幻想郷に中途半端に転生したんだが   作:3流ヒーロー

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続けて投稿。




助けようとする奴は大抵足手まとい

 

 

 

「ひしがきさんが…博麗の?」

 

影浪の言葉に、わかさぎ姫は驚愕した。何故なら博麗の代理とは、妖怪たちにとって悪い印象どころのものではない。

 

彼女たち草の根ネットワークは言ってみればはぐれ者の集まりである。理性ある妖怪は人間と同じく何かしらコミュニティに属している場合が多い。妖怪の山がその代表例だろう。コミュニティを作ることは情報や防衛など多くの面においてメリットがある。

 

幻想郷には、人間には人間の、妖怪には妖怪の、それぞれの社会が成り立っているのだ。歴代の博麗の巫女たちは、そのバランスを保ちつつ、中立の立場として幻想郷を守ってきた。必要以上に妖怪のテリトリーを侵さず、かといって人里に深く根付くこともなく。あくまで幻想郷を守護する者として中立を守ってきた。

 

しかし、博麗の代理はあらゆる点において例外だった。博麗としての選出に関してもそうだが、何より彼は常に人間側に立ち、そして妖怪のテリトリーに侵入し妖怪を退治したのである。

 

それによって何が起こったか。妖怪は不信感を、人間は恐怖を、互いに募らせることになったのである。

 

彼女たち草の根ネットワークは幻想郷のどのコミュニティにも属さず、また関係も薄い。そんな彼女たちにさえその原因であるひしがき―――博麗の代理の悪名は伝わっているのである。

 

わかさぎ姫は驚愕した。しかし、すぐにそれは疑問へと変わる。

 

(ひしがきさんが……?)

 

まだ2度しか会っていないがわかさぎ姫にはどうしても伝え聞く博麗の代理とひしがきが同じ人物とは思えなかった。

 

「影浪、それって本当の事なの?」

 

「…たぶん。博麗の巫女本人が言ってたから」

 

「………」

 

分からない。ひしがきが自分から幻想郷のバランスを崩すような真似をするような人間にはどうしても見えない。

 

いつもどこか疲れたように、無気力でいて…しかしそれでも彼は竹林で迷う影浪に助力し、自分のために薬を置いて行ってくれた。そんな人間がはたして妖怪に対して容赦なく振る舞うだろうか?

 

「影浪ちゃん、あなたはひしがきさんが噂通りの人だと思う?」

 

「……はっきり言って分かんないかな。ひしがきは私を助けてくれた。それは感謝してるよ。でも、私たちひしがきのこと何にも知らないのよね。博麗の事も、何も…」

 

そう言って影浪は目を伏せる。彼女もまたどちらが本当のひしがきなのか、計りかねていた。二人が頭を悩ませていると、蛮奇が重い足取りでやって来た。

 

「あ、蛮奇、ちょうどよかった…ってどうしたの?顔色悪いわよ」

 

影浪が蛮奇にも意見を聞こうとするが、蛮奇は顔色を悪くしてへたり込むようにしてその場に腰を下ろした。

 

「どうしたの蛮奇?」

 

駆け寄って蛮奇の背をさすりながら影浪は問いかける。遅れてわかさぎ姫も飛び跳ねてやってきて二人で蛮奇の顔を覗き込んだ。すると蛮奇は二人に飛びつくように抱き着いた。

 

「し、死ぬかと思った~~」

 

目尻に涙を浮かべながら、蛮奇は二人に縋り付いた。

 

「ちょ、どうしたのよ、いきなり」

 

「ほんと、殺されるかと思った、あれはやばかった……」

 

「蛮奇ちゃん、本当にどうしたの?」

 

「……ねぇ、もしかしたら、里の方で暴れすぎちゃた?」

 

かつて鬼の襲撃があった後、霊夢が博霊の巫女になった後にも異変によって人里に異変の影響が出る事は今まででもあった。当時、里の人間たちは驚き戸惑った。だが里に直接的な被害は出ることは無く、その後に続く異変においても被害は無かったことから、今では異変が起きても里が騒ぎ出すようなことは少なくなった。

 

たとえ蛮奇が里の近辺で暴れたとしても、ある程度ならばこれまでの異変同様問題はないだろう。しかし、弾幕ごっこならばともかくそれが里に被害を出すか或いは里の人間に直接けがを負わせるなどしたらこれまで通りとはいかないだろう。仮にそれをしてしまったとしたら、下手をしたら退治される可能性だってある。

 

暴れすぎたことで蛮奇が退治されかかったのではと思った影狼だが蛮奇は首を振ってそれを否定する。

 

「ぐす、違う…確かにちょっとはしゃいではいたけど、里では暴れてないし誰にも怪我はさせてもないよ。ちゃんと弾幕ごっこで戦ったし…」

 

「じゃあ、一体どうしたの?」

 

蛮奇が言う通りならばこんなにも彼女が怯えているようなことは今の幻想郷では起きそうにはない。

 

「ひしがき」

 

「「…!」」

 

「私がひしがきの名前を出した途端に、里の退治屋に殺されるかと思った」

 

蛮奇の言葉に二人は驚き目を合わせる。たった今、その当人の話をしていたところなのだ。しかも里の退治屋がひしがきの名前を聞いた途端に蛮奇を殺そうとしたという事は…さっきまで二人が話していたことがより一層真実味を帯びてくる。

 

「…ねぇ蛮奇、実はね―――」

 

影狼がわかさぎ姫と一緒に話し合っていたことを蛮奇に話す。

 

「…多分、その話は間違いないと思う。わざわざ博霊の巫女が嘘を言うとは思えないし、そうじゃなかったらあんなことにはならなかっただろうしね」

 

話を聞いた蛮奇は落ち着きを取り戻し、冷静になってそう言った。

 

「…でも、それでも私はひしがきさんが噂通りの人だとは思えません!さっきだって私にお薬をくれたんですよ!」

 

「わかさぎ姫、気持ちはわかるけどちょっと落ち着いて……」

 

「――ちょっと待った。さっきだって?」

 

蛮奇が顔を上げてわかさぎ姫に問いかける。

 

「はい、そうですよ」

 

「その後、ひしがきはどうしたんだ?」

 

「えっと、私がお礼を言う前にあっちの方へ…」

 

そういってわかさぎ姫が指さす方に、不気味な嵐が渦巻いていた。

 

「まずいな…」

 

「まずいって、何が?」

 

「さっき言った私を殺そうとした退治屋も同じ方向に向かっていったんだ」

 

「ちょ、それって、ってわかさぎ姫!?」

 

蛮奇の言葉を聞くや否やわかさぎ姫は嵐の方に向かって飛び出した。ここから城まで急いでいけばそれほど時間はかからないだろう。うまくいけばひしがきが退治屋に会う前に知らせることができるかもしれない。

 

「わかさぎ姫、ちょっと待て!」

 

「ダメです!早くひしがきさんに教えてあげないと!」

 

「それにしたってもうちょっと考えてから、ってああもうっ!」

 

止まらないわかさぎ姫を追って影狼と蛮奇の二人もまた嵐の方へ向かって飛び出していった。

 

 

 

 

 

ひしがきは輝針城の真下で異変の成り行きを見守っていた。ひしがきがこの場所についてすぐに、霊夢といろはが城の中に入っていくのが見えた。そしてつい先ほど、城の一画から一条の光が迸るのが見えた。おそらく、あれは魔理沙のマスタースパークだろう。

 

(……どうやら、無事に異変を解決できてるらしいな)

 

その光景を見上げながらひしがきはとりあえず一連の異変が解決に向かっている事を確認する。

 

(あとは、鬼人正邪か)

 

そう、本来ならばこの異変は一寸法師の末裔である針妙丸を倒す事で幕を閉じるはずである。だが、ひしがきは今だ拭い切れない不安を感じていた。

 

これが自分の思い過ごしならばいい。だがそうでなかったら…。

 

脳裏に浮かびあがるのは嘗て戦った強大な力を持つ鬼。

 

城を取り巻く嵐を見た時、ひしがきは鬼が現れるきっかけとなった瘴気を撒き散らす鬼瓦を思い出した。似ているのだ。この嵐が。あの時噴き出していた瘴気に。

 

「……………」

 

ひしがきは、無言で城を見上げる。その眼は不安と、わずかに恐怖に揺れていた。静かに上を見上げるその姿は、まるで天に向かって祈るようにも見えた。

 

 

だが、ひしがきの祈りが届くほど、この幻想郷は優しくはなかった。

 

 

「ッ!!」

 

突如、輝針城が大きく揺らいだかと思うと、糸が切れたかのように城が落下し始めた。

 

「………クソがっ!!」

 

やはり自分の悪い予感は外れた事が無い。改めてそんな嫌な事を思いながらひしがきはその場から駆け出した。

 

このままでは城の下敷きになる。あれほどの質量が落ちたとなればその真下に居れば命などないのは火を見るより明らかだ。

 

真下に居たとはいえ城との距離は十分に離れている。中の霊夢たちが気になるが、今の自分にはどうしようもない。それに彼女たちなら自分が心配するでもなく脱出するだろう。

 

ひしがきは落ちていく城を脇目に見ながら安全圏へと走る。

 

(このままなら大丈夫だな)

 

自分の速度と落ちてくる城を見ながら、ひしがきは問題なく城の落下地点から逃れられることを確認する。と、同時に城から霊夢、魔理沙、いろはが脱出するのが見えた。その僅か上空には鬼人正邪の姿も見える。

 

(やっぱり、あいつは……)

 

あの正邪は自分の知っている本来の正邪とは違う。その原因はまだわからないが、正邪に向かっていく霊夢たちを見て自分もそこに向かうべきか悩む。

 

自分が行けば、まずいろはが黙ってはいないだろう。そうなれば自体がややこしくなる。となれば自分はまだ様子を見ていた方がいいだろう。

 

懸念は多くある。が、自分はまだ動くべきではない。そう結論づけたひしがきは見届けるべく場所を移動しようとして、

 

「……………は?」

 

城が落ちていく先に居る、見知った姿を捉えた。

 

 

 

 

 

 

「何してんのわかさぎ姫!さっさと逃げるわよ!」

 

「でもひしがきさんが…!」

 

「ひしがきも逃げているに決まってるだろ!とにかく私達も早くここから逃げるんだ!」

 

ひしがきを追って城に向かっていた草の根の三妖もまた、空の城が落下し始めたことに驚き逃げだしていた。そんな中でわかさぎ姫だけが逃げながらも辺りを見渡してひしがきの姿を探していた。

 

そんなわかさぎ姫の手を引き、影狼と蛮奇は城の落下から巻き込まれまいと駆け出す。

 

(っ!まずい!)

 

影狼は本能的に危機を感じた。いかんせん城の落下に驚いて逃げるのが遅れてしまった。その上影狼と蛮奇は弾幕ごっこをした後、わかさぎ姫を追ってここまで飛んで来た後である。その疲労がここにきてピークに達していた。ひしがきからもらった薬で幾分か回復したわかさぎ姫も、元来水中を泳ぐ妖怪である彼女は二人ほど早く飛ぶことが出来なかった。

 

頭上から迫る城はもう間もなく地上へと落下する。いまだ安全と言える場所までは距離がある。

 

(ダメッ!間に合わない!)

 

疲れた体から必死になって力を振り絞る。しかし、それでもまだ届かない。

 

城の頂上が、とうとう地上に到達した。

 

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!!!!!!!!

 

 

激しい音と衝撃が辺りを襲う。続いて落ちてくる城がまるで雪崩のよう凄まじい勢いで影狼たちに迫ってくる。

 

そして、その脅威は、あっけないほど簡単に影狼たちに追いつき、襲いかかった。

 

「あああああああああああっ!!!」

 

「っ!蛮奇!?」

 

「蛮奇ちゃん!」

 

わかさぎ姫の手を引いていた蛮奇が、その手を離し振り向き様にありったけの力で弾幕を放った。

 

渾身の弾幕。弾幕ごっこでは使用できないほどの殺傷能力を持った攻撃。逃げられないのならば迎え撃つ。それはまさに決死の一撃だった。

 

だが、

 

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!

 

それは向かってくる大きすぎる力の前には、悲しすぎる程に小さかった。

 

「あっ……………………」

 

自分の精一杯のあがきが、全くの無意味に終わってしまった事に、思わず蛮奇から力の抜けた声が漏れた。

 

そんな蛮奇を後ろから、力いっぱいに、離さないように、影狼とわかさぎ姫が抱きしめる。そして、覚悟を決める間もなく、城の瓦礫が3匹の妖怪を飲み込んだ

 

思わず目を閉じた直後、耳を劈く様な音が響いた。

 

 

 

「…………え?」

 

すさまじい破壊音の中、目を閉じた二人に呆然とした蛮奇の声が届いた、爆音が鳴り止まない中、いつまでたっても訪れる事のない衝撃に、恐る恐る目を開ける。

 

「…………え?」

 

そして、二人もまた同じような声を漏らした。

 

ォオ

 

それはあまりに衝撃的で信じられない光景だった。

 

ォォォォォオオオオオオオ

 

はるか上空から堕ちてくる巨大な城。言うまでもなく、考えるまでもなくその力の大きさは脅威的で暴力的だ。抗いようもない力の正面に、

 

ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

いや、蛮奇・わかさぎ姫・影浪たちの前に、ひしがきが立っていた。

 

 

 

「ぐ、うぅぅぅっ!!」

 

逃げる影浪たちの前に、間一髪でひしがきは結界を展開し城の落下する衝撃と瓦礫から守ることに成功する。

 

正面から受け止めるのではなく、出来るだけ城の衝撃もろとも残骸を受け流すように正面に向かって鋭く槍の様に展開された結界は、一瞬のうちに数十の結界によって重ねられ構成された堅牢なる結界である。

 

しかし、城の力の大きさもまた尋常ではない。

 

「……………ッッ!!!」

 

歯を食いしばってひしがきは結界を展開する。既に結界の先端は力を受け流し切りずに崩壊し、徐々に結界全体へと亀裂が広がっていく。

 

あと少し。城の落下によるこの爆発的な力はあと少し堪えれば治まる。

 

ひしがきは僅かに振り向く。そこには蛮奇が、わかさぎ姫が、影浪が、驚いた顔でひしがきを見ていた。

 

「こ、のぉ!」

 

力を込める。この程度の力、止められなくてどうする。守れなくてどうする!

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

ひしがきの声が、大きく響いた。

 

 

 

 

 


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