幻想郷に中途半端に転生したんだが   作:3流ヒーロー

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今回少し短めです


想いは重なりにくいから苦しい

 

 

 

 

5年前、博麗神社。

 

 

「結ッ!」

 

 

無数の結界が藍の体を捕える。力の上がったひしがきの結界は、以前よりも強度・性能共に能力を増している。

 

 

「………」

 

 

しかし、相手は大妖怪・金毛白面九尾の狐。しかも彼女、八雲藍は妖怪の賢者・八雲紫と共に博麗大結界を管理してきた者。結界の扱いは心得ている。ひしがきの結界はいとも容易く破壊される。一体どのような術理が働いているのか、身動き一つ取らずに結界を破壊した藍は変わらずその場に立っている。

 

 

「くっ……!」

 

 

結界が通じない。下手な小細工など一切通用しないだろう。ならば自分の全身全霊の一撃を叩き込むのみ。瞬時に全身を最大限まで強化したひしがきは槍を構え突撃する。策など無い、原始的な槍の突撃。しかし、大妖怪クラスには単純すぎてかわすことも容易いそれを、

 

 

「……な…に…!?」

 

 

藍は指先ひとつで止めていた。

 

 

「大した槍だ。おそらくは神話の時代の名槍だろう。しかし、担い手が貧弱すぎる。この槍の力を使いこなせていない」

 

 

そう言った瞬間、ひしがきは吹き飛ばされた。

 

 

「………が、はっ」

 

 

ゴロゴロと地面を転がる。いつもであればすぐに立ち上がり構えるのに、体が動いてくれない。今までに経験したことの無い攻撃。何所から何を喰らったのかさえ分らない。体が全身等しく衝撃を受けて痙攣したように動いてくれない。

 

 

「…は……はっ……はぁ…」

 

 

呼吸さえもうまく出来ない。動くどころか呼吸をするのも必死になって行わなければならない。

 

 

「どうした?もう立てんのか?」

 

 

藍がこちらを見下ろして尋ねる。立とうとするが、体が思うように動かない。それでも、手を着き足に力を入れる。

 

 

「ぜひっ……は、ぁ……ひ…」

 

 

呼吸もままならない状態で立ち上がることに成功する。ここまでできただけで自分を褒めてやりたい位だ。

 

 

「ひしがき。お前は今まで妖怪相手に戦い、生き残ってきた。それは紛れもない事実だ」

 

 

藍はひしがきに語る。

 

 

「しかし当然の如く妖怪はお前が戦ってきただけではなく、多くの妖怪がいる。そして、お前もよく知るであろう大妖怪もな。その中にはお前の理解を遙かに超える者もいる」

 

 

知っている。俺はまだまだ妖怪を知らないことを、自分自身知っている。というか大妖怪なんてルーミアと幽香と目の前の藍くらいしか知らないのだが。

 

 

「故にお前に教えよう。遙か昔から人間の脅威となり、時に崇められてきた、妖怪の畏れを」

 

 

そう言って藍は手を翳す。俺は歯を食いしばり、槍を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「藍、おかわり」

 

 

「はいはい」

 

 

ひしがきの差し出した茶碗を藍は受け取り米を盛る。多すぎず少なすぎない適量にきっちりと盛るとひしがきに返す。

 

 

「お茶はいるか?」

 

 

「うん」

 

 

空になった湯飲みにお茶を注ぐ。その熱さは熱すぎず且つ冷めすぎていないちょうどほっと息のつけるお茶だ。腹が減っていたのもあり豪快に飯を食ってお茶を飲み干す。

 

 

「お湯、沸いてるぞ。入るか?」

 

 

「入る」

 

 

既に湯船の準備は済んであるらしい。ひしがきは風呂へと向う。着ている服を籠に入れ手早く浴室へ入る。頭と体を洗うと湯船につかる。その温度は高すぎず且つ温くもない、体をゆっくりと休めてくれる適温のお湯だ。

 

 

しばらく湯船につかり体を休める。体を芯まで温めると湯船から上がり脱衣所に出る。そこには先程までなかったはずの綺麗に折りたたまれた着替えが置いてあった。体を拭き、新しい着物に着替える。部屋に戻ると食事の片付けは済んでおり、縁側で藍がほうじ茶の用意をしていた。

 

 

「出たか。こちらに来い。今入れたばかりだ」

 

 

そういって藍の隣に座る。藍が差し出す湯飲みを受け取る。ほうじ茶の香ばしい、いい香りが精神を落ち着かせる。飲むと先程とは違う少し温めの温度、しかし風呂から出た後にはこれ位の温度がちょうどいい。

 

 

縁側から外を眺める。まさに快適だった。

 

 

「今日は何をしていたんだ?」

 

 

「ああ、今日は……」

 

 

今日あった事を話す。無縁塚に行ったこと。弟と人里で話したこと。いろはと手合わせしたこと。藍がここに来てから出かけるときは一日に何があったかをこうして話すことが日課になっていた。

 

 

「ほう、お前の妹はそこまで腕を上げていたのか」

 

 

「ああ、俺も驚いた。天才と言う奴だよ。あいつが居てくれれば、里も安泰だろうな」

 

 

「なんだ?ひょっとして負けたのか?」

 

 

「負けてねーよ」

 

 

他愛ない会話を交わす。今でこそこうやって会話をしているが、住み始めた当初は落ち着かなくてしょうがなかった。それこそ何時寝首を狙われるのかと眠れないほどだった。しかし、この高性能式神の能力は素晴らしいの一言に尽きた。まさに完璧で非の打ち所がないのだ。

 

 

掃除、炊事、洗濯…家事全般を全て完璧にこなしてくれるおかげで俺は己の鍛錬と博麗の仕事に集中することが出来た。それどころか周りの環境を常に快適に保ってくれているのでまさに万全の状態で臨むことが出来た。また、未熟な俺の鍛錬に付き合ってくれた。今まで手探りで強くなるしかなかった俺は初めて師事できる相手を得た。

 

 

彼女のおかげで俺は強くなれた。もし藍が居なければ俺はどこかで潰れていたかもしれない。それくらい、感謝していた。

 

 

「……………」

 

 

しかし、それももう長くはない。もう、5年が過ぎた。いい加減次代の巫女が、博麗霊夢が正式に巫女に就くのも遠くはないはずだ。

 

 

「……………」

 

 

『博麗』になってからの6年を思い返す。長く、辛く、苦しく、この時間は一生続くのではないかと思っていた。藍が来てくれて幾分か楽になるかと思っていたが、むしろ強い妖怪と戦う機会が増えて死にかける回数は多くなった。それでも生きてこれたのは藍のスパルタ修行の賜物だろう。それも大変だったが、何よりも彼女のおかげで俺の寂しさが和らいだ。

 

 

長く暗かった長い道のり。その先にようやく終わりの光が見えてきた。いざ終わりが近づくとなると、どことなく寂しさを覚える。むしろ待ち望んでいたことなのに、寂しさを覚えるのはおかしなことだと自分でも思うが、そう感じてしまう。『博麗』の仕事が終われば自分はおそらくまた里に戻ることになるだろう。今更家に戻るつもりもないので新しく家を建てようかとも思う。

 

 

「どうした?」

 

 

「……いや、なんでもないよ」

 

 

とはいえまだそれは早い。ここまで来たのだ、最後まで『博麗』としての役割を終えなくてはならない。考える時間は、その後いくらでもあるだろう。

 

 

「…明日も頑張るか」

 

 

小さくそう呟いて、お茶を飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

妖怪の賢者、八雲紫。彼女は目の前の無数のスキマから、暗く寝静まった幻想郷を視ていた。そのスキマの中の一つ、博麗神社。そのスキマを、彼女は無言で視る。

 

 

「紫様」

 

 

いつの間にか彼女の後ろに藍が控えていた。彼女は何を言うでもなく主の後ろに控え言葉を待つ。

 

 

「そろそろ頃合ね」

 

 

「畏まりました」

 

 

その言葉だけで、藍は全てを察し頭を下げる。

 

 

「巫女の準備も整った。人間と妖怪のバランスも安定している。結界にも不備はない。………一時はどうなることかと思ったけど、予想以上に悪化しなくて良かったわ。藍、ご苦労様」

 

 

「いえ、ご期待に添えたようで何よりです」

 

 

「期待以上よ。―――何より、アレを見つけてくれたんだもの。これで後顧の憂いが断てるわ」

 

 

従者を労いつつ、八雲紫は神社を視る。無機質に見えるその目に浮かぶ感情は何なのか。それを知っているのか藍は珍しく主に尋ねる。

 

 

「……紫様、本当にそれでよいのですか?」

 

 

「―――あら?貴方は反対なのかしら?珍しいわね、少し一緒に居たせいで感情的になったのかしら?」

 

 

己が従者の諫言におどけて返す。しかし、その目はまるで見透かすように藍を見ている。

 

 

「…………紫様、以前にも申し上げたはずです」

 

 

その問いに藍は軽くため息を吐いた後、

 

 

 

 

 

「―――――あれはさっさと殺すべきです」

 

 

そう、はっきりと告げた。それは感情を殺して見えなくしている顔ではない。確固たる確信を持って藍は主へと告げる。

 

 

「あらあら、冷たいわね。アレはともかく、ひしがき本人は悪い子ではなかったでしょうに」

 

 

紫は藍の返答に満足気に会話する。

 

 

「あれは凡人です。根は善良ではありますが、それだけの人間です。気に留めるほどの者ではありませんよ。……むしろ、アレの近くに居るのは気味が悪くて仕方がありませんでした」

 

 

嫌悪を露に吐き捨てる藍に紫は苦笑する。

 

 

「ふふっ、よく今まで務めを果たしてくれたわ。感謝してるわよ、藍」

 

 

「………」

 

 

主の二度目の賛辞に藍は目を伏せて応えた。

 

 

「あの子も、長い間苦労してくれたんだもの。そろそろ仕事から下ろしてあげましょう」

 

 

扇で口元を隠しながら、博麗神社を見下ろす。その目に何を見ているのかは賢者しか知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、ひしがきは日の出る前に起床するとすぐさま神社の裏へと向い鍛錬に励む。藍が来る前は見回り以外の生活リズムが安定していなかったひしがきだが、藍のおかげで今では鍛錬・見回りを規則的に行うことが出来ている。

 

 

「ふっ!」

 

 

槍を振るう。相変わらず技術的にはまったく進歩のない、ただ突くだけの槍。しかし、その槍は以前よりも確かに完成されていた。

 

 

ひしがきは自分を天才ではないと思っている。事実ひしがきには他よりも突出した才能はない。故にひしがきは何か一つを突き詰めることで己の武器を作りあげようとしていた。おそらく『霧雨の槍』が手に入らなければひしがきは結界だけを鍛えていただろう。しかし、以前ひしがきは藍こう言われていた。

 

 

「……ふむ、確かにお前の槍の腕前はひどいものだ。まるで猿に槍を持たせたようだな。だが、まったく才能がないわけでもないようだ。思うが侭に槍を振るってみろ。その未熟な才でどこまで行けるかは分らんが、もしかしたら面白いことになるやも知れん」

 

 

藍の言葉に、ひしがきは一つの可能性を見た。彼女は非常に厳しく容赦ないがその指導は常に適確で無駄がない。彼女がそういうのだからまず間違いはないだろう。どこまでいけるか分らないが、そんなものいってみれば分るだろう。

 

 

「はっ!」

 

 

ただただ、ひしがきは槍を振るう。

 

 

残り僅かではあるが、自分の役割を果たす為に。幻想郷のため、里のため、里に住む家族のため、弟妹のため、自分を支えてくれる者のため、自分のため、少しでも強くなろうと槍を振るう。

 

 

その顔には以前の暗い影は少なくなり、僅かな希望があった。

 

 

 

 

 

 

 


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