いくらストックがあると言ってもちょっとばかりハイペースかな?
ひしがきがそれを見た時、正邪と会った時に感じた悪寒が正しかった事を悟った。ああ、やはり自分が不安を感じた時は決まってその予感が当たる。きっと今の自分はひどく情けない顔をしているとひしがきは思った。
ひしがきはどこか諦観しながら霊夢たちを見守る。正邪から噴き出す瘴気はかつてひしがきが闘った鬼のものと似ている。しかし、それは同じものではなかった。かつてひしがきが闘った鬼は瘴気こそ纏っていたがそれは他者を蝕むものではなかった。だが、今正邪の瘴気はいろはの刀や三人の放つ魔力や霊力をも防いだ。それは昔闘った鬼のものとは明らかに違うものだ。
正邪が自分と会った時こう言った。『我らの手に、力がある限り…いくらでもお前も強くなれる』、と。それがあの力だということだろうか?だとしたら、正邪の言っていた力とは、鬼のものとは違うという事になる。
(……いや、そうじゃない)
ひしがきはかつて対峙したそれと今の正邪を見比べて、2つの力が無関係のものとは思えなかった。かつてひしがきが闘ってきた妖怪たちの中には瘴気を吐く妖怪はいたが、それは鬼のものとは似ていてもただ似ているだけだった。だが、正邪の扱う瘴気からは鬼のものと共通する何かがあった。
(なんだ、これ?)
何かが噛み合いそうで、噛み合わない。纏りそうでちぐはぐなままになってしまうようなもどかしさを感じる。何かが違う。そんな漠然とした物が頭から離れない。
そうしている内にも霊夢たちの戦況は動いていた。まばゆい光にひしがきは再び霊夢たちが闘っている方を向いた。
「遅いぜ霊夢」
魔理沙は霊夢の側までやってくるとやれやれと頭をかく。正邪に有効なダメージを与えつつも致命的な一撃にならないように普段ならしない調整をしたため集中したのと普段の弾幕ごっことは違う戦いからか魔理沙は大きく息を吐いて疲労をあらわにする。
「ま、ちょっと厄介そうな相手だったから用心してね」
夢想封印の光が収まると、そこには正邪が金縛りにあったように硬直して浮いていた。瘴気は治まっておりもう噴き出してくる様子もない。これで、今回の異変は解決したと魔理沙はホッと胸をなでおろす。
「…ん、二人ともお疲れ様」
「おー、いろはもお疲れさん。そっちもちょっと危なかったなー」
「…あれくらい、平気」
「そう言う魔理沙の方こそ危なかったじゃない。見ていて結構ひやひやしたわよ」
「そんなもん霊夢の気にしすぎだよ。私はまだまだよゆーだぜ。……それよりもコイツ、どーするんだ?」
魔理沙は全く動かない正邪を指さす。
「そうね…とりあえずは動けなくはしたけど、どうするかは神社に戻って母さんや紫とも話して決めるわ。ここで退治する事も出来るけど、一応は巫女として余計な波紋は起こしたくはないし」
「ま、それが一番だよな。しかし、驚いたぜ。こいつ最初は厄介な能力使ってくると思ったら今度は黒い霧みたいなの出してくるし、弾幕ごっこはしないとかぬかすもんだから焦ったぜ」
「…やっぱり、まだ全部の妖怪が弾幕ごっこを認めてない、ってことかもしれない」
「……ん~、多分そうじゃないわよ」
いろはの言葉に霊夢が首を傾げる。
「そうじゃないってどうしてそう思うんだ?」
「なんとなく、ね。こいつが見せたあの黒いのは多分こいつ本来のものじゃないと思う。どうやって身に付けたかは知らないけど、自分にはなかった力を偶然手に入れて舞い上がったんでしょうね」
「ふ~ん……まっ、とりあえずこれで異変解決だな!これからこいつ神社まで引っ張ってくのか?」
「面倒だから紫に運んでってもらうわ。これ以上余計な仕事はしたくないし」
「…霊夢、さっきの小さい妖怪は?」
「ああ、居たわねそんなの。それじゃあそいつもついでにっ――――!!」
霊夢が弾かれた様に正邪の方を向いた。
「?どうした?」
魔理沙も同じように正邪を見るがさっきと変わった様子はない。しかし、霊夢は勘では無く、確かに感じていた―――まるで、封印の中から何かが這い出ようとするような感覚だ。
「っ!二人とも下がって!!」
霊夢の言葉に二人が身構える。その瞬間、正邪から何の前触れもなく瘴気が霊夢たちに向かって溢れ出した。
「なっ!?」
「くっ!」
「…!」
溢れ出した桁外れの大きさの瘴気に霊夢たちが驚愕する。正邪は動けない状態のままで、瘴気を操っている様子はない。だがまるで瘴気自体が意思を持っているように霊夢たちに向かっていく。三人はすぐさま散開し瘴気から距離を取る。正邪から抜けるように出てきた瘴気は触手の様に無数に枝分かれするとそれぞれを追いかける。
「なんだよこれ!霊夢!アイツは封印したんじゃないのかよ!」
「知らないわよそんな事!」
「あ~ちっくしょう!終わったと思ったらこれかよ。いい加減にしてほしいぜ!」
「…でも、これなら遠慮せずにできる」
いろはが伸びてくる触手に向かって槍を振るう。ガキンッ、と硬質的な音を立てて槍と触手がぶつかり合うが、槍は触手を貫く事ができない。
「…っ」
いろはがさらに迫る触手と迎撃しようと槍を突く。今度こそいろはの槍が触手の先を貫き飛ばす。が、すぐにその先は引き寄せられるように戻って行く。魔理沙も全力の魔力弾やマスタースパークをぶつけるが結果は同じだった。
霊夢はチラリと正邪を見る。封印自体は破られておらず、正邪は封印がかかった状態のままだ。
(あれは、封印を破って出てきたんじゃない。多分、あれがあの妖怪の使っていた力の大本。その力だけが結界をすり抜けて出てきたってことね。だとするなら、あれを倒すには端から消していっても意味がない。全部一気にどうにかしないと)
霊夢が状況を打開すべく思考を巡らせるようとする。だがその前に形のない黒い瘴気の塊が変幻自在に霊夢たちを追い回していく。そして、徐々に檻の様にして三人を囲んでいく。
「ちっ!このままじゃやばい。私がまたぶちかますから一旦離れるぜ」
そういって魔理沙は触手から逃げながら貯めていた魔力を再び八卦炉に集中させる。そして放たれる今の状態で放てる全力のマスタースパーク。先の一撃と比べるとやや劣るその一閃は、それでも瘴気の檻に穴をあける。
「よっしゃあ!今の内だ!」
魔理沙の開けた穴から三人が抜け出そうとする。すると三人が抜け出すよりも早く、囲っていた瘴気の檻が逃すまいと迫ってきた。
「なっ!?く、くそっ!」
まずい。自分たちが抜け出すよりも檻の方が早い。かといって四方八方から迫りくる瘴気の檻によける隙間はない。穴を開けようにもすぐにこの瘴気に穴を開けられるほどの魔力を貯めるには時間が足りない。
(やばい!本格的にこれはまずい!私はもう手詰まりだ。いろははタイマンなら強いけどこういう状況は向いてない。そもそもいろはの槍だけじゃどうにもならない。霊夢ならどうだ?って霊夢のやつは私以上に封印で消耗してる。大丈夫か!?けどもう霊夢にしかっ……!?)
魔理沙の思考が停止する。いつの間にか黒い壁がすぐ目の前に迫って来ていた。間に合わない!魔理沙は目の前の壁を睨みながら耐えるように歯を食いしばる。
「……へ?」
おかしい。もう目の前に来ているのに一向に壁は進んでこない。いや、この壁はなんとなくさっきの瘴気の檻とは違うような気がする。いや待て、そもそもいつの間に檻が壁になったんだ?よく見るとその壁は自分の前だけではなく、穴からまるで通路のように自分たちの周囲を覆っている。
「これ……」
「何ぼさっとしてるのよ!さっさと行くわよ!」
魔理沙が考える間もなく霊夢が声で我に返るとすぐさま穴から脱出する。魔理沙に続き霊夢、いろはと抜け出すと、瘴気の周囲に黒い壁が次々と出現していく。瘴気が暴れるように壁にぶつかる。しかし、先ほどまで何かを蝕んでいた瘴気が今度は壁に触れた途端に逆に何かに浸食されるように触れた先から崩れていく。逃れようと暴れる瘴気だが、瞬く間に黒い壁が瘴気全体を覆い隠した。
「な、何なんだ。これ……」
「…霊夢?」
魔理沙が呆然と見つめる中、いろはが霊夢に尋ねる。霊夢は首を横に振って自分ではない伝えるが、誰がこれをしたかすぐに察すると心配ないと二人に伝える。やがて黒い壁が消えると、蠢いていた瘴気も消えてなくなっていた。
3人から離れた場所で、完全に消滅したことを確認するとひしがきは瘴気に向けていた手を下ろした。恐らく霊夢はこちらに気づいただろうが、彼女ならこちらの意を汲んでくれるだろう。それよりも、今は不可解な事があった。
たった今瘴気を消した結界。あれはひしがきの全力の結界だった。博麗に命じられた時から、その任を解かれた後も研鑽をやめることはなかった。ひしがきにもいろはと同じくかつて村を守れなかった後悔があった。他にも理由はあるが、ひしがきもまた強くなる努力を続けていたのだ。
だが、だからと言ってひしがきの実力があの3人に比べて遙かに優れているわけではない。いろはの接近戦の実力は10歳の時には既にひしがきと互角近くまで打ち合えるほどだった。今となってはその実力はひしがきを超えている。その磨かれた霊力もまた昔の比ではない。霊夢は言わずと知れた天才だ。先代とは違うが並外れたセンスは末恐ろしいものがある。特に結界に関していえば先ほど正邪を封じた結界もそうだが、ひしがきよりも遙かにその汎用性が高い。魔理沙は戦闘と言う点においては二人よりも劣るかもしれないが一撃の火力で見れば3人の中でトップの威力だ。今のひしがきに魔理沙の全力のマスタースパークを防ぐことができるかと言われれば確実に防げるとは言い切れない。
つまり、ひしがきには何故ああもあっさり自分が瘴気を消すことができたのか分からなかった。あの瘴気は3人を確かに追い詰めていた。あの時自分が結界を張っていなかったら―――霊夢は何か狙っていたが、どうなっていたか分からない。そんなモノを相手に何故いとも簡単に自分の結界が動きを封じ滅することができたのか。
(……そういえばあの時)
かつて里を襲った鬼。いろはを襲った直後、自分は何か溢れだす感情のまま我を忘れて、気が付いたら鬼は何処にもいなかった。いや、消滅していた。あの時感じた、アレが一体何だったのか。
「知らない間に、アレに近づいてるってことなのか……?」
あの時、自分から這い出るように出てきたナニカ。それに自分の力が近づいているのだろうか?推測するにも情報が足りなさ過ぎた。できるなら鬼人正邪にあの力の出所を聞きたいところだが、3人が居る以上自分が接触するわけにもいかない。会いに来た霊夢に聞く位が精一杯だろう。異変は今度こそ解決した。なら、もう自分がいる理由はない。ひしがきは気づかれない様にその場から去っていった。
「……………」
ひしがきはや霊夢でさえも気が付いていない事があった。この異変が始まってからそのすべてを監視されていたことを。妖怪の賢者八雲紫は、スキマから去っていくひしがきを観ていた。
「……藍」
「はっ」
その傍らに頭を伏して控える藍が応える。
「……迂闊だったわね。まだ残り滓があっただなんて。今回は天邪鬼程度に憑いていたからまだよかったものの、他の力を持った者に憑いていたらこれじゃすまなかったでしょうね」
「申し訳ありません。直ちに改めて調査を行います」
「そうして頂戴。他にも残っていたとしたら今なら大分見つけやすくなっているはずよ。私は天邪鬼から直接話を聞くわ。……それにしても」
紫は再びスキマに映るひしがきに目を移す。
「だいぶ熟してきたかしら?」
紫が言っているのはひしがきの力の事。正邪の力は想定外ではあったが、ひしがきの力を計れたことは結果として幸いであった。
「けれど、まだ足りないようね」
紫が思っている通りならば、本来鬼人正邪の力はありえないものだった。ひしがきが置かれた状況を考えるならばあんな力が発生するわけがないのだ。つまりそれは、紫の思惑に反する何かが働いているという事でもある。
(……用心するに越したことはないわね)
そして賢者は音もなくスキマに消えていく。姿を消した主人を見送り、その従者もまた動き出した。去り際に、スキマから見える人間に一瞬だけ目を移した後、僅かにその目を鋭くして。
さてさて、今回は読者の皆さんが疑問視していたひしがきへの対応とその力についての紫が何を考えているのかがほんの少し垣間見えてきました。
ところで自分は知り合いから色々とアドバイスをもらって書いているのですがその知り合いから草の根とイチャイチャしてるシーンとか無いの?と言われて書きたくなったので今書いているところです。
それについては短編という形で切の良いところで挟んでいこうと思っています。短編くらいは絶望なしでいくのでよかったらそちらも楽しみにしていてください。