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「ひぇ~~…………」
真下で城が地面へと落ちて崩壊していくのを魔理沙は呆気にとられながら見下ろしていた。その衝撃は凄まじい物で、空に居ながら下から空気が膨張し破裂した衝撃が魔理沙たちのいる場所にまで届くほどだった。
チラリと魔理沙は横にいる霊夢といろはを見る。二人とも下に落ちた城を一瞥して、すぐに目の前に浮かぶ鬼人正邪を見ている。霊夢はわずかに警戒の色をのぞかせて、いろはも僅かに殺気を含ませ睨みを利かせて正邪を見ている。
(二人ともかなり気にしてるな……)
普段共に異変を解決する魔理沙は、だからこそ二人が目の前の妖怪をいつも以上に危ぶんでいる事が分かった。
魔理沙が常に二人より先んじて行動する理由、それは魔理沙本人の性格もそうだがもう一つの理由として二人の直感にあった。霊夢といろはは天才である。その天賦は技量のみにとどまらず、何となく感じたことから異変解決の糸口を見つけ出すその直感があった。
魔理沙にはそんなものはない。自分に出来るのはいつだって努力し続ける事だと思っている魔理沙は常に二人よりも早くに行動を起こしていた。魔理沙は知っている。二人の直感が驚くほど当たるという事を。
そして今、その二人が会ったばかりの、それほど力を感じない妖怪に対して全くの油断もなく警戒している。
自然と魔理沙もまた警戒を上げ、箒を握る手が強くなった。魔理沙にも、今の正邪は不穏な物を感じることが出来た。さっき弾幕ごっこで勝ったからと言っても油断は出来なかった。
「ケケケケケケッ、いい具合にきまったなぁ。始まりの合図にしちゃちょっとばかり大きかったかもしれないが…まぁ派手な方が盛り上がるってもんだろ?」
「何言ってるのよ。これで異変は終わりよ。城は落ちた、嵐も消えた、まぁ事後処理が色々面倒そうだけど…あとはアンタをとっちめるだけね」
「…ま、そういうことだな。ちょっと驚いたけどこれで終わりにするぜ」
「…ん」
三人が正邪に向かって構える。何も言わず三人の考えは共通していた。つまり、三人がかりで早く正邪を抑える、と。
「ククッ」
数も、力も、全てにおいて不利な状況に置いて、正邪は嗤う。
「いいねぇ、強者が束になって弱者を倒そうとする。逆よりもずっといい。弱いやつが集まって強いやつと戦うなんて安っぽいものよりずっっっっと面白いじゃないか!」
「正邪…」
霊夢達のやや後ろにいる針妙丸が誰にも届かない声で小さく正邪を呼ぶ。正邪はニヤリと顔を歪める。
「だからこそ、反逆のし甲斐があるってもんだよなぁ!」
霊夢達の下、城の瓦礫が上から落下する力に従って四散した瓦礫が城の墜ちた中心にできたクレーターの周囲へと散らばっていた。
その中で不自然な箇所が合った。通常であれば円状に広がるであろう瓦礫の残骸の中で、ある地点から線上に掛けて落下による被害が少ない場所。
「う……っ…」
ひしがきの張った結界は間一髪のところで瓦礫の猛威を防ぐことが……できなかった。結果として3人に目立った外傷はないが余波で僅かに吹き飛ばされた程度で済んだ。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…!」
だが、三人の正面にいたひしがきには余波だけでなく瓦礫が襲い掛かった。勢いがほぼ治まっていたとわは言え正面からぶつかったひしがきは大怪我と呼べるほどではないが前に無数の打撲や裂傷、小さな瓦礫の破片が突き刺さっていた。だがそれ以上に限界以上の結界を張ったことで消耗したひしがきは仰向けになって大きく肩で息をする。その後ろでいまだ状況が飲み込めず呆然としている妖怪の少女たち。その中で影狼が最初に我に返った。
「っ!ひしがき!」
それに釣られて我に返ったわかさぎ姫と蛮奇。三人がひしがきへと駆け寄る。
「ひしがき!大丈夫!?」
ひしがきを気遣う影狼たち。ひしがきはしばらく何も答えずに大きく息をするだけだったが、しばらくして呼吸が落ち着くとわかさぎ姫に与えた物と同じ丸薬を取りだし口に放り込んだ。
ボリボリと噛み砕き丸薬を飲み込むと、ようやく落ち着いたように深呼吸をする。
「………お前ら、一体あそこで何してた」
起き上がり、俯き加減にひしがきが影狼たちに問う。
「……実は―――」
「私を弾幕ごっこで負かした人間がひしがきの名を聞いたとたんに殺気を剥き出しにしてきて。私は何とか無事だったけど、ひしがきの向かった方にその人間が行ったと聞いたわかさぎ姫がひしがきに伝えようって飛び出したのを私達が追ってたの。そしたら、いきなり城が落ちてきたんだ」
蛮奇は俯いたひしがきの前に膝をついて顔を覗き込む。ひしがきは予想外の出来事に舌打ちし、苛立ちながら目を向ける。
「……ごめんなさい、私たちは余計なことをしたみたい。けど、私たちは―――」
「早くここから離れろ。いいな」
蛮奇が言い終わる前に、そう言ってひしがきは3人に背を向けて歩き出した。蛮奇が悔しげに口を閉ざす。その背中をわかさぎ姫が思わず追いかけようとしたが、影浪がわかさぎ姫の肩に手を止めて首を振ると、わかさぎ姫は顔を悲しげに俯かせた。
「……行きましょう。これ以上、ひしがきの邪魔になるわけにはいかないでしょ?」
そう言って影浪はわかさぎ姫の手を引く。
「これが済んだら、またひしがきに会いに行きましょ?」
そう言ってわかさぎ姫を励ます。しかし、わかさぎ姫は顔を俯かせたまま自分を責めていた。ひしがきの為に、良かれと思って起こした行動が裏目に出てしまいその結果ひしがきにとって大きな負担になってしまったことがわかさぎ姫に重く圧し掛かっていた。
その上自分のせいで大切な友達さえも命の危機に巻き込んでしまったのだ。おとなしく優しい彼女の心は深く沈んでいた。それでも、その目は去っていくひしがきを追っていた。
「はぁっ!」
霊夢が符を放つ。
「いっけぇー!」
魔理沙が魔力の閃光を撃つ。
「…ふっ!」
いろはが斬撃を飛ばす。
三者三様の弾幕は、取り囲むようにして正邪に迫る。彼女たちは弾幕ごっこと言う点ではこの幻想郷でも上位の実力者である。
一人でも強敵。二人そろえば一方的。三人揃えばそれはもう蹂躙されるだけである。
弾幕が正邪に当たる。無数の弾幕が弾け光が花火の様に輝いたり雪の様に揺らめく。
「……ケケケッ」
だが、その中から姿を見せる正邪にはダメージどころか傷一つない。
さっきから、正邪は霊夢達を相手に攻勢に出てはいない。最初こそ能力で霊夢達を引っ掻き回して挑発していたが。霊夢達がすぐに対応してみせると、正邪は撃ち落として見せろと言わんばかりに弾幕を受け続けている。
「あーもうっ!これでもダメなのかよ!さっきはちゃんと効いたのに何で平然としてるんだ!」
マスタースパークを受けても平然としている正邪に魔理沙が悔しそうに頭を掻く。
「…ケケッ、おーおーどうしたよ?それで終わりか魔法使い?そんなへなちょこ光線じゃいつまでたっても私は倒せないぜ」
正邪がチロチロと舌を出して挑発する。
「こんのっ、言ったな!」
一向に効かない弾幕にイライラしていた魔理沙は正邪の馬鹿にした顔と言葉にあっさりと引っかかり更に魔力を八卦炉に籠めて構える。
「………」
いろはもまた無言で刀を構える。が、その間に霊夢が割って入った。
「何だよ霊夢。今私がぶちかまそうとしてんだぜ」
魔理沙が更に言葉を続けようとするが、霊夢が横目で制するのを見てしぶしぶと八卦炉を下げた。
「…ねぇ、あんた、私たちと弾幕ごっこする気ないでしょ?」
「ああ、ないね」
霊夢の質問に正邪はあっさり返した。
「はぁ!?なんでだよ!」
「何でも何も、何で私がそんな強者が作ったようなルールに従ってやらなきゃならないんだ。言ったはずだぜ、これは強者への反逆だってな。」
「……そう。つまりあんたは幻想郷のルールにも反逆するって言いたいわけね。…当然、その意味が分かってるんでしょうね」
霊夢の問いかけに、正邪は再び顔を歪めて嗤う。
「もちろん」
嗤う正邪に、三人は身構える。弾幕ごっこに従わない。それはつまり、嘗ての幻想郷がそうだったように、妖怪と人間の、退治されるか食われるかの弱肉強食によって決着をつけるという事を意味する。
「……おいおいお前本気か?冗談半分なら早く謝った方が身のためだぜ?」
「冗談なもんか魔法使い。私は本気も本気、つまりだ、弾幕ごっこなんてお遊びには付き合う気はないって―――!」
正邪が言葉をつづける前に、いろはが動いた。正邪に向かって刀が振り下ろされた。正邪はそれを大きく仰け反り躱す。
「おいおい、いきなり斬りかかるなんて酷いことするじゃないか退治屋」
「………」
いろはは応えない。いろははまだ弾幕ごっこが広まる前の幻想郷の妖怪……鬼を知っている。本当の妖怪を退治するならば、妖怪退治の経験の浅い魔理沙や弾幕ごっこを施行した霊夢ではなく、退治屋であるいろはが適任。
それを瞬時に思い立ったいろはは正邪に容赦なく斬りかかった。不意を突いての素早い一撃。それを躱されたいろはは油断なく正邪に向かい構える。
「……なぁ、霊夢」
「……いろは」
魔理沙の言いたいことを察した霊夢は目配せし、いろはの横に並ぶ。続いて魔理沙も並び正邪に対して正面から向かい合う形になった。
「とりあえず、この妖怪をとっちめるとしても出来るだけ生きて捕まえましょう。いい?」
「おう!」
「………」
魔理沙気合を入れて応えるが、いろはは心配そうに霊夢を見る。
「そんなに心配しなくてもいいわよ。どの道誰かやらなくちゃいけないなら、全員でやった方がいいわ。……だから、一人でやろうなんて気負うことないわよ」
苦笑する霊夢に、いろはは頷いて応えた。
「………くっ」
3人と向かい合う正邪は俯いて肩を震わす。
「くふっ、くくくくく」
堪え切れないとばかりに両手を口で抑える。そんな正邪にお構いなしに魔理沙が手加減なしの一撃をお見舞いする。
「後で後悔しても遅いからな!行くぜ!」
弾幕ごっこではない本気の魔法。マスタースパークが正邪に向かって放たれる。
「やっと、やっとだ。ようやくやれる。ようやく使える―――この力を」
迫る魔力の奔流。当たれば痛いでは済まない。正邪が望んだ本物の妖怪退治のための魔法だ。先のいろはの一撃とは違い、いささか殺気に欠けるが、それでもその一撃は強力だと言える。
これで終わりとも思っていないのだろう。いろはは既に斬りかかろうとしているし、霊夢もまた追撃の構えを取っている。恐らくは速攻で決着をつけようとしているのだろう。
「―――――はっ!!」
だが、それこそが正邪の狙い。少し前までの自分ならば、弾幕ごっこと言う命の危険がないルールに従いつつ、反逆の機会を窺っていただろう。例え打ち出の小槌があったとしても、力の弱い自分では幻想郷の力のある者に勝つには不足だと力を得た時に既に分かった。
しかし、コレは違う。コレさえあれば打ち出の小槌などと言う力を用いるまでもない。この力は命あるものすべてに対し最強で最低で、そして最悪だ。
マスタースパークが正邪を飲み込む。確かな手応えを感じた魔理沙は、少し拍子抜けする。避けるなり防ぐなりの行動を知るかと思いきや、何もする様子も見せず正邪はマスタースパークに直撃した。訝しげに頭を傾げる。
その直後、マスタースパークを押しのけるように、黒い何かが溢れだした。
「なっ!!?」
黒い何かは、あっさりとマスタースパークを飲み込み魔理沙へと迫る。魔理沙は八卦炉を構えた手をおろし急いでその場から回避する。……が、
「おいおいおい、マジかよ!?」
それは魔理沙を追うように方向をかえ追撃してくる。
「はぁ!」
その前に霊夢が割り込み結界を張ってそれを受け止める。
「っ!」
しかし、それもまた意味をなさない。結界がそれに触れた途端、結界は黒く染まりすぐに崩壊していく。
結界が崩壊する前に、霊夢もまた正邪と距離を取る。黒い何か、それは霧のような煙のような形状で正邪の下に戻ると周りを覆った。一見すると形を持たないそれは、しかし確かな質量を持って魔理沙と霊夢を追い詰めた。
「………!」
正邪の背後から、いろはが斬りかかる。霊力を纏った一閃。天賦の才をもって振り下ろされるその一刀は恐らくこの幻想郷の大妖怪をして脅威と言えるだろう。
バキンッッ
それが、音を立てて砕けた。
「…え?」
信じられない。自身の一刀に自信を持っていたいろはは目の前の現実に思考が一瞬停止する。
「……いろは!」
「!!」
霊夢の声に我に返ったいろはは素早く身を翻し迫る黒いナニカから距離をとる。いろはは霊夢達の隣に移動すると再び3人が並んで正邪に向かい合う。
「…おいおい。マジかよ」
正真正銘本気のマスタースパークといろはの一撃をいともたやすく防いだ正邪に魔理沙は唖然とする。
「なあ霊夢、あれなんだかわかるか?」
「…さあね。碌でもない物だってものってことは分かるけど。多分あいつ本来のものではないわね。見た感じさっきの瘴気の嵐に似てるけど、中身は桁外れみたいね」
「ククククククッ、さすが博霊の巫女。その通り、さっき城を覆ってたのはほんの少しこいつを使ってたのさ。もっとも、本当にほんの少しだがな」
さっきと同じものとは思えない禍々しい瘴気が正邪を中心に渦巻いている。魔理沙やいろはの一撃を防ぎ霊夢の結界を破るほどの瘴気を身に纏いながら正邪は笑っている。
「あんた、その力一体どうしたの?」
「ククク、さぁねぇ。まあどうしてもっていうなら教えてや手もいいぜ。こいつから生きて逃げられたらなぁ!」
正邪が叫ぶと同時に黒い瘴気が爆発的に膨れ上がり霊夢達に襲い掛かる。縦横無尽に広がりながら迫る瘴気を霊夢達は躱す。これだけなら弾幕ごっこと変わらない。当たればただでは済まないという事を除けば。
「くっそぉ!」
魔理沙が瘴気から逃げながらも魔力弾を放つ。しかし正邪の纏う瘴気に阻まれてしまう。先程魔理沙のマスタースパークをあっさり弾かれてしまった事を考えればそれを大きく上回る威力がなければ通らない事になる。
もちろんそれだけ火力のある一撃を撃つ自信はある。が、それほどの一撃を撃とうとするならばかなりの時間集中して八卦炉に魔力を溜める必要がある。
だがそれは正邪の身を考えなければの話だ。霊夢は出来るだけ生きて捕まえると言ったがあまりこの状況は良いとは言えない。しかし、それでも、
(やっぱ無事にとっ捕まえた方が霊夢にとってはいいよな)
博霊の巫女としての立場、また霊夢なりに巫女としての矜持を持っている事を知っている魔理沙は、自分に正邪を無事に捕える保証がないことを知ると霊夢といろはに向かって叫んだ。
「霊夢!いろは!私が抑えとくからどっちかこいつを何とかしてくれよ!」
そう言って魔法使いの少女は箒を強く握りしめた。
「……魔理沙のやつ」
霊夢は勝手に自分たちに役目を任せて正邪に向かっていく魔理沙に溜息をはく。魔理沙は任せると勝手に言っているが実際今の正邪を抑えるとなると自分が一番適任だ。魔理沙では無事に捕えられないだろうし、いろはは全く容赦がない。
やれやれと霊夢は頭を掻く。
「いろは」
「…?」
「私が何とかするから魔理沙と一緒にちょっとだけ二人であの妖怪抑えててくれる」
「…分かった」
直ぐに頷いて正邪に向かういろはを見送りつつ、霊夢は準備を始めた。
「おっとぉ!?」
追い縋る瘴気を魔理沙は縦横無尽に飛び回り躱していく。反撃とばかりに弾幕を放つが、やはり瘴気に包まれた正邪に届く事がない。
「あ~、もう!やっぱこんなんじゃ無理かぁ」
「どうしたよ魔法使い。偉そうに言ってた割りには逃げるだけか?」
「うっさい!そういうお前こそ隠れてないで出て来い!」
そう言って再び弾幕を放つもやはり防がれてしまう。耳障りな正邪の嗤い声と手が出ない事にイラつきつつも、魔理沙は霊夢かいろはが行うであろう一手を待つ。
「…魔理沙」
「いろは、が来たってことは霊夢が何とかしてくれんのか」
「…うん。それまで抑えててだって」
魔理沙はチラリと霊夢を見ると霊夢が何かを狙い準備しているのが見えた。しかし普段ならまったくノータイムで封印をかます霊夢が時間をかけて備えている事に魔理沙は驚いた。
(それだけこいつが厄介だってことか……こりゃやっぱり無事で済ますなんて言ってる余裕ないかもな)
「……いろは、気を付けろ。こいつはマジで面倒な相手だぜ。私も用心してちょっとデカイやつを撃つから、少しだけ前は任せた」
「…わかった」
いろははいつの間にかその手に槍を持つ。いろはは刀の次に愛用しているその十文字槍を正邪に向かって構えた。
「今度は退治屋か。別にどいつでも構わないが一対一じゃなくてまとめて来なくていいのかぁ」
「………」
正邪の問いにいろはは答えない。今のいろはの頭の中には目の前の妖怪を退治する事以外は考えていなかった。僅かな隙も見せずにいろはは構えて、そして動いた。
一瞬でいろはは正邪との間合いを詰め槍を突き出す。閃光の如きいろはの槍。正邪本人には影しか見えなかったそれに、それでも正邪は相変わらず歪な笑みを浮かべる。が………
「………………………………………………あぁ?」
正邪は突然感じた違和感に首を傾げる。違和感の元に手をやるとその手には、赤い何かが見えた。それが自分の血で、その違和感が痛みであると理解した瞬間、正邪の中で負の感情が溢れ出した。
「はあああああああああああああああああああああっ!?なんだこれ!なんだこりゃぁ!傷だと!?俺が!こんな奴に!お前、あれを破ったってのかぁ!?あの力を!そんなチンケなやり一本で!てめぇ破ったってのかよぉ!!」
正邪には絶対の自信があった。自分自身にではなく、己の得た力に。この力はこの幻想郷の強者たちに仇なす力だと。力なき自分が、強者を打ち破ることが出来る力だと。
「クソがぁ………っ!?」
動揺する正邪をよそにいろはは更なる槍を繰り出す。正邪は今度こそその攻撃を防ぐべく瘴気を盾にする。いろはの槍は瘴気に刺さるも貫通するまでいかず防がれるが、それでも槍が瘴気を貫いた事実が正邪を焦らせる。
(さっきの刀は完全に防げたはずだ!なのになんでこれは刃が通る!?)
「調子に乗るなよクソがぁ!!」
正邪が憤るとそれに呼応するように更なる瘴気が溢れ出す。いろはは直ぐに正邪から距離をとって躱すと正邪を中心に上下左右と縦横無尽に動きまわる。
瘴気がいろはを追おうとする。しかし、正邪の意思の下に動いているこの瘴気はいろはの動きを捉えきれていない正邪では追いつくことが出来ない。そして、その隙を逃す程にいろはは甘い相手ではない。
「っ痛……!」
今度は腹。かすめる程度だが再び正邪にいろはの刃が届く。全く予想だにしなかった事態に正邪は顔が苛立ちで歪む。対するいろはは先程と変わらず無表情。しかし、余裕かと言われればそうではない。いろはは今まさに全力で正邪と対峙していた。
弾幕ごっこではないいろはの本来の戦闘スタイルは実にシンプルである。霊力で強化し、武器を使って倒す。それに尽きる。あらゆる武器を使いこなすという点を除けばその戦闘スタイルに特記すべき点はない。退治屋としては平凡な戦い方だ。ただし、いろははその平凡な戦い方を徹底的に磨き上げた。いろははその戦い方を、かつて里を襲った鬼を倒すまでに昇華しようとしたのだ。そして、今のいろはにはそれが出来るだけの力がある。
故にいくら正邪が力を振るおうとも、たかが天邪鬼である正邪ではその動きを捉えることは出来ない。いくら瘴気で防ごうとしても、鬼を倒すべく研ぎ澄まされた霊力を纏った武器を完全に防ぐことは出来ない。先の不意打ちでは鬼を倒そうとするほどの霊力を研ぎ澄ませていなかった。その為に瘴気によって一瞬にして脆くなった刀が折れる結果となった。だが、今のいろはは全力で正邪に刃を向けている。そう簡単に折れる事はない。
いろはが駆ける。迫る瘴気を躱し正邪を穿たんと槍を突く。正邪も瘴気を大きく広げいろはを迎え撃とうとするがいろはには届かない。そして正邪に一つ、また一つと傷が増えていく。
「チョコマカ動き回りやがってぇ!」
「………」
だが一見するといろはが押しているように見えるこの戦況に、その実いろはの方が追い詰められていた。今いろはは全力で正邪を倒そうとしている。そう、今やかつて里を襲った鬼を打倒するだけの力を持ついろはが、目の前の妖怪に対して攻めきれずにいるのだ。
いろはは出来る事なら自分で正邪を退治するつもりでいた。しかし、怒りにまかせて瘴気を操る正邪は傷は負っていても未だその勢いは衰える様子はない。多少、無理をすれば正邪に対して致命的な一突きを入れる事が出来るだろうが、先の霊夢の言葉を思い出し今はすべきでないと判断する。
いろはは一瞬魔理沙に目を向ける。突然、大げさに息をしていろはは速度を緩めた。正邪が好機とばかりに瘴気を向ける。いろはは瘴気から逃れようと大きく下がるがその速度は正邪にも十分捉えられる速さだ。
「もらったぁ!」
正邪が瘴気を集中させ操る手に力を込める。あともう一歩。いろはの目前にまで迫った瘴気に正邪が口を再び愉快に歪めた。
と同時に、正邪の視界の端に光が移った。その光が、溢れる様に一瞬にして正邪を飲み込んだ。
「よっしゃっ!」
確かな手ごたえを感じた魔理沙は不敵な笑みを浮かべながらも、手に持った八卦炉から放たれる特大のマスタースパークを緩めまいと力を入れる。正邪がいろはに夢中になっている間に魔力を溜めた魔理沙は隙を見せた正邪を捕えた。
マスタースパークの光が徐々に弱まる。そこには全身に魔力の奔流を浴びて満身創痍の姿となった鬼人正邪がいた。
「……がぁ…ぁ……て、め…」
「…弱い妖怪なら、軽く消し飛ぶくらいの威力なんだけどな。やっぱ変な同情しないで撃っといて正解だったぜ」
おそらく僅かに身に纏った瘴気で身を守ったのであろうが、さすがにそれだけでは今の威力のマスタースパークを防ぎきれはしなかったようだ。
「まあでもこれで終わりだな。……遅いぜ、霊夢」
そう言って魔理沙が見上げた先に、準備を終えた霊夢が正邪の真上にいた。
「――――ぁ」
「夢想封印」
正邪が口を開く前に、白くまばゆい光が輝いた。
さすがに強くなっても慢心した正邪では主人組には勝てなかったよ……。