バルドさんから「嫌われる女性の特徴」をあれこれ聞かせていただいた翌日、僕は早速それを実践するため、勇者様と一緒に城下町へと繰り出していました。
今日も大通りは相変わらずの活気です。
広場では、大道芸人がジャグリングを披露して、おひねりが飛んでいくという光景がありました。実に平和的ですね。
「君から外出に誘ってくれるとは珍しいね」
「いえ、どうしても勇者様にお頼みしたいことがございましたので」
「私で良ければなんでも力になろう。なにが望みだい?」
相変わらず紳士的な物腰を崩さず、背が低い僕に視線を合わせて勇者様は問いかけてきます。
こういうナチュラルなイケメン仕草が許されてるのが勇者特権ってやつなのでしょうか。
不覚にもどきりとしたことは事実です。ですが、それを認めてしまったら、いよいよあとに戻れない気がしたので、なんとかボーダーラインのギリギリで踏みとどまりました。
「はい。ではあの宝石店に飾ってある金細工のネックレス……あれを買ってはいただけないでしょうか?」
やりました、やってやりました。初手から最高級品を提示することで、ガクッと好感度は下がること間違いなしです。
普通の冒険者ならまず一生分の稼ぎでも手が届かない、上流貴族になってようやく手に入るかどうかが見えてくる宝飾品。
そんなものをいきなりねだられたらドン引きですよね。少なくとも僕ならそうします。
「わかった。君も着飾ることに関心を覚えるようになったのだね」
あれ、なんか嬉しそうにしてませんか、勇者様?
今の文脈でどう考えても喜ぶのはおかしいと思うんですが、なにやら納得が行った様子で鷹揚に頷くと、勇者様は僕の手を引いて、宝石店へと優しくエスコートしてきます。
おかしいですね、あそこは普通に常識考えろってキレるところでは?
「いらっしゃいませ……って、勇者様と聖女様!? 当店にどのようなご用件でしょうか……」
揉み手をしながら頭を下げてくる店員さんに、前世がオーバーラップして若干の罪悪感を覚えそうになりましたが、それを堪えて僕は密かに歯を食いしばりました。
「表のショーウィンドウに出ている金細工のネックレスを購入したい」
勇者様は、淡々と店員さんにそう告げます。
いよいよもってもうダメかと思いましたが希望はあります。なにせ買おうとしているのはこの店の看板ともいうべき商品。
勇者様とはいえ下級貴族がおいそれと手を出せるものでは──
「少々お待ちください、係の者を呼んで参ります」
あれ、普通に買えちゃう系ですかこれ?
危惧したことはいよいよ現実となって、厳重に施錠されていたショーケースが開くと、見るだけでも胸焼けしそうな黄金のアクセサリーを手に、店員さんが戻ってきました。
いやいや、僕はただ勇者様に嫌われたいだけであって、別にそれが本気で欲しいわけじゃあないんですよ。
「勇者様、聖女様、挙式は来月でしたね?」
「ああ、そうなっている」
「その折は是非とも当店のネックレスをリリアーヌ様に着用していただければと思うのですが……」
揉み手をしながら店員さんは言いました。
宣伝は大事なのかもしれませんね、完全に大誤算でしたが、救国どころか世界そのものを救った勇者と聖女っていうだけで、店で一番高いものを買えてしまうのでしょう。
とはいえ、買ってもらったものを粗末にするのは心が痛みます。前世では決して裕福ではなかったので。
仕方ないのでネックレスは着けるとして、次は確かドラゴン革の鞄でしたか。
前世でもいろんなブランドの高級バッグやら財布やらを持ち歩いていた女の人たちは沢山いましたが、あれらをどうやって手に入れたのかはあんまり考えたくないですね。
もちろん真っ当に買った可能性もあるので、一概には断定できませんが。
「よく似合っているよ、リリアーヌ」
「ありがとうございます、勇者様」
金細工のネックレスが本当に自分とよく似合っているのかどうかなんてわかりませんが、お世辞を言うメリットも特にないので肯定的に捉えましょう、じゃなくて。
嫌われるのが目的なのに、なんで自分から好感度上げる方向に突っ込んでいくんですか。確かにちょっとときめきましたけど。
ですが、目的というのは果たされなければなりません。
ここで勇者様に嫌われることで我が身の安穏を守る、そのためならば不肖このリリアーヌ・クリステリア、心を鬼にして嫌われにいくのです……!
「あら、見てください。勇者様」
「なんだい、リリアーヌ?」
「いえ、こちらの鞄……なんだかとっても素敵。これを手にして街に出たら、きっといい気持ちになることでしょう」
ふふふ、どうでしょうか。
これぞ脳みそフル回転で考え出した、「それとなく奢ってくれオーラを放出しているやつ作戦」です。
いるんですよね、カラオケとか大人数で行くと割り勘にしようとすると露骨に財布の中身数え出したりする男とか、恥も外聞もなく彼氏に奢ってムーブする女とか。
ああいうムーブは嫌われやすいと確信しています。割り勘だったのを会計時になって個別にしたら店員さんに迷惑かかるでしょうが、と前世の恨みを燃やしつつ、僕は嫌われる悪女になるのです。
「そうか……リリアーヌ、気づかなかったよ」
おっ、なんか失望された感じの声ですね。
ショーウィンドウから勇者様へと視線を向ければ、何かを堪えるかのように俯き、拳を握りしめている姿があります。
流石に高級品を二度もねだられればこうもなろうものです。なんの不思議もありません、ですが。
「気づかなかったよ……君もやはり、聖女とはいえ年頃の娘だったのだな……!」
「は?」
「幼い頃より神に祈りを捧げる生活……それは聖女の尊き使命だということはこの私も理解している。だが、幼い娘に課された運命としては過酷……旅の道中も、君は黙って私たちについてきてくれた。だが、ずっと思っていたのだろう。普通の娘たちのように過ごしたいと、たまには着飾ることもしてみたいと。私は……それを見抜けなかった私が憎い……!」
どうしてそうなるんですか。
電話持った猫みたいなことをつい口走りそうになってしまいました。
いえ、別に滅私奉公の生活に嫌気がさしたとかそんなことではなくてですね、むしろ勇者様も大概他人に尽くすことばかりで自分のことを考えていらっしゃらないといいますか、ここで僕のことを心配するのは違うと思うんですよ。
「……そ、そうお気に病まないでください、勇者様……わたくしが、わがままを言ってしまっただけなのです。全ての責はこのリリアーヌにあります……!」
「いいや、それは違う。君と決して短くない時間を共に過ごしてきたというのに、そんなことにも気づけなかった私の責任だ。だからこそ……今日は心ゆくまで、君の買い物に付き合わせてほしい。富はただ積み上げるだけでは無用の長物、欲しいものがあれば、なんでも言ってくれないか」
跪き、恭しく礼をする勇者様の姿は、それはもう優雅もいいところで、品格を感じさせたのですが、当初の計画から大幅に脱線してしまったことは否めません。
困りました。これでは嫌われるどころかなぜか好感度が上がってしまうタイプのイベントに突入してしまいます。
一体どうして、なにがどうなってこうなってしまったのかはまるで理解ができませんが、わがまま放題してれば嫌ってくれそうな空気じゃないことぐらいはわかります。
耳をそば立ててみれば、「聖女様もやっぱり年頃の女の子なんだねえ」なんてお姉様方の井戸端会議が鼓膜を震わせます。
なんでこう、同情的な空気になってしまうのでしょうか。そこはもっとこう、卑しい女として責められるべきではないでしょうか。
用意していた作戦が盛大に滑り散らかしてしまったことに気まずさを感じながらも、僕はただ勇者様に申し訳ないという一心で、「本当は皆みたいに遊びたかった女の子」として屋台巡りを満喫させていただきました。
その間もずっと、勇者様は後方腕組み保護者フェイスで見守っていてくれたので、これはもういよいよもってダメかもしれません。
発想の更なる転換が必要です。
どうしてこうなった、と頭を抱えつつも串焼きを囓りながら、頭の中で作戦を練り直します。
あ、この世界は醤油があるみたいなので普通にタレベースの味が楽しめました。
女の子に転生させられて、ご飯まで不味かったら暴動ものなのでこのよくわからない文化のサラダボウルに助けられた限りです。
さて、次はどうやって勇者様に嫌われましょうか。