あれから二日、色々考えてみましたが、シンプルな解決手段はやはり、僕がなにも告げずに勇者様の元を離れることだという結論に達しました。
国のメンツが丸潰れになってしまうのは由々しいことですが、心の平穏を保つためにも、メス堕ちルートを避けるためにも、これは仕方のない犠牲、つまりはコラテラルダメージなのです。
むしろ最初からこうしてればよかったですね。
聖女というものはなんだかんだで都合のいい存在でございまして、平民の身分でありながら全ての魔法を極め、「賢者」を名乗ることを許されたヴィオラさんには及ばないですが、大概の魔法を行使することができるのです。
というかヴィオラさんは何者なんですかね、勇者様の隣に立つために必死に努力したとか言ってましたけど、どう考えても努力だけで補える範囲じゃないです。
ですが、大魔王討伐を機にヴィオラさんは宮廷魔術師として召し抱えられるそうなので、これからは血筋だけではなく才能が重んじられる時代が来ることでしょう。
バルドさんにも近衛騎士団長の地位が用意されていたみたいですが、この前話した限りではその申し出を蹴ったそうです。
本人曰く、「俺ァ宮仕えなんてできるガラじゃねェ、気に入らねェ上流貴族様がデカい面してたら、ぶん殴っちまいかねねェからなァ」とのことでした。
多分、僕もその判断は間違っていないと思います。きっと在野の英雄として、あるいは冒険者たちを導く先達として、これからは活躍してくれるのでしょう。
そんな、一度は同じ旅路を共にした仲間たちの未来を頭の中に思い描きながら、思い出の詰まった……というほどではないですが、それなりにお世話になった王都シルヴェニアに、僕は別れを告げます。
押してダメなら引いてみろと昔の偉い人は言いました。
なのでここは身を引いて、とりあえずは田舎の村にでも身を潜めて隠遁生活を送っていきたいと思います。
国内だと身バレしそうなもんですが、隣国に亡命なんかした日にはそれこそ戦争なので致し方ありません。
僕を巡って無駄な血が流されることほど無駄なことは恐らくないです、なので田舎も田舎、聖女のことなんて伝聞でしか知らないような農村を最終目的地として歩き出したのですが、その時でした。
まるで僕を待っていたかのように、その人影は城門近くに佇んでいたのです。
「聖女様、どこに行かれるおつもりですか?」
ヴィオラさんです。そよ風に青髪を靡かせて佇む彼女の瞳には明確な怒りが宿っていました。
それもそうでしょう。恋敵がいきなり結婚もなにもかも放り投げて逃走しようとしているのですから、怒るのも自然なことでしょう。
ですが、僕には僕の譲れない事情というものがございまして、どうしてもこの逃亡計画は成功させなければならないのです。
「この旅で、わたくしは聖女として自らがいかに無力であったかを学びました」
「……」
「大魔王デミウルゴスを討伐できたのは、ギリス様とバルド様、そしてヴィオラ様のお力があってのことです」
それっぽい理屈をアドリブで考えて、口から出力していきます。まさに手八丁口八丁ですね。
ヴィオラさんは沈黙を保ったまま、そんなことを口走っている僕を見つめています。
信じられないといったところでしょうか。確かにその目は正しいと思います、なんせ僕も口から出任せしか言ってないので。
「故にわたくしは……わたくしの足で世界を見て回りたいと思うのです。一人でも多くの人を癒すために、病に苦しむ人々を、飢餓に苦しむ人々を、この世に蔓延る苦しみから一人でも多くの人を救うために、旅に出たいと思ったのです」
ごめんなさい、十割嘘です。
というか飢餓と貧困に関してはいかに聖女の力がチートだって対抗するのは極めて難しいです。特に後者。
土地が痩せてしまって作物が獲れないような場所の地脈を活性化させることで元に戻すことぐらいはできますが、それにしたって一時凌ぎみたいなもので、根本的な解決には至りません。
こればかりは人々のことを信じるほかにないのです。僕は知識チートとか内政チートとかできるような頭じゃないので、文明の発展については完全に他力本願です。
「恐れながら、聖女様」
「なんでしょうか、ヴィオラ様」
「自惚れていたのなら申し訳ございません。ですが、聖女様は……私にご遠慮をなされているのではないですか?」
あっそういう方向でしたか。
確かに勇者様とヴィオラさんがくっついてくれれば僕としてはハッピーエンドなのですが、むしろこの状況から一秒でも早く逃げ出したいというのが本音なのでそれについては全く考えてなかったですね。
非常に申し訳なさそうな顔をしているヴィオラさんですが、なんだかこっちまで申し訳なくなってきました。どうしましょう。
「それは誤解です、ヴィオラ様」
「誤解……ですか?」
「わたくしは……わたくしはただ、聖女という使命を課せられた者として、最後までその道を全うしたいと考えているだけです」
はてさて、今度はどう来るでしょうか。
「確かにわたくしはギリス様によくしていただきました。一昨日など、まるで童心に帰ったかのような……夢のような時間でした」
「ならば、なぜ……!」
「ですが、夢は夢です。わたくしは聖女、リリアーヌ・クリステリア。この運命の星の下に生まれたのならば、運命の星の下に死すべき者なのです。聖女として……より多く、人々の祈りに寄り添う者として。故に旅に出る、ただ、それだけの話です」
うーん、口から出任せもいいところですね。実際は責任ほっぽり出して隠遁生活スローライフ万歳と意気込みたかったとこなんですけど。
そんな欲望がバレてないことを祈りながら、僕はただ悠然と笑顔を浮かべて、ヴィオラさんを見つめていました。
前世では何者にもなれなかった僕ですが、愛想笑いだけは得意だったので、こういうことはお手の物です。なんだか悲しくなってきましたが気のせいでしょう。
「……そこまで聖女様が仰られるのなら、私は……」
「どうか見逃してくださいまし、わたくしは……一人の女の子ではなく、聖女でありたいのですから」
「……どうか、お気をつけて」
恭しく一礼して、ヴィオラさんは僕に背中を向けました。
その一言がどれだけ重たかったことか。結果的に恋敵から塩を送ってもらったことが、どんなに屈辱か。
ここまできたら本当に責任とって世界中旅するしかなさそうですね、それぐらいの義理と義務は課されたはずです。
ヴィオラさんと別れて歩く街道は、どこか物寂しげな感じでした。
いつもは四人で固まって歩いていた道ですが、一人になるとなんとなく心細く思ってしまうのは身勝手ですね。
ですが僕は結婚だけはしたくないので、その代償として背負わされるのが畳の上で死ねないことだとしても、安いものです。
緊張が解けたせいか、くう、とお腹が悲鳴を上げました。
いかに聖女の力があったとしても、無からパンを作り出すことはできません。
なぜか無駄に水を葡萄酒にする力はありますが、普通に水を綺麗にする力もあるのでいよいよもって意味がわからないスキルですね。死にスキルってやつでしょうか。
なので出がけにこっそり買ってきたパンを頬張りながら、すっかり凶悪な魔物も出なくなった街道を、とりあえずは一番最初に立ち寄った農村に向けて歩きました。
隠遁するにしてもしないにしても、宿を取る場所があることは重要です。
いかに聖女の力がチートだったとしても、フィジカルじゃ当然のようにバルドさんや勇者様には敵いません。
だから、彼らのようなペースで歩き続けることはできないので、基本的に、辿った旅路は僕とヴィオラさんの歩調に合わせる形でなぞられていきました。
それはさておき、いよいよもってなにも考えずに始めた救世の旅ですが、困ってる人がどこにいるかを感知するレーダーみたいな魔法はありません。
なので、とりあえずは知ってるところから立ち寄ってみるのも一つの手段です。
そんな風情で僕は旅の最初に訪れた農村である、ガーソン村までどうにかこうにか足を運んだのですが。
「リリアーヌ……」
「……勇者、様……?」
なぜか当然の権利のように勇者様に出待ちされてました。
エンカウント運があまりにも、あまりにも腐っています。
そんなこといってる場合じゃありませんね、割と真面目にどうしましょう、これ。