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どうも、保険もないこの世界で日々が文字通り命がけの毎日のひしがきです。
今日はいつもの仕事ではなく警邏で里の周りをグルグル回ってます。最近どうにも妖怪の被害が続いているためこうして退治屋と一緒に俺が見て回ることになった。
まあ、つまりはいつもと変わんないってことだ。
今は退治屋二人と一緒に里の近くを見てる途中。しかしなんだかこの二人、若い。いやまだ今年で9歳の俺が言うことじゃないが退治屋ってのは結構中年のオッサンとかが多いんだがこの二人は大体二十歳くらいの見た目だ。
「なあ、最近妖怪がよく出るだろ。今度博麗の巫女が里に来るらしいぜ」
「本当か?」
「ああ、この間他の退治屋が話してるのを聞いてよ。なんにしても博麗の巫女が動くのならしばらくは楽になりそうだな」
しかもこの二人、経験が浅いだけなのかそれともただ単にお気楽なだけなのか、まったく周りを警戒していない。普通人里から出るときは誰しもあたりを警戒するものだがこの二人はまるで散歩でもしてるかのようだ。
見回るにしても組み合わせを考えた方がいいと思う。それとも俺と一緒ならある意味で安全と判断したのか、いずれにせよ不安が残る二人だ。
それにしても博麗の巫女、か。以前何度か目にしたことがある。その姿は博麗霊夢ではなかった。知識の中では先代巫女としてあった女性の姿に酷似していた。ならばここは自分が知る東方の世界の過去になるのかとも考えたりもしていたが、今は正直どうでもよかった。
確かに知識の中で知っている東方のキャラクターに興味がないといえば嘘になる。しかし、今の俺は毎日を懸命に生きていかなければならないのだ。たまたまその姿が見れたならああ、これがと思うかもしれないがそれだけだ。
寧ろ関わって余計なことには首を突っ込みたくはない。今は日々の安全が何より大切だ。妖怪と対峙する様になって本当にそれをひしひしと感じる。
ともかく彼らの話によれば近々博麗の巫女が人里を訪れるらしい。それも恐らくは近頃頻繁になった妖怪の出現に関わってのことだ。気を抜くわけではないがこれで少しでも妖怪の出現が減ってくれると助かるのは事実だ。
「それにしても、さ」
「ん?」
「博麗の巫女ってよ、美人だよな」
「…お前もそう思うか?」
「ああ、しかもイイ身体の肉付きをしてる」
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いきなり話が下世話になったな。
「あれで男っ気がないんだからもったいないよな」
「だな。巫女にそんな色めいた話なんて聞いたことがない。けどもったいないよなぁ、あんだけ美人で器量がいいのに」
「ああ、もしもかなうなら是非一度お相手願いたいもんだ」
「おいおい、あんまり大きな声で言うなよ。万が一誰かに聞かれたらまずいぞ」
けらけらと笑いながら二人は話している。よくもまぁ、そんな口が利けたものだ。博麗の巫女は幻想郷の守護者。ここには3人しか居ないとは言えその神聖なる巫女に対してそんな口を叩くのはどうかと思う。
この歳頃の健全なる男子なら美人に対して邪な感情を持ってしまうことは仕方ないにしても相手が相手だ。もう一人の男の言うとおり聞かれたらまずいだろうに。
「心配するなよ。ここには俺達と子どもが一人だ。誰も聞いてないさ。おい、ガキ」
話していた若い男がよって来てひしがきの胸倉を掴む。
「俺達が話してたこと、誰にも言うんじゃないぞ。もしも言ったら……」
威圧するような低い声で男がひしがきを脅す。正直こんな男、妖怪と対峙したときに比べたら鼻で笑うくらいのものだ。少し閉じ込めて新しい結界の実験台にしてやろうかと黒い感情が沸いてきたが抑える。
「わかりました。誰にも言いません」
自分を見下す男に、冷ややかな目を返しながらひしがきは淡々と言う。男は鼻を鳴らしてもう一人のところへ戻っていった。
(……はぁ)
小さくため息を吐く。ため息を吐くと幸せが逃げると言うが元々幸せとは言い難いので気にはしない。お気楽な連中だとしみじみ思う。どうして退治屋に所属しているのかは知らないが恐らく彼らは妖怪と対峙した経験はないのだろう。人里を出ても彼らは隙だらけだ。気を張っている様子が皆無だ。
あるいはひょっとして先程話に出てきた巫女とお近づきになりたいとか下卑た理由で退治屋にでもなったのだろうか。だとしたら本当に愚か者だと思う。銃を撃ちたいから軍人になりますと言っているものだ。
いっそ一人で見回りをしようかとも思ったが、万が一を想定して一緒に居た方がいいだろうと結論付け少し離れた彼らの後を付いていく。
(そういえば博麗の巫女が来るんだっけか……)
博麗の巫女。おそらくは博麗霊夢の先代。ここでの生活にいっぱいいっぱいでその内考えなくなっていたが彼女はこの世界のキーパーソンだ。だからと言って直接自分と関わることはまずないだろうが。
最初の頃はどんな人なのかと妄想を膨らませたものだ。そういう意味では俺も先を行く彼らも大差はない。そう思うと過去の自分が恥ずかしい。それでもあそこまで煩悩丸出しの馬鹿ではなかったが。
当代の巫女は一言で言うなら厳格、無口、無表情と言う言葉が当てはなる。必要最低限の言葉しか話さず、表情からは喜怒哀楽が感じ取れない。けれど無感情と言うわけではない。そして、なにより厳しく容赦がない人と言うことだ。
何でも昔、目の前の馬鹿二人のような男が言い寄った時に拳で吹き飛ばしたという話を聞いた。巫女に男の影がないのはそういう理由からだと思う。初めはとある有名な二次創作みたいに内心お花畑みたいなこと考えてるのかと思ったらそうではないようだとこの話を聞いて思ったもんだ。聞いたところによるとその戦いぶりは肉弾戦が主だという撲殺巫女らしい。札や陰陽玉を駆使した博麗の巫女の伝統的なものはあまり使わないらしい。
しかし、博麗の巫女の技か。その代表的なものに当たるのが結界だ。そもそも博麗の巫女は幻想郷を覆う博麗大結界の管理を担う存在。結界に関していえば専門とも言えるエキスパートだ。彼女に聞けば俺の能力も少しは新しい可能性が見えてくるかもしれない。
(会ってみたいな……)
生きるための術は多い方がいい。伸び悩む自分としては、会って色々教えて欲しいものだ。
そのまま特に何も起こらず見回りは終了した。よかったといえばよかったのだがあの二人が痛い目見ればいいと考えてたので少しだけつまらなかった。できればもう二度と一緒には仕事をしたくない。
これで仕事が終わりと言うわけではない。この後は一応里の中心部でもしもの事態に対応できるように待機しなければならない。くっ、9歳児をこき使うなんて、労働基準法はどうした!
むさくるしいオッサンと一緒に談笑する気はないので一人で里を見回ってきます、と言って里をブラつくことにした。人里の町の造りは時代劇に出てくるような江戸時代あたりの町並みだ。初めの頃は物珍しくてあっちこっち歩き回ったが、今となっては面白みのない見慣れた町だ。
何よりこの時代、娯楽が少ない。子どもはそこらへんを駆け回ったり、剣玉なりお手玉なり遊び道具がある。しかし、そんなもの感覚が現代人の俺にとっては面白みのないものだ。大人は酒でも飲んで笑いながら話せばそれで楽しいだろうし中には博打をしている者もいる。しかし、俺は酒はそれほど好きではなく……それ以前にこの体では飲むことも出来ないし博打なんて金もなければやる気もない。
そんな娯楽もなく仕事が厳しい中で俺が自分の時間をなんに使うかは限られる。
その一つが
「いらっしゃいませー。あ、ひしがき君こんにちわー」
この里にある貸本屋『鈴奈庵』で本を読むことだ。今俺に挨拶してくれたのはここの主人の奥さんで常連の俺とは顔なじみだ。なんでもおめでたらしくお腹がまだ小さくではあるが膨らんでいる。おそらく今彼女のお腹にいるのが東方鈴奈庵の主人公、本居小鈴なのだろう。
「今日もまた勉強しに来たのかしら?」
「はい、いつもいつもすいません」
深々と頭を下げて本を差し出す俺に鈴奈庵の奥さんは笑いながら本を受け取る。
「いいのよ、気にしないで。ひしがき君は子どもなのにしっかりしてるから本を大事にしてくれて嬉しいわ」
この人は俺を子ども扱いしてくれる数少ない人だ。俺が結界について少しでも上達する為に色々と調べているときにここを訪れてからの付き合いでもう4年近くにもなる。当時、と言っても今も子どもだがその俺に対して無料で本を貸してくれているのだ。
しかもここの本の蔵書量はなかなか多く陰陽術、神道、法術、魔術など様々なジャンルの本も揃っている。俺はその中で結界やその他に使えそうな本を手当たりしだいに読ませてもらっているのだ。
「今日はこれを貸してください」
「あら?もういっちゃうの?」
「はい」
いつもならここで色々と立ち読みしてから借りる本を選ぶのだが今日は既に借りる本を決めていたので行くことにしていた。
「そう、それじゃあ気をつけてね。…あんまり仕事で無理しちゃ駄目よ」
それが無理な頼みであることは彼女も知っている。知っていて、止める事が出来ないのは今の現状を考えれば仕方ないことだ。
「はい」
それでも自分を心配してくれる人が居るのはありがたいと、本当にそう思う。思ってくれるだけでも嬉しいことだ。
以前にも言ったが結界は人が張るときは東洋西洋問わずまず術式なり適した触媒なりを介さないと張れないものらしい。あとは霊力が高くないと結界とは基本使うことが出来ない。
にもかかわらず俺が結界を張ることが出来るのは生まれ持っての能力のおかげである。俺がここで結界について調べた結果、そもそも結界とは簡単に言えば領域を区切ることだと言う。聖なる領域と不浄の領域を分けることで秩序を維持するための区域を創るのが本来の結界だ。
だが俺が普段使っている結界は空間を区切ることで壁を作り出しているというだけ。さっきのような儀式めいた仕組みの結界なんて作ることができない。
さて今日はここからが本番だ。結界にも様々な結界がある。俺のようにただ空間を区切って壁を作るもの。この幻想郷を覆うような外と内の世界を分けるもの。特定の存在を封じるためのものもあればただセンサーの役割を果たす物もある。
俺が今回試すのは対妖怪の結界、つまり妖怪を滅する退魔用結界……のようなものだ。なぜ様なものと言うかといえばこれまた俺の能力のせいだ。普通の退魔用結界は単純に結界を張る術式に退魔用の術を組み合わせて作る。例えば札で退魔用結界を張る場合その術式が正しく組み合わせられる法則に沿って札にその術を書き込み霊力を流すことで術を起動させるわけだ。
しかし俺の場合結界自体がどのような力でどのような法則によって張られているのか分からない。なので他の術式に組み合わせてもうまく組み合わせることが出来ない。おそらく一番近いであろう霊力によって発動する神道の結界術そのまま使ったとしてもうまく発動しない。それは俺の結界という土台の上にまったく別の構造の土台を作って家を建てるようなものだ。そんな不安定なものは使い物にならない。
つまり俺が退魔用結界を使う上ですべきことは、つまり俺の結界という土台にあった退魔用の術式を組み込むことである。幸いと俺の結界は感覚的なものなので様々な術式を使って違和感のある物を除いてしっくり来るものを探せばいい。そして今回試行錯誤した成果を試すときが来たわけだ。
俺が結界に組み込むの退魔の術式は複雑なものではなく至極簡素なもの。威力など期待は出来ない。精々人間にとっては指先に静電気が走った程度の効果しか発揮しないだろう。だが基本中の基本、単純簡単なため様々なものに応用が出来る。俺の結界にもおそらくは作用するだろう。
「…………」
頭の中で術式を練る。それは感覚的なものでしかないひどく曖昧な設計図だ。以前適当な術式を組み合わせたときは頭の中がドロドロになって崩れていくような感覚に襲われて腹の中のものを根こそぎ全部吐き出したりもした。
今度は前のような失敗をしないように、慎重に組み上げていく。理論なんてない。法則なんてない。
ただ自分が推論しただけの理屈の分からない力に大雑把な術を組合すという、ある意味で術を行使する上で最も愚かな方法。
だがそれでいい。これはひしがきの持つ能力は先天的なものだからだ。法則の沿って術を行使するのは後天的なものだけだ。鳥は空を飛ぶ理論など知らない。ただ生まれ持った翼があるから飛ぶことができるだけだ。人は翼を持って生まれない。だが理論を知っているから翼の代わりになる物で飛ぶことができる。
「結っ」
指の先にいつもと同じように結界が展開される。ただいつもは無色の結界に僅かに赤色が淡く色付いていた。
ひしがきは以前妖怪の屍骸から取った毛を結界の上に置く。しばらく置いておくと妖怪の毛はだんだんと黒く変色していく。そして最後には形を崩し粉々になった。
「……とりあえずは成功、かな」
消し炭になった毛を見て実験の結果はうまくいったと判断する。とは言っても結果は微々たる物だ。
妖怪の屍骸の毛を燃やすだけで時間が掛かる程度の結界。今までは結界の強度と持続時間を主に重点的に延ばしてきたとは言えここまでの成果を出すのに随分時間がかかってしまっている。
「そういう意味ではこの結果は大きな一歩だよな」
しかし、今回でようやく最初の一歩を踏み出すことが出来た。後は徐々にこれを強力なものにしていけばいい。
そろそろ戻っておかなければ口うるさく言われるだろう。うんうんと頷きながら満足気に町の中心部へと向った。