クリステリア一の大国であるところのセルヴェニア王国へと帰還した僕たちは、それはもう盛大に歓迎されました。
長年に渡って魔物たちを支配し、人類を苦しめてきた全ての元凶を討ち果たしたのだから当然です。
勇者様のエスコートを受ける形で僕もまた手を繋いで王都に笑顔を振りまきながら歩いているわけなのですが、頭の中にあるのはただただ「どうやったらこの婚約がなかったことになるのだろう」という一点だけでした。
おかしいですね、僕は別にヒロインムーブをしていたわけじゃありません。
ただただ聖女としてのロールプレイを貫いていただけで、むしろ勇者様と積極的に交流してたのはヴィオラさんです。
普通だったらそこで絆されて、ヴィオラさんを娶る形になるでしょう。王位を継ぐのではなく、自分の国を作るための旅に出る流れでしょう。
前世でやってたゲームのエンディングもそんな感じだったのに、この世界の勇者様は聖女の守護騎士としての役割に忠実すぎやしませんか。
僕がやってきた聖女っぽいことなんて、呪われて住民がゾンビに変えられた村を浄化したり、民がおぞましい魔物に変えられてしまった国を元に戻したりとかそんなことばっかです。
戦闘において勇者様の盾となるのはその屈強な体躯を武器にした重戦士であるバルドさんですし、こと魔法においては回復魔法と攻撃魔法の両方を極めたヴィオラさんがいる以上、僕は果たして本当に旅に必要だったのか疑問符が浮かびますね。
そこに関して、聖女は魔王の呪いを解く存在という免罪符があったから戦闘では役立たず、といいますか、出番がなくても許されてたんだろうなあとは思っています。
ですが、前世で読んできた小説じゃ、こういう「戦闘で役に立たない」ユニットというのはおしなべて「お前はクビだ!」と追放されてきたはずですが。
特に聖女としての役目が終わった今なんか絶好のタイミングですよ勇者様、どうか僕をクビにしてくれませんか。
「やはり歓待を受けるというのは慣れないな、私が平民の血を引いているからだろうか」
「血筋など関係ありません、勇者様は勇者様ではないですか。世界をその黄金の剣でお救いになった事実があります。むしろ、わたくしの方が歓待を受けて良い身なのかと思っています」
「ふっ……やはり貴女はお優しい、聖女リリアーヌ。下級貴族たるこの私にもこうして手を差し伸べてくださるその器……まさしく聖女たる証でしょう」
おかしいですね、なんで今の流れで色目使ってくるんでしょうか勇者様。
僕は単に「戦闘では終始役立たずだったんだから追放してくれていいんですよ」と超遠回しに言ったつもりだったのですが。
貴族か平民かなんて気にしてなかったのは確かですが、それは僕が転生者だからであって、特別器が大きいとかそんなことは断じてないんです。信じてください。
そんなこんなで凱旋を遂げた僕たちはお城の王様に謁見するため、玉座の間に連なる階段を上り始めたのですが、いよいよもって取り返しがつかなくなってる感じがヤバいです。
ヴィオラさん、ここで勇者様を転移魔法で掻っ攫ってくれませんか。
ダメそうですか、ダメみたいですね。
交錯した視線には「頑張って」と恋敵であったはずの僕を応援する熱がこもっていました。
ライバルだった人間を、しかも目の前で失恋を経験した相手を応援できるとは、なんてできた人なのでしょう。
だからこう、勇者様も僕なんかよりこんないい人を放っておかないでウィンウィンの関係を築きませんか。
恋が叶ってヴィオラさんは幸せ、強く自分を慕ってくれる女性に見初められた勇者様も幸せ、僕も結婚しなくて済むので幸せという三方ヨシの関係ですよ。
だからどうかヴィオラさん、その恋を諦めないで──といいたいところですが、王様の御前まで辿り着いてしまったのでもう手遅れです。
恭しく近衛兵たちが整列する中、赤絨毯を進む僕たちには尊敬と羨望が混ざった視線が注がれていました。
自分も戦士としてこうなりたいという野心や、下級貴族の子息風情がなぜ、みたいな嫉妬まで様々です。
貴族も平民も関係なく、この世界の危機に立ち上がった人間を、苦難の旅を乗り越えた人間をこそ勇者と呼ぶのなら、貴方たちも旅に出ればよかったのではないでしょうか。
今回はそれがたまたまギリス様だったというだけのことです。きっと彼は腰に下げたオリハルコン製の双剣、「神誓剣ガイエル」がなくとも戦っていたことでしょう。
勇者様と結婚はしたくないですが、こちらとしましては一緒に戦ってきた仲というものもございますので、そういう嫉妬に関しては少しばかりやきもきしてしまいますね。
「おお、勇者ギリスよ! よくぞ此度の大任を果たし、余のもとに戻って参った!」
「はっ、それが勇者としての使命だと心得ておりますゆえに」
「そなたならば必ず大魔王デミウルゴスを討伐してくれると思っていたぞ。それでは約束通りに余は、セルヴェニア王としての最後の役目を果たすとしよう」
──勇者と聖女の婚姻、即ち「聖婚」を祝福するために。
恰幅がよく、白いお髭を生やしたいかにも王様らしい王様は、本格的に勇者様へと王位を譲るつもりのようです。
そういうのって後々の政治闘争の原因になったりしないんでしょうか。その可能性も考えれば、尚更結婚したくなくなってきました。
僕はただ、静かな余生を送りたかっただけです。これだけははっきりと真実を伝えたかった。
できることなら聖女としての役目からも解き放たれて、片田舎に隠居でもして過ごしていたいです。転生した都合上、元の世界に帰れたとしても肉片になってますからね。
どう頑張ってもこの世界で生きていくしかないのです、それ自体は別に構いませんが、結婚だけは頼むから取り下げてくれないでしょうか。
「ありがたき幸せ……恐悦至極に存じます」
「うむ、苦しゅうない。そして聖女リリアーヌ……そなたにも過酷な旅路を強いてしまったこと、セルヴェニア王として誠に不甲斐なく思う。この愚王をどうか許してはくれまいか」
王様は会釈程度とはいえ、頭を下げました。
そんな、とんでもない。塔にこもってひたすら祈りを捧げる生活とおさらばできて、僕としてはとても充実した日々を送れたのに。
そしてそんなことに頭を下げるぐらいだったら今からでも遅くないので、勇者様との婚約を帳消しにしていただけませんかね。
「どうか頭を下げないでください、陛下。わたくしは外の世界に触れることができて……とても幸せでした。幸せだけではありません。この世界には多くの苦しみが満ちている……それを知れたことも、聖女として得難い経験でした。わたくしはもっと、世界に触れたいとさえ思っています」
要約するなら、隠遁して旅にでも出たいからそれを許可してくれないか、というお話なのですが、王様相手に直球でそんな口を聞いてしまったらいくら聖女であっても首が飛びかねません。
だからこそ、迂遠な言い回しでそれとなく願望を伝えているのですが、やっぱりわかってはもらえないようです。
頭を上げた王様はうむ、と鷹揚に頷くと、追撃を放つかのように口を開きました。
「わかっておる。聖女リリアーヌ……これからはそなたも知らぬ世界に飛び込んでいくことになるだろう。しかし、どうか恐れないでほしい。そなたの隣には世界を救った英雄という伴侶がいる。そして過酷な旅を生き抜いた力がある。余は、それを信じておるぞ」
旅をしたいっていっても、陰謀と権謀術数渦巻く貴族社会にダイブしたかったわけじゃないんですけどね。
死ぬかもしれないですけど、いっそここで無礼な口を聞いてなんとか追放ルートに突入できたりしないものでしょうか。
ただ、冷静に考えれば、ここで追放されても、勇者様もついてくる可能性が非常に大きいのです。
聖女としてだけではなく、個人としても好意を持たれてる以上、駆け落ちのための方便と取られるのが精々でしょう。
あー、結婚したくないです。勇者様のことは嫌いじゃないんです、でも本当に、心の底からしたくないです。
そんな僕を差し置いて、国を挙げた宴は始まろうとしていました。
音楽隊がラッパを持って、勇者様が王様に手を引かれ、玉座の前に立ったその瞬間、勇ましいファンファーレが鳴り響きます。
「刮目して見よ! この者こそ、伝説に謳われし神誓剣を携えし勇者、ギリス・バアルこそが世界に平和をもたらした男である! 遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ! 新たなる王の誕生と、そして聖女リリアーヌ・クリステリアが婚姻の契りを結ぶその時を! 祝福せよ! 万雷の拍手で、英雄と聖女を讃えるのだ!」
そのまま王様に連れられる形で、テラスまで連れて行かれた僕たちはそんな大層な言葉と共に、民衆からの祝福を一手に浴びました。
ああ、うん。わかっちゃいましたが、もう婚約は回避できない感じですね。
だったらこうしましょう、どうにかこうにかして勇者様に全力で嫌われて、この婚約を破棄してもらうのです。
首が飛ぶかどうかの瀬戸際ですが、やってみる価値はある──と、思いたいところでした。