これが今年最後の投稿になります。
この話も気が付けば40話を超えてたんですね。
ひしがきは畑の手入れを終えて小屋へと戻るとすぐに湖の方へと向かう。と言っても霧の湖はひしがきの小屋の目と鼻の先にあるためすぐにひしがきは湖の入り江に到着した。
「ひしがきさん!」
ひしがきが入り江の淵に着くとわかさぎ姫が湖から顔を出したひしがきを出迎える。
「よう姫、早いな」
ひしがきが近くにある岩の腰かけると、わかさぎ姫はすぐにその隣に座る。不思議なもので今まで水の中にいたはずのわかさぎ姫は服まで全く濡れておらず、下半身のヒレから僅かに水が落ちる程度である。
ひしがきが少しだけ髪についていた水滴を拭うと、わかさぎ姫はくすぐったそうに笑った。
「さっきな、霊夢に会った」
「霊夢さんですか?」
ひしがきがさっきまで畑で会っていた霊夢の事を話す。
「ああ、お前らの事を話したらなんだか興味持ったみたいでな、今度霊夢も交えて飯でも食おうか」
「…霊夢さんて、博麗の巫女ですよね?」
「そうだけど、何だ?会うの嫌か?」
わかさぎ姫たちは以前ひしがきから霊夢の事を聞かされていた。人間や妖怪に関係なく皆に平等で、皆に慕われる巫女であると。そして、ひしがきの数少ない話し相手であるとも。
「いえ、この前暴れちゃった時、魔法使いの子が、その、容赦なくって……」
「…あーー」
魔理沙からすれば子供の様にはしゃいでいるだけな所もあれば負けず嫌いな所もあり、結果としてやり過ぎな感はあっても苛めているつもりなど欠片もないだろう。むしろ異変でなければガキ大将の如く笑いながら輪の中に引っ張っていく性格だ。
しかし異変の時いつでも元気一杯全力前進な魔理沙と弾幕ごっこをやったせいか、魔理沙の友達である霊夢に若干わかさぎ姫は警戒していた。
「お、怒られたりしないでしょうか?」
「大丈夫だよ。霊夢は魔理沙みたいにやり過ぎる事もなければ、終わった異変の事をいつまでも根に持ったりしないさ」
実際今まで異変を起こした張本人たちと今では仲良くしているのだ。きっと彼女たちも霊夢と関われば、霊夢の事を気に入るだろう。
「いいやつだよ、霊夢は。俺が保証する」
ひしがきがそう言うとわかさぎ姫は安心したようにホッと息を吐いた。
「霊夢さんってどんな方なんですか?」
「そうだな、一言で言うなら………」
―――――
―――
―
「……霊夢。あなた今なんて言ったのかしら?」
紫は視線を鋭くして問いただすようにして霊夢に尋ねた。有無を言わせぬ圧力。妖怪の賢者と言われるにふさわしい貫禄。常人ならそのたたずまいに是非もなく呑まれてしまうであろう。
「何度でもいうわ」
その責めるような口調と視線を受け流しながら霊夢ははっきりと紫に告げる。
「私はその妖怪を退治しないって」
―――――
―――
―
「何ものにも囚われない、自由な人間、かな」
「自由、ですか?」
「ああ、彼女は有りの儘を見てそして受け入れてくれる。だから、安心するんだ。側にいると、な。だから…姫たちもすぐに好きになるよ、霊夢の事が」
はっきりと告げられた霊夢の言葉に、紫は眼を細くして無言で責める。しかし、霊夢は全く意に介した様子はなくさっきと同じ表情のまま、紫を見ていた。
「……霊夢、これはあなたのわがままで決めていいようなことではないの。あなたはこの幻想郷を守護する博麗の巫女。あなたにはその役割を果たす義務がある」
「ええ、わかってるわ」
「だったら……」
「ねぇ、紫。わざわざ何であんたが私に頼んでまでその妖怪たちを退治させようっていうの?」
霊夢にとって分からないのはそこだった。この妖怪は胡散臭いことこの上ない。いつも裏で何かやっているのは知っているし、何かと面倒な事を持ってくる。
しかしそれでも、この妖怪が無為に何かを貶めることなどしないことを霊夢は知っている。その深慮をもって全てを客観的に推し量る彼女は、笑う事はあっても嘲ることはしない。幻想郷を管理する賢者として時に冷酷ではあっても残酷ではない。そのベクトルは、いつも決まって幻想郷に向かっている。この妖怪ほど、幻想郷を愛している者を霊夢は知らない。
だからこそ問うている。紫が霊夢に告げた妖怪たち。ひしがきの話にも出てきた今泉影狼、赤蛮奇、わかさぎ姫を退治しろと言う意図が分からない。彼女たちは、無害だ。霊夢は影狼としか面識はないがそれでもそう思っている。彼女の勘が、そう告げている。
だからこそ分からない。彼女たちを退治する意味が。
「………」
いや、一つだけある。彼女たちにではない。正確には彼女たちの近くにいる人物に。
「ひしがきね」
「………」
霊夢の問いに、紫は答えない。霊夢は以前からひしがきに対する処遇について疑問に感じていることが多々あった。今までははぐらかされるか勝手に話を切るかでその真意を問い詰めることは出来なかった。
だが、ここに来てそれを聞かない訳にはいかない。今度は霊夢が目を細くして紫を睨む。それに対し、紫はしばらく目を閉じ思考すると、観念するように口を開こうとして、
「―――っ!」
その前に霊夢は弾かれたように飛び立った。向かう先は、霧の湖。
「………」
それを、紫は何もせずにただ見送っていた。
「………はぁ」
紫はため込んだ何かを吐き出すように溜息を吐く。彼女にしては珍しい、疲れた姿だ。
「やはり、駄目だったか」
その背中に声がかかる。いつの間にか紫の後ろには、藍と…先代の巫女の姿があった。
「……ええ。前々から、あの子がひしがきと交友関係であることは放置してきたけど、やはりまずかったみたいね」
「言ったところで聞かないさ、あの子は。そういう子だ」
「…そうね。そうだったわ」
霊夢は縛られない。価値観や先入観、そう言ったものに囚われずに自分が感じたまま思うまま判断する。だからこそ、紫たちにとってはそれが懸念でもあった。
「これから先の事も考えれば、できれば霊夢自身にやってもらいたい事だったのだけれどね」
「…だが、今の霊夢はそれをしないだろう。それは、霊夢自身にとっても酷だ。――――私が行こう」
先代巫女の言葉に、紫はあまりいい顔をしない。
「今のあなたにできる?それに、少なからず霊夢から恨まれることになるかもしれないわよ」
「……ああ、そうかもしれない。だがあの時、ひしがきに犠牲になってもらうと決めた時から誰かに責められる事は覚悟していた。それが、たとえ霊夢の……いや、幻想郷のためだったとしても。ならば、最後まで私たちがやるべきだろう」
「………………そう」
先代の言葉に、紫は僅かに遠い目をした。確かにあの時、ひしがきを犠牲にすると決めたのは私たちだ。その為にひしがきを追い詰め、中のモノが育つのを待った。これは、恐らく最後の一押しとなる。彼女たちを失えば、ひしがきの中の種は大きく成就するだろう。
「くれぐれも、気を付けて」
「ああ」
そして3人は、スキマへと姿を消した。
影狼がそれに気づいたのは、偶然だった。あるいは、狼女と言う、獣に近い妖怪であったからこそ気付けたのかもしれない。
自分の身に、死が迫っているという事を。
「―――っ」
それを感じた瞬間、影狼はその場から大きく飛び退いた。ゴロゴロと転がりながら背後に振り向いた。そこにはいつの間にか刀を抜いた人間…いろはが影狼を無表情で見ていた。
「っ!いきなり何するのよ!」
思わず影狼が叫ぶ。無言で立ついろはに気圧されそうになるのを避けるため、無意識のうちにそう問い詰める。
しかし、いろはは影狼の問いに答えず確かめる様に刀を一振りすると、一言呟いた。
「…浅かった」
「………え?」
その言葉に、影狼は思わず声を漏らすと……自分が転がった場所に赤い水溜りができていることに気が付いた。
「え?」
自分の足元を見る。そこにも同じように赤い水溜りができている。背中を見る。そこは、大きくパックリと切り裂かれ、血が溢れていた。
「――――――ッ!!」
そして、その傷に気付くのに僅かに遅れて、影狼を激痛が襲う。狼の悲鳴が、遠吠えの様に響く。
それに構わずいろはは無慈悲に刀を振り下ろす。
「…っ!」
それを防ぐように、いろはと影狼の間に弾幕を放ちながら、蛮奇が首を飛ばして割り込んだ。
「はああああああああああっ!!」
「…邪魔」
いろはは迫る弾幕を刀で切り裂き距離を取った。
「……蛮、奇…」
「しゃべるな!今すぐ連れて行くから!」
何処に行くかなど言うまでもない。ひしがきたちが待つ霧の湖へと向かうべく、蛮奇の胴体が影狼を支えて立ち上がる。
逃げようとする蛮奇たちを逃すまいといろはが斬撃を飛ばす。それを防ごうと蛮奇は首だけでいろはと向かい弾幕を放つ。
「…無駄」
だが、いくら蛮奇が渾身の力で弾幕を放とうとも、今回は相手が悪かった。いろはは刀に強く霊力を纏わす。そして、それを大きく横なぎに振りぬいた。
「っ!まずっ!」
蛮奇は影狼を庇うようにその場に伏せる。直後、その上を研ぎ澄まされた一閃が通り過ぎた。
――――――――。
一瞬の静寂。そして、ゆっくりと変化が訪れる。蛮奇たちの背後にあった木々がゆっくりと倒れ傾き、地響きと共に地面に倒れる。そこには、まるで冗談の様に刈り取られた森の姿があった。
呆気にとられる。異変で戦った時、強いとは思っていたがまさかここまでとは。蛮奇がいろはの方を向くと彼女は無防備のまま立ち、ゆっくりとこちらに向かって歩を進めてきた。
「~~~っ!」
駄目だ。逃げれない。逃げ切れるような相手ではない。ましてこちらは手負いの影狼がいる。とてもではないが望みがない。
「な、なんでっ!」
瞬時にそう悟った蛮奇はいろはに問いただす。
「なんでこんなことをするのっ!?」
少しでも、生き残る可能性を見つけるために。時間を稼ぐために。たとえそれが僅かな可能性だとしても、それが今彼女にできる精一杯のあがきだった。
「………」
いろはは応えない。一瞬、その歩みが僅かに硬直する。だが、その迷いを払うかのように刀を薙ぐ。
いろはに、彼女たちに対する恨みなどない。けれど、やらなければならない。そう決めたのだから。
せめて苦しまぬように。いろはは決意の想いと共に刀を振るおうとする。
その視界に突如、巨大な黒い壁が現れた。
「………っ!!」
それがあの時、鬼人正邪の瘴気を阻んだものだと瞬時に判断したいろはは大きくさがる。
「あっ」
蛮奇はそれが何かわかると、思わず声が漏れる。次いで、今まで強張ったものが体から抜けてその場にへたりこむ。
「大丈夫か?」
その声に、蛮奇はたまらなく安堵する。安心して気が緩んだせいか目尻に涙が溜まっていた。
「―――――」
声を出せずに首を縦に振る蛮奇から影狼に視線が移る。すぐさま蛮奇から影狼を受け取るとその背中に応急処置を施していく。幸いにも、それは軽傷とは言い難いが、致命傷ではなかった。
「………ぁ」
影狼が、力なく首を上げる。そして、小さく目に移った相手の名を呼んだ。
「……ひし、がき」
ひしがきは遠くから聞こえる悲鳴を耳にした途端、わかさぎ姫に待つように言うと全力で悲鳴の聞こえた方へと走った。
そして更に木々の倒れる音と振動が近くから伝わると、その場所に辿り着いた。
「―――――」
刀を構えるいろは。誰かを庇うように抱えている蛮奇。そして、血に濡れている影狼。
それを見た時、ひしがきは自分の中で何かが溢れる様に沸き立つのを感じた。しかし、今はそれよりも優先しなくてはならない事がある。
ひしがきはいろはと蛮奇たちの間を結界で隔てるとすぐに蛮奇たちのもとに向かい影狼の怪我を診る。
「……ひし、がき」
「……しゃべらなくていい」
こちらに気が付いた影狼にやさしく声をかけながらひしがきは素早く、的確に処置を施していく。
(……この傷なら、命に別状はない)
ホッと安堵するひしがき。だがこのままでは危ない。すぐにでも本格的な治療をする必要がある。
だが、そのためには、
――――斬ッッ
いろはをどうにかしなくてはならない。
ひしがきが振り向くと、そこには結界を切り裂きいろはが立っていた。その目は、先ほど蛮奇たちに向けていた必死な覚悟はなく、憎々しげにひしがきを睨みつけていた。
「……蛮奇、影狼を頼む」
「ひしがき、でもっ!」
「頼む」
ひしがきはいろはから目を外し真っ直ぐに蛮奇を見る。蛮奇はひしがきと影狼を交互に見ると、堪える様にひしがきを見つめた。
「絶対、無事でいてね!」
「ああ」
ひしがきは影狼を優しく撫でる。影狼もまた、声に出さずに視線だけでひしがきに告げる。無事でいてねと。蛮奇は影狼を背負うとわかさぎ姫の待つ湖の方へと飛んで行った。
「………」
ひしがきはその姿を横目で見送ると、再び正面へと向き直る。そこには、嘗て愛しい妹だった存在がいる。だが、今のひしがきからは傍目からも感じ取れるほどの怒気を纏っている。
「………」
そしてまた、いろはも似た気配を纏いながらひしがきを睨む。かつて互いを想い合った兄妹だった二人は、今この場において全く逆の感情をお互いに向けて対峙していた。
「……一つ聞く」
ひしがきが口を開く。その手にはいつの間にか槍が握られていた。
「何故、彼女たちを狙った?」
いろはもまたその手の刀を構え直し、ひしがきに向ける。
「…それが、私の役目」
「……そうか」
ひしがきの脳裏に遠い過去が蘇る。だがそれでも、
「なら俺の敵だ」
ここを退くことは出来なかった。
今年は色々な事がありました。皆さんはどうでしたでしょうか?何はともあれ来年が皆さんにとって良い年でありますよう。
それでは皆さん、良いお年を。