事情を知らない人からしてみればハリウッド映画の主要キャストに日本人俳優が2人も出演するというのはとてもセンセーショナルな話かもしれないけれど、事情を知っている人からすれば“トラブルメーカー”として半ば日本の芸能界から追い出される形でハリウッドにやってきた王賀美くんの存在は、まさに映画にとっての懸念材料。だから私も私で我が強い王賀美くんが監督と衝突して撮影をドタキャンして降板するなんてトラブルが起きる可能性も、既に頭の片隅に入れてある。当然、ノントラブルで平和に撮影が終わることが何よりも大切で、そうなることを私は切に願ってはいる。
“『_俺も牧サンとの共演、楽しみにしているぜ_』”
ただ私は、こういった王賀美くんの大人になっても丸くなることなく“リッキー”として我儘なまでに“唯我独尊の精神”を貫く姿勢を、同じ役者として大いに買っている。
「うわ~あの“お騒がせリッキー”のことだからやりそ~」
「さりげなく王賀美くんのことを随分と馴れ馴れしい“あだ名”で呼んでるけど会ったことなんて一度もないでしょ?」
一度たりとも共演はおろか会ったことすらない蓮が、そんな王賀美くんがたまにやるドタキャンを限りなく侮辱に近いあだ名で弄る。きっと彼の芸能界での活躍とその顛末を同じ芸能人の立場で見てきたこの子なら分かっているうえでわざと言っているのだろうけど、円満退社で日本にも居場所を残したうえで渡米した私とは違い、所属事務所を喧嘩別れする形で辞めた挙句に暴力沙汰まで起こして退路を断ち、文字通り“
同じ部屋で一緒に暮らしていた頃のあなたは、恐いくらいに一途だったのに。
「逆に静流は会ったことあんの?」
「あるわ。3年前にチャイナタウンを歩いてたときにバッタリ」
ちなみに蓮も含めて周囲にはほとんど知られていないが、私と王賀美くんは普通に面識があって互いに連絡先を知っている程度には近しい関係だ。ただしこの辺りのことは話すと長くなるから、今回はまたの機会にさせてもらうけれど。
「ウソ?マジ?」
「マジ」
「リッキーがチャイナタウン歩いてたの??」
「どこに食いついてんのよあなたは」
それにしてもこの子は私と王賀美くんが会っていることよりも、王賀美くんがチャイナタウンを歩いていたことのほうに驚いているみたいで、“普通は逆でしょ”とつい笑いながらツッコんでしまいそうになる感覚が心の中に襲ってくる。
「てかいっそのことこれを機会にリッキーみたいにハリウッド一本で勝負してみるってのはどう?」
「いいや、ハリウッドの“日本人枠”はあくまで王賀美くんに任せることにするわ・・・だって彼は私よりも若いし、そもそも私は“映画専門”なんかじゃないから」
「そー言いながらちゃっかり助演女優賞獲ってるくせに」
「“運が良かった”だけよ、あれは」
「にしても珍しいじゃん。あの負けず嫌いで“がんこちゃん”な静流が後輩くんに道を譲るって」
「嫌味?」
「ううん、褒めてる」
相変わらず、このクールな雰囲気に反して抜けたところがある様がどこか愛くるしく思えて、蓮と話しているときだけは今でもついつい“ただの友達同士”だったときの昔の感覚が戻りそうになる。
「はぁ・・・まぁいいわ。分かっていると思うけど私だってもう立派な大人よ。だから必要のない勝負は受けない、弁えるところは弁える。これもまた女優としての生き方・・・・・・それに・・・私の目指す場所はもっと別のところにある」
もう二度と同じ部屋で過ごしていた日々のような関係になんて戻れないのは、私もあなたも分かり切っているはずなのに・・・
「・・・ほんと、あんたは相変わらずね」
久しぶりの再会でつい許し過ぎてしまった気を再び引き締めて、私は真波の墓前から降りた蓮とすれ違うように2段の石段を上がり、“真”の文字が刻まれたおばあちゃんの眠る墓石の前に立つ。
「・・・機会ができたら聞こうと思ってたけど、私みたいな“赤の他人”が自分の“おばあちゃん”を演じるの、静流はどう思う?」
墓石の前に立った私に、背後から蓮が問いかける。顔を見なくとも、この背中に向けられている
“『環蓮さん・・・ですか?』”
“『えぇ・・・名実共に、彼女こそが“今”という時代において薬師寺真波を演じるに最も相応しい
“『あの、お言葉ですが牧さん自身は本当にそう思って我々に推薦しているのですか?』”
“『そう思っているのではなく、“そう”だということを私は知っているんですよ・・・・・・同じ女優である以前に、“かつての友人”として・・・』”
「・・・どう思うも何も・・・あなただったら“薬師寺真波を演じられる”って信じたから、私は了承したってだけのことよ」
「・・・あぁ、そうだった。静流は真波さんの“子孫”だったわ」
「正確に言えば戸籍上は“赤の他人”ってところね。まぁ、私も“関係者の1人”であることに変わりはないわ」
まさか真波役に推薦した人がいま目の前にいるということを知る由もない蓮に、私は本心の気持ちを背中越しで告げる。無論、推薦したことを隠している時点で私は彼女に対して嘘を吐いていることになるのだが、“環蓮なら薬師寺真波を演じられると信じている”という気持ちだけは、紛れもなく本物だ。
「本当は“全部”知ってるくせに、どうしてあなたはそんなことを私に聞くの?」
自らの祖母の生涯を描く『キネマのうた』の製作を許諾した・・・という認識でこの場所に立っている蓮に、嘘半分の問いを投げて揺さぶりをかける。
「“本音”を聞きたいんだよ・・・“薬師寺真波を環蓮に演じさせていただきたい”って言われたとき、静流はどう思ったか・・・“私のほうがもっとちゃんと演じられるのに”って、一瞬でも思ったんじゃないかとか」
真相の裏にある“真相”を知らないであろう蓮は、私の本音を聞きたいと背後から言葉で迫る。“私のほうがもっとちゃんと演じられるのに”と一瞬でも私が思ったんじゃないかという疑問で、彼女はまだ何も知らないままだということを確信する。だからと言っていつかは異変に気付くだろうから、安堵はしない。
「私の言葉がそんなに信用できない?」
もし仮に蓮がこのオファーの裏側を全て知ってしまったら、いったいどんな選択を彼女はするのか。あるいは事前に知らされてしまったら・・・という不確定なリスクを負うことになるのは、『キネマのうた』の話が耳に入った瞬間から思い浮かんでいた。
“『俺からも1つ聞きたいんだが・・・どうしても環には黙っていてほしい理由っていうのは、何なんだ?』”
それでも私の中には、“代替案”なんてものは最初から無かった。
“『そんなの決まってますよ・・・・・・だって“あの子”はたかがじゃんけんで自分が負けることすらも許せない、ドが付くほどに根っからの“負けず嫌い”ですから・・・』”
「そうじゃない・・・・・・ただ、“女優”として静流の思うことが気になるってだけ」
向けられる揺さぶりに一切臆することなく、蓮は背中を向ける私へ問い続ける。全く笑っていない真剣な口ぶりから、何かしらの“収穫”を得るまでは何時間でも粘ってやろうという気迫が伝わる。全く、彼女のこういうところは昔から変わらないどころか却ってパワーアップしているから、タチが悪いったらありゃしない。
「はぁ・・・あなたって人は、偶に会うたびにどんどんと“なりふり構わなく”なっていくわね?」
「当然だよ。どんな人間だって20年も“こんな世界”で女優なんてやっていれば、嫌でも“なりふり構わなく”なっていくからね・・・それは静流だって同じでしょ?」
“本当に・・・蓮の“こういうところ”は初めて会ったときから・・・大嫌いだ・・・”
「私に“薬師寺真波”を演じることはできない・・・・・・理由はそれだけ。これで満足した?」
おばあちゃんの眠る墓石へ視線と身体を向けたまま、かつての“友人”へ真波に対する思いを明かす。この言葉の中に含まれている意味は幾つかあれど、“私に薬師寺真波を演じることはできない”という言葉は、紛れもなく私の中にある“本音”だ。
「ありがとう・・・“本音”を話してくれて・・・」
本音を明かした私に、蓮は優しい声で感謝を告げる。“なりふり構わなくなった”と自虐しておきながら何の悪意もない“ありがとう”の一言を容赦なくぶつけるこの子の変わらぬ誠実さが、薬師寺の血で染め尽くされた私の心を掻きむしる。
まるで生まれる前から女優になる運命を押し付けられた“
“『静流・・・役者は自分に嘘をついてしまったら、その瞬間に終わりなのよ・・・』”
「・・・“蓮”のそういうどこまでも真っ直ぐで“正直”なところ・・・・・・初めて会ったときからずっと嫌いだった」
背中を突き刺そうとする嘘のない“ありがとう”の一言に嘘のない本音をもう一度ぶつけて、カーネーションの花束を墓前に置き手を合わせて目を閉じ、目の前で眠るおばあちゃんへ心の中で声を掛ける。
“『静流にはいずれ真波さんのような芝居1つで世界を変えていける、そんな女優になって欲しい・・・もちろん“真波さんの生まれ変わり”ではなく、“牧静流”として・・・』”
まだ自分の弱さを受け止めきれない子どもだった頃に、母から言われた願い。あれから20余年の月日を経て大人になった私は、母の言葉通りに“真波の生まれ変わり”ではなく“牧静流”にちゃんとなれたのだろうか・・・
“『第84回アカデミー賞を飾る栄えある助演女優賞は・・・・・・・・・『パシフィック・レイン』!シズル・マキ!』”
志半ばで襲った病魔によって叶わなかった真波の描いていた最期の夢であったアカデミー賞を獲ったことで、私は会ったことすらないおばあちゃんから呪いのように背負わされている十字架を降ろすことが出来たのか?
“『もしも真波が病魔に侵されなければ・・・あるいはアリサちゃんが今でも芸能を続けていたら・・・静流ちゃんが“1人目”になることはなかったでしょうね』”
いや・・・
“『私は静流のことを“嘘吐き”だなんて思ったこと・・・一度もないから』”
蓮・・・あなたには分かるかしら?死してなおも子孫に絶え間ない苦しみを与え続ける“悪魔”が、どんな
“・・・いい加減くたばってよ・・・・・・“おばあちゃん”・・・”
「・・・真波さんとどんなことを話した?静流?」
おばあちゃんへの“挨拶”を終わらせて合わせていた手を解いたところで、まるで真波への挨拶を終わらせたタイミングを図り背後から話しかけた私のことを仕返すかのように、蓮が問いかける。振り返り一瞥すると、優し気な声色の通りの表情を浮かべて静かに笑っていた。今でも私のことを“友達”だと言いたげに、わざとらしく。
「あなたのような“赤の他人”に、私が教えるとでも?」
そのわざとの笑みに“友達”に戻ることなど許すつもりは毛頭ない私は、本心のままに彼女を突っぱねる。罪悪感など、1ミリたりともない。
「あははっ、そーいうと思った~」
「最初から思っていたならいちいち聞かないでくれる?」
友達に戻る気がないのは蓮も同じで、彼女は聞けることを聞けて満足したと言いたげに声を上げて笑いながら納得する。
「でも・・・教えない代わりというわけじゃないけれど、これでまたしばらくは会えなくなるだろうから“思い出話”ぐらいだったら今から近くの海にでも行って聞いてあげてもいいわ」
「ごめんね静流。私この後どうしても“外せない野暮用”があるから行きたいのは山々だけど無理だわー」
「そう、それは残念ね」
「代わりに明日の撮影ドタキャンして見送りにでも行こうか?」
「多方面に迷惑がかかるからやめなさい」
そして蓮は私からの冗談半分な誘いを“野暮用”という理由で断る。
「それじゃ、時間もあんまりないし私はこれで下りるよ。ドラマの撮影あるから見送れないけど、静流が出る3年ぶりのハリウッド映画楽しみにしてるから」
「ありがとう。あなたもどうか頑張って」
もちろん“6月30日”という日が私たちにとって“薬師寺真波の命日”だけではないことは知っているから、私は無理に止めない。本当はもう少しだけ“思い出話”をしても構わないという思いもあるけれど、それは『キネマのうた』が終わってからでも遅くない。
「うん・・・健闘を祈る」
これでまたしばらく会えなくなるかつての友人に別れの言葉をかけて、蓮は背を向け来た道を戻り始める。
「待って」
その背中を見て、私は声をかけて呼び止める。
「・・・最後にひとつだけ、蓮に聞きたいことがあるの」
「・・・なに?」
危うく“友達”に戻りかけていた私と彼女を、再び遠ざけるために。
「“どこ”へ行くの?」
“『静流・・・・・・死ぬなよ』”
「・・・ほんとは全部知ってるくせに、どうして“アンタ”はそんなことを私に聞くんだよ?」
分かり切った問いかけをぶつけられた背中越しの声に、沸々とした冷たさが宿る。普段は傍から見れば姉妹のように仲が良かった頃と何ら変わらないであろう私たちの間を隔てる、二度と埋まることのない溝。
「・・・やっぱりやめておくわ。これ以上あなたに聞いたところで、お互い“いい思い”なんてしないでしょうから」
「・・・・・・」
これから行く場所を知っている私からの言葉を振り返ることなく無言で受け取り、蓮は何も言わずに石段を下りて行き、その後ろ姿はすぐに死角で見えなくなった。もちろん私は、見えなくなったかつての友人の背中を追うような未練がましい
“『ちょっと何やってんの静流?』”
“『パワーを分けてんの。蓮が無事に本番を乗り切れるように』”
“・・・これでいい・・・・・・私も
私たちはもう、“あの日々”には戻らないのだから。
サブタイトルが6月30日なのに今日上げなかったらいつ上げるんだよ?今でしょ・・・というわけで、9か月ぶりに更新させていただきました。本当は去年のうちに書いて上げたかったんですけど、モチベがこっちに回りませんでした。お待たせしすぎて申し訳ありません。一応これにて、1幕は終わりになります。
ちなみに本編の『或る小説家の物語』を読んでいる読者の中にはもう気付いている人もいるかと思いますが、今回の話は本編の“6月30日⓪”を静流の視点で書いた話になっています。興味のある方は是非、読み比べてみてください。
そして私事ではありますが今年に入ってから僕自身の心境に大きな変化をもたらす出来事がいくつかありまして、それらを通じて僕自身が本当に書きたいアクタージュの二次創作とは何なのかというのをもう一度“原点”に戻り本気で見つめ直したいという結論に至りました。というわけで突然の報告となりますが、“今日まで書いてきた自分なりのアクタージュ”と再び100パーセントの気持ちで向き合う準備ができるまで『演じざかりのエトセトラ』並びに『或る小説家の物語』の連載をお休みします。休載期間についても自分の心境次第となるので現段階では全く分からない状態なのですが、とりあえずただ休載と言ってしまうとちょっと暗い感じになってしまいますので、“夏休み中”ということで認識していただけると幸いです。本当に身勝手な我儘ですが、しばらく自分の時間を頂戴させていただきます。
最後に日頃から『或る小説家の物語』を読んで下さっている読者の皆様へ、急なご報告になってしまい申し訳ありませんでした。再び続きを書く心の準備ができたら、必ず再開させます。