無事に結婚式を挙げ、勇者様が王位を継いでからというもの、国の成り行きは順風満帆とは言い難いこともあったように思います。
ですが、その度に人々が力を合わせることで困難を乗り越え、その手法をわたくしが書物に収める形で属人化させずに語り継ぐことで、なんとか大飢饉に見舞われることもなく、セルヴェニア王国は発展してきました。
内政チートとか無理だろと思ってましたけど、案外なんとかなるものですね。
それには勇者様の求心力もあれば、ギルドマスターとして冒険者たちを教え導くようになったバルドさんの存在もあります。
もちろん、宮廷魔術師として仕えるようになったヴィオラさんも、今では魔法のより効率的な普及を目指して、教育改革に取り組んでいます。
わたくしは……なにをしているのか自信がありませんが、聖女の力を活かして、枯れた土地を癒したり、病に苦しむ人々を助けたりとか、薬を作ったりだとか、そんなことばっかりしてました。地味ですね。
でもなんだか、現役時代の延長戦みたいで、四人で冒険していたあの頃を思い出して、時折懐かしい気分になるのです。
もちろん、大魔王の再来なんてことがあったら堪ったものじゃありません。
それでもいつか、デミウルゴスが末期に残した言葉が本当なのだとしたら、人はまた、苦難に立ち向かわなければならないことでしょう。
だからこそ、全てはその時のために。
塔のてっぺんに設けられた小部屋に跪き、わたくしはただ祈りを捧げます。
それが神様に届いているかどうかはわかりません。ですが、祈り続けることが無駄であるとも思いません。
かくあれかし。今日の平穏に感謝をすること。
かくあれかし。昨日という過ぎ去った時間に感謝をすること。
かくあれかし。そして、新たに明日を迎えることができることそのものに、感謝をすること。
そして願わくば、明日という時間の中にわたくしたちの意志を継ぐ者が、苦難にあって尚諦めず、立ち上がることのできる次代の「勇者」が生まれ来ることを。
全ての祈りを捧げて、わたくしは今日の役目を終えたということで塔を降ります。
しかしこう、なんといいますか。お腹が大きくなってくると、足元が見えなくて不安ですね。幸い、近衛騎士の方がついていてくださるので、転ぶ心配はなさそうですけれども。
「今日も祈りを捧げていたのか、リリアーヌ」
「はい。それが聖女としての務めですゆえ」
「君は務めに熱心すぎる……娘もいることなのだから、道を譲るのも一つの手だと私は思うが」
うーん、そうなんですよね。
実際娘に役目を譲った方が色々とわたくしも楽になるんでしょうけれど、祈りに関しては捧げたくて捧げているものでもあるので、素直に王妃の座に収まっているのも退屈だといいますか。
息子も父親譲りの剣術の才を発揮し始めたところですし、それならわたくしも聖女としてのノウハウを娘に譲り渡して念願の隠遁生活を送るのも悪くないのかもしれません。ですが。
「この子たちが生まれるまでは、聖女を続けようかと」
「前にもそのようなことを言っていたな、君は」
「そうでしょうか?」
全くもって記憶にございませんね。
なんて冗談を交わし合える時間も、立場に縛られてくるとやっぱり貴重なものになってくるのです。
だから祈りの場はわたくしにとっても憩いの場みたいなものでございまして、一日中椅子に座ったり会議したりするのも退屈なのです。
聖女。聖女という歳でもなくなってきたのは重々承知していますけれど、それは勇者様も同じことで、ですが、もしも再び国難が訪れたその時は、この人は迷うことなく両手に剣を持って戦うことでしょう。
つまるところ、在り方というものは人の手で決められるものなのです。
いくつになろうとも、例えそれがしわくちゃの老人になったとしても、立ち上がる勇気を持ち続けている限り、前に進む心を持ち続けている限り、人はきっと幸せでいられるのでしょう。
「それを言うなら貴方こそ、その神誓剣をお譲りになったらいいですのに」
「これを譲るにはまだまだ私には及ばんよ」
お互い様じゃないですか。
そんな具合に笑い合って、支え合って、わたくしたちは共に過ごしてきたのです。
平穏と平和がいつまで続くのかは誰にもわかりません。それが魔物の手によって破られるのか、あるいは人の手によって破られるのか、それさえもわかりません。
だからこそ、希望という灯火を消すことなく、明日に祈りをかけるのです。
例え祈ることが無力であったとしても、それが神様に届かなかったとしても。
絶望を跳ね除ける希望を持つこと、それこそ祈りの本質なのかもしれませんね。
ああ、しかし懐かしい限りです。
王都に沈む夕陽を眺めて、その眩しさに目を細めれば、昨日までの記憶が湧き出るように溢れ返ってきます。
最初はあんなに婚約破棄されたがってたのに、今ではそれが嘘のように幸せな生活を過ごしているのですから、勇者様には頭が上がりません。
「ねえ、勇者様」
「なんだい、リリアーヌ」
「……いえ、言い方が意地悪でしたね。『わたくしの』勇者様。願わくば、これからもずっと、わたくしの勇者様でいてくれますか」
「もちろんだとも。君が望む限り、君がいる限り、私はこの手に剣を携えよう。そしてこの腕に君を抱き寄せよう」
勇気ある者、誇りある者。その名に違わない愛を注がれる歓びを知ってしまった今、若く青かったあの頃に帰ることはできません。
できたとしても、望むはずがありません。
ですから、今日の日を明日に繋ぐために、空の器に注いでもらった幸せを一滴も溢さないために。
全てを愛の炉に焼べて、わたくしたちは落ちる夕陽を背に口づけを交わすのでした。
それがきっとこの世の全てであるように、真理であるように。
そして、生まれ変わってこの世界にわたくしが──僕が、生まれ落ちてきた意味を、もう一度なぞるように。
これにて完結となります。読んでいただきありがとうございます!