幻想郷に中途半端に転生したんだが   作:3流ヒーロー

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暗くなる前には帰ろう

 

 

博麗の巫女が動いたことで妖怪の人里への影響は収まりつつある。人里も以前よりは物々しい空気はなくなっていた。

 

 

と言っても俺の日常には大差なく、いつも通りに里の外側に居る。今年は妖怪の被害が多いにもかかわらず作物が例年以上に収穫を見せた。今頃里の中ではいつも以上に賑わっていることだろう。いつもは畑に何人かいる者も、今は里の中で楽しんでいる。

 

 

 

そんな時でさえも、自分は仕事に行かなくてはならない。俺だってたまには何もかも忘れて休みたいし楽しみたい。しかしその願いは却下された。何故か?単純に里の人間はまだ不安がっているからだ。

 

 

今回の妖怪の被害の多さは妖怪の縄張り争いが原因らしい。博麗の巫女によればある強力な妖怪が最近になって暴れ出した為に居場所を負われた妖怪達が里にまでやってきたとか。

 

 

その大元である妖怪を博麗の巫女が抑えたことで事は一応収束に向っている。しかし、件の妖怪はまだ退治されておらず未だに博麗の巫女も補足し切れてはいないとか。

 

 

里の上の人間はこのことを伏せ一分の人間にこの事実を伝え警戒を続けている。何はともああれ妖怪の被害が少なくなったため一応の警戒であるが。あとは博麗の巫女が妖怪を何とかしてくれるのを待つだけだ。

 

 

「……………」

 

 

俺は、いい様に使われすぎている。最近特にそう思う。理不尽、というわけではない。理屈は分かる。理解も出来る。だがいい加減明らかに最近の俺への負担がでかい。

 

 

(俺はいいように使われる道具じゃないぞ……)

 

 

―――ザワッ

 

 

小さく心がざわめく。それに合わせて全身の毛が逆立つようだ。その憤りを解消するかのように、何となく結界を張った。

 

 

「結ッ」

 

 

いつも通りに結界を張る。しかし、唯一いつもとは違うものがあった。結界が赤い。以前張った結界よりも更に濃い赤色になっている。

 

 

(やっぱり、な)

 

 

以前にも何度かあった。感情の高ぶりが結界に影響を及ぼす。これは結界を強化する上で予想した法則の一つ。もともと感覚的な自分の結界には感情の変化とも関わりがあるのではないかと考えたのだ。

 

 

今は、俺が感じている憤りや怒りに結界が影響し普段以上に攻撃的な影響を受けやすい状態にあるのだ。

 

 

「…………はぁ」

 

 

赤い結界。いつも以上に赤く退魔に優れた結界を見て疲れたため息を吐く。感情によって力の上下が変わる。それはひどく力が不安定で未熟であるということでもある。

 

 

ひしがきの理想は感情によって力が不安定になるのではなく理性によって安定した力が発揮できる結界である。しかし今の自分では感情がいい方向に向いている状態でもこの程度の結界しか張れない。それが我が事ながらどうしようもなくなさけなくなる。

 

 

自分の理想、そこにたどり着くには自分に何が足りないのか。技術なのか体力なのか精神なのか霊力なのか知識なのか魔力なのか理解なのか心なのか理論なのか思考なのか鍛錬なのか。

 

 

いずれにせよ誰にも指導を仰げない時点で手探りで行くしかないのはわかっていることだが。

 

 

(それにしても……)

 

 

俺の力のブースト、それは一体何の感情によって増しているのか。単純な怒りではない。ただ怒っただけではこれほどまでには力は増さなかった。以前は悲哀に似た感情でも力は増したが悲しい感情で増すという訳でもない。

 

 

では一体何の感情で力は増加するのか?そこに何となく今後の力の増す鍵があるかもしれない。

 

 

「………やるか」

 

 

陰鬱な気分を紛らわすて、今日も結界の鍛錬を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつけば夕暮れ時。夕焼けがあたりを照らしていた。

 

 

大の字になって空を見上げる。ひしがきの全身は汗で濡れており来ている着物も汗を吸っていた。最近はこうして大の字に倒れるのが好きになってきた。

 

 

周りの環境に不満はあっても、とりあえず目標に向って力を尽くすのは嫌なことを忘れさせてくれる。こうやってくたびれるのも悪くなかった。

 

 

「………」

 

 

考えるのは自分のこと、結界のこと、妖怪のこと、周りの環境のことと色々ある。今までは仕方がないと、頭の中で自分に言い聞かせてきた。今もまた、理不尽と思いつつも仕方のないことだと、今はこうしていくしかないんだと言い聞かせる。

 

 

結局のところ自分は弱い人間だ。力のあるなしじゃ無い。人間は群れなければ生きていけない。もし生きていけるとしたら、それは並外れた精神力を持っているか特殊な価値観を持ってなお力があるような人間だろう。

 

 

群から離れるということは立場的にも精神的にも負荷が大きく掛かる。人は社会の歯車だ。歯車が他の歯車とかみ合っているからこそ社会が回る。そして社会は大きく動く。ただの歯車は何ともかみ合うこともなく空しく回るだけ。何も動かないし、何も動かせない。

 

 

自分は人里と言うコミュニティで生きていく為に何かを犠牲にしている、耐えている。そうまでしても今の状況に直接物を申さないのは、人里と言う枠の中から外れないためだ。あるいは不利な立ち居地に立たされないためとも言う。

 

 

自分は弱い。一時は人里から離れ一人で生きていくことも考えたが、どう考えても出来なかった。実際無理なのだ。自分が一人で生きていくのは。この世界では何もかもが厳しい現実となって立ちはだかるのだから。

 

 

「こうやって考えるのも、一体何回目だろうな」

 

 

辛い時、色々考えすぎる自分がいる。いつもそこには被害者のような自分がいて、しかし結局はいつも通りの結論にたどり着く。

 

 

大きく息を吐く。そろそろ、家に帰ろう。大きく伸びをして体を起こす。

 

 

 

 

 

――――――――ねぇ――

 

 

 

 

ぞわぁ――!!

 

 

一瞬にして今までに感じたことのない怖気が背筋を駆け抜ける。まるで魂ごと体から引き抜かれるような虚脱感と疲弊感。それ以上に自分のような未熟な経験しか積んでいないにもかかわらずはっきりと感じる命の警報。

 

 

まずい

 

 

まずいまずい

 

 

まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ

 

 

まずい!!!!!!!!

 

 

「ねぇ」

 

 

今度こそ、心臓が止まるかと思った。いやもう止まっているのかもしれない。もはや心臓の鼓動さえも聞こえない。ただ圧倒的な死の予感に自分の体の機能が壊れてしまったのかのよう。

 

 

声のした方を見る。

 

 

そう意識したわけでもないのに、むしろ目を背けてしまいたいくらいなのに、いつの間にか体が勝手にそちらを向いていた。

 

 

まず目に入ったのは金色。そして、闇。さっきまで夕暮れだったはずなのに周りはいつの間にか闇に覆われていた。その中でその金色は輝いているわけでも隠れているわけでもなく、圧倒的な存在感でそこにあった。

 

 

「ねぇ」

 

 

その金色が口を開く。ようやくその全貌が明らかになった。

 

 

「―――あなたは」

 

 

長く艶やかな金髪は闇に栄える。黒い服は周りの闇と同化し、肩から手首まで見える白いシャツはでまるで浮いているようだ。

 

 

上げられた顔は端整に整っている。綺麗だと、一瞬頭の隅でそう思った。それ以外は全部恐怖すらも越え真っ白になっていた。

 

 

紅玉のような赤い目でこちらを見て、三日月のように笑う赤い口から、彼女は俺に尋ねた。

 

 

「食べてもいい人間かしら―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

情報とは大きな武器である。相手が何を持ってどのように闘うかを知っているか知らないかではそこに雲泥の差がある。そういった意味ではひしがきはこの幻想郷の中では大きなアドバンテージを持っているといえる。これから起こるであろう異変を知りそこに立ちはだかる敵を知り能力を知っている。

 

 

もちろんその異変に直接関わるつもりは本人に無いがとにかく情報はあるに越した事はない。特に絶対安全とは言い切れないこの幻想郷においては自分の周りで起こるだろう出来事を知っておくことは大切なことであると身を持って知っている。

 

 

普段ひしがきならば自分だけが持つ知識から相手の能力・戦い方・性格などの情報を引き出してある程度の対策を練ろうとするだろう。実際彼女のことをひしがきは知っていた

 

 

EXルーミア 闇を操る程度の能力を持つ妖怪。

 

 

通常のルーミアの髪に着いている赤いリボンが封印となってその力を抑えている。一度その封印が解かれればその力は凄まじく、幻想郷の一癖も二癖もある強者達にも引けは取らない。

 

 

 

 

だが、今のひしがきはそんなことを考えることは出来なかった。

 

 

「はぁ…!はぁ…!はぁ…!」

 

 

走る。ただ力の限り走る。

 

 

どこに向うとか目の前に何があるとかそんなことは一切考えない。重要なのは、ただ一刻も早くここから逃げることだけ。

 

 

「クスクス」

 

 

「ひ、ぃ……!!」

 

 

アレの声が耳に届く限りこの場所に安全な場所など無い。故に全身全霊で走る。

 

 

「ねぇ」

 

 

どれだけ情報を集めようとも蟻一匹では象を倒せない。どう闘うとか戦略を練るとか以前の問題だ。

 

 

(死ぬ…!殺される…!)

 

 

奇跡的な幸運によって頭よりも体が勝手に走り出したおかげでまだ生きている。もし後数秒逃げるのが遅れていたらおそらく既に食われていた。

 

 

だがどうする?どうすればいい?戦う?無駄だ。アレには勝てない。勝負にすらならない。今の自分は子どもに追われる虫ケラだ。子どもが追うのに飽きればすぐにでも手足をもがれる。ではこのまま逃げ切る?できるか?逃げ切れるのか?それくらいならうまくいけばもしかしたらひょっとして俺でも助か―――、

 

 

「―――クスクス、何所までいくの?」

 

 

 

 

――――――――――――無理だ!!!!

 

 

死ぬ。

 

 

殺される。

 

 

食われる。

 

 

俺が、なんでどうして、こんな

 

 

「は、ひぃ…!はぁ…ぁっ!ぜぇ…!」

 

 

汗で、涎で、涙で、顔をグチャグチャにしながら絶望する。殺されると明らかでも、それでも足を止めずに走る続ける。

 

 

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 

 

嘲笑う声がすぐ後ろから聞こえてくる。明らかにこの追走を楽しむ声。その気になれば命を刈り取ることなど目の前に置いてある物を掴む程度の労力しか掛からないだろうに。

 

 

一瞬、地面の僅かなくぼみに足を取られ体勢が僅かに崩れる。すると頬を掠めて黒い塊が木を薙ぎ倒した。

 

 

「あら、外しちゃった」

 

 

「―――――!!」

 

 

ここに来てようやくほんの少し頭が冷静になって働いた。向こうは自分に追いつかなくとも仕留める手段があることにようやく気がついた。今まで使わなかった結界を後ろに無数に展開する。相手が何所にいるのか分からないまま縦横無尽に結界を張っていく。これが相手に通用するとは思わない。しかし、わずかでもこれが障害になってくれればと願うだけだ。

 

 

「へぇ、おもしろい事できるのね。うふふ、いいわ、楽しくなってきた」

 

 

しかし、障害になるどころか相手はむしろ心底楽しそうに声を上げる。それは狩りの獲物が思っていたよりも上物だったことを喜ぶ捕食者の喜びの声。

 

 

(ド畜生がッ……!!)

 

 

遊ばれている。明らかに自分は今相手の掌の上だ。それでいて自分はまったくの無力だ。

 

 

(どうする!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふっ」

 

 

宵闇の大妖怪ルーミアは上機嫌だった。

 

 

最近、自分はよく空腹になる。人食い妖怪であるルーミアは今まで人里から離れた場所にいたがここ最近は人里の周りをうろつくようになった。

 

 

自分が動けば近くの弱い妖怪はそこから逃げ出す。妖怪が動けば人は畏れ戸惑う。

 

 

そうやって出てきた人間を喰らって最近は腹を満たしていた。

 

 

しかし、つい先日厄介な奴がやってきた。博麗の巫女だ。

 

 

博麗の巫女は大妖怪であるルーミアを持ってしても手の余る相手だった。人里においそれと近づけず手が出せなかったのもこの巫女が原因だった。

 

 

正面から戦って負けるつもりは無かったが、こちらも唯ではすまない。忌々しいが一端身を引いてまた人里から離れることにした。

 

 

屈辱だった。

 

 

餌である人間を目の前にしておめおめと引き下がらなければかったのが。その餌である人間相手に自分が身を引かなければならなかったことが。

 

 

ギリッ

 

 

思い出しただけで怒りが沸々と沸いて来る。博麗の巫女、いずれはあの巫女もズタズタに引き裂いて喰らってやろうか。しかし今は、

 

 

目の前を走る人間。その顔は恐怖と絶望にまみれている。無様に息を切らし走る姿は弱弱しく滑稽だ。

 

 

嗜虐心で体がゾクゾクと震える。愉悦に染まり息を吐くその表情は凶悪で、しかし雄がみれば情欲をそそらずにはいられないだろう淫靡だった。

 

 

ルーミアは目の前の獲物に満足していた。久しぶりの餌、それも自分の愉悦を満たし唯では壊れない程度の力も持っているようだ。

 

 

久々の『狩り』だ。どうやって仕留めようか。まずは腕?それとも足?腹に穴を空けるのもいいかもしれない。きっと素敵な叫び声を上げてくれるだろう。ああ、楽しみだ。

 

 

「結っ!」

 

 

再び目の前に無数の結界が立ちふさがる。以前人里を襲撃した鼠の妖怪を捕えたときに比べるとそれなりに強度を増している。退魔の術式も進歩を見せており赤色も濃くなっている。下級の妖怪なら触れれば火傷を負う程度には完成はしていた。

 

 

「でも駄目よ。この程度じゃ」

 

 

しかし、その結界はあっさり砕かれる。一体何の力が働いているのか、ルーミアはその細い指で目の前の結界を撫でるだけで結界を粉々に砕く。

 

 

「あら?」

 

 

しかしそのすぐ目の前には新たな結界が張られていた。今までとは違い唯の壁ではなく、最程よりも更に濃い赤色の剣のような鋭い結界が壁のようにルーミアを待ち構えている。

 

 

しかし、それでも

 

 

「残念、この程度じゃ全然駄目よ」

 

 

結果は先程と変わらない。闇が波のようにうねり結界を砕き飲み込む。わずかに自分の闇が焼かれるような感覚があったがそれも一瞬。

 

 

(何の能力か少しは期待したけど、これじゃあんまり楽しめそうにないわね…)

 

 

思わぬ抵抗に、知らず勝手な期待が思っていたよりも高くなったせいか能力の弱さに拍子抜けする。この程度の結界ではルーミアを遮ることはできはしない。

 

 

「………」

 

 

そろそろ、この追いかけっこにも飽きてきた。手足の内どれか一つも打ち抜こう。そうすれば無様に足掻いて楽しませてくれる。

 

 

「おい!妖怪!」

 

 

「?」

 

 

突然さっきまで逃げていた人間が立ち止まって振り返っていた。

 

 

何のつもりだろうか?逃げるのを諦めたのか?しかし、次に目の前の人間が言ったことはまったく間逆だった。

 

 

「俺と勝負しろ!」

 

 

 

 

 

闇が周囲の森を包み込む。

 

 

大妖怪ルーミアに勝負を仕掛ける。それは無謀を通り越して冗談にもならない。今のひしがきとルーミアではその力にとてつもない差がある。

 

 

おそらくは人間の一生など蝋燭が燃え尽きる程度にしか感じないほどの年月を生きた大妖。その実力、経験いずれも幻想郷のトップレベル。到底まともに人間が勝てる相手ではない。

 

 

「……プ、ククク、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 

心底おかしそうに笑うルーミア。

 

 

それも当然だろう。自分にとっては敵にさえもなりえない、暇潰しとも言えるただの狩りの獲物に正面から戦いを挑まれる。

 

 

格下に挑まれれば大妖怪としてのプライドが傷付き怒るところかもしれないが、こうまで圧倒的な格下から挑まれればもはや笑うしかない。

 

 

「アハ、ハハハッ、…あ、あなた、私を笑い殺す気なのかしら?」

 

 

腹を抱えて問うルーミアが言い終わる前に、なりふり構わず全力でルーミアの周囲の木々ごと結界を何十にして展開して囲う。今度の結界は余計な術式をのぞいて唯頑丈に展開する。

 

 

「ちょっと、あなた待ちなさ…」

 

 

そして足元に張られた縄を思いっきり引っ張る。すると木の葉に隠れていた袋から黒い粉が噴出し結界の中に充満する。

 

 

「……何のつもり?」

 

 

毒でもなければ目くらましにさえもならない粉を頭から被ったルーミアはわけもわからず立ち尽くしている。一体、目の前の人間は何がしたいのか。今度は取り出した小さな火種らしきものに火を着け投げてきた。

 

 

何のつもりだろうか?わけのわからない行動をする人間を不思議そうに見つめる。

 

 

 

 

そして、投げ入れられた火が粉が充満した結界内に入った瞬間、ルーミアを爆音と炎が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬目の前が真っ白になる。

 

 

爆発の衝撃と音に気を失いそうになった。

 

 

「~~~~~~~~っ!!!」

 

 

うまくいった。

 

 

そのことに安心して腰が抜けそうになる。

 

 

もしものためにそこら中に仕掛けておいて助かった。

 

 

ひしがきに妖怪に対する戦闘能力はほとんどない。最近作った退魔用結界にしても触れなければ意味がないし威力自体も妖怪を滅するほどではなく軽く火傷をする程度しかない。

 

 

よってひしがきが選んだ妖怪退治の方法は守りながら相手を罠に嵌めること。そのためにひしがきは持てる知識を総動員して罠を練った。

 

 

その一つがこれ、粉塵爆発である。木の陰に木炭を砕き粉末にした物を詰めた袋を設置し縄を引くことで中身が噴出すようにしておいたのだ。

 

 

結界を張れるということはどこでも密室が作れるということ。それにひしがきは着目しこの仕掛けを作ったのだった。問題は爆発に耐えれる結界を張ることだった。

 

 

(何とか、うまくいった……!)

 

 

結界を限界まで重ねて張ったおかげで、ギリギリ外側の結界は維持することが出来た。傍から見てもあの爆発はかなりの威力があった。それを密室でまともに浴びたのだ。唯ではすまないだろう。

 

 

「やったか!?……ってのはフラグだよな!」

 

 

無事だった外側の結界。更に追い討ちをかけるべくその上の部分の結界を解除する。

 

 

ゴオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 

 

結界の上から炎が再び爆発したかのように燃え上がる。黒い煙と炎が渦を巻いて激しく燃え盛った。

 

 

バックドラフト現象。

 

 

火災などに見られる有名すぎる現象だ。密閉された空間の中で炎によって空気中の酸素が減少した状態でいきなり外からの空気が流れ込むことによって発生する炎の爆発。

 

 

考えに考え抜いた渾身の罠。ここまでやれば対外の妖怪なら消し炭になっているだろう。大妖怪とはいえ唯ではすまない威力だ。

 

 

しかし、既にひしがきは上の部分の結界を解除した瞬間に逃亡していた。

 

 

何故ならひしがきは確信していた。

 

 

(今の内に…)

 

 

自身の渾身の罠の必勝、ではなく

 

 

(少しでも…)

 

 

自身への脅威が依然無事であることを

 

 

(逃げないと!!)

 

 

ひしがきの後ろで、激しく燃え盛る炎。その中から炎を吹き飛ばして、闇が全てを飲み込んだ。

 

 

背後から押し寄せた闇が津波の如く周囲を押し潰す。ひしがきはまるで風に飛ばされる木の葉のように闇に吹き飛ばされた。

 

 

一瞬の浮遊感の後に、全身に衝撃が走る。一体どれほど吹き飛ばされたのだろうか。勢い良く転がり続け気に激突し、ようやく止まった。

 

 

「―――――ゕ、ぁ」

 

 

肺が強すぎる衝撃に空気を全て吐き出す。容赦なく体に浴びせられた衝撃はひしがきの体に甚大なダメージを与えた。闇に触れたひしがきの背面はヤスリで削り取ったような傷を負っていた。左足はあらぬ方向へ向いており、左腕も不自然に曲がっている。アバラは何本折れたのか、左側はもしかしたら全て折れているかもしれない。

 

 

一瞬遠退いた意識が、激痛で無理矢理引き戻される。

 

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!」

 

 

未だに機能を取り戻さない肺のせいでそれは声無き声になって叫び声を上げた。

 

 

かつて今まで負ったことの無い負傷は想像以上の苦痛となってひしがきに襲い掛かった。まるで水中で溺れているかのようにもがき苦しむ。しかし、もがけばもがくほど激痛はひしがきを余計に苦しめた。

 

 

「ひぎゃ、ひぎゃい!うぐぅ、あああ!」

 

 

(痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい痛い痛い痛い痛い助けて苦しい痛いなんでこんな痛い痛い痛い痛い腕が痛い痛い痛い痛い逃げ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ)

 

 

思考がまとまらない。自分が今どんな状態でどこにいてどうすればいいか、何一つ分からないままただこの苦痛が一秒でも早く治まるのを待つしか出来ない。

 

 

 

 

ザッ

 

 

 

 

意識の端で何かの音が聞こえた。そういえば何か忘れているような気がする。しかし痛みでそれを考え続けることが出来ない。

 

 

視界の中に金色が移る。そういえば何か見た気がする。しかし痛みでそれが何か思い出せない。

 

 

 

 

 

「……たかが人間が、随分と舐めた真似をしてくれたな」

 

 

 

 

「あ………」

 

 

しかし、その痛みすらも忘れさせる恐怖でひしがきは意識を取り戻せた。

 

 

そうだ、自分は今ルーミアから逃げていて、今目の前にいるのが…

 

 

視界がルーミアを捕えた瞬間、ひしがきは強烈に後悔した。先程愉悦に歪んでいた顔は能面のようになんの感情も読み取ることが出来ない。所々黒ずんで見えるのは、やはりあの爆発が多少なりとも効いた証だろう。その瞳は暗く濁った赤色が不気味なほどギラついていた。

 

 

 

 

―――――ああ、俺、死ぬんだ。

 

 

はっきりと感じる自分の死。その殺気だけで死ぬかと思った。

 

 

もはや痛みは遠く過ぎ去り、今自分を焼くようなこの感覚がルーミアの闇なのか殺気なのかも分からない。

 

 

分かるのは今日俺は、ここで死ぬということだけ。

 

 

「シネ」

 

 

ルーミアが闇ではなくその腕を持って俺の命を刈り取りに来る。それがひどくゆっくり感じる。細い腕だなと考える余裕さえあった。ああ、死ぬ直前はスローモーションに見えるというがこういうことなのか。

 

 

徐々に腕が近づいてくる。死ぬ間際に凝縮された時間の中で、短かった自分の人生を思い返す。今思うと自分の記憶はこの幻想郷に来てからしかない。それを考えると自分は随分短い人生だった。

 

 

それも幸福とは言いがたい人生だった。

 

 

子どもとして扱われたことなどほとんどない。毎日が土を耕し、妖怪から田畑を守る日々。命がけだった。怖かった。辛かった。誰かに助けて欲しかった。

 

 

なにもかも仕方ないと自分を誤魔化してきたけれど、本とは自分だってやりたいことはあった。人里の寺子屋ではどんなことを教えているんだろう。上白沢慧音が教師として教えているんだろうか。どんな授業なんだろうか。受けてみたかった。

 

 

人里だけではない。この幻想郷には言ってみたい場所が沢山あった。太陽の畑、妖怪の山など危険な場所もあるが遠目からだけでも見てみたかった。

 

 

ただの労働力として使われたくなど無い。現代の社会人にだって娯楽の一つや二つあるだろうに、自分には娯楽と呼べるものなど無かった。強いて言うならこの生まれ持った力をどう使えばいいか試行錯誤した位か。

 

 

この力も、今思えばたいしたことはなど無い。むしろ無ければもう少し平和な生活が送れたのではないか。そう考えるとこの力さえも俺にとっては不幸の元といえるかもしれない。

 

 

 

ああ、もうすぐ腕が自分に届く。

 

 

どうせ死ぬのなら、もう一度だけこの力を使ってみよう。あまり役には立たなかったけど、結局は何にもできなかった力だけど、それでもこの力を使いこなそうと四苦八苦した時間は夢中になれた。使い切った後はどこか充実していた。

 

 

最後にもう一度使ってみよう。どうせ何の抵抗も出来ず何の意味も無いけれど。

 

 

 

………本当に辛かった。苦しかった。しかも最後の最後にはものすごく苦しかったし、結局死ぬことになるなんて。今までずっと我慢してきたけれど、もう我慢する必要なんて無い。だってもう終わりなんだから。目を閉じて今までを思い返す。

 

 

なんて残酷だろう。理不尽だろう。不条理だろう。横暴だ。異常だ。残忍だ!冷徹だ!非道だ!!冷酷だ!!悪逆だ!!!暴虐だ!!!!お前らなんて

 

 

 

 

――――みんな不幸になってしまえばいいのに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………………………………?)

 

 

どうしたんだろう?

 

 

何時までたっても。俺を貫く感じがしない。まだ時間がゆっくり進んでいるからか。それとももう貫かれているのに気づいていないだけなのか。

 

 

目を開ける。

 

 

その先は黒。

 

 

?ルーミアの闇だろうか?腕ではなくこちらで俺を殺す気に変わったのだろうか。

 

 

「ッッ!キサマ……!」

 

 

ルーミアの怒りに満ちた声が聞こえてくる。いつの間にか体感時間は元通りに戻っていたようだ。

 

 

(いや、体感時間だって……?)

 

 

そもそもなんで自分は生きている?

 

 

体を見る。ひどい有様だがどこも貫かれていない。どういうことだ?目の前の黒い壁はルーミアの闇ではないのか?

 

 

(待て。壁?壁って……)

 

 

まさか。そんなまさか。これは、

 

 

(俺の、結界?)

 

 

目の前の黒い壁を見る。今までに黒い結界など出したことは無かったが、改めて見ると確かにこれは自分の結界だ。

 

 

過去に例のない黒い結界を出したことは確かに驚いたが。それ以上に驚愕する事実があった。自分は迫り来るルーミアの腕と自分の間に結界を張ったはずだ。つまりこの結界は、

 

 

(防いだって言うのか、あの腕を……!)

 

 

信じられない。あまりに唐突に起こった現実離れした出来事に、理解が追いつかない。出来るわけがない。

 

 

無意識の内に結界が解除され向こう側の景色が見える。目の前にいたはずのルーミアは、俺より随分と離れた位置にいた。離れたとは言っても相手からすれば一足飛びほどの距離だろう。しかし、なぜそんな場所にいるのか。

 

 

「……どうやら唯の雑魚でもなさそうね。博麗の巫女以外にもこんな人間がいたなんて、まったく忌々しい限りだわ」

 

 

ルーミアは憎憎しげに舌打ちを打ち俺を睨み付ける。

 

 

「……それに、どうやら遊びすぎたみたいね」

 

 

俺を射殺さんばかりに睨んでいたルーミアは視線をあらぬ方向に向ける。釣られてそちらに目を向けた。そこには、

 

 

「あ………」

 

 

間の抜けた声が漏れた。思わず口を覆う。それほどに気の抜けた声だった。そこにいた存在に、泣きたくなるほど安心した自分がいた。

 

 

 

 

「どうやら、間に合ったようですね」

 

 

 

 

長く艶やかな黒い髪。赤と白の紅白を配色した巫女服。歴戦の猛者を思わせる空気を纏っていても女性的なラインはどこか母性を感じさせた。そこにいた、博麗の巫女は初めてではないはずなのに、初めて見たようなどこか神秘的な姿に見えた。

 

 

 

 




序盤にラスボスクラスが出るのはよくあることだよね。

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