『この儂が敗れるとは……だが、忘れるな勇者よ、そして聖女よ! 儂は滅びる、だが世界に蔓延る悪意は尽きぬ、いずれ第二第三の儂が現れ、世界を絶望で包むことだろう……だが、貴様らはその時生きてはいまい! フハハハハ……』
「それはこちらとて同じことだ……我が魂が尽きようとも人が立ち上がる意志は消えぬ! 絶望が潰えぬというのなら、希望もまた同じ! 私の後に続く者が、貴様を討ち滅ぼすだろう!」
どこかで聞いたような台詞を吐いて、この世界を絶望の淵に陥れていた大魔王デミウルゴスの身体が灰となって消えていきます。
しかし、真正面から大魔王と対峙していた金髪碧眼の青年はそんな捨て台詞に動じることもなく、自らの得物である二振りの長剣を天に掲げ、勇ましく言葉を返しました。
彼のように勇気を持つ者こそ、曇りなく未来を信じ、その信念を貫き通した者こそ、デミウルゴスが末期に遺した言葉の通り、「勇者」と呼ばれて然るべきなのでしょう。
そうです、よくあるありふれたお話です。
苦難の冒険の果て、勇者は聖女と共にこの世界を絶望の淵に陥れていた大魔王を倒して、世界に平和を取り戻しました。
ちゃんちゃん。
しかし、はいエンドロールが流れて終わりです、とはいきません。
なぜならこの世界で起きている出来事は、ゲームでもなんでもなく、現実だからです。
そしてその勇者の傍に立ち、それっぽいシリアスな顔をしているのが僕──聖女リリアーヌなのでございまして。
「終わったか……」
「はい、ギリス様」
「ここまでの過酷な旅路……この私を信じてついて来ていただいたことに感謝いたします、聖女リリアーヌ」
勇者ことギリス様は僕の前で跪き、手の甲にそっと、恭しい口づけを落とします。
目の前にいるのは完璧なイケメンなことに疑いはありません。そんなイケメンから口づけを賜れるなんて、世の女性たちからすれば垂涎の的なことでしょう。
ただ、僕としてはそういう振る舞いは本当にやめてほしいのですが、どうしてこうなったのでしょうね。
これもまたよくある話です。
僕には前世というものがございまして、現代日本で裕福とはいかずとも、それなりの生活を送っていました。
しかし、渋谷のスクランブル交差点に大きめな隕石が落下してきたことで呆気なく死亡したのです。これは中々のレアケースですね。
とはいえ僕も華の十代生きることに未練が当然のようにございまして、死にたくないと今際の際に思う暇もなく塵になってしまったことを神様は大層不憫に思ってくださったのでしょう。
結果として僕はこのいかにもな中世なんだか近世なんだかもよくわからない、剣と魔法の異世界「クリステリア」に転生させられたのでございます。
──生前とは違う性別、つまり女の子として、です。
こんな喋り方ではございますが、これでも僕は、男だったのです。
それもひ弱なもやしです。
食べても食べても肉がつく気配のないガリガリな体型を活かしてちょっとしたこともやっておりましたが、それは割愛いたします。
そんなこんなでよくある勇者と聖女の冒険譚はかくして幕を閉じたのですが、僕にとっての問題はこのあとといっても過言ではありません。
「終わっちまったか、思えば長ぇようで短い旅路だったなァ、ギリスよ」
「感謝するよ、バルド。前線に立つ君がいなければ、私たちはここまで辿り着けなかった」
「よせやい。そんなことよりお前さん、国に戻ってからが大変なんだ、俺ァ大した手伝いもできなさそうだが、花束ぐらいは贈ってやるよ」
筋骨隆々とした髭面の戦士は自慢の大楯を地面に置くと、がはは、と豪快な笑いを上げました。
そうです、彼が言う通り、勇者様は国に戻ってからが大変なのです。
とはいっても、魔王を滅ぼした今、魔王より強い勇者は不要だー、とかそんなお決まりの展開ではなくてですね。
「長きに渡る因縁の終わり……おめでとうございます、勇者様。私も、貴方のお役に立てていたなら……これ以上の幸せはありません」
うるうると大きな瞳に涙を湛えて、青髪に青い瞳といった風情の容姿をした少女が──賢者ヴィオラさんが無理やり形作ったような笑顔を浮かべました。
その笑顔の裏に隠されたものがわからないほど、僕も、勇者様も鈍感ではありません。
この旅の終わりが、ヴィオラさんにとっては恋の終わりだったのです。
できることなら、僕としては勇者様とそのままくっついてほしかったんですけどね。
でも、そうは問屋が卸さないのです。ところでこの世界に問屋ってありましたっけ、まあどうでもいいことです。
なぜヴィオラさんの恋が叶わぬものとなったのか、それは僕が今全力で国に戻りたくないと思っている理由と密接に関係していました。
……勇者様が大魔王を討伐した暁には、聖女と正式に婚姻を結ぶ。
それが王様によって課された、忌々しいペナルティみたいなものです。
確かにデミウルゴスが言っていたように、第二第三の大魔王が現れた時に備え、尊く強い血筋を絶やさないというのは大事なことなのでしょう。
ですがね、ですがね。
僕は見てくれこそ確かに銀髪に赤い瞳をした年頃の女の子でございますが、中身は男なんですよ。
いやはや、このご時世、色んな嗜好があって然るべきだとは思います。僕も僕なりに理解を寄せようと頑張ってはいます、ですがね。
「おめでとうございます、聖女様。どうか……勇者様と末長くお幸せに」
「……あ、ありがとうございます……」
「勇者様……ギリス様、このヴィオラ、貴方様をお慕いしておりました。貴方に恋をさせていただいて、ありがとうございます……!」
どうしてくれるんですかこれ。
ヴィオラさんが想いを、未練を断ち切って、泣きながらも確固たる意志で自分の恋心に別れを告げた今、僕と勇者様の婚約を阻止できる相手はこの世界からいなくなってしまいました。
いや、僕は確かに前世で、もやしなことを活かして女装も嗜んでおりましたが、いわゆるノンケです。身体は美少女かもしれませんが、中身は一応男なのです。
「……君という女性に慕われたことは光栄に思う。だが、私は君の想いに応えることはできない……すまない、ヴィオラ」
「いいえ……謝らないでください、勇者様。それでは私が惨めになってしまいます」
「そうか……ならば、ありがとう。私という人間を愛してくれて」
なんだかいい感じにしっとりした雰囲気が出てますから、この場でどうにかこうにかして勇者様とヴィオラさんが真実の愛に気づいてくれないものでしょうか。
この際お決まりの「君との婚約を破棄する!」という展開でも構いません、というかむしろ大歓迎です。
追放されて島流しになるかもしれませんが、聖女というのはいわゆるチートな力を持っているので、生きていくこと自体はできるでしょう。
綺麗な飲み水に困らず、お湯も沸かせる。寝床も色々と頭を使えばなんとかなると思います。
だから用が済んだあと、勇者様におかれましては、ヴィオラさんとの真実の愛に目覚めていただいて僕を追放なりなんなりしてくれればよかったのですが、世の中上手くいきません。
どうしてこうなったのでしょうか。
「私は……真実の愛に目覚めてしまった。聖女リリアーヌ・クリステリア……王都に戻ったその時は、決まりとしてだけではない。私個人としても願う。どうか、このギリス・バアルと夫婦の契りを結んではくれないだろうか」
ヴィオラさんが盛大に失恋してしまった手前、嫌です、なんて言えるはずもありません。
どうしてそこで諦めるんですかヴィオラさん、もっと強くアプローチしてぐいぐい勇者様を籠絡してはいただけないのでしょうか。
茶化すように吹いたバルドさんの口笛が、従者も玉座に座る者もいなくなった魔王城に響き渡ります。
「はい……それが勇者様の望みならば、わたくしは聖女としての務めを果たしましょう」
超遠回りに個人としては嫌だよそんなの、と伝えたつもりなのですが、勇者様は満足げに爽やかな笑みを浮かべていました。
なんでヴィオラさんの恋心には気付いているのに、こういうことは気付いてくれないのでしょうか。
どうして、と電話口に問いかける猫のように僕は、なし崩し的にこの婚約を受け入れた体になってしまいました。
あれですね、今更もう遅い感じでしょうか。