はてさて、会場の手配やら式の段取りやら警護やら諸侯への招待状やらと色々準備することが多すぎるせいで、帰還して即日結婚、とならないのは幸いでした。
王様曰く式が挙げられるのは大体一ヶ月後ぐらいだそうです。
その間に親睦を深めておくといいとか言われましたが、冗談じゃありません。
ですが、僕にとっては一ヶ月の猶予ができたようなもので、不幸中のなんとやらとはよくいいましたね。
先人の格言は偉大です。
そんな話はともかくとして、僕のやらなければいけないことは単純明快、この一ヶ月という猶予を利用して、全力で勇者様に嫌われること、それだけです。
昨日の夜に一般に嫌われやすい女性というのはどういうものなのかと考えてはみましたが、一人で考えると煮詰まってきてよろしくありません。
なので、誰かに訊いてみようということで、僕は王都セルヴェニアの街に出ていました。
世界最大の国家というだけあって、城下町の発展具合も人の密度も凄まじいここは、いうなれば情報の坩堝でもあります。
今は勇者様の帰還と大魔王討伐のお話で持ちきりですが、おば……お姉様方の話に耳を傾ければ、思いもよらない情報が得られたりするのです。
例えば、どこぞの冒険者パーティーに入り込んだ女性が人間関係を滅茶苦茶にするだけ滅茶苦茶にして別なパーティーに移籍しただとか、あそこの通りにあるパン屋の看板娘さんは密かに近衛騎士の方と恋仲にあるとか。
どこからそんな情報を仕入れてくるのかはわかりませんが、お姉様方はとにかく人間に耳聡いのでした。
ですが、僕の立場は仮にも聖女です。
そんな僕がお姉様方に「嫌われる女とはなんでしょうか」なんて質問をしても、かしこまってしまい、望む答えは得られないかもしれません。
なので、ここは付き合いのある人を頼るしかない──というわけで、僕は冒険者たちが集まる酒場の戸を叩いたのです。
「ごきげんよう、皆様。バルド様はいらっしゃるでしょうか?」
スカートの裾を摘み上げて優雅に一礼。聖女としての仕草が最早肉体に反射レベルで染みついてしまっていることの証でしょう。
男としての自覚が相当量目減りしていることに若干げんなりしますね。
ですが、ここで止まっていたらメス堕ちルートまっしぐらなので、そうならないためにも僕は冒険者たちの中から、バルドさんを探しました。
「へ、へへぇ……聖女様、バルドの野郎なら相変わらず隅っこで酒飲んでまさぁ」
親切にも答えてくれたのは初心者に毛が生えたような冒険者パーティー「鳥の尾羽」を率いる、これまた筋骨隆々としたスキンヘッドの男の人でした。
なんでしょう、前世がもやしでしたから、こういう筋肉ムキムキな人にはちょっと憧れるんですよね。
悲しいことに筋トレしてもプロテイン飲んでも全然だったので。
「おう、リリアーヌの嬢ちゃん。俺になんか用か?」
それはさておくとして、「鳥の尾羽」のリーダーさんが言った通り、バルドさんは一番隅っこの席に一人で陣取って、ウィスキーを飲んでいました。
ウィスキー、この世界にも存在してたんですね。名前は変わってるかもしれませんが、あの琥珀色は間違いなく僕が前世で見たものと合致します。
バルドさんは、ぼんやりとウィスキーを眺めていた僕へと、フランクに声をかけてくれました。
「はい。バルド様に少々訊きたいことがございまして」
「相変わらずお堅ぇ喋り方だなァ……俺に訊きたいことったって、そんなんギリスに訊けば済むこったろう?」
それとも、お嬢ちゃんもこいつを呑みたがるお年頃ってか?
バルドさんはウィスキーのボトルを天に掲げると、冗談めかして豪快に笑いました。
お酒の流通事情はよくわかりませんが、店内の冒険者たちは基本的にエールを飲んでいますし、ウィスキーを飲んでいたとしてもグラスに注いだものをちびちびと消化しているだけです。
これが呑みたいお年頃かどうかはともかく、そんな代物を瓶ごと一気飲みできるほどにバルドさんはお金持ちになったのでしょう。
加えて大魔王を討伐した勇者様が組んでいたパーティーの一員とくれば、平民であっても英雄視されておかしくありません。
昔は「鳥の尾羽」とよく喧嘩してたみたいですが、今あのスキンヘッドさんが肩身狭そうにしているのはそういう事情も絡んでいるのかもしれませんね。
「いいえ、お酒はまだ飲める歳ではないので……その、ギリス様には相談しづらいことなのです」
「フム……ってーと、アレかァ。将来夫婦になる間柄じゃ気まずくて訊きづれぇこと、か……なあ、女将さん!」
なにを察してくれたのかはわかりませんが、訊きづらいことだとわかってくれたのはよかったです。
バルドさんはこの冒険者酒場を経営している女将さんを呼びつけると、奥の部屋を使えないかと確認を取りました。
冒険者の店というのは結構グレーゾーンなところもございまして、秘密の話をしたい時には「裏の部屋」と呼ばれるところを使うのが慣例になっているのです。
「あいよ、バルド! 聖女様から頼られてるんだから、酔っ払ってないでバシッとお悩み解決してあげなさいよ!」
「へっ、べらぼうめ! 俺ァ酒を呑んでも呑まれやしねェよ! それじゃあリリアーヌの嬢ちゃん、『裏の部屋』に行こうじゃねェか」
「お願いいたします」
女将さんがカウンター裏の隠し扉を開くと、「裏の部屋」に繋がる道が現れます。
隠し扉とはいえ冒険者たちにとっては公然の秘密とでもいうべきものですが、その秘密を破った冒険者は非業の死を遂げると相場が決まっているらしいですね。
殺伐としてますね、この世界。
バルドさんに手を引かれる形で「裏の部屋」まで案内された僕は、明らかに貴賓客向けのソファに腰かけて、話を切り出しました。
「それで、訊いてほしいことなのですが」
「まァ、慌てんな……リリアーヌの嬢ちゃん、お前さんが訊きたいのはズバリ……『夜伽』のことだろう?」
全然違います。
むしろそれを回避したいから訊きにきたわけですが、人選を少し間違えてしまったかもしれません。
ですが、恋敵だったという手前、ヴィオラさんにはどうも相談しづらくて、事実上消去法でバルドさんに頼るしかなかったともいいますね。
「……あの、そのような話は」
「おっとすまねェ……花の乙女の前じゃあもっと言葉を慎むべきだな。まあ心配すんな、ああ見えてギリスのやつも貴族なんだ、そのぐらいのこたァ教わってンだろうよ」
「いえ、夜伽の話ではなくてですね」
「フム?」
頭の中がピンク色になってそうなバルドさんを制止して、話を仕切り直します。
「嫌われる女性、というのはどのような女性なのかが知りたくて、わたくしはバルド様の元を訪ねてきたのです」
そうです、これが訊きたかったんです。
勇者様に嫌われれば、婚約を破棄してくれるかもしれません。
ただそんな一縷の希望に縋っているだけなのです。だから、全力で「嫌われる女」を演じなければ、きっと僕は。
そんな切実さが伝わったのかそうでないのか、バルドさんは立派に蓄えた顎髭を撫でると、さっきよりは幾分かシリアスな口調で答えます。
「なるほどなァ……つまりアレだ、リリアーヌの嬢ちゃんはギリスに嫌われたくないってことか」
「……そう、です。伴侶として、どのような振る舞いが不適切なのかを、お優しい勇者様は答えてくれないでしょう。ですから、バルド様に尋ねたかったのです」
もちろん真っ赤な嘘ですが、嘘も方便です。
ここで嫌われる女の人、その特徴を聞いてそのように振る舞えば、きっと僕は勇者様から愛想を尽かされるはずでしょう。
ですから是非とも、お聞かせください、バルドさん。
縋るような上目遣いで、僕は彼の紅玉にも似た色合いの瞳を覗き込みました。
「そりゃそうだなァ……色々あるがな、ことあるごとに金や金のかかるものをせびってくる女は嫌われやすいぜ」
「お金のかかるもの……」
「金細工のネックレスだとかよォ、ドラゴンの皮を加工した鞄だとかよォ、とにかく金かかるモンをせびってくる女にはろくなのがいねェ」
多分、それは経験則かなにかなのでしょう。
どことなく遠い目をしているバルドさんをどんな顔で見ればいいのかわからなくなりましたが、僕から始めたことなのでどうしようもありません。
ですが、いいことを訊けました。お金のかかるものをねだる女性は嫌われやすい。
それが本当かはともかく、明日にでも勇者様に試してみることにいたしましょう。
目指せ嫌われルートからの婚約破棄。
追放されてもきっと生きていけますから、僕をどうにかこうにか追い出してください、勇者様。