最近自分の周りで壮行会が続いています。おかげで酒を飲む頻度が増える一方。お世話になった人やこれから新しい場所で頑張る人のためとは思いますがやっぱり大変です。
それはある日のこと。
「飲みましょう!」
ひしがきがいつものように過ごしていると、影狼たちが両手に酒瓶を抱えてやって来てそう言った。
「…………!!」
それを見たひしがきは両目を大きく見開くと……一目散に逃げ出した。
「ちょっ、ひしがき!?」
そして彼女たちは訳も分からないまま、とりあえずその後を追った。
とはいえ何故か全力で逃げるひしがきを彼女たちが捕まえる事が出来るはずもなく、最終的に嫌われたのかと勘違いしたわかさぎ姫が泣きそうな声でひしがきを呼んでひしがきが折れる結果となった。
「……で?何でいきなり逃げたんだい?」
蛮奇は責めるような目で正座するひしがきを問いただす。横では涙目のわかさぎ姫の頭を影狼がよしよしと撫でていた。申し訳なさそうにひしがきはそれを横目で見て渋々と答える。
「………酒、苦手なんだ」
「…いくら苦手だからっていきなり逃げる事ないじゃないか」
「…返す言葉もない。ごめんな、姫」
そう言ってひしがきも立ち上がってわかさぎ姫の撫でて謝った。
「…ぐすっ、いいんです。私も勘違いしてすいませんでした」
「わかさぎ姫が謝ることないわよ。今度に限ってはひしがきが悪いわ」
影狼の容赦ない言葉にひしがきはがっくりと肩を落とす。まったくもって言い訳する事も出来ない。
「というわけで飲みましょう」
「……は?いや、だから俺は酒は………」
わかさぎ姫を泣かせた手前断り辛いがそれでも何とか逃げようと試みる。
「わかさぎ姫を泣かせた罰よ。それに、せっかく持ってきたんだもの。飲まなきゃもったいないわ」
「まぁ、無理せず少し付き合う程度でいいさ。ツマミあるよ」
「あっ!ひしがきさん、私とうとう魚を取ることが出来たんですよ!」
だがどうやら逃げる事は無理だと悟ったひしがきは再び肩を落とした。
「はい、まずは一献」
そう言ってひしがきの持つ器になみなみと酒が注がれていく。彼女たちが持ってきたのは人里で売られている幻想郷ではごくごく一般的な酒だ。
「………」
……のはずなのだが。何故かひしがきは手に持つ器に注がれた酒をまるで天敵でも見るかのような目で苦々しく見つめている。
「……そこまで嫌いなの?」
その様子を見た影狼はさすがに予想外だったのか若干心配になった。
「ほんとに無理はしなくていいからね?」
と言いつつ蛮奇は既に酒を飲んで再び杯に酒を注いでいる。……はて?首が浮いているのに酒は一体何処に流れていっているのか?
「ひしがきさん、これおつまみです」
わかさぎ姫は自分が取った魚で作った焼き魚を嬉々としてひしがきに差し出していた。ちなみにこの魚、潜って捕まえたのではなく釣って取ったらしい。
ゴクリッ
ひしがきは覚悟を決め半ばやけくそになりながら、勢いよくその酒を呷った。
「………」
僅かな沈黙の後………ひしがきは力尽きたように仰向けに倒れた。
「え、ちょ、ひしがき!?」
「ひ、ひしがきさーーん!!」
「……これは予想以上だね」
ひしがきは彼女たちの声が遠ざかるのを感じながら、やっぱりこうなったかと思いながら意識を手放した。
ひしがきが初めて酒を飲んだのは、彼がまだ博麗神社に住んでいた時のことだった。
「どうだ、お前もたまには飲んでみるか?」
そう言って酒を注いでくれる藍の誘いを拒むことなくひしがきは酒を飲んだ。実際の酒の味がどんなものか知らなかったひしがきはどんなものかと興味があった。その結果は、小さな猪口一杯で目を回すという何とも情けないものだった。
その時、すぐ横で笑っていた藍に対して腹が立ったのを覚えている。それとたったの一杯で潰れてしまう事が悔しかったとも思った。いずれ霊夢が巫女になって異変を解決するようになれば、宴会が増えるだろう。その時にこんな醜態をさらすのは格好がつかないと思って酒に強くなろうと、この時はまだそんなことを考えていた。
それから藍にまた酒が欲しいと頼んだ。仕事に差し支えるぞという藍に頼み込んでなるべく軽い酒を持ってきてほしいとお願いした。それからは藍の持ってきてくれる酒を少しずつ飲んでは酒に慣れるようにしていた。けれど、自分自身でも思った以上に酒に弱かった自分は、結局目を回しては、藍に呆られながら介抱された。
その後、気分の悪くなった自分に、藍はいつも生姜湯やシジミの味噌汁など酔いに効くものを用意してくれた。
「俺が飲めるようになったら、一緒に飲もう」
そう言った俺に、藍は苦笑しながら
「人並みに飲めるようになったらな」
と返した。
博麗神社を去った後、ひしがきはあまり食事を摂らなくなった。何に対しても無気力で、それでも少しでも気を紛らわそうと、逃げるように激しい鍛錬に没頭することもあれば、心を無心にして瞑想することもあった。
そんな日々が続いたある日、ひしがきは香霖堂にて食料を調達する際に酒に目を留めた。何となく、それを買ったひしがきは少しでも気が紛れればと、その酒を呷った。
―――――不味い。
一気に意識が混濁し、気分がひどく悪くなった。それでも、ひしがきは酒を飲んだ。この苦しみを、少しでも忘れさせてくれと思いながら。だがひしがきの思いとは裏腹に、体がそれを拒絶した。
自分の中から込み上げる吐き気に耐えられずに、ひしがきは全てを吐き出した。無理に飲み続けたせいか、胃の中が空っぽになってもまるで内臓が絞られるようにしてひしがきは咳き込みながら吐いていた。
何となく、ひしがきはすぐそばで藍が自分を笑っているように感じた。嘗て横にいて笑っていた時には、その笑いに暖かさを感じていたのに、今ではまるで嘲笑うかのような冷たさを感じた。
両手を地面について吐きながら、今の自分の惨めな姿にどうしようもなく、ひしがきは泣いた。それから酒は飲まなくなった。見るのも嫌になった。もう、飲めるようになっても意味もない事だと思っていたから。
「…………」
頭が痛い。気分が悪い。浮上する意識と共に体の異常をひしがきは感じる。嫌なことを思い出した。やはり無理して飲むんじゃなかった。彼女たちには申し訳ないが、これ以上は勘弁してもらおう。
「あ~~~………」
頭を抑えながらひしがきは体を起こす。そして周りに目をやって呆然とした。そこには……
「あはははははははははははっ!ほらほらもっと飲んで飲んで!」
酒瓶片手に大笑いしながらはしゃいでいる影狼と
「……うぅ、どうせ私は人魚の癖に釣りでしか魚を取れないダメ人魚なんです~~~~!」
両手に杯を持って泣きながら飲んでいるわかさぎ姫と
「まったく何で私がいつも皆の後始末をしなくちゃいけないんだ。そもそも影狼は考えなさすぎなのにむやみやたらと突っ走るしわかさぎ姫は何かにつけてすぐ落ち込むし私だってどうしたらいいかもわからないのにすぐ頼って来るしいやそれが嫌なわけじゃないけど限度というものがあって、そもそもひしがきも頼りになると思ったらすぐに潰れるし一体どう収拾をつけたらいいものかブツブツ………」
何か呟きながら黙々と飲み続ける蛮奇がいた。どうやら、俺が気を失った後飲んでたらしい。
「………」
面倒くさい。そう確信したひしがきは再び横になろうとする。
「くぉら~~ひしがき~~~。なぁにまたねようとしてるのよ~~あはははははははははははははっ!」
「……酒臭いぞ」
「あははははっ!だってお酒飲んでるんだもん!そんなの当たり前じゃない!ひしがきったら何言ってるの~~~~」
そう言って影狼は俺の肩に腕を回し笑っている。
「ぐすっ、ずいまぜんひしがきざんっ!二人が飲もうっていうがら私も飲んじゃって」
「……とりあえず飲むのか泣くのかどっちかにしろよ」
「……うわ~~~ん!」
ひしがきがそう言うと、わかさぎ姫は泣きながら酒を飲み始めた。それを見た影狼はまた笑いながら酒を飲んだ。
「…ひしがき、目を覚ましたのか」
「……ああ」
「そうかい…それにしてもたった一杯で潰れるなんてね」
先ほどまでブツブツと呟いていた蛮奇がひしがきの所にやってきた。どうやら彼女はまだ普通の会話が出来るようだ。
「どうにも、生まれつき酒は受け付けないみたいでな。ちょっとでも飲んだらああなる。……ところで、あの二人はいつもあんな感じなのか?」
ひしがきは泣きながら飲むわかさぎ姫と笑いながら飲む影狼を指さす。
「ん、酒を飲んだ時は、大体あんな感じになるね」
蛮奇は苦笑しながらまた酒を飲む。彼女もかなり酔っぱらっているのか顔が赤く目が泳いでいる。
「そろそろやめとけよ。さすがに飲みすぎじゃないか?」
「な~に、まだまだこれくらい大した量じゃないよ」
「……頭をめちゃくちゃ揺らしてよく言うな」
蛮奇の頭がゆらゆらと飛んでいる。このままでは落ちそうなのでひしがきは頭を掴むと膝の上に置いた。
「ん~どうしたんだいひしがき?私を膝枕なんてして」
「頭だけ乗せるのを膝枕というのか分からんがとりあえずこのまま大人しくしとけ。俺も頭が痛いし気分が悪いから面倒見きれん」
「ん~~~?」
何のことかよく分かっていないのか蛮奇は俺の膝の上でゴロゴロと頭だけで回る。目が回っているのだろうか?身体の方がすぐ横でじたばたともがいていた。
「………はぁ」
ひしがきは思わずため息を吐いた。痛む頭でこの場をどうしようかと考えるが、まだ酔いが醒めきっていないせいか頭が回らなかった。
「ひしがき」
すぐ下から、蛮奇が緩んだ顔で笑いながら言った。
「楽しいね~」
その声に、ひしがきはそうか?と言う顔をしながら周りを見る。散らばった酒瓶、さっきから泣いているわかさぎ姫と笑っている影狼。頭と体が別々にふらついている蛮奇。そして酔払って気分の悪い自分。なんともまぁ、散々な状況だ。
「………」
けれど、それは宴会だった。
規模こそ小さいかもしれない。でもそれはひしがきが参加したかった、人と妖怪が輪を作り共に杯を交わす場所。幻想郷の宴会だった。
「………」
ひしがきは近くにあった杯と酒瓶を取ると、その盃にほんの少し酒を注いだ。それをひしがきはゆっくりと口に入れる。口の中で更に少しずつゆっくり酒を飲んでいく。
「……はぁ~」
やはり、自分に酒は合わない。酒を飲み干した後、改めてひしがきはそう思った。けれど、
「……悪くないな」
不味さしか感じなかったはずの酒の味が、悪くないと、そう感じた。
たぶん、自分はこれからも酒は苦手で、ほんの少ししか飲めないだろう。けれど、彼女たちとなら、たまにはこうやって飲んでもいいかもしれない。
(ま、ほんとにたまにならな)
それでも、やっぱりまだ気分が悪かった。こればっかりはしょうがない。
「あ~~暑いと思ったらやっぱり今日は満月だ~~~」
「ん?」
影狼の声に外を見ると夜空に綺麗な満月が浮かび上がっていた。
(ああ、なるほど。酒飲んで毛深くなったせいで熱く感じてるのか)
「影狼、もうそろそろ終りにっ……!!?」
ひしがきがそう言って影狼の方を向くと……影狼が服を脱いでいた。服の下から影狼の肢体が露わになる。満月の影響で毛深くなっている彼女の体は毛皮の下着でも着ているかのような姿だ。そのおかげで大事な部分は見えていないが、影狼はすっきりしたのかそのまま大きく体を伸ばす。
突然のことで呆然としたひしがきははっと我に返る。
「影狼!お前何服脱いでっ……!?」
ひしがきは突然背中に圧し掛かってきた重みにそのまま前のめりになる。振り向くと蛮奇の体がひしがきにしがみ付いていた。しかももがいていたせいか、蛮奇の服も大きく乱れている。ひしがきはしがみ付く蛮奇を引きはがそうとするがなかなか離れてくれない。
「おい、蛮奇!酔払ってる場合じゃないぞ!」
「ん~~?」
膝の上に乗っている蛮奇に声を掛けるが蛮奇は緩んだ顔のまま生返事を返すだけ。それどころか酔払った蛮奇は温もりを求めてひしがきの股に顔を埋めていく。
「ばっ!?おま、何やって…」
「あ~~~~!!ひしがきが蛮奇といちゃいちゃしてる~~~!!!」
影狼がひしがきと蛮奇の状況を指さして大きな声を上げる。
「そんなっ!?ひしがきさんと蛮奇ちゃんがっ!!」
わかさぎ姫は驚いているのか酔払っているのかその場で大きくビチビチと跳ねる。
「ずるい!!あたしもまぜろ~~~!!」
それを見て影狼は楽しそうに笑いながら飛び込んでくる。
「な、仲間外れにしないでください~~~~」
それに続いてわかさぎ姫もビチチッと跳ねながら飛んできた。
「ちょ、まっ………!!!!」
ひしがきは、なす術もなくそのまま押し倒された。
一夜明け、日も高く上り時刻はもうすぐ昼になろうとしていた。
「……ん~~~」
影狼はのそりと体を起こして起き上がる。キョロキョロと周りを見ると酒瓶と杯が散らばっている。すぐ横にはわかさぎ姫と蛮奇が寝ていた。
(……あ、そっか。昨日はみんなで飲んでたんだっけ)
ぐるぐると回る頭を押さえて影狼は昨日会ったことを思い出す。逃げたひしがきに酒を飲ませ潰れた後みんなで飲んで、それからひしがきが起きて……。
(……それからどうなったんだっけ?)
そこから先の記憶が思い出せない影狼は大きく口を開けて欠伸をする。相当飲んで騒いだことは覚えている。三人そろって
「……やっと起きたか」
「あ、ひしがき。おはよー」
「もうすぐ昼だけどな。まったく飲みすぎだ」
「あはは、ごめんねー」
「散々飲んで暴れまくったんだからさっさと起きて片づけろよ。もうすぐ飯の準備が出来るから」
「んー、わかったー」
間延びした声で影狼が応えるとひしがきは台所へと向かった。影狼は寝ている二人を揺すって起こす。
「蛮奇ー、ひーめー、起きてー」
「…ん、ぅ」
「ふぁ……もう少し……」
「だめよー。片づけてご飯食べないといけないんだから。早く起きてー」
「んん~、あんまり揺すらないでよ。気持ち悪い……」
「うぅ、頭痛いです」
「…久しぶりに飲みすぎちゃったね。あんまり昨日のことも覚えてないもの」
ふらふらと起き上がる二人に影狼は苦笑する。
「やっと起きたか」
ひしがきがお盆に湯呑を3つ乗せて来た。
「ほら、これ飲んでしっかりしろ」
「なんだい、これ?」
「生姜湯だ」
そう言ってひしがきは飲むように言う。影狼たちは言われるままにそれを飲む。二日酔いで悪くなった気分が生姜のさわやかな辛みで少しすっきりとする。ちょうどいい温度で胃にやさしくをじんわりと体を温めてくれた。
「はぁ~美味しい」
「うん、二日酔いにぴったりだ」
「ひしがきさん、ありがとうございます」
3人にも好評のようでひしがきは満足そうに笑う。
「飲んだら片づけな。その後は二日酔いに効く飯用意しておくから」
「ひしがきありがとー」
「礼はいいから早く起きろよ」
苦笑してひしがきは支度をしに台所へと向かう。
「……そういえば昨日は私達どうしたんだっけ?」
だがその足がぴたりと止まった。
「え?ひしがきさんが起きて一緒に飲んだんじゃ……」
「いや、結局私達だけで飲んだんじゃなかったな?」
あれ?昨日のことを思い出そうと3人は首を傾げる。
「んんっ!そんなこといいから早く片付けろよ。飯が冷めるぞ」
ひしがきが咳払いをしながら影狼たちを急かす。
「……それと、昨日は途中で俺が起きてからも3人で飲んで騒ぎまくってたよ。3人で揉みくちゃになってそのまま寝てな…服とかも乱れてるだろうからしっかり直しとけよ」
「…そっか、そうだったかもね」
「すまないね、ひしがき。手間をかけさせたみたいで」
「いいさ、気にするな」
そう言ってひしがきは手を振る。
「でも、そうですね……ひしがきさんお酒が苦手ならこれからはあんまり飲まない方が「……ああ~~~」……?」
わかさぎ姫の言葉にひしがきが割って入る。気まずそうに顔をそむけて指で頬をかく。……その顔が赤いのは、まだ昨日の酒が残っているから、と言う事にしておこう。
「……まぁ、あれだ。また時々は飲もう」
昨日の夜は何もなかった、いいね?